ことは
2025-05-11 22:54:27
2406文字
Public
 

あなたに花を

そろそろジューンブライドなので、廻あざでブーケ交換をしてほしくて。
元々はふせったーに載せていたのを、こっちに載せました。


 ガゴン、と旧式の古めかしいエレベーターが地下四階に止まる。
 いつものようにパソコンに向き合い、あらゆる都市伝説、怪異、オカルトに関して調べていた廻屋はふっと顔を上げた。こんな辛気臭く、空気すらも淀んでいるであろう場所に来るのは、彼女しかいない。

「センター長さん!」
「あざみさん、こんにちは」
「こんにちは!」

 海の深い部分を切り取ったような紺碧の双眸はどこか期待に満ちている。それと同時に、廻屋の鼻をかすめたのは地下のセンターにはないであろう花の香り。
 そういえば彼女はこのセンターに訪れる前、寄り道をしていた。

「あざみさん、なにか隠し持っていますね?」
「あ、バレちゃいましたか?」
「ええ。千里眼で視ていましたので」
「もう、すぐに視ないでくださいよ」

 廻屋はその特殊能力の一つ、千里眼でなんでも見通す力を持っている。彼がこれを使える範囲はある程度限られてはいるが、まあそれはまた別の話で。
 センターの後ろで開きっぱなしのエレベーターの光が差し込む。

「これ、おすそ分けされちゃったんです」

 そういって彼女が差し出したのは小さなブーケだ。手のひらに収まる程度の小さなブーケで、白と青でまとめられている。

「これは……かすみ草ですね」
「センター長さん知っているんですか?」
「ええ。花にまつわる都市伝説は数多く存在しますが、その中でもアジサイにはある都市伝説がありましてね。アジサイは土の性質によってその花の色を変えると言われており……
「わ、わかりました! また今度聞きますから」

 あざみは手を振って廻屋の言葉を制止した。
 自分の悪い癖だ。つい都市伝説に絡むものが目の前に出てくると、それを語りたくて仕方ない。普段から調査などであざみにはたくさんの都市伝説を語っているが、今は調査中ではない。

「おっと、すみません」
「もう……これ、ここに来る途中、結婚式をやっていたんです」
「結婚式、ですか」
「はい! 通りがかったら、配っていまして……もらっちゃいました」

 幸せのおすそ分けですって、とあざみは嬉しそうにかすみ草のブーケを胸に抱く。
 廻屋はかすみ草のブーケを見ながら、純真無垢なあざみにぴったりな花だと、思った。

「センター長さん?」
……ああ、いえ。とてもよくお似合いですよ」
「そ、そうですか? えへへっ」

 あざみは心底嬉しそうだ。本来、彼女はこうあるべきだと廻屋は思う。
 争いも絶望も、なにも感じず、見向きもせず、花々に埋もれていてほしいと。その笑顔を時々でいい、自分にも向けてくれれば、それでいいと。

「センター長さん、どうかしたんですか? さっきからぼーっとしてますよ?」
「ああ、すみません。なんでもありませんよ」
「お疲れですか?」
……大丈夫ですよ」

 確かにここ最近、あの五人を陥れるために使えるジマーとの連絡、加えてサメジマの管理人としての昼夜問わず動いている。肉体的疲労はなくとも、精神的疲労はありそうだ。
 すると目の前に突然、あざみが持っていたかすみ草が差し出される。

「センター長さんにあげます!」
「え?」
「今調べたんですけど、かすみ草って感謝っていう意味があるみたいです。いつもセンター長さんにはお世話になっているし、お礼です!」
「あざみさんがもらったものですので、受け取れませんよ。それにこんな辛気臭い場所により、あなたの部屋に飾ってあげた方が花も喜びます」
「そうですかね……

 確かかすみ草にはほかにもいくつかの花言葉があったはず。「幸福、感謝、親切、清らかな心、無邪気」どれをとっても、自分よりもあざみのほうがよく似合う花だ。白は「夢見心地」青は「無邪気」だったか。
 断られてもなお、あざみはこの部屋にブーケを置こうとしている。花瓶も窓もない部屋に置いたら、花は枯れるばかりだ。

「お気持ちだけ受け取っておきます」
「わかりました……

 しょぼくれてしまったあざみを見て、受け取るべきかと一瞬迷うも、捨てることになるなら受け取らないほうが賢明だ。
 彼女からの好意を無下にするのは、少々胸が痛い。
 もう一度ブーケを見て、廻屋はあることを思いついた。

「あざみさん」
「はい?」
「こちらへ来ていただけますか?」

 机越しの会話をやめ、車椅子の自分の横に並び立つように来させる。紺碧の双眸が瞬く。手を伸ばし、かすみ草から一本引き抜いた。それを指で軽く弄び、「あざみさん、こちらへ」と呼ぶ。
 屈んだあざみの耳横にすぅっと一輪のかすみ草を差し込んだ。

「やはりあなたによくお似合いですよ」
「ふぇ……あ、あの……
「どうかされましたか?」
「い、いえ……か、帰りますね!」
「はい。道中お気をつけて」

 あざみは赤面したまま、急いで乗ってきたエレベーターに再度乗り込む。

「おや……ふむ」

 花の扱い方などわからないが、廻屋なりに喜ばせようと思っただけだ。まさかあんな風な態度を取られてしまうとは。
 赤面をする、ということは不快だったとは思えないが、喜んでいたとも取れない。あざみの気持ちはいったいどちらだろう。
 気に留めるも、すぐに興味を失くし、廻屋は再びパソコンに向き直す。



 後日、あざみはセンターへやってくると、いそいそと机の上になにかを置いた。それはあの日見た、かすみ草の押し花の栞だ。青と白のコントラスが美しく押し花にされ、そこだけ光り輝いているように見える。

「これならお水も窓もいりませんよね?」
「そうですね……いただいても?」
「はい! センター長さんのために作りましたので!」
「ありがとうございます。使わせていただきますね」
「ぜひ!」

 それから廻屋がなにか書籍を読む際、あざみがくれた栞が役立ったとか、なんとか。