饂飩粉
2025-05-08 11:54:38
3900文字
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今は小指だけ

ブルーロック成早朝日の夢小説です。
色々と考えた結果、夢主は男性を想定して書きました。
どんな会話をさせようか迷った挙句、色々削ったり付け足したりして結果かなり短く纏まりました。
できれば後日譚も書きたいですね。



 早朝。
 成早は新聞配達のバイトを、俺は飼い犬の散歩を終えて、登校できる準備を済ませてから公園のベンチで落ち合った。
 成早は部活の朝練が始まるまで少し時間がある。お互い、コンビニでたむろできるほど小遣い事情は良くない。成早のバイトと俺の散歩がかち合ったときは、こうして公園で駄弁って時間を潰すのがルーティンになっていた。
「なあ、見てくれよこれ」
 成早がそう言って俺に見せてきたのは、日本フットボール連合からの招待状だった。『成早朝日様 強化指定選手に選出されました』から始まる三つ折りの手紙と、集合場所と日時が書かれたハガキ。
「え、これマジのやつ? すげーじゃん」
「うん。問い合わせても詳しいことは答えてくれなかったけど、本物で間違いないって」
 成早は歯を剥き出しにして笑う。思わず俺もつられて頬が緩む。今時、歯茎見せて笑う方が珍しい。
 ふと、俺は集合場所記載のハガキに書かれた地図に目をやった。
「これ、場所どこ?」
「日本フットボール連合の東京支部だって」
「東京? お前、東京行くのか?」
「ああ、行ってくる」
 即答だった。
 香川から東京、夜行バスだったとしても往復で一万円以上はかかるはずだ。
 成早の家庭は、二年前に両親を事故で亡くしている。それが生活にどの程度影響を与えているかを俺は知る由もないが、高校入学時から始めた新聞配達の稼ぎのほとんどを弟や妹達の生活費に充てていると聞いている。部活が休みでもカラオケやゲーセンは行かないし、放課後に買い食いもしない。
 俺が成早と意気投合したのは、貧乏あるあるで意気投合したからだ。学校の水飲み場で水筒を補充しようとした時に、ばったり出会したのがきっかけだった。
 でも、俺の貧乏は単にバイトもせず小遣いが少ないというだけのものでしかなかった。家には自分専用の部屋があり、両親も祖父母も健在で犬も飼っている。小遣いは少なくてもパソコンやゲーム機は買って貰えている。
 お互い「金が無え!」と笑い合いながら、成早と俺とは、住んでいる環境が決定的に違っていた。もし俺が成早と同じようにサッカーの強化指定選手に選ばれたとかで東京に行くことになれば、両親は喜んで交通費を出してくれるだろう。
「お金、大丈夫なのか?」
 余計な心配だと思いつつも、聞いてしまう。
「交通費は平気。今月のシフト、ちょっと多めに入れさせてもらったから。問題があるとしたら、この後のことかな……
「この後?」
「うん。この通知と一緒に、保護者向けの同意書が入っててさ——しばらく、こっちに帰って来れないかもしれない」
「え——
 保護者向けの同意書には、強化指定選手は長期的な合宿を行い、その中で特別なトレーニングをこなす旨が書かれていたという。
「俺んとこ両親いないから、姉ちゃんに読んでもらったんだ。そしたら、長期間家や学校から離れて生活することになるかもって教えてくれた」
「長期間って、どれくらい?」
「それは書かれてなかった。一週間かもしれないし、一ヶ月、一年とかの可能性だってあるかもなあ」
……
 成早は、仮にそうだったとしてもまるで問題がないかのように腕を頭の後ろで組んで空を仰いだ。朝の六時を過ぎた頃でも太陽は昇り切っておらず、空はくすんだ色をしている。
 どうしてそんなあっけらかんとしていられるのか、俺にはわからなかった。だが、それを問いただすことは、良心が咎める。
 ——お前が一ヶ月も家を空けたら、その間家庭は大丈夫なのか?
 そんな風に他人の家庭に口を出したり、勝手に心配したりする資格が、誰にあるだろうか。
 俺が何も答えられずにいるのを察したのか、成早はまたとびっきりの笑顔を作った。
「なんだよ、俺がいなくなるから寂しいのか?」
「は——そんなんじゃねえよ」
 一九世紀頃だったかの哲学者の言葉に『楽しいから笑うのではない。笑うから楽しいのだ』という言葉がある。なんで知っているのかというと、SNSのおすすめ表示で名言紹介するアカウントの投稿が流れてきたからだ。俺は「何いってんだ馬鹿野郎」という怒りを抱いて、言い出しっぺは誰なんだと検索したことがあった。
 成早の笑顔は、それ近しい類のもののような気がする。俺は楽しくなきゃ笑えないと思ってるし、笑って楽しくなるとも思えない。
 でも、成早につられて笑みが溢れることは何度もあった。今もそうだ。成早が笑顔だと、楽しいと思えるからだろうか。笑顔が先か、楽しいことが先か。俺の場合は、成早の笑顔がいつも最初にある気がする。
「すげえなって思ってるだけだよ。それって多分スタメン入るよりすごいことだよな?」
「それはわかんないけど……これはチャンスだ。俺がサッカー選手になるための」
 高校入学して早々の自己紹介で、成早は将来の夢をプロのサッカー選手だと言った。全国大会優勝とかよりも、ずっと塗装もない——悪く言えば子供染みた夢だと思った。実際、何人かのクラスメイトは本気で目指してるのかと彼を揶揄した。でも、一年生にしてスタメンの座を勝ち取ったのを知ると、誰もが成早が本気だと理解した。
 それでも、俺はどこかで成早の夢を軽んじていたんだと思う。成早が改めてその夢を口にして、そのために東京に行くと知った今、やっと彼が本気なんだって実感している。
……寂しくなるな」
 思わずそう溢してから、はっとした。この瞬間、初めて自分が寂しがってるんだと気づいた。
 成早は、意外そうな顔でこちらを見ていた。
 それから、いつもとは違う、安堵したような笑みを浮かべた。
「なんか、ちょっと嬉しい」
「え?」
「いや、俺の姉ちゃんも、弟や妹達も、この話した時みんな喜んでくれたんだ。おめでとうって、言ってくれた。どれくらいかかるかわかんないって言っても、みんな。笑顔で。でも、どう言えばいいかわかんないけど、まるで家族と離れ離れになることに、慣れちまってるみたいだった。逆に俺が寂しいっつーか、寂しがってほしいっつーか」
……それは、多分、お前のいないところで絶対寂しがってるって」
 成早はゆっくり首を横に振った。
「だといいけど……って言い方は変か。俺、どんなに反対されてもこのオファーを受けるつもりだった。でもみんな反対しなかったのが、意外だった。弟や妹達は、反対するって思ってたから」
「強がってるだけかもだろ。しばらくしたら、お前がいなくてわんわん泣くかも」
「ははっ、だといいなあ。あいつらには、まだ子供らしくいてほしいって思ってっから」
 成早は大人びた眼差しで誰もいない公園を見ていた。まるでそこで弟や妹達が遊んでいるのを眺める父親のように。
 ——俺たちだって子供だ。酒も煙草も買えないし、飛行機も一人では乗れない。政府が何をしてるかはニュースや新聞で知れるけど、選挙権はない。学費や家賃、生活費を自分で稼ぐ必要も、本来はない。
 何一つ不自由していない俺から言ったところで、何の慰めにはならない。
 俺と成早の間にある隔たりは、いつの間にか飛び越えられないほどに広がっている。いや、実際は元々大きな谷のような隔たりは元々あって、成早とこうして話す度に、それを実感していたのだ。
 成早は続ける。
「姉ちゃんとも、喧嘩するんじゃないかって覚悟してた。特に、お金のこととかで」
…………
 成早にかける言葉が見つからなくて、俺はささやかに身振り手振りをすることしかできなかった。何か言いたいけど言えないという気持ちを伝えたくて。
 それが伝わったのかはわからない。
「だから、変なこと言ってるかもだけど、お前が寂しがってくれるのが嬉しくてさ」
「寂しいに、決まってんだろ。お前の家族のことは、わかんないけど、お前と当分会えなくなるなんて……正直、嫌だ」
 堰を切ったように、言葉が溢れてきた。本当は俺も笑顔で成早のことを送り出してやりたかった。でもそうじゃないなら、成早がそれを望まないなら、俺はいくらでも寂しがることができた。なぜなら俺は、成早のことを——
「ありがとな。陽太や天花も、そんな風に思ってるのかな。夕夜はどうだろ……
——
 違う。
 違うんだよ成早。
 似てるけど、違う。
 お前の弟や妹がお前に向けている気持ちと、俺がお前に向けている気持ちは。
 そんな風に思ってほしくないんだ。
 家族とは違う——まだ家族ではないけど、いずれ家族になるかもしれない、そういう気持ちなんだよ。
……
 成早とこうして話せていることの喜び、成早が今欲しがっていた言葉を選べた達成感、気持ちが上手く伝わらないもどかしさ、はっきりと伝えることの怖さ、頭の中は色んな感情が一緒くたにされて、熱せられたシチューのようにぐつぐつと煮えたぎっていた。
 どんな言葉をよそって成早に差し出すべきか。時間はそうかからなかった。
「なあ、成早」
「ん?」
「お前がプロのサッカー選手になっても、またこうして会ってくれるか?」
「勿論。その時は新聞配達は辞めてるだろうけどな」
 成早は、いつもの笑みを取り戻した。
 俺も、つられて笑う。
「じゃあ、ここで待っててもいいか?」
「いいぜ。絶対に戻ってくる」
「約束したからな?」
「おう、指切りするか?」
 成早は小指だけを立てた手を差し出してきた。
 いいよ、恥ずかしい——そう言おうとしたけど、やめた。
「せっかくだから、やっとくか」
 俺は面白がる風を装って、成早の小指に、自分の小指を絡めた。