mishiadd
2025-05-11 23:19:26
6366文字
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後天性疾患

【FGO軸】江戸では確かに男性だった筈が湿度の高いクソデカ感情を拗らせ過ぎた結果カルデアには女性として現界したヤマトタケルさん【剣陣営】

まるで罪を知らない無垢な顔をした彼が、彼の胸をたった今貫いたばかりの私の目の前で、咳き込むようにわずかに鮮血を噴く。――我ながら、随分と残酷なことを強いられたものだと、思う。
あるいは彼は、私が男であったからこのような無慈悲を私に強いたのではないかと思う。あるいは彼は、私が仮に彼と添い遂げられる性であったなら、このような結末を私に強いなかったのではないかと思う。



「私が女でさえあればよかったのか」



――などと、あるいは一瞬にでも。

金の粒となって掻き消えるその刹那に、もしかしたら私は、そんなことを思ってしまったのかもしれなかった。







「性別不明っていうのはさ、性別不明っていうことなんだよ」

まるで聞き分けのない童に言い聞かせるような顔をしたリツカが、童相手でも首を傾げるような不思議な構文を口にした。

「つまり――恐らくどっちかではある筈なんだけど自分を含めた第三者の目にはどっちだかわからない、ということで、多分正解はあるし、というかその正解はタケル自身は知ってる筈だよね?」
「それはそうだ」
「つまり、こういうことではないんだよ」

「こういう」と鸚鵡返しにすると、「こういう」と困ったような呆れたような顔をして、遠慮がちに顎でしゃくってみせる。私の全身を指しているようだった。

「勿論そういう特性のサーヴァントもカルデアにはいるけど。どこぞのインドの愛欲の神とか。でも、少なくともタケルはそうじゃない――筈だよ。その……自分の意思で便利に性別を変更できる、という意味では」
「便利にコロコロ変更できているわけではない。此度の、このカルデアへの現界では、私は女として現界している。それだけだ」
「いや、うーん? だからそれはね?」

「でも、生前確かに男だった筈なのに現界したら女になってたスラヴの英雄もいるからこれも『普通』……?」とひとりで悶々とし始めてしまったリツカを放っておいて、ふらふらとその場を離れて廊下をくだっていく。

実際、自分でもなぜそうなのかよくわかっていなかった。――生前の私は確かに男であった筈で、記憶にあるうちの『前回』の現界――即ち盈月の儀での現界――においても、私はごく当たり前に男であった筈だった。生前から、たとえクマソを斃した決め手となったものが私の見た目の不確実性であったとしても――そして江戸の日々においても、一部を除いてほとんどの者に『媛』であると思われていたとしても――私自身の自認識において、よもや私が男ではないかもしれないなどという議論が挟まる余地すらなかった。その可能性すら頭に浮かんだことはなかった。私は、男だった。男で、イオリの友達だった。イオリの――同性の、男友達だった。

それは、今思い出してもひどく居心地のよいものだった。互いに――愛らしい媛たちとの関わりがあるたびに、肘で小突いてからかい合ったりなどして――イオリは媛にモテたから、私は男友達として少し誇らしいような心持ちがして、余計に囃し立てたりなどして――イオリはイオリで私とカヤの距離が縮まるのを一体どう思ったのかやけに喜んだりして――対等な立場で、対等な目線で、互いに背中を預けながら、信頼できる共闘相手として戦場に立って――楽しかった。……あの日々は、楽しかった。

――そう心から思っている私が、なぜか今は女の体でここにいる。

あの日々が、あの距離感が――媛に好意を抱かれるイオリを手放しで面白がって喜んで――そりゃあたまにはイオリがあまりにも鈍感で、媛に対してひどく思わせぶりで残酷な振る舞いをするからさすがに真顔になり、彼の男友達として真面目な忠告などもしたりして――心から愛しいのだと、ずっとこの日々が続けばいいのにと願った私の気持ちに偽りはない。それは、今の自分にもはっきりとわかる。

であるならば――

ふと顔をあげた拍子に、視界の隅に鮮やかな青緑の着物が揺れる。――とくん、とこの胸が小さく跳ねるのを自覚する。

……イオリ!」
「? セイバー」

私の顔を見たイオリが、ふ、と柔らかく微笑む。――その顔に、胸が高鳴るのを自覚する。それと同時に頭の片隅で自嘲する。女でさえいれば男友達の微笑みに胸を高鳴らせても許される、とでも思っているのだろうか、私は。

「イオリ! ……姿が見えないと思ったら、こんなところにいたのか。私に隠れてこそこそと、一体どこをほっつき歩いていたのだ~?」

冗談めかしながらも非難がましく言うと、苦笑したイオリが言った。

「別におまえから隠れていたわけではないよ。……正雪殿に付き合ってもらって、少しな。先日、マシュ殿に世話になったから、礼の品を――
……なんだって?」

私の声が凍るのを自覚する。はた、と紡ぐ言葉を失ったイオリが、困ったような顔をして私を見た。

「セイバー。……なぜ怒る?」
「なぜ。『なぜ』? きみは一体なぜだと思う? ……私に隠れてこそこそと、きみはよりにもよってユイとふたりっきりでどこかへ行っていたのか?」
「おまえから隠れていたわけではない」
私というものがありながら、きみはわざわざユイを選ぶのか? ……それで? きみはユイにもなにか贈ってやったのか? 一緒に選んでくれた礼だとか言って」
「先程から一体なにを――
櫛でも贈ってやったのかと訊いているのだ。……私には、私には一本もくれたことなどないくせに!」

なかば悲鳴のように叫ぶと、たまたま傍を通りかかったらしいサーヴァントたちが何事かとちらちらこちらを振り返る。それが私たちであることを確認し、「なんだいつものやつか」とばかりにそのまま通り過ぎていく。
その様子を見てイオリがやや恥じ入ったように顔を俯かせる。それから、癇癪を起こしている童を宥めるような目で私を見て言った。

「わ、わかった。――おまえにも櫛を選んでやるから」
「『おまえにも』? ではやっぱりユイに櫛をくれてやったのか」
「あげていないよ。正雪殿は特にそんなもの欲しがらなかった」
「では私だけか?」
「おまえだけだよ、セイバー。おまえだけだ」

「だからほら、もう少し声を抑えてくれ」と懇願するように言われ、「フン」と鼻を鳴らす。――それから、みるみるうちに自分の機嫌が直るのを自覚する。

「ん、そうかそうか! よいよい、では次の非番の日にでも早速シミュレーターを貸し切りにしてふたりで出掛けよう。一日掛かりでな」
「うん? 櫛が欲しいだけなら今すぐにでも――
「きみと出掛けるための私の服をいくつか見繕うから、気に入ったのがあったら言うのだぞ? せっかくふたりっきりで出掛けるのだから、きみとお揃い、というのもアリだな」

満面の笑みを浮かべてそう言い放つと、一瞬呆気にとられたような顔をしたイオリが、やがてくすりと笑った。まるで彼が彼の義妹に見せていたような柔らかな笑みだった。
「はいはい、わかったわかった」とだけ言い、私の頭を撫でる。その大きな手のぬるいような体温に、――これが私の欲しかったものなのだろうか、と思う。

あの愛おしい日々を過ごしながら――心の奥底で私は、これを望んでいたのだろうかと思う。

イオリに――彼に、異性として扱われることを望んでいたのだろうかと思う。彼のことを「そういうふうに好きなのだ」と臆面もなく告げて、顔を赤らめている媛たちを見ながら――私もああなりたい、と思っていたのかと、思う。
私は――物分かりのいい男友達のふりをしながら、媛たちに好意を寄せられて困り果てているイオリをからかったりしながら――彼女たちのことを羨ましく思っていたのだろうかと、思う。



櫛を――彼と一緒に作るのではなくて、本当は彼に贈ってもらいたかったのだろうかと、思う。



でもあの頃の私だって告げていた筈なのだ。何度だって告げていた。彼の目を見て、彼に「好きだ」と。――それがいかなる意味であったにせよ。
彼に――伝わっていたかどうかはわからない。傍から見ていて媛たちの決死の「好き」も彼にまともに伝わっていたのかどうかわからなかった。彼の義妹の「好き」ですら、彼が実感としてきちんと理解できていたのかどうかわからなかった。

だからきっと、そういう意味では私たちは皆平等だった。男友達であれ、異性であれ、家族であれ。――あの男に、私たちの「好き」が伝わっているのかどうかは、きっと誰にもわからなかったし、きっと誰にも手応えがなくて、きっと誰にも自信がなかった。

ただひとつはっきりしていることは。彼の『男友達』という立場しかとることのできなかった私が、ただひとつわかっていることは。――かつての私は失敗した、ということだった。私では、ダメだった。『男友達』の私は、イオリを繋ぎ止めることができなかった。私の、私という『男友達』の「好き」は、彼には届かなかった。

そう。――だからきっと。



たとえこの「好き」がどのようなかたちに変質し、私がかつて抱いていたものから遠くかけ離れたものになってしまっていたとしても。



――今度こそきみが私の手を離さないでいてくれるなら、もうなんでもいい。







シミュレーターで創り出した町並みはかつての浅草の町そのものだったが、服装は当代風の洋装でまとめた。いくつか服を見繕ってイオリの前で着せ替えをしてみせたのだがどれに対しても反応が鈍く――そういうところだぞ、とは思った――結局私の方が折れて、イオリと『お揃い』にするという方針に切り替えた。とはいえ、イオリの方で白いシャツにジーンズ程度しか用意できなかったので、私の方も似たような組み合わせの女物を用意した。――これで『櫛』を選びに行くというのもちぐはぐだな、とは思いつつ。

いつぞやの特異点のように人気ひとけのない大通りをふたりで歩きながら、時折屋台などを覗いてみたりしてみる。私が団子を物欲しげに見ていたのに気付いたイオリがすっと小銭を置いて一本取り、私に手渡してくれた。――こういうのはすぐに気付くくせに、と思う。

「櫛屋はすぐそこだ」とイオリが言って、それからふと私を見下ろして言った。

「それにしても、おまえがそんなに櫛が好きだとは思わなかった。見繕うのは得意そうだ、とは思ったが」
……きみはまた……

はあ、とうんざりしながらもごもごと口にする。

「別に櫛が好きなわけではない。きみから貰う櫛だから意味があるのだ。……頼むからわざわざ全部言わせるな」
「うん? うん。――まあ、おまえは年頃の女子おなごだからな。櫛のひとつやふたつ、きっと手持ちがあった方がいい」

はた、と足を止める。私が足を止めたのに気付いて自分も立ち止まったイオリを見上げて、言った。

「そう思うのか、きみ」
「うん? うん……。どうした、そんなに妙なことを言っただろうか、俺は」
「私が女だから?」

イオリが私を見下ろしている。イオリの――あの頃と変わらない、でもあの頃よりも少しだけ柔らかいような月夜の色をした瞳が、私を見ている。どくん、どくん、と心臓が早鐘を打っている。――彼が、私を異性として意識してくれているその可能性に、急速に頬が火照るのを自覚する。

「私が、女だから――。綺麗な櫛は私に似合うだろうか、イオリ。……私は、愛いか? イオリ」
「愛い? ああ、可愛いし綺麗だよ。おまえは美しいと思う。――サーヴァントであるおまえにこんなことを願うのもおかしいのだろうが、かつて俺が義妹に願ったように――いつかおまえにも、俺とは違って甲斐性のある『いい人』ができて、幸せになってくれたらと思うよ」

「だから――うん。櫛くらいはいくらでも買ってやろう。この兄に任せなさい」と言ったイオリの言葉は、なにも頭に入ってこなかった。



ウウウ、という獣のような唸り声が自分のものであるのを自覚したのは、発狂したように喚き散らしている自分にようやく気付けてからのことだった。



キャアアーーアアア、という首を絞められた鳥のような甲高い叫び声は、きっとまぎれもなく女の声帯からしか発されないもので、目の前でおろおろしているイオリも、きっと目の前の守るべき少女である私を必死で宥めようとしているに違いなかった。――そのなにもかもが私の絶望に拍車をかけた。

「セイバー!? セイバー、落ち着け、一体どうしたと――
「イオリ、一体どうすればいい? 一体どうすれば、きみにわかってもらえる? 一体私は何になればいい



男の私ではダメだった。男の私ではきみに届かなかった。――だから、女になった。



「きみが私を見てくれるなら、きみの心に届くなら、きみが私の手を取って、二度と離さないでいてくれるのなら――私は何にでもなった。私は何にでもなる。男でも女でも、白鳥にだってこの身を変えるよ、イオリ」

地面に崩れ落ちた私の手を、しゃがんだイオリが取る。その手を強く握り返した。きっとイオリが痛みを感じるほどに強く、強く握り返して、戸惑う彼の瞳を見る。彼の端正な顔が、涙の膜の張った視界の中で歪んだ。

「男にでも女にでも、神にでも人にでも。――きみが私を選んでくれるのなら、きみがそう望むのなら、私はきみが望んだ通りの私になる」
「セイバー。……セイバー」
「イオリ、教えてくれ。一体私は何になれば」
「おまえの姿かたちが何者であろうとも。――きっと、かつての俺にとってのおまえは、美しい一振りの剣であったのだと思うよ」

見開いた瞳から、溢れ出た涙が頬を伝うのを自覚する。そうして少しだけ明瞭になった視界で、菩薩のように穏やかに微笑む、残酷なイオリの顔を見た。

「おまえは既に最初から、俺がおまえに『そうであってほしい』と――もっとも望んでいたものだったのだと、思うよ。きっと、これ以上はないくらいに」
――なら、もし」

頬を熱い涙の筋が伝うのを自覚する。それを、イオリの指先がそっと払ってくれるのを視界の隅に見る。

「かつての私が――女で。……きみのことが『好きだ』と――きみと幸せになりたいのだ――そう告げていたとしても?」
「きっと、何も変わらなかった。なにひとつ。――おまえが男でも女でも、白鳥でも、神でも人でも。俺にとってはきっと、おまえこそは、俺の望んだおまえだったよ。……そして俺はきっと、どんなおまえにでも同じことを為すよう、願ったと思うよ」

イオリが私の手を引いて立ち上がる。引っ張られるようにして立ち上がった私も、空いた方の手で乱暴に顔を拭った。イオリの手を握ったまま、「イオリ」とぶっきらぼうに名を呼んだ。

「きみは残酷だ。――私はきみのために、きみのせいで、性別まで違えてここに現界してしまった。これから一体どうすればいいのだ」
「それは……確かに不便だろうとは思う。正直今の俺はむしろおまえが男であった時代を知らないのでうまくやれるかわからないが、おまえがその方がいいならおまえを男として扱うが」
「いや、それもややこしいからよい。思えばあの頃だってきみは私が男だから男として接していたに過ぎないのだ。私が女なら女として接してくれ」
「うん? うん。……それで、櫛は要るのか? セイバー」
……要る」

ぶす、と頬を膨らませた私を見下ろしてイオリが笑った気配がする。――手を繋いだまま、ふたりで大通りを歩く。



かつての『男友達』であった頃の私が、くすぐったそうに笑うのを、私の胸の中に感じた。






後天性疾患・了