中也が目を開けると、傍らには元相棒である太宰の姿があった。どういう状況かと瞬時に周囲に視線を巡らせる。どう考えてもここはポートマフィア内の医務室で、通常なら太宰がいるはずはない。目覚めて早々頭をフル回転させながらも、動揺を悟らせないよう努める。
目の前の太宰は中也の内心を全て見透かしたように呆れた声を出した。
「はあ、ようやく起きたね。わざわざ手間掛けさせないでよ」
「いやあ、助かったよ。一時はもうどうなることかと思って」
「謝礼、忘れないでよね」
太宰は背後でひっそりと控えていた森と言葉を交わす。目覚めれば興味が失せたとでも言わんばかりに、中也には一瞥さえ向けられない。
結局中也が状況を把握する間もなく太宰はさっさと退散していった。
森に説明を求めると、いっそ不自然なくらいにこやかな笑みを向けられた。
「話せるかい?」
「はい」
しかし、発した声は掠れていた。
「もう3日は眠り続けていたからね。仕方ないさ」
起きれるかい? と背中を介助されて、寝ていた寝台の上に座らされる。なんだか節々が固まっているような気がする。汚辱や大怪我の後などにしばらく眠り続けることはあったが、そういった心当たりはない。汚辱の後のような身体の重さは感じないし、どこも怪我をしている様子はない。
「中也くんは異能に掛かって眠ってしまってね。愛する者とのキスでないと目覚めないというから、太宰くんに来てもらったんだ」
「は?」
「いやあ、助かったよ。下手人は君に異能を掛けた後すぐに死んでしまってね。普通は本人が死んだら異能は解けるはずなのになぜか起きなくて。同じ組織の人間を拷問して吐かせたら解除条件が『愛する者とのキス』だなんて言うから」
「は?」
「そうしたら、もう太宰くんに頼むしかないだろう?」
「は?」
「だって君、今でも太宰くんのことが好きでしょう?」
「そんなことは……!」
怒涛の情報量に気が遠くなるようだった。中也は咄嗟に否定したが、その否定が何の意味も持たないことぐらいはわかる。異能は真理。この世の理であるのだから。
口を噤んだ中也を森はにこにこと眺めている。
「太宰くんは裏切り者ではあるけれど、同盟関係にある組織の人間でもある。私から反対する理由はないよ」
剰えなんだか背中を押されてしまった。森は「目覚めたばかりなんだ。もう少し休みなさい」と言い残して立ち去った。中也は森の消えた扉を呆然と睨むことしかできなかった。
森の言葉が正しいなら、太宰とキスをしたことになる。唇に手を当てて必死に思い出そうとするが、そこには何の感触も残っていない。惜しいことをした。
つい舌打ちが漏れて、慌てて我に返った。まさか、初めてキスしたガキでもあるまいに。
ごろりと寝台に寝転がる。太宰は当然、解除条件を知っているのだろう。てっきりこの気持ちがバレれば、馬鹿にして散々揶揄ってくると思っていたのだが、先程の妙にあっさりとした態度が気になる。そもそもバレていないと思っていたのは中也だけで、とっくに周知の事実だったのかもしれない。森には筒抜けだったようだし、それよりずっとずっと長い時間を共にしていた太宰が気づいていたって何の不思議もない。
拒絶はされなかったが、それだけだった。ただ、事務的に異能を解除しただけかもしれない。
けれどこれは、ずっと捨てることも発散することも叶わず育て続けてしまっていた恋心をどうにかするチャンスだった。
× × ×
中也は太宰の下を訪ねた。探偵社から少し離れたところで出入り口を見張っていると、出てきた太宰はすぐに気づいて中也の方へと向かってきた。太宰が誘うように人気のない路地裏へと入っていくのを追う。しばらくして歩みを止めた太宰は、大袈裟に大きなため息をついた。
「なあに? こないだの今日で面倒事ばかり持ち込まないでほしいのだけれど」
「なんだよ、礼ぐらい言わせろよ」
「いいよ気にしないで。あの後森さんにたっぷりもらったから」
「そうかもしれねえけど……」
口籠もってしまった中也に怪訝そうな視線が刺さる。
「ほんとに何しにきたの?」
「何って、どうせ俺が手前のこと好きなのバレたんなら、ちょっと開き直ろうと思ったんだよ」
「ん? なんでこのタイミング?」
「手前がその気ねぇならそれでもいいけど、有耶無耶にされるのは嫌だっつってんの!」
「いや、何の話?」
太宰にしては察しが悪いと言うべきか、惚け方が下手だと言うべきか。なかったことにしたいにしても、もっとましなやり方があるだろう。
「白ばっくれんなよ。俺のことキスで目覚めさせたんだろ。何も聞いてねぇとは言わせねぇぞ」
「………………私、君の手握って無効化しただけだけど」
ひくりと口元が引き攣るのを感じた。お互いの間にたっぷりと沈黙が流れる。
「手前、なんて説明されたんだよ」
「だから『敵の異能力で眠りに就いた君を無効化して』」
森に嵌められたことに気づいて絶句した。確かに「太宰に頼んだ」とは言っていたが、はっきりキスしたとは言っていなかったように思う。森の口振りと「異能者が死んでも解除されなかった」という説明から、てっきり無効化は効かなかったと思い込んでしまっていた。
中也が打ちひしがれていると、その間に太宰がじわじわと距離を取ろうとしているのに気づいた。慌ててその手をがしりと掴み、逃げられないようにする。
「おい、何で手前が逃げようとすんだよ」
「この話は終わりにしよう! 絶対あのロリコンの思惑にだけは乗りたくないっ!」
「うっせえ! 有耶無耶にされんのだけは嫌だってさっき言っただろうがっ!」
「しとこうよ一旦! ね!? この話は後で改めてしよう!」
「ぜってえやだ! 手前のことだから逃がしたらそのままなかったことにするつもりだろ!」
太宰が逃げようと必死で腕を引くので、ギリギリと力を込める。太宰の骨が軋むのを感じるが、ここで手を緩めれば逃げてしまうだろう。流石にこんなことで骨を折るのは気が引ける。早くこの攻防に決着をつける必要がある。
覚悟を決めるためにすうっと大きく息を吸い込む。
「ずっと好きだったんだよ! なんでもいいから返事聞かせろよ!」
「こんなとこで何考えてるわけ!? ふざけないでよっ!?」
しかしようやく観念したのか、もうそれ以上逃げようとはしなかった。
「で? 返事は?」
「私たち、ずっとそういうのじゃなかったでしょ」
「だからそういうのにしてえって言ってんだけど」
「やだ」
「なんで」
「森さんの思惑に乗りたくない」
「つまりそれ以外の理由はねぇってことでいいのか」
返事はなかった。けれど否定しないのがその答えだった。頑固者で天邪鬼な太宰を頷かせるのは、今日はもう無理だろう。だけど今日の成果としては十分だった。
「近いうちに口説き落とすから、覚悟しとけ」
「誰が落とされるもんか」
絶対、近いうちに決着をつけて見せると誓った。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.