fedge
2025-05-13 01:33:54
4819文字
Public Pixiv非掲載
 

メイドの日

2025/5/11(1日遅刻)に画像でXに掲載した分のlogです

「メイドの日……?」

可愛らしい縁取り文字で『本日メイドの日!特別キャンペーン中!』なんて描かれた看板を持った女の子が、通りにまばらに立っている。
吹き込む風こそ冷たいがそこそこ暑い日差しに照らされながら、オロルンは知り合いのバーに野菜を届け、ぷらぷらと繁華街を歩いていた。聞きなれない記念日の名前をスマホに打ち込むと、どうやらどこぞの有名ブログが発祥の語呂合わせでできた記念日のようだった。
フリフリの制服を着た女の子たちがにこやかに……中には不愛想な子もちらほらいるが、道行く人をお店に誘っている。パステルカラーの扉に、気弱そうな眼鏡のお兄さんが吸い込まれていった。
オロルンはその様子を興味深げに見送ると、通話履歴の一番上を押した。

「今暇か?××通りまで来て欲しいんだが」
……お前はいつも突然だな。まず要件を言え、要件を」
「ハハッ」

通話口から甲高い鳥の声と疲れた様子の青年の声が聞こえた。やれやれと諦念を滲ませながらも慣れた様子で応答している。

「カクークの声がするということは、家に居るんだな。それなら君の家からなら15分とかからず来れるだろ、調査に付き合ってくれ」
「まぁ××通りならすぐだが……何の調査だ?」
「ああ。とある計画のためにどうしても情報が必要なんだ、協力して欲しい。報酬は――果物でどうだ。カクークの好物をたんと用意しよう」
「マジかよきょうだい!最高かよ!」
「こらカクーク、暴れるなって!」

通話口から漏れる報酬を聞いたのだろう、カクークが通話の向こうではしゃぎだしたようだ。

……わかったわかった、すぐ行くから待ってろ。ただし、報酬はちゃんと貰うからな」
「ありがとうイファ。じゃあ、また後で」


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『おかえりなさいませ、ご主人様ぁ♡』

ちりんちりんとドアベルを鳴らしながらパステルカラーのドアをくぐると、客引きに立っている子と同じ制服を着た、目のぱっちりした女の子たちが可愛らしい声で出迎えてくれた。
急ぎ目で来たため少し汗ばんでいるイファと、日陰で涼んでいたオロルンはパステルカラーの調度品であふれる店内に通される。

「きょうだい……調査って言うから何かと思えば。いったいどうしてメイドカフェなんかに」
「これは極めて重要な作戦のための調査だ、イファ。漏らさず情報を持って帰る必要がある」

至極真剣な表情で、蝙蝠耳の青年はイファの顔を見つめる。ともすれば鬼気迫るような気迫に、よく連れ立っているイファですら一瞬たじろいでしまった。

「わかったよ、で、一体何を調べるってんだ。少なくとも、その顔はこの店でするような顔じゃないな。店員の女の子が怯えてるぞ」

くい、と親指で指し示した先には、おどおどした表情でメニュー表を抱きかかえている女性がいた。オロルンとイファの座る席にオーダーを取りに来ようとしていたのだろうが、オロルンの鬼気迫る顔を見てたじろいでしまったようだ。

「すまない、大丈夫だ。メニュー表を貰えるか?」
「は、はい、こ、こちらです!と、当店へのご来店は初めてでしょうかっ……!」

オロルンに呼ばれて、たたた、と席に来たその女性は、顔を赤くしながらメニュー表を差し出した。

「ああ、説明を頼みたい」
「ええと、当店は――


* * *
筆者弁明。メイドカフェ行ったことないので書けなかった。ご想像にお任せします。
* * *


……で、調査とやらはこれでよかったのか?」
「ああ、ばっちりだ」
「そりゃよかった。じゃあな、きょうだい。俺は帰るぞ」
「助かったよ、イファ。報酬は明日、新鮮なベリーを君の家に持っていこう」

初めて入ったメイドカフェで『調査』を済ませたオロルンは、イファを駅で見送った。
まだ夕方というにも早い時間だ。スラーインは今日は帰りが少し遅くなると言っていた。これであれば帰って十分……準備ができる。オロルンは口角を上げながら、今度はでかでかとペンギンのマスコットが掲げられている店へと向かった。

「多分だけど……サンタ服はあったし、売ってるだろ」


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大きなペンギンの描かれた黄色い袋を足元に転がしながら、オロルンは鼻歌を歌いながらキッチンに立っていた。刻んだたまねぎと鶏肉が入ったフライパンにケチャップとバターを流し入れるとじゅわっと良い音が鳴り、いい匂いが辺りに満ちる。へらで混ぜてしっかり馴染ませたところに解凍しておいたご飯を放り入れ、塩コショウでざっと調えながら味がまんべんなく行き渡るようにしっかりと混ぜていく。ヘラの端に少しだけ取って口に放り入れると、満足のいく味に仕上がっていた。

「ん!美味しくできたな。あとは……卵は帰ってくる直前に焼くか」

大きめのプレートにこんもりとチキンライスを盛り、その脇にベビーリーフのサラダを添える。オムライスだけだとちょっと味気ない気がしたので、ハート形のハンバーグと少しあっさりめのコンソメスープも別に用意する。ケチャップも百円ショップで買ってきた容器に入れて、先をちょっとだけ切り落としたものを用意済みだ。
食事の用意を終えたオロルンはエプロンを外し、いよいよこれだと足元の黄色い袋を開ける。その中には昼間、イファと別れた後に調達してきたとっておきの――メイド服が入っていた。

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だがしかし、あとは着て待つだけとなったこのタイミングで重大なアクシデントが起きてしまった。

「うっ……一番大きなものを買ってきた筈なのに……

背中のファスナーが上がらない。腕はなんとか通せたものの、それもぱっつぱつだ。
がばりと開いてしまっている背中のファスナーに手を掛けながら、息を吸い込んで腹を引っ込めて引き上げようとしてみるが、問題なのは腹囲ではなく肩幅のため何の効果もなかった。どうにかできないものかとあくせく奮闘していたが、オロルンの優れた聴覚が聞き慣れた愛しい人の足音を捉えてしまった。タイムリミットだと宣告するように、ガチャリ、と鍵の開く音がする。

「帰ったぞ……オロルン?」

スラーインが帰ってきてしまった。普段であればすぐおかえり、と声をかけてくるオロルンが出てこないことを不審に思ったスラーインが、灯りの付いているリビングの方へ真っすぐに向かってくる。

(まずい……きちんと着れてない……!)

だがしかしもはや猶予はない。オロルンは背中ががばりと開いた恰好のまま、付属のヘッドドレスを頭に付けた。慌てて付けたものだから、だいぶ斜めに傾いてしまっている。

「お、おかえりなさいませ、ご主人様」

慌ててリビングのドアに向かったオロルンは、よろけながらも昼間『調査』してきた台詞を放った。眼前に突然出てきた蝙蝠耳の大きなメイドに驚いたスラーインは、持っていた鞄をそのまままっすぐ床に落とした。

「な……どうした、オロルン。何があった」

驚いて困惑するスラーインの顔を見上げ、オロルンはしてやったりと笑った。このスラーインの顔を見られただけで、もう今日の成果は得られたと言ってもいいだろう。

「僕も今日知ったんだが、今日はメイドの日らしいんだ。だから、メイドになってみた。――コホン。ご主人様、ご飯が出来ておりますが、いかがいたしますか?」

ドヤ顔で台詞を述べるオロルンを見て、事態がようやく飲みこめたスラーインは大きく溜息を吐いた。着ていたジャケットを脱ぐと、そのままオロルンに被せた。

「夕飯を貰おう。だが……オロルン、その恰好では風邪を引く、着替えて来い」
「それは出来ない相談だ。僕は今日、メイドだからな」
「ハァ…………好きにしろ」
「上着はお預かりいたしますねご主人様!」

うきうきで上着を預かったオロルンはいそいそとラックに上着をかけると、たたたとスラーインに駆け寄って料理を用意しているテーブルへと案内した。

「今から卵を焼くから、少し待っていてくれ」
……ああ」

うきうきでオロルンがキッチンに立つが、ざっくりと開いたままの背中に痛いほどスラーインの視線が注がれる。流石にこそばゆく感じたオロルンは、少し困ったような顔でお願いした。

「その……すまない、背中が閉まらなかったんだ。恥ずかしいから、そんなに見つめないでくれ……
「それは出来ない相談だな。そんな恰好をしているお前が悪い」
「うぐ」

背中に視線を受けながらフライパンを振り、きれいなオムレツを仕上げるとスラーインが待つテーブルへとそのままフライパンごと運んでいく。焼きたての卵をチキンライスの上に置き、いそいそとフライパンを片付けてテーブルナイフですす、っと切れ目を入れる。かぱっと開いたとろとろの卵が、橙色のチキンライスを奇麗に覆い隠した。

「さて、ここでさらに僕からの愛情を注がせていただきます」
「これ以上か?」
「うっ……そ、そうだ。な、何か好きな動物はいらっしゃいますか?」

ケチャップの容器を手に持ちながら問いかけるが、何かツボに入ってしまったようでスラーインは口元を手で隠しながらくくくと笑っている。

「そうだな……蝙蝠が好きだ」
「うぐ、こ、こうもりですね、では描かせていただきます」

耳まで真っ赤になってしまうのではないかというくらい、オロルンの顔は熱くなっていた。これではどちらが仕掛けたのか分からないではないか。照れでプルプル震える手をどうにかこうにか制御しながら、オロルンは可愛らしい蝙蝠の絵をケチャップで描き上げた。元々、絵は得意なのだ。

「ほう、上手いな。とても愛い」
「っ……!も、もういいだろ、冷める前に食べてくれ」
「メイドになるならもっと徹したらどうだ?」
「うぐっ……ぼ、僕の分も焼いてくるから先に食べててくれ」

照れに耐えきれなくなり、オロルンはいそいそとコンロへと戻って二つ目の卵を焼く。スラーインに出したのより幾分か不格好な卵が焼きあがったが、自分で食べる分には関係ないやと適当に自分の皿に盛った。フライパンを片付けて戻ると、スラーインがオロルンの卵をナイフで割ってケチャップを握っている。だが、オロルンが気づいたときにはまだ何も描かれていなかった。

「君が描いてくれるのか?」
……描こうと思ったのだが、思いつかなかった」
「そうだな……じゃあ、星を描いてくれないか?君と言えば、仮面の星の印象がやはり強かったから」
「承知した」

だがケチャップなんていう慣れない画材では直線を引くのさえ思ったよりも難しく、かなり不格好な星がオロルンのオムライスの上に降った。

……見なかったことにしてくれ」
「そんなこと言わないでくれ。君が描いてくれたことが嬉しいよ、ありがとう」

さあ冷める前に、と二人でオムライスを頬張った。
スラーインは、潰してしまうのが惜しいとケチャップの蝙蝠をよけながら食べ進め、いざ手を掛けねばならぬとなると、少し残念そうにしながら崩していた。

スラーインは食後の珈琲を口にしながら、やれやれといった溜息を吐く。

「全くお前は……時々、本当に突拍子もないことをする」
「ふふ、君の驚く顔を見れて、とても満足した」
「本当に満足したのか?」
「えっ、それはどういう……

がばりと開いている背に手を差し込まれると、オロルンの口から意図せず甘い声が漏れた。

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格安の殿堂で購入したてろてろの生地のメイド服は、数刻後にはどろどろのぐしゃぐしゃになっていた。
くてんと力が抜けているオロルンを抱きかかえ、浴室へと運び入れるスラーインは大層上機嫌だった。

「オロルン、後で採寸させてもらうからな」
……え?」