夜明 奈央
2025-05-23 20:00:00
2255文字
Public 中太SS
 

キスの権利

煙草の後はキスしたくない太の話
2025年5月23日初出

 太宰がシャワーから上がると、先に出ていた中也が一服を終えてベランダから戻ってきた。太宰に気づくと、中也は満足気に近寄って自然な流れで顔を寄せる。太宰はそれにわざとらしく渋い顔をしてみせた。
「ンだよ」
「苦いからやだ。というか、君ちょっとは遠慮とかないわけ?」
「何に遠慮するっつーんだよ」
「私に決まってるでしょ」
「するわけねぇだろ」
 中也は太宰の主張を鼻で笑うと、知ったことかと言わんばかりに後頭部を鷲掴み、強引に唇を寄せる。それを拒否するため、太宰は中也の口を手のひらで押しやった。
「断固拒否」
「今までンなこと一言も言わなかったじゃねぇか」
「我慢してたに決まってるでしょ。言わなかったら了承と見做すなんてやっぱり君ってDV気質だよね」
「モラハラパワハラのオンパレードの手前には言われたくねぇ」
「探偵社ではやってませんー! いつの話をしてるのかな。でも君はどうせ今も同じなんでしょ。いくらマフィアだからって時代にそぐわないんじゃない?」
 指摘してやると、中也は目に見えて返す言葉に詰まった。
 裏社会に表と同じようなマナーが適用されるわけはないが、人手不足は表の世界に限った話ではない。昨今は裏社会でも若手が定着せずすぐに去ってしまうのが問題となっている。表の世界に戻ることはできずとも、裏社会にだって仕事は多種多様に存在する。福利厚生は期待できなくとも、上司や同僚を選ぶくらいの自由はある。
 中也だってもちろんそれは知っているはずだ。口にはしないまでも、時代に合わせて多少態度を変えるべきだと理解しているだろう。なんなら森さん辺りから幹部クラスに直々に指示があった可能性もある。
「それとこれとは関係ねぇだろ」
「あるでしょ。相手のこと考えてないっていう根本のところは同じだよ」
 中也からそれ以上反論が出てこないのを確認し、太宰は鼻高々に宣言した。
「これから煙草吸った後はキス禁止!」

◇ ◇ ◇

 それからしばらくは中也の行動に変化はなかった。喫煙もキスも、したい時にする。当然喫煙直後に迫られることもあって、そんな時はどんなに強引に迫られようが太宰はきっぱりとお断りしてやった。太宰だってキスがしたくてたまらない気分の時もあったが、それよりもキスができなくて悔しそうにする中也の顔が最高に見物だったので、太宰にとっては差し引きゼロだ。
 一方中也は違っていたようで、そのうち目に見えて喫煙の回数が減っていき、数ヶ月も経つ頃には太宰の前では煙草を吸わなくなった。かといって煙草そのものをやめたわけではないようで、相変わらず服はヤニ臭い。煙草を持ってベランダに出た後、思い出したように吸わずに戻ってくるところも何度か目撃している。
 なかなか殊勝な心掛けである。これで中也とのまっずいキスからも解放された。どうせならそのまま禁煙すれば良いのにとは思うが、“太宰の言い付けを守って大人しく煙草を我慢している中也”という光景がこれまた面白くて気に入ったので言わないでいる。

◇ ◇ ◇

 太宰が中也の家に訪れると、中也はちょうど煙草を持ってベランダに出ようとしていた。太宰の姿を認めると、苦虫を噛み潰したような顔で舌打ちし、部屋へ戻ってくる。ソファにどかりと座り、空いたスペースに煙草の箱とライターを雑に放り投げた。
 苛立ちを隠しもしない顔に唆られて、中也の隣へ座って顔を覗き込む。煙草の箱とライターを中也に見せつけるように手の中で弄ぶ。
「一応言っておくけど、煙草は吸ってもいいんだよ?」
「わかってっけど」
 中也はふいっと顔を背ける。
「でも、その割にはあんまりキスしてこないよね」
 今だって、せっかく我慢したのだからキスのひとつくらいすればいいのに。こんなに近くにいるのに、そんな気配はない。
 そもそもの話をすれば、一緒にいるからといって、必ずしもキスするような関係ではない。そりゃあもちろんする時はするが、会っている間に一度もしないことだって珍しくない。だから、本来ならそこまで頑張って煙草を我慢する必要はないはずだ。
「別にぃ、いつするかなんて俺の勝手だろ。手前がしたいならすれば?」
「今はそういう気分じゃないから遠慮しとく」
「俺も同じ」
「あっそう」
 自分からキスする気分ではないが中也からキスされるのは吝かではない。なんて、莫迦にされるのが目に見えているから絶対に言いたくない。
「俺がほしいのは好きな時に手前にキスする権利だからな。行使するかどうかは俺の自由だろ」
 中也は言い捨てるようにしてどこかへ行こうと立ち上がる。その腕を慌てて掴んで引き留めた。
「ンだよ?」
「あー、いや、なんでもない」
 あまりに健気で可愛らしい発言を聞いて唐突にキスがしたい気分になった。自分からしてもいいくらいに。けれど少し前のやり取りを思い出せば、素直にそんなことが言えるはずもなく。
「したかったらしてもいいんだぜ? 今なら吸ってないし」
「しーまーせーんー」
 中也にニヤニヤと覗き込まれて、迷った末に結局手を離す。
 おかしい。中也は太宰とキスするために煙草を我慢しているはずで、謂わばキスの主導権は太宰が握っているも同義だったはずだ。それがいつの間に逆転していたのだ。
 カラカラと楽しそうに笑ってキッチンへ消える中也には、たぶん太宰の気持ちなんてお見通しだ。絶対に認めてやらないが。
 中也が戻ってきたら、どうにかしてあっちからキスさせてやる!


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