Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
タロ文庫の作品置き場
2025-05-06 23:37:55
3484文字
Public
作品
人伝いの効果効能
2020-12-21
更衣室の椅子に座り、さて日誌でも書こうかといつも机に置いてあるペンをノックしていると、腰にバスタオルを巻いた後輩がヨロヨロと歩いてきた。
「お疲れ様」
「おづがれざまでず」
見上げて笑いかけると声を出すのもしんどいとばかりに力なく頷いてそのまま部屋の真ん中に置いてあるベンチにどっかりと寝転がる。あぁああーと腹の底から声を出して、だらしなく腕と足が伸びていて、シャワーを浴びたばかりの白い肌はほこほことしていた。
最近はハードなメニューにも随分とくらいつけるようになってきていたが、今日はその慢心を副部長に目をつけられたのか徹底的にしごかれていた。プルックは思い出し笑いをしながら眼鏡のブリッジを押し上げた。
身体の向きを机に戻し、開いた日誌に日付と今日の全体メニューを記入する。
「先輩、ちょっと良いですか?」
「なんだい?」
選抜メンバーの名前とそれぞれのメニューを前日のページを見て書き写しながら、背中にあたるティームの声を聞く。
「おれの友達の話なんですけどね」
「うん」
「おれの友達、いま恋人となかなか会えないみたいで寂しいらしいんですよ。でもその原因が友達にあって、自分のやりたいことで忙しくて平日も疲れて寝ちゃってメールも電話も出来なくて、休日もやりたいことでスケジュールが埋まっちゃってなかなか会えないみたいで」
「うんうん」
「でもそれは前からやりたかった事だったし、実際めちゃくちゃ楽しいらしくて時間が経つのも忘れちゃうみたいで」
「うんうん」
プルックは頷きながら、頭の中ではっきりと映像が浮かんできて笑ってしまう。
ポジティブな感情が全部出る笑顔と気持ちに連動して動く手足の動きが、可愛くてずっと見ていたい。
「だから罪悪感というか、恋人を放ったらかしにしすぎて嫌われちゃうんじゃないかって心配してるんですよね。友達の彼氏はとても優しくて電話やメールが出来ないこともなかなか会えないことも、良いよって許してくれるみたいで、君の好きなことに打ち込んでって言われて嬉しかったけど
……
なんか寂しかったみたいで」
「そうなんだ」
「先輩が相手ならどうします?」
ティームはいつの間にか身体を起こしてこちらに向かって座っていた。プルックは日誌の残りを事務的に簡潔に埋めてからペンを机に置いて、半身を捻ってティームを振り返る。
さっきまで疲労困憊でげっそりしていたのに、今は少し真面目な面持ちで黒目をひたりとプルックに向けている。まだあどけなさが抜けないベビーフェイスの中でその黒目はたまにとても雄弁にティームの感情を覗かせた。
やんちゃで悪ふざけをする事が多い後輩の目は、今は友達とその揺れている気持ちを慮っていてプルックが適当に流そうものなら噛みつくぞと言わんばかりに強い。
プルックは穏やかな笑みをたたえたままティームに言った。
「俺がティームの友達の恋人なら」
「え? あ、はい」
「自分の好きな人がそんな状態だと教えてもらったことにお礼を言って、少しだけ時間を作ってもらって、ドライブに連れ出すかな。メールや電話もいいけれど最近なかなか会えてないならやっぱり直接会って、少しの時間でも顔を見て会話がしたいな。どうせなら日常から飛び出して、普段見ない風景や空気を吸わせてあげてリフレッシュさせてあげたい」
「ふんふん」
「もちろん忙しいだろうしやりたいことに没頭したいと思うけど、その集中の妨げになるなら、一度さらってでもそこから連れ出すなぁ。俺はいつでもここにいるよ、安心してねって」
「なるほどー」
ティームが手で腰元を探り、自分がまだ半裸の状態であることに気づいた。立ち上がり、自分のロッカーを漁る。
「プルック先輩すみません。メモるからもう一回言って」
セルフォンを両手に掴み振り返るティームに、プルックは水泳部のジャージから自分のセルフォンを取り出してティームに向かって振って見せた。
「大丈夫。自分で伝えるよ。ありがとうな、ティーム」
そろそろ頃合いだとも思っていた。何事にも全力で取り組む彼女はとても魅力的だけど、二人だけの時に自分だけに向けてくれるリラックスしたキュートな姿を見たかった。
「ティーム、友達に伝えておいて。寂しくさせてごめんねって」
「
……
そこは伝言なんですね」
その場で素早くデートの誘いのメッセージを送りティームにもう一度笑いかけると、彼は少しだけくすぐったそうに唇をきゅっと突き出して頷いた。
さっきまで勝気な騎士気取りをしていた黒目は、好奇心と揶揄いの色を含ませてジト目を細めてこちらを見ている。
その表情の作り方に、プルックは見覚えがあった。入部当初からなにかと絡んでつるんで一緒にいるせいで悪影響がうつっている。プルックは常識とやんちゃが絶妙なバランスで共存している金髪の後輩を思い浮かべて、朱に交わってきたなと思った。
「そうそう、ティーム」
「なんですか?」
「俺の友達の話なんだけど聞いてくれるか?」
ティームがセルフォンを一旦鞄にしまい、中から取り出したタオルで髪を拭いている。その白い背中に今度はプルックが声をかけた。
「俺の友達がデートに使う店のネタが尽きたらしくてさ、普段はそんなことないのにどうしたって訊いたら選ぶ店に相手がどうも不満があるみたいなんだ。あ
……
いや、不満じゃないか。不安かな? どうもかしこまっちゃうみたいで」
「へぇ」
「それで俺に安くて美味しくて腹いっぱい食べられる店を知らないかって訊いてきたんだ。聞くところによるとホテルの最上階のレストランより大衆食堂や屋台の方がのびのびと食べてくれるみたいで」
「あー、あー、そう、なんですね」
「いっぱい食べてるところが可愛いんだってさ。だから気兼ねなく安心して食べて欲しいらしい。お洒落な店じゃなくていいって言うからオススメのラーメン屋さんを教えたよ。学生証を見せたら餃子と半チャーハンもおまけしてくれるってね」
「
……
ふーん」
ティームは背を向けているのでどんな表情をしているかわからないが、髪を拭いていた手が止まった。プルックは次にどんな反応をするか、そのティームの背中を見つめていると、目と鼻の先ににゅっと黒い翼の先端が入ってきた。
「いつまでそんな格好してんだ、お前は。随分前にシャワー終わってたろう」
その翼の持ち主は言い終わると同時にティームに向かって自分を拭いていたバスタオルを投げつけた。
少し俯きがちにいたティームの上半身がすっぽり隠れて、反応が遅れたティームがその中でジタバタともがいている。
「だから、いま着替えてるじゃないか」
ぷはっと顔を出したティームがバスタオルを丸めて斜め横にやってきたウィンに投げ返す。早々に制服のシャツを羽織るティームに片方の口端だけ持ち上げて笑ってからウィンはプルックをチラッと見た。
プルックは肩を竦めてウィンの微かな威嚇を流すと、机に向き直り日誌を引き出しにしまう。
やれやれ、自分たちを何部だと思ってるんだ。もうずっと水着一枚で長い時間過ごしているのに、たまにどうしても嫌な時があるんだなとプルックは笑いを口の中で噛み殺した。
「ティームさっきの話、ちょっと訂正するよ」
「なんでしょう?」
「俺の友達の話じゃなくて、俺の可愛い後輩の話だった」
「
……
可愛いですかね」
机の周りの整理がついたのでウィンの近くにある自分のロッカーへリュックを取りに行った。ウィンが眉を寄せて自分とティームを行ったり来たり見ている。それを見てプルックは可愛いよな二人ともと心で呟きロッカーを閉めて先に帰ることにした。
「何の話だ?」
案の定ウィンが訝しげにティームに問う。下も着替えて輪っかの状態のままにしているネクタイを首にかけながら、こちらはもごもごと口を動かしていた。
「何でもない。プルック先輩お疲れ様でした」
「うん。二人も早く帰れよ」
「先輩お疲れ様。で、何でもないってなんだよ」
「しつこいよ。ウィン先輩もいつまでパンツ一枚なの。早く着替えてご飯食べに行こう」
なんだかとってもラーメンが食べたい気分だな、餃子とチャーハンも、というティームの声を聞いてプルックは更衣室の扉を閉めた。
ジャージのポケットの中でセルフォンが震えて、画面を確認するともう一人の、いや、この世で一番可愛い人からのメッセージが入っている。
ポップアップを見ただけで心が踊ってしまい、プルックは足早に駐車場に向かいながら電話をかけた。
広告非表示プランのご案内