斑はんとわしがそれぞれの道を歩きだして一年と少し。また巡ってくる新緑の日に、わしは頭を悩ませとる。
誕生日の贈り物。ラブはんが言うには〝誕プレ〟を、心を込めて渡したいと思っとるのに。思っとるのに! なにも浮かばんのは、わしと斑はんが恋人と呼ばれる関係になって一年経っても変わらなかった。
一年前の今日、贈り物を贈るどころか誕生日すら忘れとった最悪のわし。気持ちと勢いに任せて斑はんを好きやっち言うたのも、この日。わしの〝誕生日おめでとう〟を〝最高のプレゼント〟っち言うた男は、今もわしの隣で歩幅を合わせて日々を送っとる。
当然会えない日は多い。星奏館で顔を合わせられるかと期待すればマンションに帰っとったり、ほんならマンションに行ったろうと思えば海外やら祭りやらに飛んでる最中やったり。
恋人とはいえ、ある程度そういう距離はある。そしてそれが居心地がええとも思う。
――けど。
「
……近づきたい、なぁ」
思わず口をついて出た言葉は、あまりに恥ずかしすぎる本音の本音や。斑はんも同じ気持ちやったらええなぁ
……なんて、まるで片想いのときみたいに考えよる。
このままでいたい。
けど近づきたい。心も身体も。
斑はんとは身体も許した仲やけど、それでもどうしたって距離はある。仕方ない。〝三毛縞斑はん〟と〝桜河こはく〟は、それぞれ別の人間や。仕方ない。
……それなのに。その距離を寂しいっち思うようになってもうたのは、全部が全部斑はんのせいや。
斑はんにもらった痛みや悩みなら大切やっち思う反面、ちょっこし胸の内側を引っかかれたような、そんな痛みを孕んどる。
この現状を、打破したい。変えたい。
誕生日を祝いたい。
その一見違う二つの気持ちがいっぺんに押し寄せて、
「
……指輪はさすがに重いやろ」
つい、そんなところまで行き着いてもうて、少し冷静になった。
思えばここはESの社員食堂や。人目の多い場所でこんなこと考えとったんかと、今になって顔が熱い。いつ届いたか覚えとらん巨大なパフェグラスで、向かいの席でも顔は見えてないやろうけど
……。ああ、いつまでも恋愛初心者マークやな、これ。
そうして気恥しさに顔を覆った瞬間、
「お隣お邪魔するぞお☆」
頭上から降ってきたとんでもない大声に、椅子から三センチは飛び上がった。
「っ
――たく! そのデカい声なんとかならへんのか! 気配消して近づくな言うたやろが!」
「はっはっは! そういうこはくさんの声も大きいなあ? すっかり食堂中の耳目を集めてしまった」
「
……ぐっ
……」
ぐうの音も出ぇへん。フフンと得意げに胸を張ったこいつが憎たらしい。こういうところはお互いちっとも変わらへんわ。
「
……お邪魔していいかあ? いい加減蕎麦が伸びてしまう!」
「
……え? あ、ああ、ええよ」
……前言撤回。少しは遠慮を憶えたらしい斑はんが、ニコニコ満面の笑みで隣に座る。
「向かいが空いとるやろ。なんで隣なん? 窮屈やし」
「冷たいなあ!?」
「別に冷たくはないやろが。ほんまのことや」
「
……本当にお邪魔してしまったみたいだなあ。それじゃあ俺は退散るとし」
「すんなド阿呆が!」
「ええ
……? 君、今日変だぞお?」
すっかり首と耳としっぽを下げてもうた猫のような隣の男を見上げて
――悔しいけど見あげなあかんねん
――、わしの右手が斑はんの左手を取る。
「こはくさん?」
少し声を潜めてこっちの様子を伺った斑はんは、驚いとる顔してる。他の人が見たら普通に談笑しとる顔なんやろけど、わしにはわかる。驚いとるときの顔や。ほんで、少し緊張して怖がって期待しとる。手から感じる脈も汗もそう言うとる。
わしが近づくときはいつもそうやった。距離が遠くて遠くて仕方なかったあの頃。頑なに一人で汚れようとしとったあの頃。少しだけ近づいたあの頃も。こんド阿呆は、いつでも自分以外の誰かが懐に飛び込むことを嫌がる、不安がる。逆も然りで、自分が誰かの懐に飛び込むことを避ける。そうして独りぼっちを生きてきた斑はんが、
……斑はんが、わしに気を許してくれたの。いつからやろか。
「
……こはくさん? 本当に
……熱でもあるのか?」
いつからやろ。
そんなことに怯えながらもわしの手を取ってくれたの
……いつからやろか。人を本気で心配したり、人を愛したり、そういうことが上手になった斑はん。
今も心配そうにわしの顔を覗き込んだ斑はんを、そんなふうに変えたのは、わしと、斑はんの共同作業やっちことで、
――ええやろか。
「斑はん」
「ん?」
「この後。指輪、選びに行こ」
「っ
……はっ?
……え、っああ
……指輪なあ
……? 気に入ったものを
……って! いや! なんでそんな突拍子もなく、君
……!」
「わしからのお誕生日の贈り物や」
「
――!?」
柄にもなく声すら出せずに目を白黒させとる斑はん。そらそうや、堪忍な。こうして突拍子もなく声が飛び出たのは、去年の誕生日の日と同じ。まぁた驚かせてもうた。
「こはくさん! そういうのは君が大人になって本気で愛する誰かを隣に
――」
「また! 阿呆言うな!」
「
……」
「
……な、今急にな。本当はずっと心の底で思ってたんやろうけど
……斑はんのこと、一生愛でたいっち思った。一生一緒に隣で歩きたいっち思ったんよ。〝本気で愛する誰か〟は三毛縞斑っち男。他に理由、いるか?」
「っ
……いや、だから」
「斑はんが! そういう意味で好いたたった一人のお人や!
……そういう意味。
……それとも、やっぱりあかんか?」
「
……いや」
「嫌?」
「
――じゃ、ないから
…………自分でも驚いてる、んだが
……」
この言葉と、茹で蛸より真っ赤になった斑はんのカオでみんなわかる。全部ぜんぶ、わしのことを好きっち言うとるときの顔。
「
……ちゃんとしたプロポーズは改めてさせてもらうわ。今は、
……誕生日、祝わせてな」
「
………ほんとうに
……」
〝君って人は
……〟
そう言いながら泣き笑いみたいな眩しそうな笑顔を向けてくれる斑はんが、
「ほんまに。世界で一番大切なお人」
その言葉の通りに、大切で。
うっかり目が潤んだわしと、つられたのか白目が赤い斑はん。
「これからも、よろしゅうに」
「
………………ああ」
返事まで随分間があったけど。知っとるんよ。斑はんが黙るときは、嘘がつけない図星のときか、照れてるときやって。
溢れ出した二人の笑顔と痛い目頭がなによりの答えで、手を握りしめるそれぞれの手に、力がこもる。二人とも同じ引力で惹かれあって、手にこもる力も同じだけ。
それだけで、わしは結構、
……ちゃうな。最高に、しあわせや。斑はんも同じなんやろ、っち、思ってもええやろか。
「
…………ありがとう」
「わしこそ。斑はん、生まれてきてくれて、おおきに」
ついに言葉を失った斑はんが天を仰いで、右手で目元を押さえた。そんな動作も嬉しくて、やっぱり、わしは天下一の果報者やな。
込み上げる愛おしさに際限なんかないっち思わせてくれるこん男と、わしは
――わしらは、お天道様に照らされた道を歩いてく。そう、誓いの指輪を薬指にはめるのが楽しみで仕方ない。斑はんはどんなデザインが好きやろか?
一瞬で思考を巡らせて手を握る。
「
……こんなことになるなんて、あの頃は想像もつかなかった、なあ
……」
惚けたような声が愛おしい。胸を裂くような切なさも、胸を満たす幸せも、全部ぜんぶ同じやったら、ええな。な、斑はん
――?
すっかり伸びてもうた十割蕎麦を見た斑はんが悲鳴を上げて、それから笑った。
「世界で一番、美味しいなあ」
アイスが溶けて生クリームが傾いた大きいパフェをスプーンで掬って、わしも笑う。
「ほんまや!」
これからも、こんなしょうもないことで笑い続けたい。他ならない斑はんの、隣で
――。
「
……こ、こはくっちィ
……? 邪魔しちゃって悪いけどォ
……。一応、その、おれたちもいるからねェ
……?」
その声に二人して椅子から五センチ飛び上がったのは、すぐ後の話。
fin.
Happy Birthday Madara!!
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