まきわ
2025-05-09 21:26:30
7380文字
Public クロリン
 

約束の贈り物

後輩君誕生日記念の話です!
大遅刻〜!
創後の設定で、序盤にモブじいさんとモブばあさんが出てくるので気になる人はご注意


都会とは決して言えないが、村というほど小さくもないとある国のとある町。
その町の大通りに面した雑貨店の前で、眉間に深い皺を刻んで考え込む青年の姿があった。
青年、クロウはひとしきり品揃えを眺めた後、深い苦悩を滲ませて唸って頭を抱えた。
(やべぇ!まーじで決まらねぇ!!)
クロウが悩んでいるのは間近に迫ったリィンの誕生日に贈るプレゼントのことだった。
当然旅は中断して帰るつもりでいるのだが、その際携えるつもりのプレゼントがまったく決まらない。
当日に間に合うよう帰るなら猶予はあって明日いっぱいまで。
何を贈っても、多分リィンは喜んでくれるだろう。
だがクロウ以外からもリィンは当然たくさんの人からプレゼントをもらう。
それはもう皇族から他国の英雄から町の子供からと驚くくらい様々な人から思いやりを尽くしたプレゼントを受け取るはずなのだ。
その中で、リィンが特別な相手と選んでくれたクロウがひけをとるようなモノを贈るわけにはいかないのだ。
それは義務感というより、クロウの意地のようなものだった。
加えて驚かせるようなプレゼント選びについては「こういう事クロウは得意だよな」と思われている節もあるのでその期待にも応えたい。
ひと月ほど前からその自負を持ってプレゼント選びを始めたものが、数日前くらいからは焦燥感の方が強くなっている。
このままでは旅先に訪れた土地の銘菓を買って帰ることになりかねない。
(マジでやべぇ。どうしたらいいんだ。ぴんと来るもんが何もねぇ!)
別に店の品揃えが悪いわけではないのだ。
もっと大きな街の百貨店だって見て回っているから単純に今のクロウがこれだと思う物に出会えていないだけ。
それだけのことがクロウをとにかく焦らせていた。
(どうする、どうする、どうする!)
「さっきから何を情けない顔して唸っとるんじゃ」
「うおっ
突然声をかけられてクロウは思わず体を震わせて振り返った。
独りで生きていた頃の倣いでクロウはどんな状態にあっても無意識に周囲の気配を探り続けている。
だから人が近くにいること自体は気付いていたのだが、掛けられた声音がなんとなく祖父に似ていて動揺してしまった。
振り返ると背中で両手を組んだ老人がどこか楽しげにクロウを見ていた。
「散歩に出かけた時に見かけたが戻ってくりゃあまだおるじゃないか。なんぞ困っとるんじゃったら相談に乗ってやってもよいぞ?」
顔は似ても似つかないし、声も良く聞けばそれほど似ていない。
けれど悪戯っぽい光を宿した瞳と話し方がどこか祖父を思わせる。
クロウは一瞬動揺した心を撫でつけていつもの笑みを浮かべた。
「いやー恋人に渡す誕生日プレゼントが決まらねぇってだけさ。じいさんは町の人か?」
「うむ、そうじゃ。ふむ。そうじゃな、わしに心当たりがあるぞ」
「マジか!?」
困り果てていたところだったのでクロウは老人の言葉に思わず一も二もなく飛びついた。
老人は深く頷くと試すような目でクロウを見た。
「この辺りで手に入るもんでプレゼントにはぴったりのもんじゃ。じゃがまぁ、教えてやるからには条件がある」
「なんだ?オレにできることならなんでもやるぜ?」
リィンの為、というのもあったが元々クロウは年寄りに弱いところがある。
交換条件でなくとも何か頼み事があるなら叶えてやりたいという気持ちはあったので躊躇いなくそう答えると、老人は満足そうに笑った。
「なに、大したことじゃないわい」
言いながら老人はクロウを促して通りを歩き出した。
クロウは彼の横に並んで歩調を合わせて歩き出す。
「実はな、わしとばあさんの間には一人息子があったんじゃがだいぶ前に病で亡くしてしまってのう。ばあさんはずっと吹っ切れておらなんだようじゃが、ここ数年は近所に住んでる若いのがちょくちょく遊びに来てくれてな。それでだいぶ気が紛れておったんじゃ。なんじゃがその若いのが就職して大きな街に出て行ってしまってのう。ここのところ寂しそうでな。よかったらお前さんみたいな若いのに話し相手になってやってほしいんじゃ」
クロウは老人の身の上話を聞きながら、もし自分の方が死んでいたなら祖父もそんなふうになっていたのだろうかと思って切ないような気持ちになった。
「そのくらい任せておけよ。今日一日くらいならばっちり話し相手になってやるぜ」
「そうかそうか。若い上にお前さんみたいな「いけめん」ならばあさんも喜ぶじゃろうしな!」
「いやじいさんはそれでいいのかよ
どこまでもからっと明るい調子の老人にどこか懐かしい気持ちになりながらクロウは老人の家へと向かった。

「ばあさん、お客さんじゃぞー」
玄関を開けるなり老人は一声かけてすたすたと中へ進んでいった。
クロウもこういう時物怖じするタイプではないので「お邪魔しまーす」と軽く声を掛けてから老人の後に続いた。
背を追って入った部屋はダイニングキッチンのようだった。
そこでは老人より頭一つほど小さな老婆が人の良さそうな微笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「あらあら、ずいぶんと若いお客さんねぇ、いらっしゃい。どうぞ座って」
春の日差しのようにほがらかな老婆からはあまり「息子を失ったことを気に病み続けている」という昏さがないのが少し気になった。
とはいえそういう状況の身近なサンプルが復讐を誓った自分やら自分を喪った上に運命に翻弄されるリィンやらであまり一般的とはいえない事例ばかりなので、もしかしたらこんなものかもしれないと思い直して勧められた椅子に腰を下ろした。
「お茶を淹れましょうねぇ。あら、若い子はコーヒーの方がいいかしら」
やかんを持って首を傾げた老婆にクロウは笑みを返した。
「茶で大丈夫だぜ。昔はコーヒーメインだったが恋人が紅茶も良く飲むんで、影響受けて最近は紅茶も飲むんでな」
そう返すと老婆はやかんに水を注ぎながらふんわりと微笑んだ。
「そうなのねぇ。好きなものを教え合うっていうのは素敵な関係ねぇ」
のんびりとした声音でそう言われてクロウは思わず頬を緩めた。
リィンとの関係を良い関係だと褒められるのは素直に嬉しい。
「わしとばあさんもでぇとの時には交互に自分の好きな場所を教え合ったもんじゃの」
「へえ、いいじゃねぇか」
隣の席で得意げに胸を張る老人に本音でそう返すと、老婆の方はやかんを火にかけながら気恥ずかしそうに苦笑した。
「そうはいっても昔はこの辺りはもっと田舎で何もなかったから。せいぜい朝日夕日が綺麗に見える場所だとか、誰にも知られてない森の小さな花畑だとか、美味しい木の実が生ってる場所とかそんなものなのよ」
頬に手をあてて、照れくさそうに、けれど懐かしそうに言う老婆にクロウは目を細めた。
「充分素敵だと思うぜ。映画だのショッピングだのもいいが、そういう自分が見つけて嬉しかったものや感動したものを恋人と一緒に見たいっつーの、は……
ふと、心をよぎったものがあってクロウは言葉を止めた。
反射的に椅子の横に置いていた鞄に目をやる。
……そうか。ありがとなじいさん。おかげでプレゼント、思いつきそうだぜ」
「ほう、そりゃよかった」
良い心当たりがあると言っていたはずの老人はあっさりとそう返した。
その反応でクロウはなんとなく違和感を感じていたことを確信する。
恐らく最初から心当たりがあったわけではなく、視野狭窄になっていたクロウの気を緩めようと家に誘ってくれたのだろう。
自分達と話している内に何かヒントを得られればという気持ちもあったのかもしれない。
?よくわからないけど助けになったのならよかったわね」
そういえば何も事情を話していなかった老婆はそれでもおっとりと嬉しそうに微笑んだ。
「ったく、遠回しの惚気かよ?自分たちの仲の良さに触れれば~ってか?」
揶揄うように言うと老人は悪びれずににやりと笑った。
「別にそういうわけでもないがの。まぁわしも若い頃は散々ばあさんへのプレゼントに頭を悩ませたもんじゃ」
「なるほどな。でもおかげで買うべきものも浮かんだぜ。なんとか間に合いそうだ」
「ふふ、よかったわね。ああそうだ、時間があるならおやつに今朝焼いたブラウニーも食べるかしら?」
「お、ありがてぇな。ちょうど小腹が減ってたんだ。いただくぜ」
この後必要なものを買って、明日一日かければ充分準備は間に合うだろう。
クロウは恩返しも込めて今日はこの老夫婦と過ごすことに決めた。

数日後。
「クロウっ!」
リーヴスの改札を出るなり満面の笑顔だけでなく全身から嬉しさを滲ませてリィンが駆け寄ってきた。
駅員の目もあるので、仲間として不自然でないくらいのハグを交わしてからしばし見つめ合う。
まぁ、リーヴスの駅員に関しては色々と既に察せられている気もするが。
「久しぶりだな。それとハッピーバースデーリィン」
「ありがとう。クロウも元気そうでよかった。帰ってきてくれて嬉しいよ」
たまたま今年のリィンの誕生日当日は自由行動日だった。
それもあって生徒達は朝から誕生日パーティの準備に勤しんでいるとメールで聞いていた。
「パーティはいつから?」
「昼過ぎには初めて夕方には解散だそうだぞ」
「マジかよ早ぇな。夜はいいのかよ?晩飯とか」
夜はクロウと過ごせ、だってさ」
気恥ずかしさを含んだリィンの苦笑にクロウは思わず呆れ顔を返した。
「ったくありがてぇけどよ」
誰が言ったのか、というなら恐らく全員なのだろう。
だがありがたく夕方以降は独占させてもらうとしよう。
「一旦家に戻るか?」
「おう、荷物置きたいしな。寮?」
「うん、食堂だ」
短いやり取りで会場を聞いた意図が伝わる心地よさに頬を緩めながらクロウは近況を話しつつリィンと並んでまずは自宅へと足を向けた。

それなりに広い食堂と、その前の玄関ロビーまでテーブルを用意するほどの大盛況でリィンの誕生日パーティは無事終わった。
Ⅶ組の仲間達はもちろんのこと卒業生や町の人々、謎の放浪演奏家まで様々な人が参加した、見る人が見たらとんでもないメンバーの集まるパーティだった。
ユウナが支援課メンバーからのお祝いコメントの動画を見せてくれたり、ティータがエステルとヨシュアからの手紙を預かっていたりとこの場にいない者達からのお祝いもそうそうたるものだった。
だからこそ、やはり生半可なものは渡せないのだとクロウは気持ちを新たにした。
皆に見送られて寮を出た二人は夕焼けに染まった町をゆったり歩きながら自宅へと向かう。
先程まで大盛り上がりの大騒ぎだったから、なんだか町がやけに静かに思えた。
「晩飯どーする?」
「家でっていうのはどうかな。というか一応もう下準備は済ませてるんだけど」
「おいおい、お前の誕生日なんだからオレが作るもんじゃねーのか」
「うん、だからフィッシュバーガーの下準備を済ませてある。あとは頼むぞ」
「お前な。つーかさっきも割と食ってただろうによ」
呆れ混じりに笑いながらも、こういう風に素直に甘えてくるリィンを嬉しく思う。
パーティでもご馳走は並んでいたし、手加減して食べていたようには見えないもののリィンならきっちりクロウが作ったフィッシュバーガーを食べ切るだろう。
「プレゼントはいつ渡すー?」
玄関の鍵を開けながらにや、と笑いながら聞くとリィンは苦笑を返してきた。
「クロウのタイミングで」
扉を開いて中に踏み込むとどこか気が緩むような気配と匂いがして落ち着く。
リビングに足を向けながらちらりと荷物に目をやる。
「さっきも色々もらってたからな。お眼鏡に適うか緊張するぜ」
「何を言ってるんだか。それにこういう言い方をすると選んでくれているクロウの気持ちを無にするみたいでアレなんだが、俺が一番嬉しいのは選んでくれている間、クロウが俺の事を想ってくれているってことだから」
リビングでソファの横に荷物を下ろしてリィンに向き合う。
柔らかい夜空に似た色の瞳が真っすぐ、愛おしげにクロウを見つめていた。
「誕生日を祝いたいって思ってくれて、贈る物を選んでいる間俺の事を想って、思いやってくれてる。そういう時間をクロウが過ごしてくれたってことが何より嬉しいんだ。もちろん皆にそう思うけど、クロウには特に」
「リィン
恐らくリィンならそう言うだろうとなんとなく思っていた。
それでも、いやだからこそ更にプレゼントしたもので喜んでほしいというわがままがある。
「んじゃ、引き伸ばしてもあれだし今渡しちまうか。ベッドの中で渡すってのもオツな気もするが」
にやにやしながら言うとリィンは頬を少し染めてクロウを睨んだ。
「それはなんだか思い切り喜ぶ余裕がなさそうな気もするからやめてくれ」
ベッドの上でどれだけ溺れるつもりなんだ、と心の中で笑いながら突っ込んでからクロウは荷物から一抱えほどの箱を取り出した。
「改めて、ハッピーバースデーリィン。これがオレからのプレゼントだ」
「ありがとう。ずいぶん大きいな?」
リィンは押し頂くように受け取ると綺麗に包装された箱の表面をそっと撫でた。
「開けてもいいか?」
クロウが頷いたのを確認するとリィンはソファに腰掛けて丁寧に包みを開き始めた。
包装紙を剥ききると上から蓋を被せるタイプの箱が出てくる。
宝物でも入っているかのようにそっとリィンは蓋を両手で持ち上げて開けた。
アルバム?」
薄いブルーグレー色をした硬い表紙の、それなりに厚みのあるアルバム。
尋ねるように向けられたリィンの視線に頷いて返すと、リィンは蓋を脇に置いてアルバムを取り出した。
「これ……
開いてそこに並べられた写真を見てリィンが目を瞠った。
リィンに寄り添うようにしてクロウは横からアルバムを覗き込んだ。
「旅してて、嬉しいモンや感動するようなモンを見ると毎回思うんだよな、お前と一緒に見られたらって。だからせめて写真に残していずれ共有しようと思ってな、最初はARCUSで撮ってたんだよ。けどまぁ結構撮るんでどうせならと思って途中でちょっと良いカメラ買ったんだよな。だから結構良く撮れてると思うぜ」
うん。すごくよく撮れてる」
リィンは頬を上気させてふわりと夢見るような表情で写真一つ一つをしっかりと見つめているようだった。
写真には一枚一枚クロウがそれを撮った場所や感じたことを横に一言程度添えてある。
あの翌日の一日、夜遅くまでかけてなんとかこれを仕上げたのだ。
一応現像した時にそれぞれメモは残してあったが枚数もかなり溜まっていたのでなかなかの大作業だった。
「これがクロウが見てきた景色なんだな。クロウが旅先で見て心動かされた風景」
リィンは呟くように言いながら道筋を辿るように一枚一枚丁寧に眺めていった。
「喜んでもらえたか?」
聞くのも野暮のような気がしたが、言葉で聞きたくて思わずそう尋ねていた。
小川のほとりに一輪だけ咲いているたんぽぽの写真をそっと撫でてからリィンは顔を上げて微笑んだ。
「すごく嬉しい。旅先のクロウの心に触れられてるみたいだ。一緒には行けないけど、寄り添えているみたいですごく嬉しい。最高のプレゼントだ」
よかったぜ。撮っといた甲斐があるってもんだ」
「これからも続けてくれるか?」
「もちろん」
囁くように返してクロウはリィンの髪に口付けた。
すごく幸せそうに笑ったリィンを見て、ガッツポーズを決めたい気持ちになったが雰囲気がぶち壊しになるだろうからやめておいた。

それから夕飯まではゆっくりと写真を眺めるリィンの隣でたまにコメントを加えながら一緒にアルバムを見て過ごした。
アルバムを見終えると昼にあれだけご馳走をいただいたのに、食卓の上のクロウが仕上げたフィッシュバーガーを幸せそうに平らげた。
その後は今度はクロウがベッドの上のリィンを美味しくいただく番だ。
逢えない間の時間を全て埋めることはもちろん叶わないけれど、思いの丈をしっかり込めて熱情のままに愛し合ってから風呂に入れてやる。
風呂の中でも足りないと言わんばかりに触れまくったので、あがってベッドに戻った時にはリィンは寝ぼけたようにぼんやりとしていた。
「ほれ、こっち来い」
「んー
のそのそとベッドの上をにじり寄ってくるリィンを引き寄せて、後ろを向かせる。
ぼーっと胡坐をかいて座るリィンの後ろに座って持ってきたドライヤーで髪を乾かしてやる。
丁寧に指で髪を梳きながら風を当てられる感触にうっとりしたように虚空を見つめていたリィンは、ふともそりと身を乗り出してベッドの横にある棚の上に手を伸ばした。
「こら」
頭がドライヤーから遠ざかってしまったので咎めるように寝間着の首根っこを引っ張るとリィンは駄々をこねる子供のように首を振ってから棚の上にあったアルバムを取ってまた元の位置に戻ってきた。
さっき全部見たんじゃねぇのかよ」
また見たいんだ」
とろんとした、やっぱり子供のような声音で返すとリィンはまたアルバムを最初のページから開いて目を落とした。
俺もカメラを買おうかな」
ゆっくりとページをめくりながらリィンがぽそりと呟いた。
「なにげない日常ばっかりになりそうだけど、俺が見て良いと思ったものもクロウに見てほしい」
リィンはクロウにもたれるように背を預けて、真上を見上げるようにしてクロウを見た。
ドライヤーを止めて、露わになった普段前髪に隠れている額を撫でながら笑う。
「んじゃ次は交換だな。オレが撮ったのと」
「ふふ、それは楽しみだな。負けられない」
何の勝負だか、と思いながら屈託なく幸せそうに笑うリィンの額に口付けると、くすぐったそうに目を細めてリィンはアルバムにまた視線を落とした。
一番最後までページをめくって裏表紙の内側を開く。
そこにはクロウが最後に添えたメッセージが書かれている。
リィンはそれを愛おしそうにそぉっと撫でて微笑んだ。

『いつかこれら全てを一緒に見る旅ができることを願って』
Crow・Armbrust