タロ文庫の作品置き場
2025-05-06 23:40:46
3714文字
Public 作品
 

歴史は消えない

2020-12-21

「昨日セルフォンのバックアップをしてる時に懐かしい動画が出てきたから引っ張り出してきたよ」
 そう言っていつもと変わらず穏やかに笑ったプルックには一切の他意は無かっただろう。
 ディーンとパームの関係を人伝てで知っていたとしても、ウィンとティームの関係を勘繰っていたとしても、そこにどのような影響が出るか一切のやましさや好奇心はその笑顔には微塵もなかった。
 だからティームは朝練で濡れた髪をガシガシ拭きながら、防御力ゼロの状態でプルックのセルフォンを促されるまま覗き込んでしまった。
 再生された動画の音量で他の部員もわさわさと集まった。その部員達が居てよかったとティームは思った。プルックと二人きりだったら彼のセルフォンをプールに投げ込むところだった。
『まだまだ全然いける距離だぞー』
『怖いのか? まさか初めてとかじゃないよな?』
『初めてが高校からの親友はキツイなぁ』
 煽るような数々の声と笑い声。
 ティームも新人歓迎合宿で、目の前で繰り広げられた同期同士のそれに呆れながらも笑って見ていたから、囃し立てる気持ちも分かる。
「わぁ」
「先輩、この映像は僕達は見てもいいんでしょうか?」
「ははは。どうだろう? あいつらが部長と副部長になった瞬間に写真も動画も片っぱしから抹消していったから、知られたくはなかったかもな」
「えー!」
 画面を見る同期達が一斉にプルックから遠のく。鬼と悪魔にプールの藻屑にされるくらいなら自分の好奇心なんてクソ食らえだと、中には目を瞑りそそくさと着替えに戻る者もいた。
 蜘蛛の子を散らす勢いで解散していく中でティームだけは画面を凝視してピクリとも動かなかった。黒目は動画内の情報を追うように細かく動く。プルックが小首を傾げて覗き込むと、ティームがプールで冷えたのか少し色が薄くなっている唇をゆっくり開くところだった。
「プルック先輩、このデータください」



 ディーンが親の仇のような形相でウィンを真正面から睨んでいる。ウィンはそれに対して眉をふよりと上下に動かして、同じように口に咥えている棒状のお菓子を唇の動きで上下に動かした。猫が尻尾をたしたしと動かすようなそれに、ディーンはぐっと近づき薄く口を開いた。
 湧き上がる野太い歓声。
 そこらじゅうからセルフォンのシャッター音がする。
 向き合う二人は決闘でもしているかのような眼光で相手から一切目を逸らさない。唯一口の先を蠕動運動のように前進させて、菓子の剥き出しの部分を両端から削っていった。
 近づいていく二人に周りのボルテージは上昇する。二つの唇の間を凝視しすぎてあるはずの菓子の褐色部分が消えて見えた。
 撮影者のカメラが一瞬ブレて、何かと思えばウィンが首の角度を変えていた。小首を傾げる様がまさにキスをする角度そのもので、冷やかしの声は一気に熱気を帯びる。ディーンはウィンの煽りに動じず機械的に口を動かし続ける。画面が二人の顔いっぱいまで近づき、いよいよ唇の間が無くなり始めた。
 ディーンが動きを止め、ウィンが大きく動く。ディーンの首の後ろを手で掴み固定すると、歯を出してディーンの唇を薄皮一枚のところで噛んだ。
 微かに、ほんの微かに褐色の中のクリーム色のクッキー部分の断面が見え、一気にウィンはフレームアウトしていった。ディーンが拳で口元を乱暴に拭う。
 それから先は画面が天井にいったり足元にいったり、多くの人間が騒いでいる様子がブレブレで映り、止まった。



 食堂の一番端のさらにテーブルの隅で肩を寄せ合いティームのセルフォンを周りから隠すように覆って見ていた二人が、ふっと息を吐いて顔を上げた。
 ティームは画面を伏せた状態でセルフォンをテーブルに置き、パームの肩にそっと手を添える。
「大丈夫か?」
 見つめる先の親友の顔色は青ざめてはいないが目が少し揺れていた。
「うん。まぁ……
「ごめん。でもパームも知っといた方がいいと思って。ディーン先輩から聴いてないだろ?」
「そうだね」
 ポツリポツリとお互い探るように労るように言葉を出し合う。
 マナウがトイレに行ってる間に、朝に仕入れた動画をパームと共有するのがティームの今日のミッションだった。パームが今どういう心境なのかが一番気がかりだった。いざとなったら自分がウィンの代わりに土下座でも何でもしよう。ティームは自分の中の溶岩はひとまず脇に置いて、親友を心配する事に専念した。
「うちの部の一年生の恒例行事なんだ。ゲームの後の罰ゲーム。おれは勝ったから平気だったけど、今年もやってた」
「そうなんだ」
「まさかあの二人がやってるなんて全然知らなかったし、あの人達のことだから絶対言わないだろうけど。パーム、大丈夫か?」
「ティーム」
 パームの顔が上がる。その目元はほんのり赤く染まっていて、目はしっかりとティームを見ていた。
「この動画もらってもいい?」
「え? あ、うん」
「スローとズームにして、くっついてないか見てみる」
「あ、多分大丈夫だと思う。ギリギリだけど」
「ティームもうやってみたの?」
 その問いにティームはぐっと言葉を詰まらせた。プルックから転送してもらって、その足でトイレの個室に籠り速攻でやった。
 撮影者が興奮して手ブレを起こしているが、持ち前の動体視力をフルパワーで駆使して、見つめすぎてくっついて見える錯覚に負けるもんかと歯を食いしばり、真実を検証した結果くっついていなかった。
 ティームの沈黙を肯定と捉えたパームは、花が綻ぶようににっこりと笑った。
「じゃあ大丈夫」
 親友の笑顔にティームもホッとして、口元を緩めて笑い返した。親友の生まれてこのかたずっと探し続けていた運命の人に対して、あの人が粗相をしていたとなっては申し訳がなさすぎる。例えゲームでも。
 パームもこう見えて自分の所有の主張は弱くない。何もなくて本当に良かった。
 ティームは手早くパームとの個別のメッセージ画面に動画を転送した。
 パームはどこかで言及するのかな?
 さて自分はどうしよう。
 画面に映っていた身に覚えのある仕草の数々に、ティームの中の溶岩が静かにぼこりと沸騰した。
 あんな大勢の前で晒して。
 まだ一つに括れないくらいの短髪の金髪が耳にかかっている様子は、夜に部屋でちょんまげを解いている様を思い出させた。
「ごめん、お待たせ!」
 そこにマナウがパタパタと駆け寄ってきた。
 綺麗にお化粧直しされた彼女に二人で首を横に振る。ニコニコと満面に笑みのマナウの手にはコンビニの袋がぶら下がっていた。
「ねぇねぇ! 今日って何の日か知ってた?」
「十三日の金曜日。ジェイソンか?」
「ティーム……言うと思った」
「なに? 教えてよ」
 パームがマナウに感染してニコニコと彼女を見上げる。
 マナウは思わせぶりに口でドラムロールの音を真似てコンビニの袋をゴソゴソすると、ティームとパームの前に赤と黒の特徴的なパッケージのお菓子の箱を掲げた。
「じゃーん! ポッキーの日を過ぎてワゴンセールしているお菓子が安く買える日でした! 二人の分も一箱ずつあるわよ。どうぞ」
 何というタイミング。風向きが読めるのか。
 ティームは我が親友ながらその勘を心の中で称賛した。奇しくももうすぐあの二人も合流しにくるお昼休みだ。
 ティームとパームはマナウから箱を受け取りお互い顔を見合わすと、共謀の意思をその目の中に確認し小さく笑い合った。



 先攻はパームだった。
「ディーン先輩とウィン先輩、これを見て何か僕達に言わなければならないはありませんか?」
 食べ終えて団欒も一区切りついたところで、さりげなく鞄から箱を取り出し口元に掲げてディーンに向き合った。
 ディーンだけじゃなく二人を連名で呼ぶあたりに含みがあり、聡い二人はパームの意図を読み取った。
 パームは箱の上から目だけを覗かせて、その目は強過ぎないが誤魔化すことは一切できない光でもってディーンを無言で見つめていた。
 ディーンは穏やかに笑おうとした口元を上げ損ねた状態で固まっている。
 平常時なら二人をすかさず茶化すはずの高い掠れ声は勿論聞こえて来ず、ティームはゆっくりと隣に座る男の耳元に口を寄せた。
 マナウとデルがディーンの機能が停止している様子に目を奪われているうちに、こちらもこっそり刺さなければいけないことがある。
「なんで先輩がおととい何も仕掛けて来なかったか分かったよ。プルック先輩って良い先輩だよね」
「ティーム、お前……
「パームも見たよ」
 くっきりした二重のアーモンド型の目が苦々しくすがめられる。それを面白そうに見返しながらティームは素早くウィンから離れた。
 十九歳のウィンとディーンの映像はその夜、二十一歳の彼らのあの手この手を余すことなく駆使されて、ティームとパームのセルフォンから抹消された。だが彼らは知らない。クラウドに保存された後だったことを。
しぶとく残る歴史は、暫くの間、密かに何回も再生されることとなった。