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ぶんどき
2025-05-13 15:48:32
2692文字
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この世界はどこかおかしい
肉にスパイス、バスタブに人魚 現行未通過❌
ENDA 香雪と友利の話
一番最初に赤子の首を絞めた時の手の感覚はもう覚えていない。ただ、こんなにも簡単に命というものは摘み取れてしまうのだと知った。
あかごの やわらかいにくは どんなりょうりに しようか。
*
組織の抗争に乗じて命からがら逃げてきたはいいものの、金もなく、住む場所もない。ゴミ捨て場を漁ったり盗みを働いたりする日々だった。なんとか命を繋いできたものの限界が来ればこのまま野垂れ死ぬのだと思った。ところが、物好きな旦那に拾われてそのまま屋敷で使用人として働くことになった。組織でも料理人見習いだった自分は料理人として雇われることになった。いや、料理しか取り柄がなかったのだ。
そこで出会った使用人の少年は少年でありながら仕事の時はいつもメイド服を身に纏っていた。どうしてそんな格好をしているのかは知らないが正直違和感がないくらいには似合っているのだ。
これがこの屋敷では当たり前。
この世界はどこかおかしい。
とある夜、厨房で翌日の仕込みをしていたら入り口からひょっこり顔を出す彼──友利の姿があった。そんなところでどうしたのかと問いかければ、彼はひょこひょこと近づいて来る。
「あのねあのねー、」
「兄ちゃんって、よんでいい?」
友利は大きな丸い翠眼を輝かせた。
「
……
兄、ちゃん
……
?」
──今思えばこれが、初めての友利とのちゃんとした会話だった。
彼の話を聞くに、友利は4人姉弟の唯一の男らしく、男兄弟への憧れがあったようだった。確かに年齢差はあるものの自分は使用人の中でも若い方で、兄弟といっても通用する年齢ではある。特に断る理由もないし、まあいいかと了承すれば、友利は人懐こい笑みを浮かべた。
その日から、よほど嬉しかったのか友利はよく後ろを付いてくるようになった。一緒にいる時間が増えた。兄ちゃん、と呼んで慕ってくれるようになった。
友利はとても素直な良い子だった。穢れを知らない、心配になるくらい純粋で太陽の下が似合う子。日陰で生きてきた自分とは大違いで、彼の側にいると時々罪悪感に苛まれる。自分はそんな、友利に慕われていいような綺麗な人間ではない──そんな思いが常に頭のどこかにあったのだ。
それと同時に、その笑顔をずっと見ていたかった。一片も曇らせないように自分がしっかり守ろうと思った。対等な関係を望む友利に対しそれはある意味自分のエゴでしかないことはわかっていたが、こうでもして正当化しないと彼の隣にいられなさそうだった。
それからも平穏に歳月は流れ、自分達は、あの「治験」に参加することになった。
あの時友利を誘わなければ、あの時引き返していれば。今さら「たられば」を語ったところでどうにもならないことはわかっているが、この後悔を、どこかに吐き出さずにはいられない。だって、どう考えたって自分のせいなのだ。友利が、陸で生きられない人魚になってしまったのは。
友利が人間の肉しか食べられないと悟ってからは、「食料」を「調達」することにあまり躊躇いはなかった。中途半端に人の心を残したままでは、美味しい料理なんて作れないと思ったから。これは畜殺だ。食べるために、生きるために、他の命をいただく。その感謝の気持ちは忘れたことなかった。人間が牛や豚にしていることと何一つ変わらない。
最初こそ、友利に人の肉を食べさせることに罪悪感はあった。何の肉かを偽るのは後ろめたさからだ。しかし、美味しそうに料理を平らげる友利を見て、その思いは次第に薄らいでいった。どうしたらもっと美味しく調理できるか、試行錯誤を重ねた。友利の満足そうな「ごちそうさま」の声を聞くためなら、悪魔に魂を売ってもいいとさえ思った。
80日目を過ぎたあたりから、もしかしたらこのまま友利は完全な人魚になってしまうのではないかという思いがどこかにあった。しかし、焦りはしなかった。友利がこのまま元に戻らなくても、自分がずっと面倒を見る覚悟はできていたからだ。やることは今と変わらない。「食料」を「調達」して友利に美味しい料理を食べさせる。不安そうな顔をする友利を抱きしめ、頭を優しく撫でた。
100日経って「治験」は終了した。期待なんてしていなかったが、結局友利は人魚の姿から人間に戻ることはなかった。しかし、理不尽を与えてきた教授に対してもなんの感情も湧かなかった。友利を引き取る旨を伝え、そのまま屋敷へと帰った。
100日ぶりの帰宅に、屋敷の皆は優しく出迎えてくれた。100日間の過酷な任務を労ってくれた。旦那様には謝られた。まさかこんなことになんて、と。変わり果てた友利を見て、旦那様は申し訳なさそうに頭を垂れた。
──俺は旦那様を恨んでなんかいない。発端は旦那様からの頼みだったが、引き受けたのは自分だし、それに、旦那様には多大な恩がある。野垂れ死ぬところだった自分を拾ってくれて、ここで雇ってくれて、友利と引き合わせてくれて。例えどれだけ酷いことをされても、それを差し引いても感謝の気持ちのほうが大きいのだ。
だからこそ、ここを離れる決意をした。旦那様はずっとここにいていいと言ってくれたが、やんわりと断った。「食料」の「調達」はもちろん自分一人で行うが、万が一近所で悪評が立っては申し訳ないと思った。
友利にも当たり障りなく説明をし、自分達は屋敷を去った。旦那様はしばらくの生活に困らないほど多額の「謝礼」を渡してくれた。
もう帰ってくることはない大きなお屋敷。
友利とはじめて出会った場所。
今までありがとう、同僚たち、そして旦那様。
*
世界は案外広いもので、自ら「調達」しなくても、「新鮮な肉」が買える店、というものがあることを知った。やっぱりこの世界はどこかおかしいが、この世界がおかしいおかげで、おかしい奴らは救われる。
すっかり常連になった肉屋で今日も買い物をする。最近は店主とも意気投合し、おまけを多くつけてくれるようになった。──これならいつもよりも肉が多めのソースになりそうだ。
玄関の扉を開けると、帰宅に気付いたのか水場の方からぴちゃぴちゃと跳ねる音がする。
浴室には大きめのバスタブが一つ。
その中で、友利が尾ひれを揺らしている。
友利は嬉しそうに顔をあげた。
「おかえり、兄ちゃん」
「今日のごはんは、なにかな」
「ただいま。今日は──」
友利は目を輝かせる。
今日は、友利の大好きなボロネーゼ。
俺は君の、君だけの専属料理人。
さぁ、美味しい料理を召し上がれ。
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