konbu0878
2025-05-10 12:55:16
1008文字
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はつ恋

宇煉
20歳の初恋のお話。短いです


 暑い夏だった。銀座の果物店を出てすぐ、煉獄は男に声をかけられた。
「よう、煉獄」
 涼しげな紺色の麻縮に白足袋が覗いている。音柱の宇髄天元。任務外で会うのは初めてのことだった。
「相変わらず派手に活躍してるらしいじゃねぇか」
「よもや。君には及ぶまい」
 ははは、と声をあげ、煉獄は密やかに息を呑んだ。真昼の太陽の下、珍しい銀の毛がさざなみのように揺らいでいた。ゆったり着付けられた胸元に太くのびやかな腕。腰骨に沿って絞められた帯。銀座の煉瓦通りにはたくさんの人がいたが、宇髄は驚くほど美しく、蟲惑的だったのだ。
「銀座なんて一丁前に相引きか?」
 任務終わりだと告げると、だろうな、と仰ぐように宇髄は微笑んだ。煉獄は隊服だ。
「あいにく弟に手土産でも、と立ち寄っただけだ。いまは桃がお勧めだそうだ」
「そりゃ殊勝なこった。けどもう少し洒落っ気を持った方がいいな。せっかく男前なのによ」
 うむ、と煉獄は答えると、風呂敷包みの裾を強く握りしめた。果実の熟れた香りがする。そうして宇髄天元という男が、どうして己の容姿の話などするのか訝しんだ。目立つ男前といえば彼の方ではないか。
 天元さま、と呼ぶ声が聞こえた。三人の女性が駆け寄ってくる。宇髄の妻たちだろう。
「あ〜っ。煉獄さまだ〜。桃ですか? とってもいい香り。ねぇ天元さま、わたしたちも買いましょうよ」
「こら、煉獄さまから離れな! 困ってるだろ」
「ご無沙汰しています。任務中にお引き止めして申し訳ありません」
 場が途端に賑やかになった。三人とも華やかな小紋を着ている。揃っての休息日といったところか。
「俺たちも桃買って帰るか。てな訳だ。邪魔して悪かったな」
「いや、俺も久しぶりに君と話せて楽しかった」
 振り返りざま、宇髄は目を細め煉獄の頭を撫ぜた。
「じゃあな、男前」
「君こそ、息災でな」
 人肌の余韻とともに宇髄と妻たちは去っていった。
 煉獄はそっと息を吐いた。
 今夜、宇髄家の食卓には白桃があがるのだろう。若く美しい妻の手で剥かれた桃。みずみずしく柔らかな果肉。溢れる甘ったるい果汁を啜る。
 遠くから誰かの笑い声が響いた。セミが狂ったように鳴いている。
 煉獄は前を向いたまま動かなかった。
 どうしてか胸の奥が焦れて堪らなかった。
 刺すような日差しが通りを照らしている。己の頭に触れてみた。汗ばんだ髪はじっとりと湿っていた。