むぎ。
2025-05-12 00:47:53
13491文字
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数百年後の未来で

途中まで

初めて会った時から、不思議な感覚がした。

僕の1年後に入学してきた、黒髪の、少し目付きが悪い男の子。
一目見た瞬間心臓がぎゅうと苦しくなって、泣きそうになる。
ずっと足りなかったものを、やっと見つけたような。
不思議な感情で、心が暖かく満ちる。

「ねえ!初めまして!僕と一緒に宝物を探しに行こうよ!」
「は?」

必死で声をかけて、手を取る。
いきなり話しかけて来た僕に、訝しげな表情をする、そんな顔もなんだか懐かしい。
なんでだろう、君の一挙一動がこんなにも愛おしく感じるのは。

ぐいぐい来る僕に驚きつつも、とりあえず自己紹介からと受け入れてくれた彼は「じろう」と言うらしい。遠い地方から来た子で、僕の1つ年下。
どうしても離れたくなくて、これから始まる課外授業の「宝探し」を一緒にしないかと再度誘うと、意外にも快諾をしてくれた。
この地方に不慣れで不安だったんだと、彼は困ったように笑った。その笑顔から、目が離せない。目頭が熱く痺れたと思ったら、次の瞬間には暖かい液体が頬を伝う。

「!?お、おい、なんで泣いてんだ!」
ッ、あ、」

涙が溢れる、何度手で拭っても、後から後から溢れてくる。

「あーあー、もう俺が泣かせてるみたいになってるだろうが

そう言って新品の制服の袖で涙を拭いてくれる。ふわっと甘く香る桃の香り。
拭いてくれる腕越しに、じろうの困ったような顰め面が見える。

う〜ん、目元、赤くなっちまったな」

擦ってしまったせいで、熱を持って赤くなってしまった目元を、指で優しく触られる。

ああ​​、会ったばかりなのに、君が​──
​──じろうが​、どうしようもなく、好きだと気付いた。

「好きです」
あ?」

溢れた気持ちは好きという言葉になって口からこぼれる。
目元に当てられた手を握って、頬に当てる。
僕より少し小さくて、暖かい手。

会ったばかりなのに、こんないきなり、おかしいと思うけれど。
でもどうしようもなく好きだ、愛している、と心が叫ぶ。
どうか僕を受け入れて。

そして、願わくばずっと​、隣にいてほしい。

​───────

「2人ともキタカミへの留学生に選ばれましたので、用意が出来たら声をかけてくださいね。」
「「え!?」」

あの公衆の面前で行われた、僕の渾身の告白は保留にされてしまった。大勢の人に見られていたからか、それとも脈があるのか、じろうは可愛い顔を真っ赤にさせていた。
僕としては脈アリだと信じたい。

それでも宝探しの旅は当初の予定通り一緒に行ってくれるらしく、絶対に旅の中でいいところを見せて好きになってもらうぞ!と意気込んでいた。
しかし、宝探し開催の宣言がされて、いざ出発するぞ!というところで2人して先生に呼び止められ冒頭に至る。
なんという偶然か、毎年抽選で決められる留学のメンバーに僕ら2人が選ばれたという。
僕らだけじゃなく他の何人かも選ばれているようだが、確率はかなり低いはず。もう、これは運命では??

「あまりにも出来すぎだろ……
「運命なんだよ僕たち!ね、じろう!好きだよ!」
「やーめーろー!ひっつくな!」

1度部屋に戻って荷物をまとめた僕達は一緒にエントランスへ向かうべく、廊下で待ち合わせをして合流した。
ムッとした表情をしたじろうが何か裏があるだろと言いながら重い足取りで歩いているのを横目に見る。そんな態度も何もかも可愛く思えて、ついつい抱きついてしまって、怒られた。

エントランスで先生へ声をかけて、生徒全員が揃うのを待ってから、引率をしてくれるという、ブルーベリー学園の先生と共に出立する。
2人きりでパルデアを旅するというのはもう少し先になるけど、知らない土地で、じろうとお泊まりってワケだ
飛行機の中でもじろうと隣同士になれて、すやすやと眠る可愛い寝顔を眺められたりもしたし、今のところ最高なことしかない。

飛行機を降りて、今度はバスに乗る。
窓の外が、どんどんと緑の多い風景に変わっていく。
舗装のされていない道を走るバスが、ガタガタと車体ごと体を揺らす。空気の中に湿った土の匂いと、少しの硫黄の香りが混ざって、パルデアや僕のいたところでは生息していないポケモン達の姿がチラホラ見えてくると、1度も来たことの無い所なのにどこか懐かしくてまた目の奥がじんとする。
じろうも窓際に肘を付いて、外を眺めている。何となく話すような雰囲気ではなくて、他の生徒の話し声が聞こえるバスの中、到着まで静かに2人で外を眺めていた。

長い間揺られて到着したバス停は、これまた自然豊かな場所にポツンと建てられていた。先生に続いてバスを降りる。
備え付けてあったプラスチックの簡素な水色のベンチに腰を下ろして空を見上げた。じろうも隣に腰掛けて、同じように見上げる。
パルデアからキタカミまでの距離は遠く、空は既にオレンジ色で、少しだけ紺色が混じっていた。

「なんか、懐かしいところだね」
……そうだな」

一言、二言、会話をしてはまた空を見上げる。
先生から声掛けがされるまでは、2人でそうしていた。

「ああ、君たち。すまないが、乗り物酔いで体調を悪くした生徒がいてね。この先のスイリョクタウンの公民館に行って、管理人さんに言伝をお願いできないかな?」

バスを降りてから先生と他の生徒数人でかたまって話しているとは思っていたが、なるほど、急病人がいたらしい。
確かにあれだけ揺れていたなら、バスに慣れていない子は気分が悪くなっても仕方ないのかもしれない。

「わかりました!行こう、じろう!」
「あっ、おい!」

元気よく返答して、じろうの手を取ってスイリョクタウンへの坂道を駆け上がる。
離れないようにしっかり指を絡めて、繋いだ手を引く。
頬を染めて何か言いたげに声を漏らしていたけど、それ以上言葉は続かなかった。

​───────

食糧調達のため、人里付近まで降りていた。
本当にたまたまだった。
本数の少ないバスがちょうど到着する頃で、それを高台からなんとなく眺めていた。

バスが近付くにつれ、遥か昔、春の日に消えてしまった懐かしい気配がする事に気が付く。
瞬間、心臓がドッドッと、うるさく動きはじめる。
そんな、まさか

停車して、エンジンをふかしながら揺れるバスから目が離せない。扉が開く動きが、やけに遅く見える。

ッ!」

バスから降りてきた人間の中に、見覚えのある風貌の子供が2人いた。
金に近い薄茶の柔らかい髪に、散りばめられたソバカス、空色の瞳を持つ少年。
それから前髪を上で留めた黒髪の、小柄な少年。
大人に話しかけられて、2人で仲睦まじく手を繋いでスイリョクタウンの方へと駆けて行く。

……ッあ、いつら………そう、か

記憶の中のあいつより、小さく幼い背中。それでも昔よりも健康そうな出で立ちで、今世は幸せにやっているんだとすぐにわかった。
そして、また愛おしい人と再会出来て、仲良くやっているみたいだ。
目頭が熱くなって、ふ、と口元が緩む。

あいつらにはあいつらの人生がある、幸せならそれでいい。

そろそろ、自らが守るべき愛おしい2人が待つ家へと戻らないと。

もう関わりを持つべきでは無い名残惜しさを断ち切って、懐かしい気配に背を向けた。

​───────

スイリョクタウンに辿り着くとすぐに公民館が見えた。
僕たちの姿が見えたからか、管理人さんらしい人が出迎えてくれた。状況を伝えると薬を持ってバス停まで迎えに行ってくれるという。

戻ってくるまでは少し時間がかかるだろう、皆が集まるまでは公民館の花壇の縁に2人で腰かけて待つことにした。

「なんか、思ったより簡単にスイリョクタウンに入れて少し拍子抜けしたなあ。」
「?なんだそりゃ、ここまで来るのに誰の許可もいらねえだろ。」
「う〜ん、そうなんだけどね?」

謎の違和感を払拭するように空を見上げてみる。
パルデアよりも空気が澄んでいるからか、もうほとんど夜に近付いた空に、瞬く星が綺麗に見えていた。

「ここは空が綺麗だね、ついつい見ちゃう」
「そうだなあ……まあ、ほかに見るところもねえしな。ああほら、スマホの電波も心もとない。」
「あはは!情緒がないなあ」

チラっと横目で、空を見上げるじろうを見た。
大きな瞳に、星が反射していて綺麗だ。

……ねえじろう、僕、本当にじろうの事が好きだよ。」

愛おしさが溢れて、ついせっかちにまた気持ちを口にしてしまう。

……チッ、なんだよ。保留つっただろうが。」

それを聞いたじろうはぎゅっと眉根を寄せて、一気に不機嫌そうな表情になった。でも、暗くて分かりづらいけど、ほんのり頬と耳が赤い気がする。

「じろうの事、誰にも渡したくないんだ。本当はすぐにでも独り占めしたい。僕だけの、じろうがいい。」

……。」

じろうの目を見て、必死で気持ちを伝える。
触れたい、離れたくない。泣きそうな程に気持ちが溢れて、抑えられない。

そんな僕の表情に、一瞬目を見開いて驚くも、すぐにふいと顔を逸らされてしまった。でも、見えている耳が真っ赤で、期待してしまう。置かれていたじろうの手を握る。

「ね、じろうも……僕と同じ気持ち?」
……ッ、俺、は

「いや〜!お待たせしました!」

ビクッと肩が跳ねて、パッと手を離す。
声の大きい管理人さんが村の入口まで来たところで声をかけてくれたようだ。ああもう、いい所だったのに!
赤い顔のままのじろうが立ち上がって、早足で管理人さんや先生達の所へ行ってしまう。
さっきまで触れていた体温が無くなって、酷く寂しい。
仕方なく立ち上がり、ズボンの汚れをはたいて後を追った。

全員集まったところで、公民館の前でオリエンテーリングの説明を受ける。ペアになってキタカミを移動しながら行うらしい。

ブルーベリー学園の生徒よりもアカデミーの生徒の方が人数が多かったので、ペア決めの時にはすぐに隣のじろうに飛びついて、僕がペアです!と主張をした。
おかげですんなり僕とじろうが組むことに決まって、他の人たちも少し時間はかかったがそれぞれでペアを組んだようだった。

そこまで決まってから、今日は遅いからと本番は明日にして、そのまま寝泊まりする公民館の中へと誘導された。

公民館で美味しい食事を振舞ってもらった後は、近くの銭湯へ案内される。
説明を受けて、僕を含めて他の生徒のほとんどが動揺する。
僕たちの住んでいたところは基本的にシャワーで、湯舟に浸かる習慣があまり無い。
もちろん、こういった入浴施設なんて無くて、誰かに肌を見せたりするのはそれこそプールや、ビーチへ行った時だけだ。

本当に本当に危なかった。隣でじろうが恥ずかしげもなく服を脱ぐもんだから死ぬほど動揺した。

詳しく聞くと、キタカミの出身では無いが、キタカミとそう離れていない所に住んでいたという。だからこういった入浴施設には慣れていて、なんとも思わなかったらしい。

僕がアタフタしている間にじろうは全部脱ぎ終えて、腰にタオルを巻いて先に浴場へ行ってしまった。

あ、だめだこれ、おさまらないな。

こうなるとわかっていたから見ないようにしていたけど、欲に負けてガッツリ見てしまった。どうしよう、すごく、えっちだ。初めて覚える性的な感情に戸惑いつつも、このままじゃお風呂に入るどころか服さえ脱げない。

元気になってしまった自身を落ち着かせるべく、脱ぎかけの服をそのままに脱衣所のトイレに駆け込んだ。

​───────

眩しい日差しと、鳥ポケモンの声でハッと目が覚める。
隣を見ると、こちらに体を向けて、すやすやと寝ているじろうがいた。

昨夜は大変だった、隣にじろうがいる環境で、寝れるわけがない。
留学が決まった時はじろうとお泊まりだ!とワクワクしていたけど、これは思ったより僕にとっての凄まじい試練だったのかもしれない。

静かな寝息と、衣が摺れる音。もうそれだけで頭がパンクしそうなほどの情報量なのに、少し目をやれば可愛い無防備な寝顔が目に入る。とにかく落ち着こうと必死で素数を数えていた。

深夜2時を超えたあたりまでは覚えている、いつの間に意識を失ったのか、目が覚めた今は多少眠気は残っているものの頭は冴えていた。どうやらしっかり睡眠は取れているみたいだ。

もう寝れる気はしなくて、せっかくだからと時間になるまで眠るじろうの顔を見つめる事にした。
伏せられた密度のあるまつ毛、幼い顔立ち、キュっと閉じられた口がこの上なく可愛い。お肌もキメ細かくて、赤ちゃんのようにふわふわしている。きっと世界一可愛いいや、絶対にじろうが世界一可愛いな。
柔らかそうなほっぺに触れてみたくて、片手を伸ばした時だった。

ドンッ、と背中側から勢いよく伸びてきた足に押されて、体が前に進む。

ちゅ

唇に、やわらかい物が、当たった。
至近距離に見えるまつ毛がふるりと震えて、すぐに視界が蜂蜜色でいっぱいになる。
起きたじろうが事態を把握して、顔を真っ赤にして、すぐに飛び起きた。

「!?お、おまえっ!なに、して!!」
「シーッ!みんな起きちゃう!」
ッ!」

大きな声を出したじろうに向かって、口に指を当てて静かに!というポーズを取ると、ハッとして、素直に口を噤んで、周りをキョロキョロと見渡した。
僕たちの他にも大勢寝ている大部屋で、長旅の疲れがあるからだろうか、幸いにも誰一人起きる気配はなかった。
口を押さえて真っ赤になって押し黙ってしまったじろうにそっと手を伸ばして、囁くように声をかける。

「ごめん隣の人に蹴られちゃって……それで……
……
「ごめんじろう……

何も言葉を返さず、目も合わせてくれないじろうに、嫌われたと思って必死に謝る。床に置かれた片手に手を重ねて、ぎゅっと握る。すると、少し体を震わせて、真っ赤な顔と潤んだ目で、こちらを見てくれた。

………お前の、意思じゃねえのかよ
!じろう、それ、って

小さな声だけど、ハッキリと聞き取れた。
僕の意思だったら、良かったの?
そう、聞きたかった。

聞きたかったのに。

🎶

無情にも、誰かのスマホロトムの目覚まし音が響いた。

パッと離れて、背中合わせに寝転がる。
ああ、もう起きる時間なのか。
その音を聞いた周りの人達が続々と起き始める。

どうしてこうも邪魔されるのか。
さも今起きました、というようにのそりと起き上がる。
不機嫌そうな僕を見て、今回の出来事を引き起こしてくれた隣の生徒が「眠れなかったのか?」と聞いてくる。眠れはしたんだけどね曖昧に微笑んで、同じように起き上がったじろうの方をチラリと見る。

じろうも同じようにこちらを見ていて、目が合って、2人して赤くなって、顔を背けた。

今日からオリエンテーリングだ。
早く身支度を始めないと。赤くなった顔を手で隠して、足早に洗面所へ向かった。

​───────

オリエンテーリングは2つ。

1つ目。キタカミの地の各地に点在している立て看板を読んで、キタカミの地に伝わる伝承を知り、回った証拠として看板の前でツーショットを撮る事。

2つ目。回り終えた後に、キタカミにいる名物夫婦の2人から改めて伝承を聞く事。

どちらもキタカミの事を知ってもらうために、長きに渡るブルーベリー学園とアカデミーの交換留学で実施されてきた伝統的なオリエンテーリングらしい。

「明日からは伝統的な面祭りも始まります。留学期間は十分にありますので、是非皆さんもお祭りを楽しんでくださいね。」

そう締めくくると、それぞれのペアに分かれて解散となった。
事前にキタカミのマップは各々のスマホにインストールされていて、そこに立て看板の場所等も登録されていた。
顔を寄せて2人で僕のスマホに表示されたマップを見る。顔が近い、肩が触れて体温が伝わってきて、ドキドキする。
甘い香りがふわりと香る。

どこから回ろうか、と口では言うものの全く集中出来なくて、焦ったようにチラリと目線をじろうに向けると、また、目が合った。

眉をキュッと寄せて、少し照れたような表情で僕を見るじろうに、心臓がドッと強く高鳴る。

……じろう、僕の、意思ならキス、してもいいの?」
………

目線は下がってしまったが、距離はそのまま。
何も言ってくれないじろうの頬に手を添える、火照っていて、暖かい。
ほっぺ、やっぱり柔らかくてもちもちだ。
そのまま顔を近付けると、じろうも目をゆっくり閉じてくれる。
これって、していいって事だよね。
受け入れられた事が嬉しくて、鼻の頭がツンとする。泣いてる場合じゃない、意を決して顔を近付ける。
もう少しで、触れる。

「あなたたち、何をしてるの?」

「「!?」」

声がした方に顔を向けると、不思議な雰囲気を纏った女性と、その後ろに控えるすごく背の高い男性がいた。
女性は白無垢のような服を着ていて、少し呆れた表情で僕たちのことを見ていた。

「ッ、あ
「あの、僕たち

2人して真っ赤になって、しどろもどろに声を発する。
そんな僕たちを見て、女性は小さく「昔とあんまり変わらないわね」と呟いた。
不思議に思ってどういう事か聞く前に、女性が口を開いた。

「私たちはキタカミの語り部。……あなたたちオリエーテーリングの後編で伝承を伝える者よ。あのね、早くあなた達に話しちゃいたいのよ。だから……イチャついてないでさっさと看板巡りなさい!!まずはともっこプラザから!!ほら行く!」
「はは!嬢ちゃん、こえ〜!ほらボウズたち、早く回っておじさん達のところに戻ってきな。……待ってるからよ。」

ドンッと片足を地面に叩きつけながら強く言われて、慌てて2人で走り出す。
足を進めながら後ろに目線を向けると、腕を組んでふん!と息を吐き出す顰め面の女性を、男性が愛おしそうに微笑んで見つめていた。
こちらに気が付いて、ニッと笑って片手を上げてくれる。

「なんだったんだ!?こええ
でも、なんか懐かしい感じがする。はやくあの人たちからお話聞きたいかも。」
……俺は、もうあんまり関わりたかねえな。」
「ええ〜?」

斜めがけのカバンの紐を両手でぎゅっと握りしめながら、冷や汗を流しながら言う。本当に怖かったのか、後ろを振り返ろうとしないまま、果樹園の方へと足早に進んでいく。

「あー!まってまって!ねえ、手を繋ごうよ。」
………おう。」

駆け足で追いついて、手を出して提案してみる。
少し考えた後に、OKが出た。差し出された手を握って、指を絡める。

「おいこっちの繋ぎ方かよ。」
……だめ?」

手を繋げたことが嬉しくて、緩みっぱなしの顔で聞いてみる。すごく恥ずかしそうにしているけど、でも、小さい声でダメじゃないと言ってくれた。愛おしくて、笑ってしまう。
まだ返事はもらえてないけど、ゆっくり待とう。
今はこのままで満足だ。ただ、隣にいてくれるだけでいい。
愛おしい体温を握り直して、いつもより少し早めに歩く。

果樹園に挟まれた坂道を登った先にある、ともっこプラザへ。

​───────

「りんご、美味しかったけどうぷ、食べすぎた。」
「ああいう手合いは無限に持ってくるからな、最初に断ってから手をつけねえと酷い目に遭う。」

ともっこプラザへ向かう途中。
手を繋いで、果樹園のりんごや、りんごに扮したポケモンを見てはしゃぎながら歩いていると、農家のおじちゃんやおばちゃんに「あら〜!おてて繋いで、可愛らしいわね〜!」と話しかけられた。

「せっかくだから食べて行きな!」とすぐに納屋の奥から切り分けたりんごを持ってきて、おすそ分けをしてもらった。
もぎたての瑞々しいりんごは本当に美味しくて、たくさん食べていると後から後から違う品種だというりんごが、無限に提供される。
僕は結構食べる方だけど、さすがに食べきれない。
善意100パーセントで提供され続けるりんごを残すのは申し訳なくて、助けを乞うようにじろうの方を見ると、じろうは腕を組んで僕の方を見ていた。
え、なんでじろうは食べさせられてないの?

「あの、じろ……これ……。」
「手をつけたやつはちゃんと自分で食え。」

ニィと犬歯を見せて悪い笑顔を見せる。え、何その顔。可愛くてかっこよくて、ずるい。じろうのポテンシャルどうなってるの?
でも、助けてくれる気は一切無さそうだ。じろうのギャップにときめいている場合じゃない、覚悟を決めて残りのりんごをかき込んで、すぐにお腹いっぱいです!と大きい声で宣言する。

「ははは!いっぱい美味そうに食ってくれてありがとうな!」

恰幅のいいおじちゃんが豪快に笑って、頭をぐしゃぐしゃに撫でられる。お土産にと大量のりんごを持たされそうになったけど、オリエーテーリング中で荷物が多くなると大変だからと断った。そうして、やっとともっこプラザへたどり着いた。

立て看板はすぐ入口にあって、シルエットになったイラストと共にキタカミに伝わる伝承の一節が書いてある。
昔々、裏山に住む恐ろしい鬼が村におりてきて、それを3匹のポケモンが命をかけて追い返したというお話。
亡き骸は丁寧に埋葬されて、その上に像が建てられたらしい。奥に3体の像が見えるが、きっとあれの事だろう。

お話の中に出てきた、3匹のポケモンの名前が、気になった。

「マシ、マシラ……
ん?」

その中の1匹の名前を、無意識に呟く。
隣でぼうっと立て看板を眺めていたじろうが、反応して振り向いた。

「え、なに?」
「?……俺の事呼んだか?」
「え、ううん。呼んでないよ。」

2人して頭にはてなを浮かべて首を傾げる。
折角だからと、奥にある像も見ていくことにした。
3体の像が置かれている御堂のような物の付近は、あまり草花が生えておらず、土の地面が剥き出しになっているのが目に付いた。不思議、これもともっこ様のお力なのかな?なんて。

「へー、こいつらがともっこ様?目つき悪いな。」
「そう?可愛い顔してるよ。あ、ここにも立て看板ある、なになに……え!?」
「あ?なんだ?」

その立て看板には過去に一度、ともっこの3匹が復活を遂げたことがあると書いてあった。このともっこ像はその時に完全に大破したが、ともっこを愛する人達の寄付で無事元通りに修復出来たという。寄付者の名前が何人か書いてあったけど、ほとんど掠れて読めなかった。

「ともっこって、実在するんだね!?」
いつの話だこれ本当かあ?」

一気に現実味を帯びてきた伝承話に、興味が湧く。
面白いじゃん、オリエンテーリング!
早く次が読みたくてじろうの手を引っ張って入口を出たところで思い出す。

「あ、立て看板の前で写真撮らないといけないんだった!」
「あーそうだったな。めんどくせえ。」

さっき通り過ぎた立て看板の前に戻って、スマホロトムを起動する。これまた管理人さんから支給された自撮り棒を伸ばして、スマホロトムを設置した。

「ポーズどうしようか?」
「適当でいいだろ」
「初めてのツーショットだよ!?……う〜ん、なんかポーズ決めたい
「めんどくせえ!ピースでいいだろ!ほら!撮るぞ!」

自撮り棒を奪い取られて、慌ててポーズを取る。
すぐにシャッター音がして、また僕の手元に戻された。

「も〜勝手なんだから」

スマホを操作してちゃんと写っているか確認する。あ、笑顔でピースしてるじろう可愛すぎる、全然これでいい。
間違うわけもないけど、念の為、削除出来ないようにロックしておいた。

「次はキタカミセンター」
「ああ、祭りをやる所か」

そのまま手元のスマホにマップを表示させる。
一度スイリョクタウンまで戻って、反対側の道を進むらしい。
朝早く出てきたけど既に太陽は真上まで昇っている、早く進まないと今日中に看板巡りは終わらなさそうだ。

「じろう、行こう?」

手を差し出すともう照れる様子は無く、当然のように手を重ねてくれる。
僕も当然のように恋人繋ぎをして、そのまま2人で駆け出した。

​───────

途中、果樹園でお世話になったおじちゃんおばちゃんに手を振って、元来た道をを引き返す。スイリョクタウンに着いてもあの不思議な雰囲気の女性と男性は見当たらなかった。
怯えつつ周りを見ていたじろうがホッと胸をなでおろしたのが視界の端に見えた。

今度は反対側、コンクリートで出来た小さな橋を渡る。
浅くて綺麗な川辺には玉石が敷き詰められていて、みずポケモン達が伸び伸びと過ごしているのが見えた。

緩やかな坂道を登って、長い石階段を上がると、明日のお祭りに向けて準備された屋台が並んでいた。石畳の道を挟むように、光の点っていない提灯がいくつも飾られている。
キョロキョロと辺りを見渡すも、ともっこプラザではすぐに見つかった立て看板が見当たらず、手を繋いだまま屋台が並ぶ道を通り過ぎる。
なだらかに続く階段を上がりきると最奥の神社が見えて、その左側の奥まったところに立て看板はあった。

「あ!あれだ!」
……わかりにくいところに立ててんなよ。」

指さして声を上げると、階段が続いたからか疲れきって肩で息をしていたじろうがゲンナリした顔で悪態をついた。

疲労困憊のじろうの手を引いてゆっくりと看板まで進む。たくさん並べられたお祭り提灯の下をくぐり、看板の縦書きの文を読んだ。
今度の内容は、鬼の能力に関する物だった。
被る面によって能力が変わり、お面は全部で4つ。
3匹のともっこが、倒れ際に3つのお面を奪って、鬼の能力をほとんど封じたというお話。

「へ〜でも、ともっこって何でここまで村人のためにしてくれたんだろう?」
……さあな、案外ただ珍しい面が欲しかっただけかもな。」

もうどうでもいいと言ったように吐き捨てたお疲れのじろうにお水を渡して飲ませてから、今度は僕指定のポーズで写真を撮った。両手を広げてるポーズ。
うんうん、じろうが天才的に可愛い。すぐさまロックする。

「次が最後だけど、どうする?明日にする?」
……いや、行こう。」
「本当に平気?」

大きなおめめが、普段の3割増で目付きが悪くなっている。
それでも頑として行くと言う。多分だけどさっきの女性に怒られたのが相当効いてるっぽかった。
可愛らしい人だったけどじろうにはこうかばつぐんだったのかもしれない。人それぞれだもんね。
スマホで位置を確認すると、最後の看板は楽土の荒地にあるみたいだった。今度はかなり遠い。

「すごい遠いけど本当にいいの?」
「どこだ?ああ………お前、ライドポケモンか、空を飛べるポケモンはいるか?」

マップを見て少し考えた後、肩掛けカバンの中をごそごそ漁りながら言う。鞄から取り出したのは、1つのモンスターボール。

「あ、うん飛べる子がいる……
「じゃあ運んでもらおうぜ。そうすれば何ヶ所かショートカット出来て、今日中に回り切れそうだ。……何より楽だしな。」

掲げられたボールから赤い光が伸びる。瞬間、羽音と共に大きな影が舞い上がった。かなり大きなサイズのゴルバット。
ご機嫌で出てきたのに、いきなり太陽が近くにあって眩しかったのか、目をキュッとつぶって慌ててじろうの側に戻ってきた。
そして、すぐ近くまで来てからやっと、じろうの隣の僕に気付いて、あわてて地面に両の足を踏ん張る。
一生懸命翼を広げて……威嚇しているらしい。

「こら、何してる。」

呆れたように、ぽすん、とゴルバットの頭の上に手が置かれる。
そのままじろうに撫でられて、伸ばしきっていたゴルバットの翼からふにゃふにゃと力が抜けていく。じろうも優しい顔をして笑っていた。

……じろうも、ポケモン持ってるの……あ、え?それはそうだよね?」
俺がポケモン持ってることがそんなにおかしいか」
「いやそんなことは全然無いんだけどあれ?」

今どき、パートナーを連れていない方が珍しい。遠い学校へ入学してきたじろうならなおさら、連れていることに何もおかしいことは無いはずなのに一瞬、強烈な違和感を感じた。

それから、気になってしょうがないことが一つ。
我慢出来るような性格ではないので、しどろもどろになりながらも問うてみる。

「ちなみに………その、……手持ちの皆様の性別はどのようになっておられるのでしょうか……?」
「なんだよその口調。……そういや全員オスだな。」

そう聞いて、胸のつっかえが一瞬で綺麗さっぱり無くなる感覚がした。ガッツリ顔に出ていたのであろう、僕の顔を覗き込んだじろうがニヤァと笑顔になる。

「お前、ポケモンにも妬くのかよ。」
「う…………そうなのかも……。」
「ははは!末期だな!」

無邪気に、笑った。また心臓がギュッと掴まれる感覚がする。ああ、好きだ。どうしてこんなにも泣きそうな程に、君に惹かれるんだろう。

「お前の手持ちも出せよ。どんなの持ってんだ。」

ゴルバットの大きな羽でぐるぐる巻きになりながら、興味津々に聞いてくる。
呆けている場合じゃなかった。自分のカバンからドリームボールを取り出して、大事な相棒の名前を呼ぶ。ふわっとした光が広がった後、すぐに濃いピンクと鮮やかな赤色が目の前に広がった。色違いのファイアローだ。

「この子、メルローって言うの。」
「!こいつ、色違いか。」
「うん、僕の手持ちね、ほとんどが色違いなんだ。」

事情があってねと、流れで僕の親戚の話をする。

「実は親戚のお兄ちゃんが色違い保護施設のトップやっててさ。」
………は?あの、世界規模のでけえやつか!?」
「そうそう」


じろうの驚いたような表情と反応につい自分が褒められた時のように嬉しくなってしまう。

色違いと言っても普通のポケモンとなんら変わらない。そんな普通の子達が普通の日常を送れるように、そして良いご縁に恵まれるようにと立ち上げられたのが保護施設の始まり。

大好きな親戚のお兄ちゃん​─ラナくんは僕とそう歳が変わらないけれど、ある日「もう手を出す気は無かったんだけどそろそろ目に余るから整えるか。」と言って、翌日には保護施設のトップに君臨していた。

一体どんな手を使ったのか聞いてもナイショとしか答えてくれなかったけど、でも、ラナくんならやってしまいそうだと納得出来てしまった。気になるけどそれ以上聞いても絶対に教えてくれないだろうから、本当のところはわからないままだ。

昔から前世とか、世界創造とか妙に信憑性のある裏話を混じえて話してくれた。僕はそんな不思議なラナくんの事が大好きだし尊敬している。何よりたくさんお小遣いくれるし。
僕の手持ちはその施設から、というよりかはラナくんから譲り受けた子がほとんどだ。もちろん、僕が捕まえた子もいるけれど。

「この子達はその施設で縁あって僕の手持ちになってくれたんだ、えへ、その親戚のお兄ちゃんが僕を信じて託してくれたの。」
……ふ〜ん」

少しだけ面白くなさそうな顔をしたじろうを見て、もしかして、と思いついた自惚れを口にしてみる。

「もしかして、妬いた?」
……ふん!知らねえ!先行くからな。」

否定しないってことはそうなんだろうか?そう思ってしまっていいって事なのかな。
嬉しくてついニヤけてしまった僕を見て一気に眉間に皺を寄せてそっぽを向いてしまった。
そのまま、ゴルバットに指示を出す。
2本の指をじろうの腕に巻き付けて掴み、ふわりと飛び立つと、太陽に透けるゴルバットの羽の紫色がじろうと重なって紫色の光がじろうの周りを包んでみたいに見えた。
初めて見るはずなのに、懐かしい感覚がする、どこかで見たことがあるような。

ラナくんから前世の話を聞いた時はありそうだけど、ありえないと思っていた。
……でも、もしかしたら僕たち、前世でも恋人だったんじゃないかな。

なんてね。」
「おい!置いてくぞ!こいつはしゃぎすぎて話聞かねえから気合いで追いつけ!!」

上から叫ぶじろうの声に思考の海から引き上げられた。その声がどんどんと遠のいて行くのに気付いて、不思議に思い顔を上げると、ルンルンでご機嫌なゴルバットが、じろうの指示を聞かず先に運んで行ってしまっているようだった。

「ええ!?嘘でしょ!?じろうがトレーナーなのに!?」
「聞かねえもんは聞かねえんだよ!!!」

慌ててメルローに指示を出して、後を追いかける。
メルローの速さなら難なく追いつけそうだけどのびのびと育てすぎでしょじろうとその手持ちポケモンの関係は後で確認をしておいた方が良さそうだ。

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