夜明 奈央
2025-05-13 06:01:52
2601文字
Public 久々綾
 

久々綾 恋人と先輩と

綾と仙が仲良しなことにやきもきするくくの話(ちょっと仙→綾ぽいけどその意図はない)
くくあやのことをみんな知ってるゆるふわ時空
2025年5月11日初出

 今日は4、5、6年生で行われる組別縦割り実習だ。俺はこの日をずっと楽しみにしていた。何せ喜八郎との交際が始まって、初の合同実習だ。腕にはそれなりの自信がある。これは喜八郎にかっこいいところを見せる絶好のチャンスだ。あわよくば喜八郎のピンチを救って「先輩かっこいいです。大好き♡」なんて言われたい。実習には相応しくない浮かれた考えだということは重々承知しているが、ちょっと邪な妄想をするくらい許してほしい。
 朝から気合いは十分。勘右衛門と共に指定された集合場所に着くと、既にあちらこちらで数人ずつのグループができていた。
 ざっと見渡すが、喜八郎は来ていない。まだ集合時間には余裕があるが、俺と違って真面目に授業に参加するタイプではない。穴掘りしてて遅刻なんてことも本人が悪びれずに話しているくらいだ。ちゃんと来るのだろうかと心配していたが、それは気にしすぎだったらしい。しばらくするとちゃんと集合時間に間に合うように現れた。
 声を掛けるつもりで近づいて来るのを待っていたが、喜八郎は迷いなく6年生の集団へと近づいていった。
「立花先輩お久しぶりです。ご一緒できて嬉しいです」
「ああ、久しぶりだな、喜八郎。元気にしていたか?」
「はい、立花先輩もお元気そうで何よりです」
 喜八郎はごろにゃんと喉でも鳴らしそうな勢いで立花先輩に甘え始めた。俺はそんな猫撫で声を使われたことなどない。いくら仲が良いと知っていても、恋人のそんな姿を見るのは少なからずショックだ。2人はその後も楽しそうに話を続けている。
 そんな姿、見なければいいのだが、どうしても気になってちらちら様子を窺ってしまう。すると、視線に気がついたのか、立花先輩とばっちり目が合ってしまった。まずい、見過ぎだったかと反省していたら、立花先輩が見せつけるように喜八郎を引き寄せ、頭を撫でながらこちらに勝ち誇った笑みを向けた。
 あれは間違いなく俺への挑発だ。他に人がいなければなりふり構わず引き剥がしに行っていたかもしれないが、実習前に騒動を起こすわけにもいかない。仕方なく、歯をギリギリと食い縛って耐える。
「なんだぁ? あれ」
 隣にいた勘右衛門も気がついたようで、苦笑いを溢す。
「気にするな。兵助には俺がいるだろ?」
 そして、立花先輩に対抗するように後ろから俺に抱きついた。慰めてくれているのだろう、よしよしと頭を撫でてくれるのはありがたいが、なんだか情けない気持ちになった。せめてこれを見て喜八郎が少しくらい妬いてくれればまだ心も晴れるのだが、立花先輩の様子に気づいてこちらに一瞥をくれた後、興味を失ったようにふいと視線を逸らされてしまった。
「勘右衛門、俺、もうダメかもしれない」
「ダメじゃないダメじゃない。俺はお前の味方だからな」
 如何にもめんどくさそうに返される。それでも勘右衛門の優しさが心に沁みた。
 いくら付き合っていたって「俺以外と話をするな」なんてバカみたいな主張をするつもりはない。6年生が実習で長らく不在だったのは事実だから、そりゃあほとんど毎日会っている俺より久しぶりに会う先輩を優先するのは当然のことだ。
 自分で自分を納得させようと試みるが、どうしても立花先輩の得意顔がチラつく。
 あの人は口では俺たちの交際を応援してくれているが、時々ああやって対抗意識を見せてくるのだ。たぶん喜八郎を盗られたとでも思っているのだろう。まさか二股を疑うようなことはしないが、どうしたってあまり面白くはない。
 そうこうしているうちに先生が現れた。実習の概要を説明され、組別に別れて6年生を中心に作戦会議に移る。ろ組、は組と離れてい組みんなで車座になった時も、喜八郎は当然のように立花先輩の隣を陣取った。しかも出遅れた所為で反対側の隣も滝夜叉丸に取られてしまった。
 それでも作戦会議にはきちんと参加していたつもりだ。けれどやはり意識は散漫になっていたようで、会議の最中に潮江先輩から何度か「聞いているのか?」と名指しで怒られる始末だ。
 ひと通り作戦が決まると、各々が決められた持ち場へと散開を命じられる。すると、すぐさま勘右衛門に後頭部を叩かれた。
「気にしすぎ。ひとまず実習に集中しろ。でないと怪我するぞ」
「ごめん、わかってるよ」
 勘右衛門の言う通りだ。自分でも気にしすぎだという自覚はあった。なるべく考えないよう、先程の光景は頭の片隅に追いやって己の持ち場に向かおうとする。けれど後ろから控えめに袖を引かれて足を止めた。
 それが喜八郎だと気づくと、勘右衛門は気を遣ってそそくさと去っていく。
「どうしたの?」
 喜八郎はそれには答えず、背伸びをして俺の唇に小さく口づけた。
 突然の行動に一瞬思考が停止する。すぐに今が実習直前で、周りには他の生徒が大勢いることを思い出して慌ててさっと周囲を見回した。滝夜叉丸は気づいていなかったようだが、勘右衛門と潮江先輩は見ていないと主張するかのようにわざとらしく顔を背けた。幸か不幸か立花先輩はばっちり目撃してしまったようで、視界の隅で顔を青褪めさせている。
 喜八郎はマイペースではあるが、いつもならこんな人の多いところでこんな大胆なことはしない。本人も照れているのか俯いて恥ずかしそうにしているのが新鮮で、こちらも余計に照れてしまう。
「心配しなくても、こういうことするのは久々知先輩だけです」
「じゃ、なきゃ、困る」
 あまりの衝撃に、それくらいしか言葉が出てこなかった。
「わかってるならいいです」
 言い捨てるようにして早足で去っていく喜八郎の背をぼんやりと見送る。
「お前らわかってるのか、これは実習だぞ!?」
 潮江先輩の怒鳴り声が聞こえて慌てて我に返ると、立花先輩が潮江先輩の肩に頭を預け、大袈裟に項垂れていた。
 これでは立花先輩にまた対抗意識を燃やされる。そう思っていると、視線に気づかれたのか思いっきり睨まれてしまった。
 けれど今の俺は喜八郎の特別だと胸を張れるので、立花先輩みたいに大人気なく挑発するようなことはしない。自分の持ち場へ小走りで移動を始めると、待っていた勘右衛門に意味ありげなウインクを飛ばされる。
 今は最高に気分がいい。本来の予定通り、かっこいいところを見せてやらなきゃ。今日の実習で、誰より活躍できる気がした。


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