Hizuki
2025-05-10 20:42:44
2295文字
Public あんスタ[薫あん]
 

予想外のお出迎え

【あんスタ】薫あん。メイド姿のあんずに出迎えられる薫の話。一緒に住んでる+成人済みの二人なので何でも大丈夫な人向け。まさかそんな格好で出迎えられるなんて思ってなかった。



車のライトが行き交う大通りでタクシーを捕まえて、後部座席に乗り込んだ。目的地を運転手に告げ、スマートフォンをポケットから取り出す。プライベート用のメッセージアプリを立ち上げて、家で待っているあんずちゃんに連絡を入れる。

『今から帰るね。多分30分くらいで着けると思うよ』
『遅くまでお疲れさまです。気を付けて帰ってきてくださいね』

すぐに返ってきた返事には、コーヒーを持った猫のスタンプが添えられている。そんなささやかな気遣いも疲れ切った今の俺には沁みる。座席の背もたれに頭を預けると、首元に手を伸ばした。きっちりと締められたネクタイを少し緩めれば窮屈さから解放されて、思わず大きな息が漏れた。
ああ、やっと終わった。
何せ今日は朝からさっきまでずっと仕事だった。普通の仕事ならまだそれでもいい。今日の最後に入れられていた、今回のスポンサーとの会食が一番の疲労の原因で。自分がアルコールを飲める年齢になってからというもの、そういったお偉方との会食の機会が増えてしまったのだ。誰か見知った顔でもいれば、多少は気が楽にもなるけれど今日はそれもない。無下に断ることもできないし、見破られない程度の愛想笑いと相槌でやり過ごして今に至る。
窓の外で流れていく景色を眺めているうちにマンションの前に着き、支払いを済ませて車を降りた。エレベーターで上がり、鍵を差し込んで回してドアを開ける。やっと帰り着いたと、後ろで閉まったドアに背中を預けてほっとしたのも束の間。

「おかえりなさいませ、ご主人様」

一拍置いて聞こえたのは、少し仕事寄りにも感じられるあんずちゃんの声だった。その前に彼女が口にした言葉が引っかかって、声が聞こえた方に目を向ける。

「え?あ、あんずちゃん?」

恭しく頭を下げている彼女の格好は普段のルームウェアではなかった。足元までしっかりと隠れている濃いブラウンのロング丈のワンピースに、フリルの付いた白いエプロン。そして、頭に付けているのはエプロンと同じ色のヘッドドレス。
これはどう見ても、メイド服だ。

なんちゃって。おかえりなさい、薫さん」

繰り返し瞬きをして目の前の状況に固まっている俺に、あんずちゃんがいつもの調子で、いや少しいたずらっぽく笑いかけてくれた。疲れ切った俺が見ている幻覚、というわけではないらしい。

「た、ただいま。えっと、すっごく可愛いんだけどその格好は一体どうしたの?」
「近々使う予定の衣装を見てたんですけど、ちょっと手直しが必要そうだったので衣装室から借りてきたんです。で、一通り終わったから確認がてら試しに着てみたって感じですね」

あんずちゃんが身に着けていた非日常な格好の理由は、彼女の口から語られた。聞いてみればどうということはない、彼女の仕事の一環によるもの。衣装室の方が道具類も揃っているだろうにわざわざ借りてきた、というのが少し気になりはしたけれど、それはすぐどこかに消えてしまった。
その場で控えめにくるりと回ってみせてくれる。すると動きに合わせて髪とワンピースの裾がふわりと揺れる。うん、可愛い。本当に可愛い。疲れで回っていない頭は同じ単語が浮かぶだけになっていた。

「なるほど、そういうことね。びっくりしたぁ
「ふふ、驚いてくれてよかった。お風呂すぐに入れるようにしてありますよ。荷物と上着、預かりますね」

そう言ってあんずちゃんは俺の方に手を差し出した。言葉に甘えて、着ていたジャケットを脱いで持っていた鞄と一緒に手渡した。多分そう重いものは入っていなかったはず。それを持って彼女は俺の前を歩いていく。

「ありがとう。さすがに俺も今日は疲れちゃった
「私も今度あるんですけど、お仕事の後に偉い人との会食はちょっとしんどいですよね
「ほんとほんと。おまけにそれなりの格好じゃないとダメだしさぁ必要なことだってのは分かってるんだけど

堅苦しい格好に、堅苦しい会話。状況によっては料理の味だって分からなくなる。俺は育った環境もあって多少なりとも耐性というか経験があるからまだしも、あんずちゃんからしたら本当に大変だと思う。とはいえ、この世界で仕事をしていくのなら、どうしたって避けては通れない。彼女が変なことに巻き込まれないか、ということが心配で仕方ないのはまた別の話になるのだけれど。そんなことを考えているうちに、あんずちゃんが足を止める。もちろんそこは脱衣所の前。

「それじゃ、ごゆっくりどうぞ、ご主人様」

振り返ったあんずちゃんは軽めの声で今の格好らしいことを言葉にした。今しかできない戯れ。彼女なりに俺を労おうとしてくれているのは言われなくても分かる。

「もう

そのままお辞儀をしてリビングに向かおうとするあんずちゃんの後ろから手を伸ばした。彼女の胸の前で手を組んで、そのまま自分の方に抱き寄せる。

可愛くて優しい俺のメイドさんには後でご褒美をあげないとね?」

少し身を屈めて、耳元で囁く。俺の腕の中であんずちゃんがびくりと身体を震わせた。顔の輪郭に指先を添えて滑らせれば、より震えは大きくなった。そっと頬に唇を寄せて、彼女を捕らえていた囲いを解く。すると顔を赤くして、リビングに逃げるように去っていった。
厳密にはあんずちゃんはメイドじゃなくて恋人。それに、あれはESの衣装で、着たまま何かをするという訳にはいかない。まずはあんずちゃんに言われた通り、ゆっくりお風呂に浸からせてもらいながらご褒美を考えようと脱衣所のドアを開けた。