フレーメンちう
2025-05-10 21:51:51
4679文字
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借りを返すだけ

ヨダナP×音声ビマです。ヨダナがお弁当のお返しをする話ですが、舞台としたお店に行った事無いのでかなり違う筈です。圧倒的エアプ…!

 スマホのメッセージアプリを閉じ、ソファの片隅へ放り投げた。
 深いため息を吐くドゥリーヨダナは、ソファの背もたれに体を預けて天を仰ぐ。
……
 たった今、一週間後の予定が埋まった。ビーマとのディナーだ。
 あの日、唐突に渡された昼食の借りを返さなければ、ドゥリーヨダナの気が済まなかった。肝心のビーマ自身は、借りを作ったとは一欠片も思っていないのだろう。

 ビーマ手製の弁当。料理好きだからこそ、忙しい仕事仲間が少しでも腹を満たせれば……などと思っての行動だったのは容易に想像できる。

 それが気に食わない。デカい図体で良い子ちゃんぶるな、と思うと同時に、このわし様を有象無象のスタッフ達と同じ扱いをされたのだ。
 だが、失礼な扱いだったとはいえ、借りを返すのは社会人としての常識だ。ドゥリーヨダナは再び溜息を吐くと、放り投げたスマホに手を伸ばす。連絡先をスクロールさせ、ビーマの好みに合いそうな店へ電話を掛けた。

 * * *

 画面が暗くなったスマホをタップし、もう一度メッセージ画面に目を落とす。
『前にお前が寄越したランチの礼だ、ディナーに連れて行ってやる』
 一週間前に突然届いたメッセージ。連絡先を教えていない筈のドゥリーヨダナからだった。
 スマホの画面から目を離したビーマは、手にしていたハンバーガーに齧り付く。時刻は間もなく六時、約束をつけてきたドゥリーヨダナから連絡は来ておらず、予定の変更は無さそうだ。
 夜を迎えたハンバーガーショップは、友人連れの若者でにぎわっていた。店の中を見渡せば、他にも一人で食事を取る者がちらほらと居る。だが、ビーマの夕食はハンバーガーがメインではない。
 ドゥリーヨダナから誘われた夕食。どこの店に連れて行こうとしているか分からない。だが、ビーマが満足する量が出ることはなさそうだし、満足する程食べる訳にはいかない。十中八九、高級な料理店に連れていかれるからだ。
 どの位高級な店に連れて行かれるのか分からないが、スーツを着ていった日にはドゥリーヨダナに笑われそうだと思い、ビーマは手持ちの中でも小綺麗な服に袖を通した。下ろしたてのTシャツにリネンのシャツを羽織る。ズボンはカーゴパンツ。屈強な太股の所為でカーゴパンツのラフ感が消え、遠目からみればチノパンのシルエットと変わりない。
……全く、あいつも回りくどいな……
 暫く前にアルジュナから、「ドゥフシャラーから兄ちゃんの連絡先を教えて欲しいと聞かれたのですが、教えても良いですか?」と聞かれたのだが、あれはドゥリーヨダナが裏で手を回していたのだろう。
 ビーマよりも親族付き合いがまめなアルジュナが、ドゥフシャラーの連絡先を交換しているのを知っていたが、親族二人も挟んででも連絡先を知りたがったドゥリーヨダナが不思議でならない。仕事先を通して聞いてもよかったのだろうに。
 だが、ドゥリーヨダナが考える事は分からないし、誘いには素直に載った方が後腐れがない。これから食べる夕食が楽しみと思うしかない。
 まんまるなオニオンフライを一口で頬張り、サクサクとした衣とタマネギの甘さを堪能する。あと二口で食べきってしまうであろうハンバーガーに儚さを覚えながら、大きな口で齧り付いた。

 * * *

 個室の席に通され、机の中心には焼き網が置かれている。 着席して間もなくコース料理が運ばれてきた。ナムルとキムチの盛り合わせ・チゲスープ・中華くらげの和え物・綺麗な差しが入った牛肉が数種類。ビーマ自身も、滅多に食べる事が無い上質な肉だ。
――っ?!」
 ビーマの喉から詰まった音が漏れる。店内には食欲を掻き立てる肉の香りがビーマの鼻をくすぐるが、ビーマの気持ちはそれどころでは無い。
 この店に来る途中、ドゥリーヨダナから「焼肉は好きか? シェフに焼かせるよりも、自分で焼いて食う所の方が良いだろう?」と言われ、安堵していた自分が恨めしい。
 店内には穏やかな曲が流れ、よく磨かれた木目の壁は綺麗な模様をしている。個室に付くまでに周りを見渡した時には、落ち着いた雰囲気の客層が殆どだった。先程までいた賑やかなハンバーガーショップが恋しくさえ思う。向かいに座るドゥリーヨダナが見せる満足げな表情が、ほんの少し憎らしい。
「さてビーマよ。大食らいのお前でも気兼ねなく食える店を選んでやったぞ。ありがたく思え」
……気ぃ使うに決まってんだろ……!」
 大声を出したい気持ちを抑えるビーマは、得意げながらも少々呆れた表情を浮かべるドゥリーヨダナを睨み付ける。だが、その視線に臆する事無くドゥリーヨダナは笑みを向けていた。
「多少なりともリーズナブルな店だからな。代金なら気にするな、わし様のおごりだ。毎日重い機材を担いでいるお前を、お前好みの肉で労ろうというわし様の親切心がわからんのか? それにコース料理で食い足りないのは百も承知だ、食い終わったら好きな物を注文しろ」
「と言うか、あれっぽっちの弁当で、こんな高い店に連れて来なくたっていいだろう……!」
「値段は関係無い。わし様の気が済むかどうかだ。それに、お前も美味い物が食えた方が良いであろう?」
「そりゃ美味い方が良いが……!」
「ならば観念して食え。それでも負い目を感じるなら、シェフ代わりになってわし様の肉も丹精込めて焼くといい」
――っ! ……わかった」
 きっとこのまま話していても、ドゥリーヨダナを説得させる事は出来ないだろう。観念したビーマは、渋々とトングを手にした。漸く折れたビーマにドゥリーヨダナは満面の笑みを浮かべると、メニューを手にする。
「よしよし、それで良い。さて、お前は酒を飲まぬのだったな? 烏龍茶で構わんだろう」
 ドゥリーヨダナはビーマの返事を待たずに自分用のウィスキーと烏龍茶、ビーマ用にとライスも注文する。その間、ビーマは焼き網に牛脂を塗り、焼く準備を整えた。
「どれから食いたいんだ?」
「お前が食いたいものから焼くと良い。わし様は何でも構わん」
 そう言われてしまうと少々悩む。タレがかかっているカルビと、塩コショウだけがかかった薄切り牛タン。ビーマとしてはタレがかかったカルビで白飯を頬張りたいが、ドゥリーヨダナに分も焼くのであれば、味付けが薄い肉から焼いた方がいいだろう。
 ビーマは牛タンを取ると、火の加減を確認しながら網へ並べていく。ジュウ、と網に触れた箇所から音が鳴ると同時に、香ばしさが鼻をくすぐる。既にハンバーガーを胃袋に収めたというのに、音と香りで食欲を掻き立てられてしまう。
 間もなく届けられたウイスキーを傍らに置き、ドゥリーヨダナはビーマの作業をまじまじと見つめていた。その視線に気付いたビーマは、ほんの少しだけ眉間に皺を寄せる。
「ナムルとか食って待っててくれ。そんなに見るなよ」
「わし様が一番初めに何を口にするか好きにさせろ。見られたくないからと言って、焦って生焼けを渡すなよ?」
「そんな初歩的なミスしねぇよ」
 からかうドゥリーヨダナに呆れるビーマは、火加減を見ながら丁寧に焼いていく。薄切りだった事もあり、短時間で火が通った。牛タンの表面には、滲み出た脂で艶やかに輝き、熱せられた胡椒がふわりと香る。
「ほら、焼けたぞ」
「うむ、なかなか悪くない焼き色だな」
 牛タンをドゥリーヨダナの取り皿へ並べると、ドゥリーヨダナはレモン塩ダレを絡ませて頬張った。満足げな表情を浮かべて飲み込むと、ウイスキーを一口含む。濃厚な肉の旨味とレモンの爽やかさの余韻を残しながら、ウイスキーの甘さと淡いほろ苦さが心地良く広がる。
 肉の質が良いのもあるが、ビーマの焼き加減がなんとも上手い。趣味が料理とはいえ、ちょっとした店と同程度に焼けるのだろうか。
 ふと、顔を上げれば、口元をほころばせて大切そうに噛みしめながら味わうビーマの姿があった。
 大食漢のビーマであれば、牛タン一枚では到達足らないだろう。それにもかかわらず、ここまで美味そうに食べる様子が珍しくも面白い。もっと色々な肉を食べさせたくなる。
「焼くのが上手いお前がいると助かるな。取りあえず上ロースとタン塩を追加するか」
「おい、まだコースの肉を食い終わってねぇだろ」
「どうせ足りなくなるのは分かりきった事だ、今注文しても良かろう。ビーマ、お前は何にする?」
 楽しげなドゥリーヨダナからメニューを手渡され、ビーマは息を飲む。
「たっ……
 どれもこれも、ひと皿分の値段で弁当の材料費と同程度、或いは材料費を超える程の値段だった。こんなにも高い店で奢ろうと思ったのか、改めて理解に苦しむ。
 気軽に頼む事もままならず、ふと、別ページのメニューに視線を向けた。これならまだマシだろう。
……じゃあ、冷麺で」
 目を泳がせ、欲や味よりも量を選んだビーマに、ドゥリーヨダナは溜息をついた。
「早々に締めを食うな。わし様が見繕ってやるか?」
「締めで良い! ここに来る前にハンバーガー食ったんだ!」
「はぁ?! わし様が夕食を食わせてやるというのに、ジャンクフードを食いおって! わし様が適当に頼んでやる、それを食え!」
 ビーマからメニューを取り上げるとドゥリーヨダナは店員を呼び、次々と注文の品を読み上げた。ドゥリーヨダナの上ロースとタン塩に続き、カルビ盛り合わせ、上ヒレ、特製サーロイン、特製肩ロース、上ネギタン塩。
「まぁ、一旦はこのくらいにしておくか。締めの冷麺もあるだろうしな」
 漸く追加の注文を終えたドゥリーヨダナに、ビーマは安堵の息を漏らす。
 読み上げる度に不安な表情を色濃くしていったビーマが面白い。シャトーブリアンも注文しようかと思ったが、色々な意味で程良い所で留めるのが一番だ。
「では、焼きは任せるからな」
「あ、あぁ……
 肩を落としながらも皿に残っているカルビを焼くビーマを眺めながら、ドゥリーヨダナはサラダや牛タンを食む。
 ビーマは罪悪感を滲ませながらもカルビを焼き終えた。ドゥリーヨダナの取り皿に分け、自身の皿にも取り分ける。
「そういや、ドゥリーヨダナは白飯は食わねぇのか?」
「酒を呑むのに白飯は食わんだろう。炭水化物を食うときは締めだけだ、熱いうちに早く食え」
 ドゥリーヨダナの言葉に促され、ビーマはタレの香りが立ち上る熱々のカルビを頬張った。噛みしめると、牛タン以上に甘い脂が溢れ、ほろほろと崩れる赤身が口に広がる。甘辛いタレが肉の旨味に締まりを持たせ、唾液が溢れてしまう。
「んん……!」
 ライスを手にして一口分を頬張ると、口に残る肉と一緒に噛みしめた。白飯と甘辛いタレ、肉の旨味。鼻から抜ける炭火焼き特有の香ばしさが美味さを一層引き立たせ、普段の焼肉とは趣が違う味わいに、ビーマはただただ食べ進めるほか無かった。
「全く、美味そうに食うな。お前は」
 この上なく幸せそうに食べるビーマの姿を面白く思うと同時に、微笑ましく感じてしまう気持ちを押し潰す。これはただ、昼飯の施しを受けた借りを返しているに過ぎない。

 ほんの少しでも隙が、弱みが、借りがあったならば、人生が何処かで人生に躓くきっかけになってしまう。例え、身内でも、だ。
 そう、これは借りを返すための誘いでしかない。

 ドゥリーヨダナはグラスを掴むと、残っていたウイスキーに口を付ける。抱いた感情を流すかのように、勢いよく飲み干した。