TotK二周年おめでとうございます!! 任天堂さん素晴らしいゲームをありがとう!!
ということで、一周年おめでとうの記事(
https://privatter.me/page/663ff254d8cfb) を書いてから丸一年。
今日読み返してみたら、随分昔に書いたものののような気がして、けれどもまだたった一年しか経っていないということが不思議です。
TotKを最初にプレイした頃のことは一周年の記事に書いていましたが、つまりそういう感じでした。なんだか色々なことがうまく噛み合わなくて、社会とも噛み合わなくて、体調も噛み合わなくて、歯の大きさも形も色も材質も全く違ういろんな歯車がお互いの動きを食い止めて常にギシギシと軋んでいるような日々でした。自分に自信がなく、色々なことにうんざりして疲れ切っていたし、色々なことに漠然と諦めを抱いていました。
というのが二年前。
それでは一年前はと言うと、Totk発売から一年の間に同人活動を再開し、交流を始め、ブレティアでのイベント参加も決め、私生活では仕事を始めと、色々と新しいことに取り組み始めた面白さと嬉しさがありました。先の記事は文章がちょっと浮かれていて面白いですね。具合が悪かった頃がまだ身近だったからか、新しい自分になれたというような嬉しさがあったように思います。
TotKの発売日を起点として、二年前、一年前はそんな状況でありましたが、
では今の私はというと、
一年前に始めた仕事を丸一年頑張り、転職のお話を頂いてこの間転職し、新しい職場で毎日堅実に働いています。
二年前は体調に不安があり勤めに出ることに気乗りがしませんでしたが、今は毎日朝早く起きて仕事に向かうことができています。
人付き合いに気負いがなくなりました。友達も増え、お茶をしたりご飯に行く友達が増えましたし、オンでも仲良くしてもらえる友達がいてくれて嬉しいです。
創作も順調です。書きたいことがたくさんあって時間が足りません。ブレティアで書きたいことを書き切るには十年くらいのスパンで考えるのが良いだろうなあと思っています。
そんな感じで、かなり、いい感じで過ごすことができています。
二年前、薄暗い部屋でTotKをプレイしていた頃の私とは、なんだか全く別の自分になったなという気がします。
☆ ☆ ☆
エンターテイメント、娯楽、遊び、余興、余暇
お話、物語、フィクション、作り話、創作、想像、妄想
これらについて考えます。
遊びの類も、物語の類も、生活に必ず必要なものではないと、一般的には捉えられがちです。
なんなら、娯楽や物語を敵視するようなひともままいるようです。
人は生きるために必須の物事に取り組み、また学ぶために時間を使うべきであって、遊んで時間を浪費したり、空想にばかり耽るのは、生きることに不真面目だと捉えられる向きもあります。
けれども本当にそうかな、ということを私は思うわけです。
二年前、私の生活はひとつの行き詰まりの中にありました。何を学ぼうにも学べず、どこに行こうにも行けず、何になろうにもなれず、すべての道が塞がっているように思えて、ただただ途方に暮れていました。
いくらかの絶望もあったと思います。絶望というのはすべてが劇的なものというわけではありません。穏やかな絶望というのもあります。自分の人生の一つの行き止まりを終着点だと思った時に、そこにあるのは沼にゆっくりと沈んでいくような、穏やかな絶望でした。
その時期は本も読めなくなっていました。本を読んでも目が文字の上を滑って何も入ってこない。
私にとっての何かのために本を読まなければという気負いもありました。読めないと余計に気負って、すべての本が嫌いになりました。
行き止まりでもうどこにも行けない。本も読めない。体はしんどいし、ずっと眠い。
けれどもゲームで遊ぶことはできました、辛うじて。
スプラトゥーンでひたすらシャケをしばく日々。
やがてTotKの発売を知って前作のBotWをプレイし、クリアし、
TotKの発売日からはひたすらティアをプレイし続けました。
任天堂が作り、私たちに開いてくれたブレティアの世界は、優しかったです。
ブレワイではまず、リンゴを拾って焚き火で焼くところから始まり、木を切ったり、池を泳いだり、棒を持って走ったり。
やがてパラセールを手に入れ、空を飛んで下っていくことができるようになる。
祠の謎解きは難しいけれども、解くことができれば嬉しい。
走ったり、泳いだり、料理したり、飛んだり、戦ったり、休憩したり。
最後には囚われのお姫様を救うことができる。
ハイラルの世界は、私に成功体験を積ませてくれました。多分、そういうことだと思います。
ブレワイからティアへと物語を進め、ティアの物語に触れてからは、その物語によって描かれたあまりに大きな愛と傷に居ても立ってもいられなくなりました。
語って、語って、語りまくって、なんなら小説という形でさらに語って、語り尽くせなくて、今に至ります。まだまだ語れる。
そうして語っている間に私は新しい生活にスライドし、新しい人間関係に触れ、気がつけば全く違う私として今ここに立っている。カーテンを閉め切った部屋でうつらうつらと眠り、むくっと起きて鈍く痛む頭でSwitchを起動していた日々から、たった二年の間の出来事です。
人生の行き止まりに出くわした時、そこに必要なのは遊び、そして物語ではないかなと私は、自らの経験から思うのです。
シリアスに思い詰めることからいっときでも開放されて、ただただゲームの中のことだけを考えるような時間。
ゲームの中で小さな「やりたい」「できた」を積むことでの、小さな小さな階段を上るような成功体験の蓄積。
物語に心を動かされ、それを誰かに伝えたい、共有したいと思う感動と衝動。
そういう体験を与えてもらって、それらが推進力となり現実に影響し、その推進力はまだまだ活きていて私の背中を押し続けてくれています。私の人生はブレティア(+スプラトゥーンのシャケしばき)によってここまで運ばれてきました。
人生を新しい場所に運んでくれた作品として、私はブレティア、特にTotKを愛していますし、
これからもその世界を楽しみ、目一杯遊び尽くす事ができればいいなと、そのように思います。
そしてそのような遊びと物語を私に与えてくれた任天堂さんのことは、きっと一生好きです。
ありがとう、任天堂さん。どこまでも付いていきます。
というわけで、TotK二年目の記録でした。
来年の私は一体どうなっているかな。楽しみですね。
☆ ☆ ☆
追記。二年前は色々しんどかった時期でしたが、そういうしんどい時期に一つの作品に出会って撃ち抜かれるように感動してそこから人生変わるっていうような経験、なかなか得がたいものだったと思いますし、朝から晩までひたすら没頭するというゲーム体験ができたのはあの時期だからこそでした。
脳みそをどこまでもハイラルに同化させていって、現実の空を見上げて自然と白龍を探したあの感覚は忘れがたいです。今ではできない経験だと思うと少し淋しくも思います。