雪洞
2025-05-10 15:41:20
2455文字
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光の中で

マレ+リリ+幼少シル。ふとしたことからシルバーの身の上を打ち明けられるマレウスの話。

※7.5章で相違点が出ましたがそのまま掲載しております。


 日の光に銀色が淡く光っている。
 森の動物たちに囲まれながら稚い剣技の鍛錬に励む少年を、マレウスは離れて静かに見守っていた。少年はマレウスが訪れたことにも気付かぬほど熱心に励んでおり、その集中を途切れさせてはいけないと思ってのことだ。彼が素振りを繰り返すたび、見事な艶を宿す銀髪がその光を周囲に振り撒いた。月の色のはずなのに、それは太陽の下でもよく映える。
 丸太のスツールに腰掛ける傍では、少年の養父たる男が愛器でせっせと薪を割っている。腕を振るうその姿態はどこか少年にも重なるところがあり、彼が確かに師であり養親であることを伝えていた。
「リリア」
「何じゃー?」
 彼が薪の山の最後の一本に魔石器を振り下ろしたとき、マレウスは尋ねた。
「シルバーはどこかで昼の妖精と会ったのか?」
 リリアは腰を反らして拳で二、三叩き、そして魔石器を静かに傍らへ置いた。
「先日会いに来たとき、微かな残滓のようなものを感じた。だが、どうも妙な感覚で……。何か知っていないか」
 それはマレウスにとって微かな違和感であり、純粋な疑問だった。この夜の眷属が民のほとんどを占める国で何故と。
 リリアは振り向き、手近なスツールに座った。そしてマレウスの目を見据える。
「あの子は野ばら城で見つけた」
 え、と声が零れた。確か森で拾ったはずではなかったか。野ばら城――かつての防衛の要であり母が治めていたその城の名を、決して知らぬマレウスではない。
「マレウス。シルバーは、かつて妖精と敵対していた銀の梟に属する騎士の実子じゃ」
 次いで告げられた言葉にもマレウスは瞬くほかなかった。
……お主もその名は耳にしたことがあろう?」
 二の句が継げず、リリアも黙り、ただシルバーの掛け声だけが風に乗って耳に届く。いち、に、さん……し、ご、ろく……。たっぷりそれだけの間を置いて、ふと詰まった息を吐く。
………………そうか」
 その返答を静かな納得と取ったのか、リリアは僅かに強張った表情を解いた。
「すまぬ。話すべきか秘すべきか、考えあぐねたまま今日になってしもうた」
 だが、それでも事実を告げるときのリリアは単刀直入かつ冷静だ。迷いは確かなれど、マレウスが気付いたからにはと、あの短い間で腹を括ったらしい。
「しかし何故だ? あの者たちは間違いなく人間ではないか」
「どうやら守護妖精がいたようでな。その魔法によってシルバー……その名を持つ前の赤子だったあの子は、戦火を逃れ数百年の間眠り続けていた」
 城や領土、各地に眠る資源をはじめあらゆるものを巡り幾度も戦が起きたという歴史は、マレウスも幼少の砌に学んだ。
「人間たちが土地や富を奪い合ったという戦か」
 国が生まれては消えていき、どれほど血が流れてもその欲は尽きず。何代にもわたり同じ過ちを繰り返す人間が愚かしく、その醜態はマレウスの人間に対する嫌悪感の一端を担っていた。
「そう。つい先日……本当につい先日まで小競り合いが絶えなかった」
 そう言って、リリアは微かに瞼を伏せる。その翳る紅が遠い昔を見つめるような色を宿したのを前に、マレウスは自身が生まれる以前のことを思った。

――なあ、僕よりお前はどうだったんだ。

 己が主を討った者の子をそれでも育てようと決め、人間を知りたいと言った彼は、どれほどの覚悟を抱いたのだろう。

「争いがやまねば――、いや」
 頭を振り、かつては血の色をしていた髪が小さく揺れる。
「あの日わしが見つけなければ、あの子はずっと一人だったかもしれん」
 そして、彼は光の下の息子を見遣る。
「名も呼ばれず、友も知らず、瞬く星へ願うことすら能わずに……
 次いでその目は、マレウスへ。
……いつかのお主のようにな」
 その眼差しを、マレウスはただ見つめ返していた。驚きが去ったわけではない。生まれる前の喪失が少年の父の手で為されたという事実は相応に大きいものだった。だが、それは不思議と怒りに化けず、ただ身の内へ静かに溶けていく。
 今日の空がこんなにも穏やかなせいか。姿しか母を知らないせいか。もしここに父母がいればという夢想を抱かなかった日が、ないとは決して言えないのに――
……静かじゃな」
 風のさやめきと小鳥の声、そして幼くも勇ましい掛け声が、この場の音の全てだった。
……お前の子だからな」
 懸命に剣を振るうその様は、やはり先ほどのリリアの筋と似ていた。

――争いで親を失ったのは、僕も同じ。
――そして、一人で待ち続けていたのも……

……そのとき生を授かっていなかった幼子に、何の責がある」
 皆、誰かの血を継ぎながらここに在る。ほんの百年ほどで生まれては死に、過ちすらも繰り返す人間。その中にも子供がいた。か弱い赤子も、親がおらねば明日をも知れぬ幼子も。シルバーと出会わなければ本当に知ることなどなかっただろう。争いは、そんな子らの運命をも左右してしまう。
 自分たちは長い時を独りで過ごし、そして同じ者に救われた。何を以てしても覆せない過去の果てに。一人の決意によって生きる瞬間が重なった。今こうして空の下で真っすぐ生きるその様が、どうして憎いと思えようか。

 立ち上がり、マレウスは日にきらめく銀を呼んだ。
「こちらへ、シルバー。ベリージュースを持ってきている」
「あっ……マレウスさま! いらっしゃいませ!」
 朗々とした呼び声でようやっとマレウスの来訪に気付いたシルバーは、剣を下ろし踵を返す。
 そしてマレウスは、自身を見つめるリリアへとふっと微笑を浮かべてみせた。
「お前が思うより僕は、あいつの成長を見るのが楽しいんだ」
 その言葉に、堪らないとばかりにリリアが笑う。
 幼い手足に生命力の輝きを溢れさせ、シルバーが駆けてくる。厭わしいはずだった光が作る木漏れ日の下、マレウスはそっとその銀色へ微笑みかけた。