【クラシエ小説】テーマパークへ行く前後のクラシエのはなし

まだ付き合っていないふたり/☁さんの過去や💫の国に関する捏造あり

「ねぇクラーク、今度テーマパークに行かない?」
夜遅く。当然のように人の城のバルコニーに降り立ったシエロモートに言われた言葉に、僕は反射的に顔をしかめた。
急に何?だいたい、誰と誰が?」
「僕と君。ふたりで」
はぁ?と思わず声が出る。テーマパークは幼い頃に主に連れて行ってもらった記憶があるけれど、どう考えてもあそこは仲の良い者同士が行くべき場所だ。例えばシエロモートであれば、幼馴染というウィルメッシュだとか、彼を尊敬しているというミュンナだとか。僕ならもちろん、ルタ以外に考えられない。
「ね、行こうよ」
「行かない。人混み嫌いだし」
「どうして?いろいろ楽しいものがあるから、きっとクラークも気に入るよ」
だから、と僕はため息をつく。理由は告げているのに何故「どうして」と問うのか。彼は、本当に人の話を聞かない。
基本的にシエロモートは強引で、そして頑固だ。僕の言葉で簡単に諦めるわけはないのだけれど。
「僕、うるさいところ嫌いだし。だいたいテーマパークなんて、この辺にないでしょう?」
「うん、ちょっと遠いかな。だから、お泊りになると思
「却下」
仕事でもないのに泊まりなんて、冗談じゃない。自分たちの立場を考えたら、そんなことぐらいは分かるはずだ。
「大丈夫。ルタールには事前に許可を取ってるから」
「はぁ?」
ぱちんと片目をつぶるシエロモートに僕は声を上げる。
「えっとねぇ、ルタールからの伝言。クラはいつもたくさん頑張っているから、たまには羽根を伸ばしておいで。お土産、楽しみに待ってるね。だって」
………
「行く予定のテーマパークには、すごくたくさんのお土産が売ってるんだよ。きっとルタールや君の主たちが喜ぶような、かわいくて素敵なものもたくさん!」
お土産か、と僕は考える。シーズが出現する前は、仕事で僕はたびたび他国へ行っていた。そのときにはいつだってたくさんのお土産を持って帰ってきて、ルタも主たちも凄く喜んでくれたんだっけ。シーズが出てからはなかなか国を出ることはなくなってしまったけれど、同盟を結んで平和になった今なら。
まぁ、ルタがいいって言ってるなら」
「決まりだね」
楽しみ!とシエロモートは嬉しそうに身体をくっつけてきた。相変わらず距離感のおかしい彼を押し留めようとして、その冷たさに気づく。
身体冷えてない?」
「空って意外と寒いんだよね」
中に入れてくれる?と言われて渋々頷く。同盟を結んでいる隣国の騎士を寒空の下に放置するほど、僕は冷酷ではない。
大きな開き窓を開放すると、当然のようにするりと彼が僕の自室に滑り込んだ。応接室か客間へ連れて行こうとしたけれど、シエロモートは慣れたふうに部屋のソファに腰掛ける。
「お部屋の中、あったかいね」
「そう?暖房は切ってるけど」
暖房のリモコンを手に取った僕に、シエロモートは「大丈夫だよ」と言う。そしておもむろに立ち上がり、ぎゅ、と抱きついてきた。
「ほら、くっついたらあったかい」
アンタのその金属の飾りが冷たいし痛いんだけど」
ちょうど肋骨にめり込むように、シエロモートの胸元の飾りが来ている。だいたい暖房があると言っている部屋で、どうしてくっついて暖を取らなければならないのか。
「あ、ごめんね」
さっと身体を引きはがしたシエロモートは、なぜだかたっぷりとファーがついているマントを脱ぐ。そして再び抱きついてきた。
「これで大丈夫?あ、もしかして下も脱いだほうがいい?」
抱きつくよりマントを着てたほうが暖かくない?」
だいたい僕もしばらくバルコニーで星を眺めていたのだから、決して身体は暖かくない。全くもって非効率的な彼の行動が理解できず、僕はため息をつく。
「あったかいのは、身体だけじゃなくて心もなんだよ」
「はぁ?」
何を馬鹿なと言いかけた僕を、シエロモートはより強く抱きしめる。ちょうど口元に柔らかな髪の毛が触れた。
(ふわふわしてる
思った以上に心地良い、絹のような肌触りに、しばらくはこのままでもいいか、と思う。
で、そのテーマパークにはいつ行くの?」
問えばシエロモートは満面の笑みを浮かべて顔を上げた。


★★★

「今日は楽しかったねぇ!」
………
簡易的なデスクの上にぎっちりとお土産の入った袋が並ぶ風景を前に、僕は深く息を吐いた。朝早くから国を出て、テーマパークを閉園になるまで歩き回って、途中で(主にシエロモートが)親しくなったフラガリアだという面々と食事をともにして、辿り着いた宿泊場所。疲労しているなかで、もめたりはしたくない。したくないけれど。
……何でここなわけ」
「名前が素敵だったから、ここに決めたんだよ」
にっこりと笑うシエロモートから目を逸らして、備え付けのバスタオルを見る。ホテル・ブルースカイと印字されたそれを見て、それから部屋をぐるりと眺めた。ブルースカイというホテル名には全くもってふさわしくない真っ黒な壁には、けばけばしいともいえそうな金色でダマスク柄が並んでいる。早々にシエロモートが湯を溜め始めたバスルームは何故だかガラス張りで、部屋から全てが見通せる。その部屋にはほとんどの面積を占める大きなベッドがひとつ。何やらたくさんのスイッチが付いているベッドの枕元には、手のひらサイズのパッケージに包まれた何かがいくつか。
(そういえば、入り口に休憩と宿泊って書いてあった……
けれどもう今更宿を探す気にはならない。そもそも「泊まるところを予約したよ」と言われた時に、ホテル名も部屋のつくりも聞かなかった僕が悪いのだ。
「どうかした?お風呂、先に入っていいよ」
屈託なく言うシエロモートは、けれど疲れているのか少し目がとろんとしていた。
「アンタが先に入ったら。眠そうだよ」
「えっ、でもクラークも眠そうだし」
「そんなことないと思うけど
僕が言いかけたとき、くぁ、とシエロモートが大きな欠伸をする。つられてしまったのか僕も、欠伸を続けた。
じゃあもうまとめて入ればいいんじゃない。それなりに広そうだし」
僕の言葉にシエロモートは「えっ」と大声を出す。
「まとめてって、一緒にってこと?僕とクラークが?」
「嫌ならいいけど」
「ううん、特別みたいで嬉しい!」
あぁそう、と僕は適当にあしらって服を脱ぐ。シエロモートは、僕が1枚ずつ脱ぐたびに「そんなところから脱ぐんだね」だの「不思議なかたちのインナーだね」だの騒いだ。さっきまでの眠たそうな顔ではなくなって、とりあえずほっとする。入浴中に眠られたりしては面倒なことになる。
ざっと髪と身体を洗って、広めの浴槽に向かい合わせで入る。ざぷ、と縁からお湯が流れていくのをまじまじと見ていたシエロモートが、ふいに口を開いた。
クラークは、よく誰かとお風呂に入るの?」
「え、まぁ。ルタともよく入るし、あとは工房の人たちとも仕事帰りに結構入る。作業場所によっては、汚れや臭いがついたりするから」
僕が住む国は、主がお風呂好きということもあって、あちこちに入浴施設が設置されてている。薬湯をメインにしたところから、プールのように遊べるところまであって、小さなころはよく主にルタと一緒に連れて行ってもらった。
シエロモートは小さく「じゃあ君にとっては特別ではないんだね」と呟いてから、ぱっと顔を上げる。
「工房の人たちとも、仲良しなんだね」
「仲良しかどうかは分からないけどまぁ、信頼してる」
「そうなんだ」
にこにこと笑うシエロモートは本当に嬉しそうだった。とにかく事あるごとに「仲良く」を推し、誰かと誰かが親しくしているところを見て喜ぶ彼の気持ちは、やはり僕には分からない。
ところで、何で僕だったわけ?」
問えばシエロモートは、きょとんとした顔をする。
僕は、小さな頃から人付き合いが得意ではない。それに加えていつもいろいろなものに対して(主から「クラくんは心配性すぎるよぉ」と言われてるぐらいに)警戒をしているせいか国民も城の部下も、僕とルタが並んでいたら、ほぼ必ずルタの方に話しかける。それは青の大陸の騎士たちもだいたいそうで、たまに遊びに来るミュンナもルタとは屈託なく喋るのに、僕には大抵顔色を伺うように話しかけてくる。別にそういったことは昔からのことで、僕にとって大切な主や兄は何も気にせず側にいてくれるから、どうでもいいことではあるのだけれど。
(ふたりで、って言われたのは初めてだったから)
シエロモートは、目尻を下げて「ふふ」と笑みをこぼす。
「僕はね、いままでたくさんの人と仲良しになってきたんだけど、こんなに仲良くなれそうもない人と会ったのは初めてなんだ」
はぁ?」
あのね、とシエロモートは湯船のお湯を両手にすくいながらつぶやく。手袋を外している白い手から、水音がした。
「僕はずっと、誰かの特別な存在になりたかったんだ。僕の家では僕は特別なんかじゃなくてそう、夜中に家を抜け出しても叱られたりなんてしないくらいに」
「ふぅん
「おうちの人に怒られたっていうウィルが羨ましかったなあ。どうしたら誰かの特別になれるだろうって思って、それで人より優れているって言われたことのある魔力を活かして、とりあえず騎士学校に行ったんだ」
そんな動機で行くものなのだろうか、という疑問は胸にしまったまま、僕は相槌を打つ。人の過去の話を聞くことは(例えば職人だとか機械の修理に訪れた先の人だとかから)無くはなかったけれど、他国の人間からの話は初めてだった。
「そこでの僕は特別だった。まわりからも一目置かれて、時に根も葉もない噂を流されるほどにね。その後は正式な騎士になって、たくさんの人から“天才騎士”なんて呼ばれて国と大陸の中でもきっと特別な存在になった」
でもね、とシエロモートは呟く。
「騎士は愛に見返りを求めちゃいけない。だから主の特別を望むことはできないんだ。主が笑っていればそれだけでいい。できればいちばん側にいたいけれど、でもそれを求めることはできないから」
まぁ、そうかもしれないけれど」
でも求めなくても、結果的に特別になったり、側にいたりすることはあるんじゃないのかなと僕は湯船からの熱気で少しぼうっとしてきた頭で考える。自国のふたりの主の笑顔を思い浮かべながら。
「だから、主からの特別を望まなくてもいいぐらい、たくさんの人と仲良くなって、たくさんの人の特別になりたかったんだ」
「そう
「たいていの人は、僕が仲良くなろうっていうといいよ、って言ってくれる。もちろん僕自身というより、肩書とか力とか、そういうもののためっていう人もいるけどでもそれでもいいんだ。たくさんの人の少しずつの特別で、満たされるから」
でも、と彼は薄く笑う。
「君は、表面上だけでも僕に特別をくれない。君の特別はたった3人だけに注がれているから」
そんなにたくさんいろんな人から貰っているのに、まだ欲しいわけ?」
問えばシエロモートは小首を傾げた。
「そこが悩ましいところでね。もちろん今までに僕に特別をくれなかった人もいたわけで、でもそれは仕方のないことだから、って諦めてたんだ。でも君からの特別は諦めたくないなって思って」
「はぁ
そんなことを言われても、と思いながらシエロモートの顔を見る。だいぶ長い時間お湯に浸かっているせいか、彼の顔は赤みを帯びていた。
「ねぇ、どうしてだと思う?」
……さぁね。そんなことより、もうそろそろ上がらない?のぼせちゃう」
そう言って立ち上がる僕にシエロモートは「逃げられちゃった」と言って笑った。


お風呂から上がってそのままベッドに上がろうとするシエロモートを、僕はすんでのところで引き戻す。タオルと着替えを渡してやり、それから濡れた髪を指さす。
「ドライヤーをかけないと、布団が濡れるじゃない」
「そっか、いつも空を飛びながら乾かすから忘れてたよ」
ホテル備え付けのごくシンプルなパジャマを着たシエロモートは、いつもよりどこか幼く、そして小さく見える。濡れた髪がぺたりとおでこに張り付いていて、普段は髪で隠れがちな瞳がくっきりと見えた。
「クラークはパジャマを持ってきたの?」
「うん。他所のパジャマはたいていサイズが合わないから」
なるほど、とシエロモートは言って濡れ髪のままそばに寄ってくる。
「いつもの君の匂いがするね」
「そう?」
僕の匂いというよりは、ルタが厳選してくれた洗濯洗剤の匂いじゃないかな、と思うけれど反論するのも面倒でそれ以上は口をつぐむ。
「はい」とシエロモートにドライヤーを渡せば、「そうだ!僕お手紙を書くんだった!」と彼は急に手をぱちん、と叩いた。
「ねえクラーク、乾かしてくれない?」
「何で僕が
「おねがい」
にっこり笑ったシエロモートは、返事を聞くそぶりもなく鞄からレターセットと、万年筆やインクの入った箱を取り出す。
「あれ、そういえば君は主やルタールに連絡しなくていいの?」
「帰りの電車で、メールを送ったから」
「そっか」
嬉しそうに笑ったシエロモートは、「仲良しだねえ」と言いながらペン先をインクに浸す。僕は万年筆の動きを妨げないよう、ドライヤーを弱モードにして、少し離れたところから銀色の髪に向けた。
彼はようやく黙って真剣な眼差しで手紙をしたためている。先ほど僕に「君は」と聞いたということは、相手は主なのだろう。僕は手紙には目を落とさないようにしながら、彼の髪に風を当て続けた。
髪がだいぶ乾いた頃、シエロモートはようやく「できたぁ」と言って笑った。
「明日、郵便ポストを探してみよう」
それだと、アンタのほうが先に着くんじゃない?」
「ふふ、そうかも」
ドライヤーを片付けている間にシエロモートは、大きなベッドに寝転ぶ。
「今日は楽しかったね」
「まぁうん。その、いろいろ、ありが、とう」
僕がそう言うと、シエロモートはドライヤーでふわふわに仕上げた髪の向こうで満面の笑みを浮かべた。
「どういたしまして」
それから、ベッドに身体を横たえて布団をかけた僕の横に、ぴったり寄り添う。
近いんだけど」
「うん、でもちょっとだけ」
少し硬さを感じる布団と、柔らかい髪の感触。普段とは違うシャンプーの香りと中途半端な明るさの常夜灯。
「僕ね、今日をずっと、楽しみにしてたんだ」
眠たいのかいつものハキハキした声とは違う、少し甘ったるいようなやわやわとした音で、シエロモートは囁く。
そう」
「クラークと、もっとたくさん、しゃべって、とくべつになろうって思って
「ふぅん」
くらーく」
「なに」
目線を落とせば、彼の瞳はもう閉じていた。口だけがわずかに空いていて、そこから声が漏れている。
「すき」
小さくこぼれ出た声は、ガラス張りの浴槽を有した部屋の中でそのままどこかへ消えた。あとには、すうすうと寝息を立てるシエロモートと、ばかみたいに目をぱちぱちさせている僕だけが残された。

★★★


あははは、とシエロモートは肩で息をする僕の横で朗らかに笑った。
「笑い事じゃない、もうギリギリだったんだから」
朝、全く起きる気配のないシエロモートをどうにか起こして着替えさせてホテルを出たのは、列車の発車予定時刻から15分前のこと。ホテルから駅までは近かったけれど、たくさんのお土産を抱えながら改札を抜けて、ホームへ向かうことを考えたら時間はほぼ無いに等しかった。
「でも間に合ったしいいじゃない」
ふふふ、と笑いながらシエロモートは列車の座席に身体を預ける。
「よくない。本当は駅でもお土産を探したかったのに」
「あれ、そうだったの?」
「そうだよ」
もう、と口をとがらせればシエロモートは目を細めた。
「じゃあ今度来るときは、もう少し遅い列車にしようね」
は?今度?」
問うた僕にシエロモートは「うん」と元気よく答えて、それから「あっ」と声をあげる。
手紙、投函するの忘れちゃった
「え?あぁ。まぁ、もう直接渡したらいいんじゃない?」
「それもそうだね」
シエロモートはそう呟くと、鞄からごそごそと封筒を取り出す。そうして、「はい」と僕に手渡した。
「え僕、に?」
「うん、お城に帰ったら読んでね」
そう言ってシエロモートは、楽しそうに車窓へ目線を送る。
僕はぼんやりと、シエロモートから手渡された封筒を見た。クラークステラ様と書かれた文字は流麗で、昨日のキラキラしたテーマパークともけばけばしいホテルの部屋ともミスマッチに思えて、ただただ混乱する。
(昨日の夜にシエロモートが呟いた言葉は、本当に僕が聞いたとおりだったんだろうか)
聞き間違いだったのか、そうではないのか。
もしかしたらその答えがこの手紙の中にあるのかもしれない、と僕は考える。
(そういえば、家族以外の人と並んで寝たのも、私的な手紙をもらったのもはじめてだな)
シエロモートが昨日言っていた「特別」という言葉が蘇ってくる。
いつもはうるさいくらいにあれこれ喋る彼は、いつの間にかこちらを見ていて、ただ黙ってにっこり笑っていた。