もろみ(もず味噌)
2025-05-09 20:15:19
5708文字
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医者とカドックのエロトラップダンジョン(全年齢)

供養/気が向いたときに気が向いたものを追加する文章のがいいかもしれん

「エロトラップ、ダンジョン」
 でかでかと掲げられた看板をカドック・ゼムルプスは思わず呆然と読み上げてしまった。微小特異点の修正のためレイシフトした先でのことである。
 ミッションにおいてメインで動くのは人類最後のマスターたる藤丸立香だが、そのサポートとしてカドックもレイシフトを行うことになった。また特異点の事前解析が成功したことにより、相性有利と計算されたサーヴァントが何名か候補に挙がった。
 話し合いの末同行者となったサーヴァントはジークフリート、静謐のハサン、アスクレピオス。燃費が比較的よく様々な「毒」に対応できるサーヴァント。藤丸と違い毒耐性のないカドックのため、アスクレピオスが常に傍につくことになった。
 ……その結果がこうであるので、カドックは冷や汗を掻き、内心ギリシア神話の医神に平謝りしていた。
 カドックもすべて把握できてはいないが、まず特異点に着いた時点では五人一緒の状態であったのは間違いない。しかしその直後ジークフリートが何らかの異常を感知、罠だと叫び、アスクレピオスがカドックの腕を掴み、そして間髪を入れず恐らく転送あるいは置換されて、ここに至ったというわけだ。
「おい、魔術師。呆けるな、現状を把握しろ」
「あ、ああ──敵影は無し。空気に混ざりものがある」
「そうだな。微量だが、空気に毒が含まれている。魔術で防げなくもないだろうが効率が悪い。防毒マスクを作ってやるから暫し待て」
 流石は道具作成EXである。ゴーレムのような蛇を弄り、懐から道具を取り出しサクサク作業を進めている。ひとまず毒は薬の専門家に任せるとして、カドックはまず自身の立っている場所を確認した。
 屋内。バスケットコート程度の広さの部屋である。天井の高さは恐らく3メートルはないだろう。窓はなく、音の反響具合から恐らくは地下。であるならば出入口は上にあるのが普通だが、魔術での進入を前提にしているためかそれも見られない。横方向、および更に下に、どの程度かは分からないが空間が広がっているのが分かる。
 ただし、全て物理的には繋がっていない可能性があり、今いる部屋も分かりやすい階段や隠し廊下などは見受けられない。或いは条件付での発生か。物理的な即死系のトラップはなし。魔術的なトラップは──
「ほら、着けろ」
「ありがとう。……出入口は見当たらない。壁や天井が動くようなトラップもだ。部屋全体に結界があるが、魔力を吸い上げるようなタイプじゃない。恐らくは先程言っていた『毒』だろう。結界の他、召喚陣に似た魔方陣がいくつか……起動はしていない」
「とにかく何かしらアクションを取らないと分からないわけか。行くぞ、離れるな」
 カドックの腕を掴み、医神はずかずかと歩き出す。カドックにはとても出来ない、というか、トラップがないと自分で分析したとしても慎重に歩くのが普通である。信用されていると喜ぶべきか、猪突猛進さに慄くべきか悩んでいると、部屋の真ん中当たりでアスクレピオスが一度足を止めた。
「魔方陣はこれだな。踏むぞ」
「え゙っ」
 カドックが止める暇もなく、言い切った医神は足を踏み出した。その途端、案の定というか、禍禍しく光った陣からずるりと何かが這い出してくる。
 黒ずんだ肉色、粘膜のようにぬらりと光る表面、イソギンチャクの触手のようなものが、医神の脚を絡め取る──前に、手袋をつけた手が、その触手をむんずと掴んだ。
 そのまま召喚陣から引きずり出される触手、人間よりも大きなその本体はグロテスクだ。巨大なタコに似ているが、触手は優に二十本以上、吸盤や眼などの器官は見当たらず、口部分は涎のように粘液にまみれ収縮する孔である。
 アスクレピオスに狙いを定めたらしいそれは、触腕を再び伸ばして四肢に絡み付こうとする。しかし腕を狙った、さほど機敏ではない触手は払われる。脚は過たず捕らえたが──肉が彼を引き倒す前にそれは縫い留められた。アスクレピオスの杖によって。
「ふむ、筋肉……血管……これは生殖器か? 妙な構造だ……粘液には微毒……
 突き立てた杖からぶちゅりと湿った音を立てて、根元まで縦に引き裂かれる触手。白濁した体液がぼとりぼとりと床に落ちる。アスクレピオスはどこからか取り出した試験管にその液を掬い、懐に仕舞った。なおも絡み付こうとする触手をメスで切り裂き、肉の欠片も採取している。
 その間にカドックにも他の触手が蠢き近づくが、カドックは目も鼻も耳もないと思われる生物に対して有効な攻撃手段を有していない。苦し紛れに目眩ましと獣避けの魔術を使うがやはり触手は止まることがなく、くるりと数本の触手が払おうとした腕に巻き付き──
「はッ……!?」
 どろり、と服の繊維が溶けた。ただの服ではない、カルデアの魔術礼装が、である。寒冷地にも熱帯雨林にも耐え、毒にも魔術にもある程度は耐えうる礼装だ。
 だが、この奇っ怪な生物にその礼装を貫くほどの神秘が宿されているとは思えない。触手をナイフで何とか切り落としながら考える。カドックの感覚的なものだからそれ自体が間違っている可能性はあるが、そもそも触手生物からは魔力をあまり感じない。
 これは恐らく、『空間あるいは特異点のルール』。
 強制力であり、神秘や魔術とはまた別の『決まりごと』だ。それがすなわちでかでかと看板に掲げられていた「エロトラップダンジョン」に類するものであることは想像に難くない。
 端的に言って、すごく嫌だ。
 カドックにとって未知の文化ではあるが、魔術礼装の翻訳機能はおおよそ過たずカドックにその意味を伝えた。なんとも、ふざけている。目眩がするし頭痛がする。だが──これがサーヴァントにも適用されるのであれば、きっとまずい。半神たるキャスターの「神秘」を塗り潰すようなことがあれば──
「おい、大丈夫か」
 ──いつの間にかカドックは床に座り込み、アスクレピオスに顔を覗き込まれていた。触手は動かなくなっていて、アスクレピオスは試験管に肉片と何らかの薬剤を注いで手に持っている。
「触手に触れたか、痛むところは?」
 カドックは衣服が溶け触手が直接巻き付いた己の肌を見た。毛虫に刺されたようにやや赤く、熱さと痛みがある。
「熱傷のような感覚と、心拍数の上昇……だな、すまない」
「ふむ。少し触るぞ」
「ぅあっ……!? ちょ、っと待ってくれ」
 手首と首元をひやりとした指に触れられて、カドックは肩を跳ねさせた。そこでカドックは先程感じた『痛み』が間違いであったと知る。痛みに類するものではあるが、感覚が鋭敏になりすぎているようだった。アスクレピオスにそれを伝えると、興奮剤のようなものか、と眉を顰めた。
「血圧が異常に高い。瞳孔も開き気味、不整脈もある。あまりよくないな。そして、悪いがどうやら『ここ』では毒の分析は出来るが解毒薬の生成が難しいようだ。陣地作成もあまり意味が無い」
「ああ……恐らく、一定以上の神秘の行使が妨害されている。僕の対獣魔術はさほど変わらないが、あんたは影響が大きそうだ」
「まあ、仕方がない。ルールをどうやって定めているのか、崩すのかもまだ不明。下手に魔力を消耗するよりは先に進む方がいい。……文字通りの『地下牢』だと言うなら無駄だが、恐らくそういうわけではあるまい」
 エネミーが動かなくなりしばし、部屋に変化が起きていた。先程触手の魔物が出てきた召喚陣が書き換わっていき、カドックとアスクレピオスを誘うように鈍く光る。何かが召喚される様子はない。となれば。
……次、があるようだな……
「ふむ。僕も戦闘が専門ではない、トラップならともかくエネミーとなると面倒だ」
 本当に、いかにも「面倒」という顔でアスクレピオスは呟く。戦闘が専門ではないとは言ってもサーヴァントはサーヴァント、その上ギリシア神話の英雄であり大賢者ケイローンの教え子である。三流と自認するカドックとは比較にならない。頼りになる優秀なサーヴァントなのだ。ほんとうに。医療研究が絡んだ時の倫理観とか以外は。
 とにかく先に進まないことには謎も解けない。鈍く光る陣へ向けて、二人は足を踏み出した。


§


 足を踏み入れ、分かったことがひとつ。
 先ほど移動に使われた陣は召喚陣であり、召喚したものが倒されると方向が『反転』する術式が組み込まれているようだった。つまりカドックとアスクレピオスを呼び込み反対側の召喚陣で召喚する、といった具合である。
 それはつまり。
「流石にこれは、気持ち悪いな……
 眼下に広がる大量の魔物にカドックは呟いた。アスクレピオスは無言のまま、白っぽい煉瓦の壁にある、足が半分落ちるほどに狭い凸部分に立っている。アスクレピオスの杖を壁に突き刺し二人でそれを支えにして壁に張り付いているが、これではまともなアクションが取れない。
「とりあえず、出入り口は見えないな。床にあれば別だが」
「勘弁してくれ……
 一匹一匹ならともかく、数の暴力にもほどがある。一掃できるような攻撃手段を有しているわけでもない二人には自殺行為である。出入り口どころか床すら見えない魔物の群れ。
「チッ、せめてジークフリートがいれば……
 神秘が減衰しようと、セイバーの剣技があれば光明も見えるというもの。いかにアスクレピオスといえど無い物ねだりもしたくなる。カドックは隣の半神の忌々しそうな表情を見つめて、考える。
 先ほどは魔物が沈黙した後に次の空間ここ への移動手段が発生した。同じように考えるのであればこの魔物を全て無力化すれば次へ進める、はずだ。だがそれは──誠に遺憾ではあるが──この『エロトラップダンジョン』においては正攻法ではない、と思われる。『本来の役割』に従うことが正攻法と言えるかはさておき。
 つまり、本来満たすべき条件が存在する上で、それを満たせない状況になった場合、代替策としての処理が行われていると考えられる。それが、仮に第一層とする先ほどの場でのエネミーの無力化だ。
 ならば、他の手段でもそれは可能なのではないか?
 自分たちを傷つけるようなものは本末転倒だ。倒さなくてもいいとはいえ、魅了や拘束を施すには数が多すぎて逆に難しい。
 ならば、例えば──『アスクレピオスやカドックに触れることが出来ないと判断された場合』。目眩ましが聞かなかったから、獲物を判断しているのは視覚ではないだろう。であれば、匂いか、振動か、体温か、魔力。これらを一時的に死んだように見せかければ、エネミーからは認識されないだろう。
 問題はそれを『何』が判断しているか、だ。
「アスクレピオス、さっきの分析は?」
「済んでいるが、耐毒処置は難しいぞ」
「なるほど。じゃあ、毒でも細胞でも、あれに似ているエネミーはあるか?」
「そうだな、細胞はほぼ蠢魔の亜種と見ていいだろう。毒は違う。そもそも毒というよりも……あのアルターエゴの……コードキャスト、だったか。あれに近い」
……ここは電脳空間、ってことか?」
 カドックは眉を顰める。その手の話には詳しくはないが、カルデアでも肉体の霊子化やら、電脳空間の特異点やらで関わりがあるから大まかな理解はしていた。
 このダンジョン内で神秘の行使にマイナス補正が掛かっているというのも、電脳空間であるのならば頷ける。通常の魔術行使も電脳空間でのそれも原理的にはさほど変わらないらしいが、すぐに対応できるものでもないということだろう。
「あれらが分泌しているのは魔術や化学物質で構成された毒ではなく、他のプログラムを侵食・破壊するウイルスだ。とはいえ、規模的に特異点すべてが電脳空間であるとは考えにくい。そうだとしたらカルデアが事前に察知しているはずだからな。恐らくこのエロトラップダンジョンとやら限定だろう」
「あんまりその単語言わないでくれ」
「では単にダンジョンと呼称する。まあつまり、僕等はゲームの中に放り込まれているようなものか」
 カドックは溜め息と共に腕を組んだ。プログラムに干渉できるような技術もない現状、ルールプログラムに従わざるを得ない。その上で、条件を満たせないようにする必要がある。
 対象に触れられない。対象が死亡する。対象が存在しない。どれでもいい、何でもいいのだが、実際に死ぬわけにはいかない。霊体化も恐らく意味がないしそもそもカドックには無理だ。かといってエネミーすべてを無力化するのも非現実的である。
 ──では、逆に、『条件』を満たすべきか?
「何かしらの『条件』で次の空間へのルートが開通するんだと思うんだが……なんだと思う?」
「単純にモニターしやすいのは体温だろう。次いで脈拍だが、どちらも抵抗時に上がりやすいから悪趣味な目的であるならば可能性は低い。視覚情報を元にしている可能性もあるが、このフロアに限って言えばこの大群の中に落ちる前提なのだから目視とは考えづらいな。であるならばウイルスの侵食度が妥当と考える。お前は?」
「僕も同じ意見だ。アスクレピオス、さっきの毒を投与してくれ」
「なるほど潔い。注射でいいか?」
 医神に躊躇いは欠片もなかった。自分で言い出しておいてなんだが、カドックとしてはもう少しだけ躊躇ってほしかった。天才とは得てしてこういうものである。
 採取していたのは白濁した体液だったはずだが、いつの間にか何やら精製したのかほとんど透明な液体になっていた。サクサクと注射器に充填された「毒」を投与される。アスクレピオスは、もう少しサンプルを取っておけばよかったな、と呟いていた。同感だったが今言うことではないのではないか。
「えーと……注射うまいな」
「当然だろう。まあ腕だな。先生のように痛点が視えたりはしないが」
……冗談だよな?」
「さあな」
 はてケイローンの千里眼とはそういうものではなかったはずだが、素のスペックが人間とは比較にならないので一概に嘘とも言えない。