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sew_tatibana
2025-05-13 00:23:57
2782文字
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n回目のただいま
9.来世紀もそばにいて (ジョチェ:anaoさんリクエスト)
絵葉書/透ける香水瓶/揺れるカーテン
料理の専門学校に通うため、この街に越して来て三か月。季節はひとつ駒を進めて、夏の入り口に片足を突っ込んでいた。
南の島生まれで暑さには強いと自負していたけれど、妙に湿度の高い籠った空気にはどうにも身体が慣れない。かといって部屋に備え付けのエアコンとも相性が悪く、窓を開けても夜中までうるさくて、ここ数日うまく眠れていなかった。
そんな状態でどうにか今日の講義を終え、家まで続くいつもの商店街を歩いていたときだ。夕方の、買い物客が増える時間帯の雑踏の中、ふいに視界の端に白い影を捉えた気がした。
普段ならその程度で足を止めることはない。しかし、どうにも気になってそそくさと踵を返す。
老舗の八百屋と渋い喫茶店との間。人ひとりがかろうじて通れるくらいの細い路地に、白いきれいな毛並みの犬が一匹佇んでいた。
その、つぶらな瞳と完璧に視線が絡む。寝不足のぼんやりした頭で、けれどそう感じるくらいにはじっとこちらを見据えている。そんな白い犬の首元には、黒い首輪が巻かれていた。この毛艶だし、きっとどこかの飼い犬なんだろう。
「どうした?俺に何か用か?なーんて
――
うわっ!?」
問い掛けながら頭を撫でようと手を差し出した途端、シャツの袖口を噛まれ、力強く引っ張られる。
「
……
わかった、わかった」
何か無視できない必死さを感じて、導かれるまま歩みを進めることを決めた。
俺がちゃんとついて来ることを確信したのか、白い犬は一定の距離を保ちつつ、時折こちらを振り返りながら路地の奥へと誘い込むように進んでいく。商店街から一本入っただけなのに、喧騒はみるみる遠ざかっていく。通り沿いに置かれた室外機の運転音だけが、やたらと大きく聞こえる気がした。
「おーい、どこまで行くんだー?
……
っと」
どこかの家の勝手口とちいさな換気扇、室外機の脇に点々と置かれた植木鉢くらいしかない路地を抜けた先で、神社の鳥居に出迎えられた。周囲を見渡してみるが、自分の住んでいるアパート周辺とたいして変わらない風景が続いている。どこかで見たことがあるような、似たり寄ったりの住宅街だ。
「こんなとこに神社あったんだなぁ」
新しい生活に慣れるのに必死で、まだまだ街の開拓まで頭が回らない。スマホで地図を確認しようとジーンズの後ろポケット手を伸ばしたところで、今まで一度も鳴かなかった白い犬が『ワン』とひとつ鳴いた。
その凛とした声につられて顔を上げる。白い犬は神社の入り口の並びにある一軒の古い平屋の前に座り、またこちらをじっと見据えていた。鳴き声に呼ばれるように平屋へ近づくと、白い犬は少し空いた引き戸の隙間から中へと入っていってしまった。
木製の枠に古いガラスのはめ込まれた引き戸から、淡い光が灯る室内をそっと覗いて目を瞠る。棚や箪笥から、黒電話やラジカセまで、大小さまざまな生活道具が所狭しと置かれていた。いわゆる古道具屋というやつだろうか。どの道具もきれいに磨かれて、行儀良く並んでいるように見える。
再度軒先を確認すれば、流れるような字体で『櫻花堂』と書かかれた小さな木の板が掲げられていることに気付いた。やはりお店のようだ。
「ごめんくださーい
……
」
ゆっくりと、自分が通れる幅だけ引き戸を開けて、戸をくぐる。室内の空気に包まれた途端、妙な懐かしさを覚えた。地元のばあちゃん家とは全く違う。内地の日本家屋なんてほぼ初めて足を踏み入れたはずなのに。
出入口の正面に置かれた腰高の桐箪笥の上にはさまざまな小物が並べられている。筆に硯。和綴の本。手鏡や木箱。淡く透き通った香水瓶。初めて目にするそれらを眺めながら、次の瞬間にはなぜか既視感が込み上げてきて、どうにも不思議な感覚に陥る。
不意に頬に風を感じて視線を向けると、古い扇風機が目に入った。壁際に置かれた背の高い棚の真ん中に置かれたそれが、店内に柔らかな風を届けている。暖簾代わりなのか、土間と居室の堺に吊るされた薄いレースのカーテンがその風に煽られ、ぶわりと人型に膨らんで、弧を描いて元に戻った。
奥には和室が続いているようだが、ひっそりとしていて人の気配がない。そういえば、先程の白い犬はどこに行ってしまったのだろう。
カーテンの隙間から和室の奥を覗いてみると、その壁にいくつかの絵葉書が飾られているのが見えた。額縁に収められたそれらはどれもかなり古いもののようで、どれもどこかの風景が描かれたものだった。どういうわけかどの景色も見たことがあるような気がして、再び妙な気持ちになる。
「なんだい、本当にお客さんじゃないか」
「うわっ!?」
急に背後から声がして、思わず叫んでしまった。驚きすぎて、その場でちょっと浮いた気さえする。
おそるおそる振り向くと、すらりと背の高い、青い髪の男が立っていた。今の今まで人の気配を感じなかったのに、いつの間にこんな近くに来ていたんだろう。
「
……
え」
俺が言葉に詰まっていると、男の赤い瞳が、まんまるに丸くなっていくのがわかった。
「えぇ!? いやぁ、驚いた! あぁ~もう、なんだってこんなときに限ってあいつは僕に店番なんか頼んで出掛けてるだい!? おーい、カーラ!」
「ワンッ」
何故か俺よりも驚いた様子で何事かを叫ぶと、どこからともなく先程の白い犬も再び姿を現した。
そうか。お前、『カーラ』っていうのか。
「よし。準備はいいかい?」
「えっ!? あっ、はい
……
ハイ?」
なんだかその名前の響きにも懐かしさを感じて、いよいよ少し怖くなってきたところで、青髪の男から声を掛けられた。
「僕の瞳を見てて」
「え
……
」
考える間も無く、言われるがままに男の瞳を見てしまった。途端、身体が固まって動かなくなる。
「よし、それじゃあ呼ぼう。ワン、ツー、スリー
――
」
パチン、と目の前で指を鳴らされ、その音に合わせてギュッと目を瞑る。
「
……
あれ?」
ハッとして、すぐに目を開けた。一瞬、ここがどこで、なぜ自分がここにいるのかわからなくなった。
頬を撫でる柔らかい風に気付いて顔をそちらに向けると、視線の先に古い型の扇風機があった。
――
ああ、そうだ。俺は、この扇風機を探してたんだ。
扇風機の首がゆっくり二往復したあと、何やらブツブツと呟きながら、畳を滑る足音が聞こえてきた。
「一体何なんだ、愛抱夢のやつ!用件も言わずに今すぐ戻れだなん、て
……
」
揺れるカーテンが人型に膨らんで、弧を描いて再び元に戻る。そのカーテンの切れ目から顔を出した、きれいな桜色の髪の男。
みるみる彼の目が丸くなり、ポンッという音と共に、頭から狐の耳が飛び出した。
「見えちゃってるよ、薫」
思わず笑いながらそう言えば、懐かしい匂いに強く強く抱き締められた。
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