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タロ文庫の作品置き場
2025-05-06 23:35:48
3135文字
Public
作品
ホットミルクの惨敗
2020-12-21
合鍵を持っているのに毎回面倒くさがってウィンがドアを開けて出迎えてくれるのを待つティームは、その日初めてその習慣を後悔した。
「おかえ、」
バンッ
おろされた金髪の頭が何か言いかけていた気がしたが構わずドアを思い切り引っ張って閉めて、今見たものを視界から遮断する。ティームは俯き、両方の目頭を強く揉んだ。
明日提出の課題で必要な資料が古くて、印字が掠れて読みづらかった。目を酷使しすぎて疲れているんだな。
ティームはゆっくり深呼吸をしてから今一度ウィンの部屋のドアノブを回し部屋に入ると、すぐ目の前にウィンが柳眉を盛大に顰めて立っていた。
寝る前のいつもの格好。しどけなく解かれた金髪を片方耳にかけて、しなやかな肩のラインを晒し、細身のくせにちゃんと張ってる胸筋は
……
今は黒いエプロンに包まれている。
「お前、今の態度はなんだよ」
「なんだよはこっちのセリフだよ」
スニーカーをいつもの定位置に脱ぎ捨てながらティームは顔を盛大に歪めてウィンの格好を上から下からメンチを切るように眺めた。
そんなティームを鼻で笑って、ウィンは首に引っ掛けただけの状態の黒いエプロンの端をぴらりと捲ってみせる。
「残念だったな。下は穿いてるんだよ」
「なんでエプロンなんか付けてんの?」
残念とか微塵も思っていない。
エプロンを付けてること以外は時間帯的にその格好でおかしくはないのだが、だからこそ何故こんな夜更けにエプロンを付けているのか。
訝しげにジロジロと睨みながらティームがクローゼットの脇にリュックを放り、いつものようにベッドにその身をダイブさせた。首からネクタイを輪っかのまま外してくるりと丸めてスラックスのポケットに突っ込む。
今日は本当に疲れているのだ。
最高の睡眠環境がティームの疲労を吸い取って、その身をズブズブとベッドに沈み込ませていく。
「これは火傷防止」
「やけど?」
ティームの訊き返す声に重なって電子レンジの終了音がした。
ウィンがキッチンの洗い場の上に備え付けられているレンジの庫内からマグカップを取り出す。ティースプーンなどこの部屋にはないので普段食事時に使っている通常サイズのスプーンでカップ内をかき混ぜて温度を馴染ませると、テーブルにことりと置いた。
「前にレンジから出すときに扉にぶつけて、汁物かぶった時があって」
「いー、熱そう」
「避けたけどな。それからは服着てやるようにはしてたんだけど、そこにお前が丁度いいのを置いていったから、これで良いかと思ってな」
腰の紐は結んでおらず、ぴらぴらと端を持ってはためかせる。
ティームはそれをベッドの上から目だけで追っていたが、さっきからはためくエプロンの隙間から腰元の黒い炎の先端が白い肌とともにチラチラ見え隠れしていて、非常に心をざわつかせていた。
あんな先っちょ、普段からスウェットを腰で穿いているんだからずっと見えてるし、競泳用の水着からだって出ている範囲だし、おかしい露出じゃないのに。普段見慣れないアイテムが一つ追加されるだけでこうも見える光景が違うのか。
疲れているせいでムラムラする。
「いつまで寝そべってんだ。ホットミルク出来たから飲め」
「ありがとう」
ウィンが寝転がっているティームの足首を揺らす。帰り際にメッセージで、冷房に当たりすぎてしんどい、頭がパンクしそうなほど疲れたなどと送っていたからか、きっとウィンは最初からティームに鎮静効果もある温かい飲み物を用意する気でいてくれたんだろう。
相変わらずの気配りに先程とは違う意味で心にぽわっと火が灯り、ティームは起き上がると用意されたマグカップの前に座って両手で包み込んだ。
「コーヒーよりはいいだろ」
「うん。コーヒーはさっき飲みまくったから」
カフェインの力で乗り切ったティームの心身はまだ刺激でギザギザしていて、ふんわりとした優しい匂いのする湯気に鼻先を突っ込んでゆっくり内側を宥めていく。
ウィンはティームが来るまでの間に何か飲み食いしていたのか、ティームがコクコクと飲み始めるとシンクで洗い物を始めた。
「先輩、洗い物するなら紐は結んだ方が邪魔じゃないよ」
「んー」
この前、この部屋で初めてエプロンをした時に最初に面倒くさがって首から引っ掛けただけでやろうとしたら垂れ下がって逆にやり辛くなったのを思い出した。後ろで適当に結んだ事から、その後にそれが原因で大変なことになったところまで思い出してしまう。
ティームは一人で無駄に咳払いをし、大きくマグカップをあおった。
生返事の割にウィンはいとも簡単にエプロンの紐を腰の後ろで結び、なんてことなくスポンジを洗剤で泡立てた。
ティームは綺麗にリボン結びにされた黒い紐をじっと見つめた。
本当に器用でムカつくな。
あの時もいくら引っ張っても解けなかったティームのエプロンの紐はあっさりほぐされて、朝のネクタイも颯爽と結ばれた。
カップの縁を前歯で齧りながらティームはそのままウィンの背中の翼もじっくり眺める。翼も綺麗に左右対称、スウェットを穿いている長い足も、裾が捲れて露わになってい浮き出た腱やくるぶしも、金髪の丸い頭も、綺麗。
首にかけられてる黒い紐と腰のくびれにゆったり巻かれている翼と同じ左右対称のリボンがウィンの動きに合わせて小さく揺れているのを見て、ティームはホットミルクをガブガブと飲んだ。
頑張れホットミルク。鎮静効果をはやく発揮してくれ。
カフェイン以上の刺激が視覚から入ってくる。ティームは目をつぶってやり過ごそうとした。
負けるなホットミルク。
最後の一滴を飲み干して、ほっと息をついて目を開けると、シンクの縁に手をついて顔だけこちらに向けてニヤニヤと笑っているウィンと目が合った。
上がっている肩の丸みの向こうから意味深な視線を投げかけられる。
ティームはグッと奥歯を噛んで堪えた。
なにその顔。なにそのポーズ。
「なんだよ」
「飲み終わったならカップ寄越せよ。ついでに洗うから」
クイクイと手を差し出されて指を曲げられる。ティームは雑に立ち上がって大股でキッチンの入り口に向かい、その手にマグカップを乗せた。
「ごちそうさま!」
口に笑みを浮かべたままのウィンが手早くマグカップを洗う。マグカップひとつだけだからすぐに濯がれて水切りかごに乗せられる。その間ティームは入り口の壁に寄りかかって腕のタトゥーや脇腹の肌を見ていた。
「ウィン先輩、もう脱げよ」
ウィンの洗い方なら水跳ねも少ないしもう火傷の心配もないんだからいつまでもその素肌をエプロンで覆う必要はないんじゃないか。
手についた水をタオルで拭いていたウィンはその言葉にくるりと振り返りティームと向かい合った。
ニヤニヤしたチシャ猫のような笑いは今や顔中に広がっていて、キッチンの照明で目が面白そうにキラキラ輝いていた。
「なんだ、お前だって好きじゃないか」
「は?」
「俺はお前だったら見せてやらないこともないぞ」
ティームが眉を顰めるとウィンはそのふくふくの頬を一回軽く摘んで、同じ右手で徐にスウェットの履き口を少し引き下げた。
いつもなら鼠蹊部の黒い炎がお目見えしているずらし方に、だが今はその腰は同じくらい黒いエプロンの布で覆われていて全くチラリとも見えない。
ティームはスッと目が据わっていくのが分かった。
自分の中の疲れて荒れたギザギザもウィンとエプロンで翻弄されたムラムラも、ゲージが急上昇している。
「エプロンを! 脱げって! 言ったんだ!」
こうしてホットミルクは惨敗した。
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