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黒羊ユク
10063文字
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二次創作:サガ
とある日々の終止符
魔界塔士Sa・Ga、未来パーティ。
大切な人に会ってほしい。ジダルドの頼みに応えるアユルス。
ジダルドが引き摺っていた過去へ、アユルスが示す一縷の希望。
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部屋に響き渡る呼吸器の音をアユルスは何処か不気味に感じたが、それも存続の危うい命を語る音であるからなのかもしれない。
部屋の片隅に備え付けられていたスツールを病床の側へ移動させて腰かけると、ジダルドはノチアを見詰めながら口を開いた。
「十階の雲の隠れ里
……
アルのかあさんの両親が住んでるとこ、俺は其処の生まれなんだ。多分普通の家だったよ。かあさんはちょっと体が悪かったけど、四人家族みんなで支え合って生活してた」
自身との意外な共通点にアユルスは驚くが、ジダルドの表情に凍えるような寂しさを見付け、言及を控える。
「けど、俺がまだガキの頃、アイツ
……
俺のオヤジが、訳解んなかったけどいきなりおかしくなってさ。みんなに殴りかかるようになったんだ。能力書き換えの力にはそうなってちょっとしてから気付いたよ」
話題に出すのも悍ましいと言いたげな口振りにジダルドの深い憎しみが滲み、初めて触れるジダルドの明確な負の感情に、アユルスは言い知れぬ不安に駆られた。
「書き換えに気付いたらこっちのもんだった。アイツも自分が不利だって解ったみたいで、いつかに逃げ出して帰ってこなかった。それから、ねえさんと俺で必死に働いて、きつかったけどなんとか三人で暮らして
……
ずっとそうだと思ってた」
ジダルドはふと腕に温もりを感じる。横目で見ると、アユルスが怯えるように腕を掴むさまがあった。手の温かさが過去までも慰めてくれるようで、ジダルドは小さく笑ってから言葉を続ける。
「俺が外から帰ってきた時だったなあ。家が燃えてたんだ」
腕を掴むアユルスの手が動揺するように僅かに動いた。
「咄嗟に能力書き換えて、燃えてる家の中に入ったよ。そしたら、黒焦げのヒトが二人いた。一人はかあさんで、一人は多分アイツだった。もっと奥の方にいたのがねえさんだった。よく見たら沢山刺されてた。多分アイツが乗り込んできて、心中するつもりだったんだろうね。其処からテレポートして、ねえさんを此処に頼んで
……
もう三年、この侭」
疲れた息を吐き出し、ジダルドは自嘲する。
「俺達も馬鹿だったんだよね。さっさと引っ越しでもしとけば、あんな事されなかったかもしれないのにさ」
吐き捨てた言葉へアユルスがかぶりを振った。
「違うよ、だってジダルド達は何も悪い事してないじゃないか
……
、それなのにどうしてジダルド達が悪くならなきゃいけないんだよ
……
」
アユルスの言葉でジダルドは気付く。何かしら自身に失敗があったとしなければ、恨みの矛先が何処にも向けられないのだろう。失ったのは日常だけではなく、その後の感情の行き場でもあった。
「そう、かもね。まあ今になって、何言ったってもう、取り返し付かないし」
ジダルドが何と無しに零した現実を聞きながら、アユルスはノチアを見遣る。そして拳を作り、ジダルドへと向き直った。
「ジダルド、まだノチアさんは生きてる。俺の魔法なら、もしかしたら、出来るかもしれない」
アユルスの赤い瞳の奥に映るジダルドは、諦めた顔をして諦めた振りをしている。
「これ以上アルに甘えられないよ。都合良く治してもらえるかもって噂になるかもしれないし」
死の淵に立たされた者ならばこの世界だけでも多くいるだろう。一の命を救ったならば、十が、百が、そうして全がアユルスへ縋り付くかもしれない。罪を背負いながらも漸く自由を得たアユルスへ、その不自由を与える訳にはいかなかった。
「それでも俺はやってみたい」
だがアユルスは一縷の希望を掴もうとしている。
「ジダルドの事、助けたいから」
己の為にでは無く、ただジダルドの為に、ジダルドの代わりに手を伸ばしていた。
治癒魔法ケアルの書よりも強い効力を持つ、魔力を蓄積する樹木を用いて作られる癒やしの杖を入手する為に、ジダルドがテレポートして暫く経った。癒やしの杖自体はケアルの書と同じく普遍的に販売されているものの場所が限られており、近場でも五階の海洋世界とかなり遠く、九階とは時の流れも異なっている。
病床の傍らでスツールに座るアユルスは、昏々と眠り続けるノチアを見る。先程ジダルドが向けた眼差しの優しさがノチアの優しさを雄弁に語り、見ず知らずの人物を助けるには充分な感情を与えた。
ジダルドは行き場の無い怒りを抱え、笑いながら自らを責め立てる事で辛うじて保っていたのかもしれない。快楽こそを良しとする普段の性質も、それが無ければとうの昔に身を滅ぼしていたのかもしれなかった。その姿に母を亡くしたアユルス自身が重なる。この手に出来る事ならば、目の前にある悲しみを見過ごしたくなかった。
ふと背後に小さな物音を聞き、アユルスが振り返ると転移したばかりらしいジダルドを見付ける。手には剣程の長さを持つ杖が握られており、細かな螺旋形をしたそれこそが癒やしの杖だった。
「アル、ほんとにいいの?」
確かめる事をやめられないジダルドへ、アユルスは席を立つと両手を伸ばし、震えそうなジダルドの手を取る。
「いいんだよ。それに、内緒でやれば案外大丈夫かもしれないだろ」
告げるアユルスの悪戯染みた微笑みに救われる心地になり、ジダルドはつられて笑顔になった。
「いいねそれ。じゃあ、お願いしちゃおうかなあ」
僅かだが漸くジダルドへ戻った明るさは、小さな希望に照らされてのものなのだろう。
アユルスはジダルドから杖を受け取り、ノチアの傍らに立つ。ジダルドは部屋の扉の小窓を塞ぐように立ち、様子を見遣った。
魔法による治癒は、失ったものを生み出す力は基本的に無い。生命力を活性化させ、肉体本来の治癒力を高めるものだ。今のノチアにどれ程の生命力が残されているのかは甚だ疑問だったが、賭けるだけの価値はあった。
アユルスは杖を構え、先端をノチアの胸元にかざす。目を閉じて深く息を吐き出すと、集中を始めたのか杖とノチアの体が仄かに輝き出した。輝きは瞬く間に強さを増し、目映い光となって部屋を白く染め上げる。
目が潰れそうな光の中で、ジダルドは高濃度の魔力がもたらす重々しい感覚に襲われ、アユルスが杖の全力をこの一回へ注いでいるのだと知った。杖は本来ならば三十回は発動出来るものだが、アユルスの保有する強大な魔力を受けて杖の限界が一気に引き出されているのだろう。
光に耐えきれなくなり、ジダルドは目を閉じた。瞼の裏にはささやかな幻さえ見えなかったが、その向こうに望んだ現実があると信じて待つしか出来ない。その無力感がもたらす自責の念も、あの日の絶望も、光は全てを呑み込んでいく。それは紛れも無く、アユルスがジダルドへ示した可能性の輝きだった。
やがて一つの甲高い音と共に、光は急速に消える。ジダルドが眩んだ目を辛うじて開けると、粉々に砕けた杖の残骸の前にくずおれるアユルスの姿を捉えた。
「アル!」
駆け寄りアユルスを支えるジダルドへ、アユルスが息も切れ切れに急いて告げる。
「ノチア、さんを
……
」
言葉にジダルドは恐る恐る立ち上がり、ノチアを見遣った。その姿形は何も変わっていなかったが、ブランケットの下で微かに手が動く。
「ねえさん」
動いたノチアの手をジダルドが両手で握ると、今度は握り返すような力が入った。
よろめきながらアユルスが立ち上がると、呼吸器の中で微かに動く唇が見える。声こそ聞こえなかったが、間違い無くジダルドの愛称を呼んでいた。
「ねえさんっ
……
」
もう一度呼ぶジダルドを映す瞳すら失った目の端に滲むものは、まだ何も語らない。
今頃は医者や看護師がせわしなくノチアの容態を確認しているだろう。ジダルドとアユルスは癒やしの杖の残骸を密かに片付け、職員から言われる侭に部屋を出て待合室へと移動した。部屋の扉にある小窓から漏れたであろう光を見た者はいなかったようで、今回の回復も偶然として終わるだろう。
「アル、ほんとに、ほんとにありがとね」
切々としたジダルドへ、アユルスは安堵の微笑みを返す。
「俺はただ、ジダルドに悲しい思いしてほしくなかっただけだよ。本当に良かった」
アユルスの言葉にジダルドの表情が僅かに陰った。
「これから良くなるか、正直解んないけどね」
「どうして
……
?」
ジダルドは蟠りを吐き出すように告げる。
「ねえさんはこれから、あの体で生きていかなきゃいけない」
多くを失い、その容貌も無残なものへと変わったノチアは、行動すら制限される中でこれからを生きる理由を見付けてくれるのか、それを思うジダルドの不安は果てしない。アユルスもその事に気付いたが、その瞳に不安は揺れなかった。
「それでも、ノチアさんの事を信じるしかないよ。ノチアさんがいつか目を覚ましてくれるって、ジダルドがずっと信じてたみたいに」
ジダルドは目を見開く。アユルスはこの短期間で随分強くなっていた。全てへの諦めを越えたその先で、様々なものを掴み取ったのだろう。
「そうだよね
……
。ありがとね」
ジダルドはアユルスの体を引き寄せ、確かめるように抱き締めた。
「
……
帰ろっか。少しでも寝ないとね」
「うん」
アユルスの頷きを確認してからテレポートする。一瞬でアユルスの自室へと戻ると、ジダルドはアユルスから身を離した。
「落ち着いたら、また連れていってよ」
アユルスの申し出にジダルドは楽しげに笑う。
「うん。ねえさんにアルの事、紹介したいな。じゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
ジダルドの姿が掻き消えるのを見遣り、アユルスは温もりの消えた寝床に潜り込んだ。ブランケットの中でジダルドの抱いた不安を思う。
誰かを信じる事は、必ずしも幸福を呼ぶとは限らない。不安に押し潰される事もあるだろう。だが、相手も己も生きていなければ信じる心の行き場は無い。それも亡き母が教えてくれた事の一つだった。
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