awase
2025-05-12 16:12:48
10664文字
Public ナルサス
 

【新刊サンプル】LOVE DOLL

7/13に出す風俗勤務ナルト×サラリーマンサスケの冒頭部分
※サスケにがっつり元カレいる
※サスケマチアプやってる

    

 うちはサスケ 一

 うちはサスケ29歳にこれといった悩みはない。
 朝は7時に起き、週に5日8時間働いて、夜7時過ぎに1LDKの自宅に帰宅する。
 そこからのルーティンも決まっていて、来ていた服をドラム式の洗濯機に突っ込み、レンチンのみで食べられる野菜中心のワンプレートデリを食べ、10分間の入浴、夜9時にはその日やるべきことを終え自分の時間をまったりと過ごす。そんな生活がもう長いこと続いているが不満はないし、同じことを繰り返すことへの飽きや不安も微塵もない、というのがうちはサスケという男だった。
 いつものようにバスタイムを終え、タオルで雑に髪を乾かしリビングのソファに腰掛ける時間は至福といえる。
 一日の疲れをまるごと癒してくれる大きくてふかふかのソファは二年前の冬のボーナスで購入したものだ。独身を悠々自適に満喫し、給料すべてを自分の生活のためだけに使えること以上に有意義なことはない。
 一日中つけっぱなしの空調は、外の気温と湿度を感知しオートで調整してくれるものなので、風呂上がりのサスケがリビングに来たとなれば正しく湿度を調整しようと稼働しだす。
 ソファに寝そべる家主にやわらかな冷風を送るべく働き始めたクーラーの涼やかさを浴びながら、寝るまでのひと時の暇を潰そうとSNSを開くと、ひとつの投稿が目に入った。
 独身生活に不満はないが、なんだか人恋しくなった夜に好みのアダルトビデオ男優をフォローしてからというもの、タイムライン型のニュースアプリのおすすめフィードに女性向け風俗に勤務する男のポストが表示されるようになってしまったのだ。全く関心がなくスルーしていたのだが、最近頻繁に表示されるセラピストの投稿が目に入り、暇つぶしがてらタップした。
『今日も出勤してます!その前にラーメン食べに行く!』
 なんてことはないテキストとともに、首から下の写真が添付されている。いいね50、リポスト15、リプライ3件。
 風俗店勤務の男に堂々とリプライする女ってどんな奴だよ、という興味で開くと、大体想定の範囲内のリプライがぶらさがっていた。
『今日出勤だったんだねー。予約すればよかった……。まだ間に合いますか?』
『あの日からナルトくんのことが頭から離れないです。またすぐに会いに行きたいです』
『突然すみません。彼女が女性向け風俗に行きたいと話してるのを聞いてしまいました。浮気だと思いますか?』
 混沌……。サスケはスマートフォンの画面を右にスワイプし、ナルトという男のホーム画面に戻る。
 メディア欄に飛びなんの気なしに過去の投稿写真を眺めていると、やたらとガタイがよいこと、なのに筋トレジム系の投稿が一枚もないこと、ラーメンばかり食べていること、かなり質素な生活をしていることが無意味に把握できた。
 あまり暇つぶしにならなかったな、と、やはり好みのアダルトビデオ男優のメディア欄でも眺めるかと思っていた頃、ナルトの全身の後ろ姿が写っている写真が目に飛び込んで思わず指が止まった。
(金髪だ)
 どの写真も首から下や、腕が映り込む程度のものだったので、髪色が明るいとは思わなかった。
 ちょうどサスケの好みの男優もガテン系の体格のいい男で、金髪なのだ。昔から何故か無性に惹かれるその色にふらふらと吸い寄せられ、後ろ姿が映り込んだ写真をタップする。テキストには、『ラーメン食いすぎてちょっと太ってた』と書かれていて、案の定固定客らしき女たちからカッコいい、逆に好み、早くナルトくんのエッチな体見たい、とセクハラリプライが飛びかっていた。
(こいつ20代前半……ではないよな。26くらいか?すげー仕事してんな)
 率直に、過酷な業界にわざわざ居座っているんだな、と思った。
 サスケの周りにフリーターらしき男はいても、夜職に身を投じている同世代は男女共にひとりもいない。会社の事務職の新入社員が、給料が低すぎるという理由でラウンジ嬢を副業にしてるという話しはたまたま小耳に挟んだが、性風俗産業というのはサスケにとって縁遠いものだった。
(まあ、よっぽど稼げるんだろうな)
 でなければ、辻褄が合わないと思ってしまう。
 自ら体を売るというのはサスケの人生の選択肢にはないものだ。そこまで思い至り、過去の嫌な思い出がざらりと心の底を撫でナルトのプロフィールホームから離れる。
(オレには一生縁がない世界だな……
 スマホを閉じ、ぼうとソファに身体を預けゆるやかな冷風を浴びる。
 少し肌寒いと思えばブランケットに包まり贅沢に空調を味わってもよいのだから、やはりひとりは楽だ。どれだけ人恋しい夜があろうとも、この生活を手放すことはできない。
 ぼちぼち寝室に移動しようかと思い始めたところで、マナーモードを切っていたスマートフォンが通知を知らせる。メッセージではないアプリの通知音に、今の今まですっかり忘れていた事柄が思い出されやや気落ちした。
 スマートフォンを手に取ると、顔認証で開いた画面には案の定出会い系アプリからの通知が入っていた。
 どうでもよい気持ちでメッセージを開けば、先週どうしてもセックスがしたくなって適当に連絡を取った相手から、『明日の夜空いてますか?』とメッセージが届いている。
 明日の夜ということは、相手もたった今性欲が湧き上がって手頃に発散できる相手を探しているということだ。
 ハァとため息をつき、だらりと左腕をソファの下に降ろす。ごん、とカーペットの上に落ちたスマートフォンが鈍い音を立て、その鈍くて重い音はサスケの心の内をありありと反映しているようだった。
(会いたくない……
 唐突に面倒になった。もしあの日ムラムラとした気持ちのまますぐに会っていたら身体を重ねたかもしれないが、今となってはわざわざ待ち合わせ場所を決め前戯のような食事をして、ラブホテルで洗浄するという流れの全てが煩わしい。
 カーペットに落ちたスマートフォンを拾い、『明日は空いてません』とだけ返事をして通知が入らないように設定を変える。
 このように年に数回、出会い系アプリで相手を探しては結局面倒になって会わない、ということがもう何年も続いている。ハッテン場のような場所でモテた試しもないし、という過去の経験がサスケの気持ちをいくらでも重たくさせた。
(生身の男とヤってなさすぎて、もう入るかもわかんねー……
 夜のお供はもっぱら細めのディルドと、好みのAV男優だ。ゲイビデオの男優ではないが、イケメンAV男優としてそこそこ人気の男。体格がよくて、つり目で、好みドンピシャの金髪。そいつで抜くのが週末の楽しみだったのだが、今日はそんな気も失せた。
────サスケってなんか、付き合うとイメージ違うよな
 少し沈んだ気持ちに引きずられるようにして過去の記憶が引き起こされ、瞼を閉じて振り払う。
 リビングの電気を消して暗い寝室に移動し、クイーンサイズのベッドに飛び込むと自分の匂いで落ち着いた。

 19歳の時一年間ほど付き合っていた彼氏がいる。
 初めての恋人だった。
 大学生だったサスケはその頃、成果が得られないなりにゲイバーに通っては、日々「顔が整いすぎててそそらない」やら「あんたってタチなら無双できるわよ」と言われる夜を過ごしていた。
 たまに声をかけてくる男もいたが、慢性的にタチが不足しているゲイコミュニティで寄ってくるのはネコ希望の男ばかりで、本当に成果がない毎日だった。
「そもそも、あんたゲイじゃないでしょ」
 ゲイバーの店子に言われた言葉が刺さりすぎて、その日はやたらと深酒をしてしまった。
 ゲイではないけど性対象が男、なので男に恋愛感情は抱けない、という自分の性質にほとほと嫌気が差していた時期で、自暴自棄になり酔っ払ったまま真っ暗闇のハッテン場にその日はふらふらと赴いた。
 重い扉を開けると地下に続く階段があり、降りていくにつれ全く視界が利かなくなるほど暗い室内の中、ロッカーで下着以外を脱ぎ顔も知らない相手と性欲を満たす場所。
 サスケは19歳時点で身長が180センチを超えていて、小中高と運動部だったこともあり、脱いだ瞬間ネコ希望の男たちに群がられたことを記憶している。
 それらの手をやんわりと払いながら、壁を伝って歩きつつどうしたものかと所在のなさに突っ立っていたところ、最初に手を出してきた男が後の彼氏になった。
 はじめて男に抱かれたことが嬉しかったし、顔もわからない相手に立ったまま後ろから犯されることに涙が出るほど興奮した。今思えば雑極まりないセックスをされたが、初めてだったから何も分からぬまま相手に身を委ね、「オレたち相性いいよな」と囁かれたことにバカ正直に頷いた。
 行為が終わり、共に外に出たあとようやっとサスケの顔を見るに至った相手の男が、「タイプの顔でよかった」と言ってくれたこともあの時は嬉しかった。
 一ヶ月程度のセフレ期間を経てようやく恋人の関係になったが、それからの一年間は記憶が定かではない。
 3歳年上のフリーターの彼氏の家に入り浸り、毎日毎日頭がおかしくなるほどセックスをして、大学もほとんど行けていなかった。あまり大事にはされていなかったのに、初めての恋人に舞い上がりすぎて、サスケは心からその男に入れ込んでいた。求められることをなんでもしたし、フェラが下手だと怒る彼氏のために必死になって練習して、褒めてもらえるのだとわかれば口に出されたものを飲んだし、最終的にコンドームもローションも全額サスケが負担していた。
 そして、尽くしすぎて怖い、という理由である日突然フラれた。
「もっとクールだと思ってた」
 ショックだった。意外と甘えるところが好きだと言ってくれたはずだったのに。
「あと重い。オレが頼んだらなんでもやるわけ?」
 なんでもやれと言われたからそうしていたのに、喜んでくれていると思ったのに、ウソだったのだろうか。
「サスケってなんか、付き合ったらイメージちがったわ」
 一年も付き合っておいて言うな。
 事後の賢者タイムの冷たさを全面に出した彼氏から次々浴びせられる否定の言葉に呆然としていると、そういうとこなんだよ、と面倒そうに言われ、ひどく傷ついた。
「すぐそうやって機嫌取れアピールするし、めんどい」
…………してないだろ。機嫌取れなんて、思ってない」
「じゃあなに、かわいそアピール?尽くしてるんだから愛されて当然的な?」
「そ……
「ま、いーや。別れよ」
 その前にもっかいヤらして、と押し倒され、茫然自失のまま揺さぶられ天井を見つめていた頃には、そういえば自分が男を好きではないことを思い出していた。
 初めて性的対象に付き合おうと言われ、身も心も染まり上がった気でいたが、この一年間の気持ちは一体なんだったのだろう、と思っていた。
 セックスのときも音楽やら動画やらを四方八方から垂れ流す彼氏の部屋で最後の一回をしている最中、プロジェクターから壁に映し出された恋愛リアリティショーを眺めた。
────運命のひとは、ひと目でわかりますよね
────その人が纏う空気が全然違うもん。あ、って思っちゃう
────目が合った瞬間、この人と一生一緒にいるんだろうなって直感でわかるよね
「へー……
「は?恋リア見てんじゃねえ」
 流れていたから見ていただけなのに、なぜか機嫌の悪くなった彼氏がブツリと動画を止め、熱心に絶頂を求めて動くのを無関心に受け止めた。
 恋愛リアリティショーのMCが言うことが本当なのだとしたら、運命の相手はこいつではなかったのだ。
 数ヶ月美容室に行っていないせいで、根元が黒くなった軋んだ金髪を指で梳く。金髪が好きだと言った翌日にブリーチをして染めてきてくれたあの日の愛情は失われたということ。そう思えば、ただただ深く傷ついただけで、名残惜しさは少しもなかった。

 断片的に思い出される嫌な記憶に胸がザワザワとしたまま、寝返りを打つ。
 結局あれ以来、たまに身体の関係を持つ相手がいたとしてもそれっきり、二度会うようなことをしていない。
 人付き合いに対してかなり消極的になっていたし、社会に出て仕事やら昇進やら残業やらに揉まれるうちにあっという間に月日が経ち、20代後半になった頃にはゲイバーやハッテン場で相手を探そうという気概も失われていた。
 そんな日々を脱却するモチベーションもなく、今年で30歳だ。そこそこの月給を自分だけに使える生活はこの上なく充実しているし、煩わしい人間関係からも切り離された。
 この頃では、うちはさんは絶対に落とせないので新入社員は無駄な努力をしないように、という先輩女性社員によるお達しも出ている。なので、会社の女性社員から夕飯に誘われたり、個人的な連絡先を聞かれることもない。とにかく楽で、孤独な日々を満喫している。
(孤独死確定だな。まあ、別にいいけど)
 きっと自分が死ぬ頃には社会は単身の老人ばかりで、孤独死する人間に向けてのサービスが今よりもっと普及しているはず。
 せいぜい死ぬ間際、自分は誰ともうまく関われなかったな、と思うくらいのダメージで済む。
 瞼を閉じてどうにか眠れるよう意識を落とすと、昔の恋人の後ろ姿が思い浮かんだ。名残惜しさはないのに、なぜか寂しい夜に必ず現れる遥か昔の記憶。
 自分の少し先を歩く彼氏の後ろ姿を見つめ、夏の陽射しにキラキラと光る金髪に目を細める。実際本当にそんな日があったのか、今となってはよく思い出せない。






    うずまきナルト 二

「ナルト〜!会いたかったぁ」
 うずまきナルト29歳の仕事は、女性向けの性感マッサージを行うセラピストだ。所謂女性向け風俗のキャストである。
 24歳の時ワケあってこの仕事に就いてから今日に至るまで、散々な目に遭いつつも店の指名数上位を争うトップランカーになった。
 今では完全事前予約制、指名料2万円、最低単価5万円からという高額キャストになっている。それでも固定客が減ることはなく、週に何回かの指名によってナンバーを維持できているほど、資金の厚い顧客によって支えられていた。
「オレも会いたかったってばよ!」
「もお、ナルトに会えないと寂しくて死んじゃう」
「じゃあもっと会いに来てよ。いつでも予定開けんのに」
 いつもの顧客がラブホテルに入るなり抱きついてきたのを受け止め、背中に腕を回す。そのままお尻を腕で抱えるようにして抱き上げれば、50代半ばほどの美しい女性の顔がたちまち女の顔つきになる。
 それからはもういつもの接客、他愛のない話をして、化粧品会社の経営者である彼女の愚痴を頷きながら聞いて、大変そう、頑張ってて偉い、と褒め称え、しなだれかかる女性の服の上から恋人のようなボディタッチを心がける。
 女性の恋心を釣り上げて遊ぶ詐欺のような仕事だと思っていたのは働き始めて半年までで、それ以降はなるべく分厚い嘘をつかぬよう、決して期待を持たせるような言葉を吐かないように努めながら、彼女たちの日常の疲れを癒すことに徹した。おかげで、ナルトに本気で恋愛感情を持つような顧客は案外少ない。皆一様に「わたしが一番金を使っているのだから、急かすような真似はせず、いつナルトから本気で頼られてもいい準備だけはしておこう」というスタンスなのだ。
「今日はそういうのナシで、マッサージだけでいいよ」
 なのでこのように、身体目当てではないことを匂わせて、こちらからも癒しを提供できるのだというアピールに余念がない。
 昔であれば、本当⁉︎ありがとう!とすぐさまその甘い蜜に食らいついていたが、これがトラップであることをナルトは経験で知っている。
「えー、寂しい。イチャイチャしたかったのに……
 顧客が年上であればあるほど、頼りにしているという目線を向けてはいけない、ということをこの数年で十分に学んだ。
 女として見ているから触りたい、だってあなたがとてつもなく魅力的なのだから。という男の目線を欠かさずに向けていないと、すぐに飽きられて違うキャストに乗り換えられる。
 この高度なカードの切り合いにかつては辟易したものだったが、今ではまるでメールのフォーマット、最初から貼り付けられている署名と同じスムーズさで口にすることができた。
「もう。若いんだから」
「へへ、可愛いだろ」
 本当にかわいい、とうっとりと見上げてくる相手からくちづけがもらえれば上出来。時折強引な側面を見せる、女の蜜に誘われている年下の男を演じられないのだとしたら、この業界で生き残ることはできないのだから。

「お手当あげる」
 性奉仕が終わって予約の時間が終わる間際、ベッドに置かれた5万円に、あらら、とナルトは思った。
〝良いお客さん〟だと思っていたが、どこで対応を間違えたのだろうか。これも経験上、受け取ってはいけないお金だ。
「ありがと!でも、貰えねーってばよ」
「どうして?夕ご飯でも食べなさいよ」
「5万分も〜?オレってば高級なご飯屋さんとかよくわかんねーよ」
「彼女を連れていけばいいじゃない、て意味よ」
 やっぱりきた。
 どうしてかはよくわからないが、一見物分かりがよさそうな対応のお客様の方が、プライベートへの探りと束縛が強い傾向にある。というのも、ただのチップだとすれば店側に渡すものだからだ。本当にただのお気持ちなのであれば、来店時支払いの際や、次回来た時に、受付のスタッフに渡しておいてくれるもの。直接渡される現金というのは、その対価以上の含みがあることがほとんどだった。
「彼女とかいねーって、前にも言わなかったっけ?」
 推定3万6千円のブラジャーを、綺麗に整えられた艶のあるネイルが施してある指で後ろ手に留める仕草を見つめながら言う。背中に垂れているよく手入れされた髪を前に払いながら、後ろから抱きしめてみてもへそを曲げた上客はなかなか機嫌を直さない。
……騙されないから」
「なんで?ほんとにいないのに」
 いないけれど欲しくもない、という色合いを含んだ声色を心がける。実際ナルトはこの仕事を始めてから一度も誰かと交際したことはない。
「じゃあなんで本番してくれないの?」
 案の定、というやつだ。やはり言われてしまったと思いながら、この場に最適な過去実績を脳内で引き出す。
 お金持ちの年上で、経営者としての器量とプライドがあるお客様への対応は山ほどあるが、適当なテンプレートを口にすればすぐ見破られ顧客離れになる、という典型的なパターンだった。
「付き合ってない人とはしない主義なんだってばよ」
 そう言うと、抱きしめていた身体が強張った。
 そっと腕を外し、ベッドの上に散らばったTシャツを手繰り寄せる。
 お客様の服は綺麗に畳んで上等な椅子の上へ、自分の服はさも関心がないという素振りでそのあたりに脱ぎ捨てておく、年上の女性への接客の基本だ。夢中になって気が回らなかった、という演出にも一役買っている。
「もうオレと会いたくなくなった?」
 そう言うと、振り向いて大きく首を横に振ったお客様がナルトに縋るように抱きつく。
 ギリギリ効果があったようで助かった、とナルトは内心で胸を撫で下ろした。強気な顧客に対して初手で強めの傷を与え、その後最速でリカバリーするというやり口だ。
「そんな風に言われたら悲しい。すげー楽しい時間だったのに」
「ごめん、ナルト。疑ってごめんね、ずっと指名するからね」
「指名とかじゃなくて、結構本気で悲しかったんだけど。もう会ってくんねーのかなって思っちゃった」
「ごめんなさい……。わたしが間違ってた」
 あぶねー!綺麗に巻かれた髪のウェーブが取れないように髪を撫で梳かしながら、ぎゅうと力を込めて抱きしめる。
 くるしいよ、ともがいたお客様にサービスのくちづけをして、名残惜しいとばかりに最後に強く抱きしめれば、多分早ければ来週頭にもう一度予約が入る算段だった。
「この5万は持って帰って、家族のために使ってあげて」
 ベッドに散らばった万札を整え手渡すと、首を横に振った女性が尚もナルトの首に縋りつく。それをやんわりと離す頃には、幾度となく見てきたどこか満たされない女の顔になっていることに安堵する。
「このお金はナルトに使うわ」
 現金を握りしめ、ハイブランドの最新のコレクションの財布に仕舞い込んだ姿を見て、このお客様が帰り次第来週頭の買い切り枠を開けておこう、と思う。
 このコレクションと同ラインのバッグも多分購入するつもりだろうから、5万と言わず一晩30万の枠を空けておいても問題はなさそうだ。


接客を終え店舗に戻ると、珍しく受付に立っていたオーナー、千手綱手が大層ご満悦な様子で、ナルトに景気よく右手を上げ手招いた。
「予約。30万、さっきのお客様からだぞ」
「ええっ、もう⁉︎」
 今しがた解散したばかりだというのに、思いの外早く行動してくれた。
 ありがてー、と手を合わせながら予約画面を覗き込むと、早くも星5の評価とレビューが投稿されている。
 仕事も家庭も上手くいっているタイプの人が金を持て余し男遊びをしているものと思っていたが、このスピード感を見る限りやや予想と外れているかもしれない。夫と子どもとは別居中、帰宅しても自分ひとりの生活、という認識に修正した方が無難だろうか。
 ナルトは無意味な恋愛感情を引き出さないためにも根掘り葉掘り顧客のプライベートを聞くような接客は避けているので、行動パターンから相手の生活を予測する必要があった。
「このパターン、夫の年収は妻をだいぶ下回ってるだろうな。たまたま自分が立ち上げた会社が大当たりして仕事に熱中している間、夫を愛人に取られたって読みで間違いないだろう」
 綱手が明け透けに言うと、予約画面を見つめていたシズネが眉を顰める。
「失礼ですよ、そんな言い方」
「どこがだ?金があって好みの男を買って遊べる、どっからどう見ても勝ち組でしょうよ」
「そ、そうとも言えますけどぉ……
 またシズネが言い負かされている。見慣れた光景に巻き込まれる前に退勤しようと更衣室に向かおうとすれば、振り向いた綱手がナルトを呼び止めた。
「来週頭以降、翌週まで予約は止めておく。呼びたい客がいるなら自分で営業かけな」
「ええ、なんで?」
 バカだね、と綱手が片頬を吊り上げると、意図が汲み取れているらしいシズネが深々とため息をついた。
……このお客様、ほっとけばナルトくんのスケジュール全部抑えますよ」
「そういうことだ。いつでも予約が取れる男に、この手の女はすぐ飽きるわよ」
「言い方……。まあ、そういうこと。仮で全部予約埋めておくから、自分で呼んだお客様の予約が入ったら教えてね」
 はーい、と軽く返事をし今度こそ帰宅の準備をしようとすれば、再び引き止められげんなりする。
 一回で言えよ!という気持ちで振り向くと、綱手が今日分の上がりをナルトの胸に押し付けた。
「あ?いいよ、いつも通り振り込みで」
「30万予約の前払いよ。取っときな」
「ええ〜、なにぃ〜……?マジでいいって」
「お前、絶対あのお客様のこと抱くんじゃないよ」
 アホか、と思わず口から出る。新人じゃあるまいし、今さら高額予約に浮かれて本番なんてするわけがない。
「ナメんなってばよ。ぜってーしない」
「お前今月、借金の入金遅れてるだろ」
 ギク、と肩が強張った。
 本当に心底、このオーナーの情報網が恐ろしい。盗聴器をつけられGPSで行動を追い、口座情報も握られてるとしか思えない鋭さだ。
「当たったな。お前こそ、このわたしをナメるなよ」
……カマかけたんかよ。性格悪っ」
「なんとでも言いな。本番すれば追加30万即金するって言われたら、お前悩むだろ」
「しねーって!絶対しないってのが店のルールだろっ」
 わざわざシズネの前で指摘された居心地の悪さで、綱手の手から上がり分の現金を受け取る。お財布事情のことは言っちゃだめですよ、と慌てるシズネの表情もまた、ナルトの居心地の悪さを助長した。
「この金そのまま入金してから帰んな」
……わかったよ」
「感謝は?」
「ありがとうございましたっ!くそー、自分こそ借金で首まわんねーくせにっ」
 殴られる前に更衣室に逃げ込むと、出てこいガキ、と物凄い勢いでドアを殴られ、その箇所が少し凹んでいることに恐ろしくなった。
 ロッカーを開け、返済用の茶封筒をリュックから取り出す。現金を数え仕舞い込む時、自分で計算したあがりより多めに入ってることに気づき、ため息が漏れた。
 本当にどこまでもお節介なばあちゃんだ。ギャンブルの大負けを一発逆転しようと実家の金を叩きに叩いて開業した風俗店でも尚、スタッフに対してこういうお節介を焼くからいつまでも利益が少ないのだということをわかってない。
 対価以上を貰うのは性に合わないため、余分な金は返そうとドアに手をかけると、開けられないよう綱手が足で固定していた。本当にどこからか盗撮されているのではないかと疑ってしまう。
「返さなくていい」
「あのなぁ……逆に困るからやめろって。借金はちゃんと働いて返すって言ってんだろ」
「いつまでも引きずるなよ、ナルト。あいつが死んだのはお前のせいじゃない」
 唐突に言われた言葉にピクリと指が強張ったが、幾度となく言われた言葉に、最早感傷や悲しみという感情も湧かなくなっていた。それが嫌だから触れられたくないというのに、定期的に引っ掻き回してはナルトの心の底の後悔を外気に晒して風化させてしまおうという綱手の荒治療が、ありがたいような少し無神経だと感じてしまうような、ごちゃごちゃした感情になって踵を返した。
 裏口から出ると、生ぬるい夏の風が今しがた引きずり出された感傷に僅かに沁みた。
 あんなに好きだった夏も今では苦しい日だけを思い出させる。見上げた先の空でチラチラと輝く星に少しだけ居心地が悪くなって、目を逸らし湿ったアスファルトを踏みしめて帰路についた。