流れザメ
2025-05-11 22:33:36
5555文字
Public ビマヨダ
 

ビマ(→)(←)ヨダがビマ→←ヨダになるかもしれない話の冒頭

タイトルそのままです。途中も途中。

異星の神によって白紙化された地球。
全ての生命、全ての文明が消え去り、文字通り白紙に戻された真っさらな地表を見下ろすようにして、澄んだ青空を駆ける一隻の艦があった。
次元境界穿孔艦ストーム・ボーダー。
サーヴァント、ネモの宝具であるノーチラス号に幾度もの改造を加え、広大な空すら海のように自在に進めるようになった艦だ。
人理継続保障機関カルデアの第二の拠点。すなわち、人類にとって本当の最後の砦となったその艦の中は、生命の存在しない地表に比べて随分と賑やかだった。

「待たせたな!ご注文のAランチだ!」
「なに?テーブルの特製激辛タバスコが切れた?昨日新しいのを置いたばかりだぞ。あれを作るのは骨が折れるから、使用する際は節度を守って使ってくれとあれほど……
「は~い、ちびっこ達~。みんなちゃんとご飯食べた?よし、それじゃあ今からデザートのパンケーキを配るから並んで並んで~」

ストーム・ボーダー艦内にある飲食施設。通称カルデア食堂。
現在存命している数名のカルデア職員のみならず、カルデアに召喚されたサーヴァントも利用すること念頭に置いて作られたその場所は、今日も賑わいを見せていた。

「すまないビーマ。しばらくカウンターを任せても良いだろうか。辛いもの好きの連中が、あのタバスコが無いと味気ないとうるさくてね。今から貯蔵庫に取りに行ってくる」
「おう、良いぜ。任せな」

ビーマが二つ返事で頷くと、共に接客を担当していたエミヤがカウンターを離れ、厨房の裏口から外へと出て行く。
現在、カルデアには四百騎以上のサーヴァント達が存在している。それら全員がこの食堂を利用してる訳では無いが、それでもかなりの数のサーヴァントが毎日ここを訪れていた。
特にランチタイムは利用者が多く、正午を過ぎて一時間は経っているというのに、未だにカウンターに並ぶ人の列が途切れる様子が無い。
大勢の客を前に一人でカウンターを受け持つ事になったビーマは、腹の横で小さく拳を握り、気合いを入れ直す。
幸いな事に、ここには料理上手な者達が大勢居る。
生前、マツヤという国で宮廷料理長を務めた事があるビーマもその一人なのだが、そんなビーマですら尊敬の眼差しを向けてしまうような人物がカルデアには数多居た。
和食なら紅閻魔。現代の料理でいえばエミヤがそうだ。
おかげでビーマは何の心配も無く接客に専念することが出来る。
早速受けた注文を奥の厨房に伝えると、タマモキャットの活きの良い返事が返ってくる。
背後からガシャン、ドガシャンと何やら不安な騒音が聞こえてくるが、ビーマは振り向かない。タマモキャットの料理が作り方もサイズも豪快なのは、もはや周知の事実だからだ。
厨房での騒ぎを無視して次の客から注文をとる。和食がメインのCセットだ。これは紅閻魔の領分だろう。
厨房の奥で出汁作りをしている紅閻魔に声をかけようとしたビーマの眼前に、熱々のハンバーグと付け合わせの野菜が載った鉄板、その横の皿に盛られたツヤツヤと光り輝くライス、そして甘い香りが鼻孔を擽るコーンポタージュのセットが載ったトレーがズイと突き出される。
ビーマが礼を言ってそれを受け取るよりも早く、爛々と瞳を輝かせたタマモキャットが叫んだ。

「ご注文の品だ!迅速かつスピーディにお届けするがよい。いつまでもカウンターに居座る迷惑客は串刺しにされる定めがゆえになッ!」
「え゛っ?」

受け取り口で料理を待っていたマンドリカルドが青い顔で固まる。
ビーマは気にしないでくれと笑いかけ、ハンバーグセットを渡した。
その後も怒濤の忙しさに追われ続け、貯蔵庫から戻ってきたエミヤと子供達におやつを配り終わったブーディカも加わりながら、なんとか全員で力を合わせてランチタイムを乗り切った。

「もうすっかりカルデアキッチンの一員ですね。兄ちゃん」

客足が落ち着いた頃を見計らって声をかけてきたのは、ビーマの弟であるアルジュナだった。アルジュナの手には使用済みの食器が重ねられたトレーがあり、どうやらビーマが暇になるのを待っていたらしい。

「ははっ!まさか世界を救う為に喚ばれた先でまた料理の腕を振るう事になるなんて、思ってもみなかったぜ!」
「長い戦いほど癒やしが必要になるものですから。戦力としてもそうですが、兄ちゃんがカルデアに来てくれて本当に良かった」
「嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか、アルジュナ!」

ビーマが笑いながらアルジュナの細肩をバンバンと叩く。
食堂に響く力強い打撃音に他のサーヴァント達が心配の眼差しを向けるが、アルジュナは涼しげな顔でそれを受け止めていた。
ふと、ビーマは何気なく食堂の出入り口の方を見た。それと同じタイミングで、一人の男が食堂の前を横切る。
その男の姿を目にした途端、ビーマの顔から笑みが消える。
自分に向けられた視線に気付いたのか、男がこちらを見やる。
互いの視線がかち合った瞬間、その男──ドゥリーヨダナは露骨に顔を顰めてみせた。
ビーマに対する不愉快さを隠そうともせずに、ドゥリーヨダナは直ぐに顔を逸らす。そしてそのまま廊下の向こうへと消えていってしまった。

「兄ちゃん……

アルジュナの不安げな声にハッと我に返る。
ビーマが慌てて視線を戻すと、アルジュナは酷く気遣わしげな表情を浮かべていた。

「兄ちゃん、やっぱり……
「いや。言っただろう、アルジュナ。俺はここでアイツと関わりを持つつもりは無い」

アルジュマの言葉を遮り、ビーマは首を横に振る。きっぱりと告げられた言葉に、アルジュナは目線を落として告げるつもりだった言葉を飲み込んだ。
ドゥリーヨダナは、ビーマやアルジュナと出典を同じくするサーヴァントだ。
叙事詩マハーバーラタにおいて、ドゥリーヨダナは従兄弟に当たるビーマ達──パーンドゥの五王子達を忌み嫌い、あの手この手で窮地に追い込んできた。
焼殺未遂やイカサマ賭博など、彼が五王子達を排除するために企てた奸計は上げればキリが無い。
執拗で嫉妬深い性格のドゥリーヨダナは、自分と同じ日に生まれ、幼少期に弟達に怪我を負わせた事があるビーマを特に目の敵にしていた。
ドゥリーヨダナ率いるカウラヴァ陣営と、パーンドゥの長兄であるユディシュテラが率いるパーンダヴァ陣営。両者が激しくぶつかり合い、多くの戦死者を出したクル・クシェートラの戦いでは、ドゥリーヨダナは王位を奪い合うユディシュテラではなく、ビーマを決闘の相手に指名している。
ビーマもまた、長年自分達を苦しめてきたドゥリーヨダナに怒りを抱き、同上の戦いでドゥリーヨダナを含めた百王子達全員を一人残らずその手で殺している。
二人はいわば因縁の相手だった。
善悪問わず数多の英霊が集うカルデアでは、生前殺し合った相手と共に戦場に立つことは別段珍しいことでは無い。
過去の遺恨を一時忘れ、カルデアのマスターの為に宿敵と手を取り合うサーヴァントも居れば、火急の戦闘時以外は顔すら合わせないようとしない者達も居る。
ビーマとドゥリーヨダナは後者だった。
ドゥリーヨダナよりも数日ほど先にカルデアに召喚されていたビーマは、マスターから『ドゥリーヨダナも近々召喚に応じてくれるかもしれない』と知らされた時から、既にカルデアでの身の振り方を決めていた。
ドゥリーヨダナとは必要以上の関わりを持たない。
それが、様々な英雄達が垣根を越えて集うカルデアでの生活を体験し、過去の経験を踏まえた上で出した、ビーマの答えだった。

「それが互いの為だ」
「兄ちゃん……

頬に刺さるアルジュナの物言いたげな眼差し。それに気付かないふりをして、ビーマはカウンターの掃除を始めた。
アルジュナもこの話はこれ以上続けられないと察したのか、明るい声で「食器を返してきますね」と告げ、返却口へと向かって行った。
遠ざかる足音を意識の端に聴きながら、ビーマは小さくため息を吐く。
アルジュナがらしくもない選択をした自分のことを心配しているのは分かっている。
だが、ビーマにはこの考えを変えるつもりはなかった。
偶然の産物とはいえ、一度は上手くいったのだ。ならば二度目もこれで上手く事が運ぶはず。そう自分に言い聞かせながら、ビーマはカウンターの汚れを布巾で拭う。

「なんだ、もう店じまいか?少し来るのが遅かったか」

不意に聞こえてきた残念そうな声。ビーマが顔を上げると、カウンターの向こうに紺と菫色着物を纏った剃髪頭の男、宝蔵院胤舜が立っていた。
胤舜は眉を下げ、落胆した様子で首の裏を擦っている。どうやら昼食を食べに来たらしい。

「いや、まだ大丈夫だぜ。すこし掃除してただけだ。いつものやつで構わねぇか?」
「おぉ!良かった。是非お頼み申す」

胤舜は顔を輝かせて軽く頭を下げた。
名うての槍術家であり僧侶でもある胤舜は、仏教の戒律にしたがって精進料理しか口にしない。
ビーマは紅閻魔に調理を頼むと、胤舜に話しかけた。

「鍛錬でもしてたのか?」
「うむ、実は──」
「もう!何なんですかあの人は!」

突如横から聞こえてきた大声に、胤舜の言葉が掻き消される。
何事かと隣を見れば、ビーマや胤舜と同じランサークラスのサーヴァント、秦良玉がカウンターに突っ伏していた。

「あれほどの技量を持ちながら、どうしてあの方はああなんですか!あれではまだ愚かなだけの為政者の方が遙かにマシというものです!」

顔を伏せたまま、握られた拳が何度もカウンターを打ち付けられる。
普段の落ち着き払った武人然とした彼女はどこへやら。あまりの荒れように、ビーマは軽く目を見張った。
良玉の相手をしていたブーディカも同じなようで、なんとか彼女を宥めようとしている。
食器を返却しに行っていたアルジュナも戻ってきて、三人で取り乱す良玉を見つめていると、胤舜は困ったように笑って先程の言葉の続きを口にした。

「実は先程、彼女と共にドゥリーヨダナ殿と手合わせをしてきてな」

ドゥリーヨダナの名前にビーマの頬がピクリと痙攣する。名高い武術家である胤舜がそれを見逃す訳も無く、彼の瞳に探るような光が走る。しかし次の瞬間にはそれを打ち消して、胤舜は何事も無かったように事の経緯を語り出した。
曰く、トレーニングルームで鍛錬中にドゥリーヨダナに声を掛けられ、彼の方から手合わせをしないかと持ちかけられたのだという。
彼の友人であるカルナやアシュヴァッターマンとはよくトレーニングルームで顔を合わせるが、ドゥリーヨダナが姿を見せたのは今日が初めてだ。
カルデアの穏やかな日々に飽きて身体を動かしたくなった、という可能性もあるが、毎日のようにマスターに魔力リソース集めの周回に連れ回されている彼が体力を持て余しているとは思えない。

「一体どういう心境の変化なのだろうかとおもいつつ、折角の誘いだからと手合わせを承諾したのだが……

胤舜が言葉を句切り、チラリと良玉の方を見やる
良玉はカウンターから身を起こし、僅かに顔を俯かせていた。
黒い髪の隙間から覗くその表情はどこか悔しげに見える。
気付けばビーマは口を開いていた。

「アンタ、アイツになんかされたのか?」
「え……?」
「兄ちゃん!」

アルジュナが声を荒げてビーマを窘める。ビーマの腕をひしと掴むと、アルジュナは小さく咳払いをして言った。

「ビーマ兄様。秦良玉殿は武勇を上げ、仕えた王直々に詩を賜った程の武人です。ただ一方的に虐げられるような方ではありません」

アルジュナの非難の込もった声に、ビーマはバツが悪そうに表情を曇らせた。

「悪い。そんなつもりじゃ……
「いいえ、構いません。貴方とドゥリーヨダナ殿との間に起こった出来事は、私も少なからず存じておりますので」

緩く頭を振った良玉が、真っ直ぐにビーマを見つめる。
背筋を伸ばして凜と立つその姿には、先程までの冷静さを欠いた様子は微塵も見られない。

「先程は取り乱した姿をお見せして申し訳ありませんでした。胤舜がおっしゃられた通り、トレーニングルームでドゥリーヨダナ殿と手合わせをしたのですが、彼の操る棍棒術があまりに見事なものであったので、普段の傍若無人な振る舞いとの差に驚いてしまい、ついあのように言葉を口走ってしまったのです。全ては私が未熟者がゆえの醜態。ドゥリーヨダナ殿には何の否もありません」

良玉が沈痛な面持ちで軽く頭を下げる。
ビーマがなんと声をかけようか考えあぐねていると、二人のやり取りを静観していた胤舜が何かを思いついたかのように口元を緩めた。

「ビーマ殿、この後少し時間をいただけないだろうか?」
「構わないが、何か用か?」
「いやなに、この後一戦どうかと思ってな」
「胤舜殿?」

突然の手合わせの提案に首を傾げたのは、ビーマだけでは無く良玉もだった。
どういうつもりかと訝しげな表情を向ける良玉に、胤旬はニカリと晴れやかな笑みを返す。

「あのドゥリーヨダナ殿と一騎打ちを果たしたというビーマ殿の槍捌き。それが見てみたくなったのよ。どうだろうか?ビーマ殿」

胤舜がビーマを見る。その澄んだ瞳の奥には、微かな挑発の光が灯っていた。
アルジュナが視界の端で心配そうにこちらを見ている。ビーマはアルジュナに微笑むと、胤舜の目を見て頷いた。

「おう、良いぜ。受けて立つ」
「いやはやなんとも気っ風が良いお方よ」

胤舜がカラカラと声を上げて笑う。
良玉が物言いたげな瞳でその横顔を見つめる中、厨房の奥から料理の完成を伝える紅閻魔の声が聞こえてきた。