ドアインザフェイス

倫理観バグセンシティブギャグマサダン

「キミとの子が欲しい」
 うららかな昼下がり。シュートシティのバトルカフェで、爆弾発言が投下された。
 僕の目の前にいるのは旧チャンピオンこと無敵のダンデ。その手前には空のグラスが置かれている。空になる前はコーラが入っていたけれど、提供されてからものの数秒で飲み干された。
 ダンデさんの発言を理解した僕は、口に含んだばかりのミツハニーラテを盛大に吹き出した。テーブルを越えてダンデさんのジャケットにまで飛び散る。
 ヤバい。二重の意味で思ったけれど、ダンデさんが意に介する様子はない。まあ服なんてポケモンとの触れ合いやバトルですぐに汚れるもんだし。気にしてないなら良かった。って、全然良くない。
「『キミの子』じゃなくて『キミとの子』ってことは、ダンデさんと僕の子どもということですか?」
 男同士だから当然子どもはできないし、そもそも僕たちはふたりの子を設けたいと思うような、そういう特別な間柄ですらないんだけど。
 Q.恋人でもない相手、しかも同性から子どもが欲しいと言われた時、僕の心境はどのようになるか?
 A.困惑。あと恐怖。
「そうだ」
 否定してほしかったのに頷かれる。冗談ですよね?と聞くことはできなかった。ダンデさんの表情があまりにも本気すぎる。
「キミの心が手に入らないなら、せめてキミとの子どもが欲しい」
「え?」
 ダンデさんは身を乗り出し、黄金色の瞳で僕を捉えた。いつもバトルコートで火花を散らす目が、今は妙に熱っぽい。
「大事に育ててよすがにするだけだ。迷惑はかけない」
 よ、よすが?
 知らない言葉を使われたけど、文脈的になんとなく伝わった。ダンデさんはたまに詩的な言い回しをする。読書家なのを知っているので、特に意外ということもない。
「えーっと。もしかしてなんですが……ダンデさんって、僕のことが好き……だったりします?」
「当然だろう」
 あ、当然なんだ。へ~~~知らなかった。本当に初耳です。何を今さら、みたいな感じでこられても困る。
「フラれたくらいでオレの気持ちは変わらないぜ」
「ン!?」
 フラれた!?まさか僕に!?ダンデさんが??まったく身に覚えがないんですけど!?!?
「これでも一途なんだ、オレは。……オレが勝手に想う分には、いいだろう?」
 急にせつなげな声を出す。いつも自信満々の絶対王者(今は『元・絶対王者』だけど)がしゅんとしている。ダンデさんのこんな表情を見るのは初めてだ。普段とのギャップに思わずドキッとしてしまう。
 だけど、どうにも話が噛み合わないのが気になった。
「あの!僕、ダンデさんのこと振ってませんっ!」
 思ったより大きい声を出してしまったけれど、顔を熱くしながら続ける。
「というか、振る以前に告白されてないんですけど!!」
「は……
 ダンデさんは呆気に取られた顔をした。しかし、すぐにムッとした表情に変わる。
「なかったことにするくらい嫌だったのか」
「違います!本っ当~に告白された覚えがないんです!」
 僕は大きく息を吸い込んで、深く吐き出した。冷静に冷静に。一旦落ち着こう。
「告白って、いつのことですか?」
「88日前だ」
 何その細かい日数。なんで数えてるんだ。怖い。
「明日で3カ月記念になる」
 振られて(?)3カ月記念ってなんだ。発想がホラーすぎる。真顔なのがなおさら怖い。
「すみませんが、本当に思い出せません」
 ぺこりと頭を下げると、ダンデさんが大げさに息を吐き出した。
 ため息か。ため息なのかそれ。やれやれ、話が通じてないな、みたいな感じか。なんかちょっとモヤッとした。
「ガラルスタートーナメントがあった日だ。試合後にレストランへ行っただろう、キミとオレのふたりで」
 それなら覚えている。ダンデさんとパートナーを組んで優勝して、その祝勝会だった。
 確かにレストランにはふたりで行ったけれど、告白された覚えは微塵もない。
「これからもこうして食事に誘っていいかと聞いたところ、キミは『無理です』と返事した」
……あー……えっと……
 少し記憶が蘇ってきた。次にまた食事の機会を作ろう的な、そんな感じの会話があったかもしれない。
「それにキミは、その直前から機嫌が悪そうだった。オレが話しかけると鬱陶しそうにしていた」
――!」
 ついに点と点が繋がった。なんというか、勘違いというかすれ違いというか。つまりその、タイミングが悪かっただけなのだ。
 あの日の翌日から、僕はヨロイ島で2週間のバトル修行だった。その間もチャンピオン業務と試合でスケジュールがパンパンで、寝る時間を確保するのが精いっぱい。人と都合を合わせて外食に行ける余裕なんて全然なかった。
 だから食事に行くのは無理ですと言ったのだ。せっかくの誘いを断る罪悪感から「すみません」とかも言った気がする。
 それに態度が悪かったのは、メインで出てきたガケガニが食べづらかったせいだ。身を取り出す作業が大変で、集中していたから邪魔しないでほしいなとも思っていた。それがバレバレだったのか。
 原因は分かった。流れも理解した。だけどこれ……僕が悪いのか?
 だって告白されただなんて思ってなかった。あんな遠回しな伝え方で分かるわけがない。
……すみませんでした」
 正直納得はいっていない。それでもとりあえず謝っておくことにした。ダンデさん、なんかガチで落ち込んでるっぽいし。
「その謝罪はどういった意味のものなんだ?」
 黄金の瞳に睨まれ、圧倒される。僕の親友兼ライバルである弟のホップと同じ色だ。兄弟だけあって似ている要素が多いけれど、ホップとダンデさんが似ていると思ったことはほとんどない。
「っ、」
 眼光が鋭くなった。今考えていたことがバレたんだろうか。
 僕は重苦しく生唾を飲んだ。次の行動をミスったら、取り返しのつかないことになりそう。なんだかそんな予感がする。
 今の今まで告白されたと思ってなかったし、振ったつもりもない。だからと言って、このまま付き合う流れになるのはちょっと……うん、無理です。ごめんなさいダンデさん。
……
 何も言葉が出てこなかった。僕を見つめるダンデさんの目に、熱情がこもっていることに気付いてしまったからだ。見つめ合ったまま長考しすぎたのが良くなかった。変に期待を持たせてしまったみたいだ。
 僕は何か言おうとして、やっぱり言えなくて口をつぐんだ。視線を外して俯いて、またチラッとダンデさんを見る。そうしているうちに、ダンデさんの方が察してしまったようだった。
……そうか。オレは改めて振られたんだな」
 気まずい。めっちゃ気まずい。今日からまた3カ月カウント始めたりでもしたらと思うと、冷や汗が止まらない。
 申し訳なさでいっぱいになる。少しでも罪の意識を軽くしたくて「ごめんなさい」と言いかけたところで、ダンデさんが先に声を発した。
「何度振られようとオレの気持ちは変わらないぜ。マサルくん、キミとの子どもが欲しい」
 なんてこった。ネバーギブアップ。その不屈の精神、ポケモンバトルやガラルの未来のこと以外でも発揮しちゃうんだ。さすがダンデさん。あ、これ褒めてないです。
「それこそ無理ですよね。生物学的観点から物理的に不可能というか」
 これで物理が無理なら特殊で、とか言い出したらどうしよう。
「可能だぜ」
 ダンデさんは勝気に笑みを浮かべた。落ち込まれ続けても困るけど、立ち直るのが早すぎる。
 ってか可能って言った?今、可能って言いました??
「ガラル粒子には無限大の可能性が秘められていることは、キミも知っているよな」
 出た、ガラル粒子。ここにきてその単語が出てくるとは思わなかった。不可能を可能にするガラルの希望。フィクション界隈において汎用性の高さから、セスキ炭酸ソーダ以上の万能説が囁かれている。
 ……『不可能を可能にする』?ヤバい、不穏な流れだ。
「つい先日のことだ。ガラル粒子を遺伝子操作に応用する研究によって、2つの受精卵を掛け合わせた卵子を受精させて、子どもを作ることに成功した」
 な、なんだって??早口で難しいこと言われた。脳の処理が追いつかない。僕ポケモンバトル以外のことは普通でしかないことに定評があるんだけど。
 えっと要するに、男同士でも繁殖可能ということだろうか。そもそも卵子って2種類を掛け合わせることが可能なのか?それって精子のキメラなのでは?
「数年後には一般社会にも普及していることだろうな。ガラルの未来は明るいぜ」
「そんな……
 ダンデさんは素晴らしいことのように語るけど、僕にはそれが正しいことなのか判断できなかった。じゃあ、正しくないとしたら間違っているんだろうか。でも、血の繋がった子どもを望む同性カップルが幸せになれるんだとしたら、とても喜ばしいことだとは思える。
 ……そういえば、僕が物心ついた時からスマホは身近なものだったけれど、昔はロトムが入らなかったし、数字とアルファベットのボタンをポチポチしたり、パカパカしたり、アンテナを伸ばしたりするしかできなかったらしい。(何それちょっと楽しそうと思ったことは置いといて)現在当たり前の常識や価値観が変わるのって、実はとてつもないことなんじゃないだろうか。
 それになんだかグレーな匂いがするというか、クローン技術ほどじゃないにしても、倫理問題に発展する気がしてならない。ネットミームで見た医者の亡霊が、「おこがましいとは思わんかね」と脳内に語りかけてくる。ブラックジャック先生も頭抱えるって。ガラルだけの問題に収まらないだろう。
「ちなみにだが、メタモンに代理出産してもらうことになる」
「はいアウトー!!完全にアウトー!!」
 思わず叫んだ。これ本当に駄目なやつじゃんか。
 グレーどころかブラックだ。ブラック通り越してもはやダーク。闇オブ闇。これが本当のダークナイト、ってやかましいわ。
「ダメか?」
「駄目ですよっ!」
「どうしてもダメか?」
「駄目に決まってます!!」
「どうしてもどうしても、本当にダメなのか?」
「絶対絶対本当に、駄目ったら駄目です!!!」
「まあ。キミならそう言うと思ったぜ」
「えっ」
 ダンデさんはにっこり笑った。普段よくする快活な笑顔でもビジネス用の微笑みでもない、意味深で不気味な微笑み。
「実は、メタモンじゃなくて人間でも代理出産は可能だ。男でもな」
「なんだって!!??」
「オレが産めば、代理出産ではなくなる」
「!!」
 ハードルが一気に下がった。確かに、ダンデさんが産むならアウトじゃなくなるのか。……な、なるほど?
 つまりその、あと残っている課題は、僕の気持ちだけってことだろうか。
「決してキミに迷惑はかけない。すべての責任はオレが持つ」
 ダンデさんの力強い言葉に、悩む思考がストップする。本当に本気なんだ、この人は。
「改めてマサルくんにお願いだ。偉大なるチャンピオンとして、ガラルの発展のために協力してくれるよな?」
 ガラルのため。そうか、ガラルのためなら――致し方ないことなのかもしれない。
 情報過多で頭がパンク寸前。冷静さはとっくに失っている。気付けば僕の口は、勝手に動いてた。
…………はい」





 その夜。僕のスマホは、ダンデさんからのメッセージ通知が止まらなかった。
『子どもの名前候補を50個考えたんだ。気に入ったのはあるか?』
『手術の日が待ち遠しいぜ!きっとポケモンバトルが強い子が生まれてくるだろうな!』
『マサル似の子だったらいいな』
『ホップとソニアにも報告しないとな!オレの家でホームパーティをしよう!』
 そして、また新たに1通。
 僕は既読がつかないように画面を長押しして、薄目で恐る恐る見た。
『キミの愛を手に入れるのも、絶対に諦めないからな』



end