みすみ
2025-05-06 23:32:56
2535文字
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あなたに微笑む

成長if伏乱

「本当に伏木蔵は昔から甘え上手だよねぇ」
 辺りはすっかり暗くなっていたが、月が明るい夜だった。実習や任務であれば厄介な月明かりも今日に限っては悪くない。普段は日陰を求める伏木蔵も、彼――乱太郎とふたりきりであればなおのこと満更でもなかった。月のおかげで乱太郎の姿がよく見える。
 薬草採取の帰りに馴染みの山の頂に寄った伏木蔵と乱太郎は、満開の桜の下に並んで腰を下ろした。薬草でいっぱいになった背負籠を慎重に横に置きほっとひと息つくと、あと数日もすれば始まる新学期について不安と期待をこぼす。「六年生の授業や実習にちゃんとついていけるかしら……」と乱太郎が吐露する途中で伏木蔵がいつも医務室でするように「乱太郎、ひざをかして」と強請ると、なぜか乱太郎は一瞬だけ呆け、そして感心と甘さが混ざった笑みを浮かべて「本当に伏木蔵は昔から甘え上手だよねぇ」と口にしたのだった。
「甘え上手さん、私のひざでよかったらいくらでもどうぞ」
 乱太郎が伏木蔵にだけ時々向ける特別な揶揄いと優しさをたっぷり含んだ呼びかけに、むっと唇を尖らせる。その尖った唇を見て、乱太郎はより笑みを深めた。
 まだふたりが一年生だった頃、「曲者だよ」と頻繁に医務室に現れていた昆奈門のひざの上に座り、竹とんぼや昆奈門が持参する手土産を片手にご機嫌だった伏木蔵の姿を思い出しているのだろう。乱太郎はにこにこと笑っている。他意はないことはわかっていたが、五年も前のことをまるでいま起こったことのように微笑ましいと表情で示されると、伏木蔵もさすがに恥ずかしかった。
 だってこなもんさんのそばは、スリルとサスペンスに満ちていたんだもの。
「乱太郎も甘え上手だよ」
「私が?」
 乱太郎からの無言の指摘は恥ずかしかったが、それとこれとは話が別である。むざむざと好機を逃すほど伏木蔵は愚かではない。許可が下りたので遠慮なく乱太郎のひざの上に頭をのせて、身体を横にした。伏木蔵が下から見上げると、桜を背にした乱太郎は「そうかなぁ」とおっとりと首をかしげている。
 今日の目的である薬草採取を無事に終えた時、夜桜を見て帰らないかと誘ったのは乱太郎のほうだった。
 無事に六年生に進級したふたりは、春の風が吹き始めたことと医務室の薬の在庫を確認して、保健委員の最高学年として新学期が始まる前に少し遠くまで足を延ばし薬草を採取しに行くことにした。多少の不運はあったが、一年生の時からつきものだったそれらにすっかり慣れてしまったふたりは難なく目的を達成することができた。あとは日付けが変わるまでに忍術学園に戻るだけだった。
「ねえ、伏木蔵。せっかくここまで来たんだから、少しお花見をしていかない?」
 夕日が沈む様子をぼんやりと眺めながら、そう言って乱太郎はやはりおっとりと首をかしげたのだった。
 外泊届けは提出していなかった。六年生になったふたりの足であれば日を跨ぐことなく帰ることができる距離だったからだ。誘いに対して考える仕草をした伏木蔵に、乱太郎は「少しだけだよ。日付けが変わるまでには間に合うから。お願い」と伏木蔵の手をとった。あれで甘え上手ではないのであれば、なんなのだろう。自覚が薄いのも考えものだ。
 学園を卒業していった大好きな保健委員の先輩たちにふたりそろって甘やかされたからだろうか?
 医務室で、みんなで並んで包帯を巻いた日々。薬草を採取するためにそろって出かけると、必ず誰かが(あるいは全員が)落とし穴に落ちるか、山賊や熊や猪に遭遇するか、雨に降られるかしたものだった。
 昔から優しくてやたらと心配性な先輩たちからは、いまでも季節の節目に文や珍しい薬草が届く。卒業してそれぞれの道を歩む彼らと会うことは難しかったが、卒業してもなお伏木蔵と乱太郎を気にかけてくれる彼らの存在は、間違いなくふたりにとって心の支えだった。
 いまの保健委員は、奇しくも伏木蔵と乱太郎が一年生だった時とほとんど同じ構成だった。一年生はふたり入る予定だと聞いている。二年生と三年生はそれぞれひとり。六年生が伏木蔵と乱太郎のふたりであることだけが違う。
 保健委員長は、もちろん乱太郎だ。一年生の時から伏木蔵はそうなるだろうと思っていた。ずっとずっと、乱太郎が委員長になる日が待ち遠しかった。園田村では当時の委員長であった伊作に保健委員長代理を任され、まだ一年生だったにもかかわらず怪我人たちを前に臆することなく手当てをしていた頼もしい背中が懐かしい。
 しかしあの時委員長代理を任されていなかったとしても、そばで乱太郎を見ていた伏木蔵はそうなるだろうと確信を持っていた自信がある。園田村で昆奈門を前にした時、庇うように伏木蔵と乱太郎を抱き寄せてくれた伊作。伊作が昆奈門を追うためにふたりから離れても、乱太郎は伏木蔵の手を包むようにぎゅっと握ってくれていた。彼はどんな時も変わらずに勇敢で、優しかったから。
「きれいだねぇ」
 桜を見上げた乱太郎の声に釣られて、伏木蔵も桜に視線を移した。
 いつもひとに囲まれている眩しい彼を、わずかな時間でも独り占めしていることがうれしくて。うれしさが、いつもは隠している伏木蔵の欲をそっと暴く。
「乱太郎、来年もふたりでお花見してくれる?」
 一年後、学園を卒業したふたりがどうなっているのかはわからない。大人になるまでの猶予期間もあと少しで終わってしまう。
 帰りたくないなぁと思う。時間が止まってしまえばいいのに。このまま彼を独り占めしていたいなぁ、と。
 昔よりも大きくなった手で乱太郎の頬に散る星のようなそばかすを撫でた。こちらが心配になるほど無防備で、だからこそ相手の心を開かせる、甘え上手で甘やかし上手な保健委員長は「来年はお団子を包んでこようね」と、いつのまにか伏木蔵の頬についていたらしい桜の花弁を摘む。
 約束は守られるためにあると固く信じている彼のことだ。きっとどこにいても、伏木蔵の手をとってくれるに違いない。
 帰りたくない気持ちは変わらないままに、乱太郎のたったひと言で伏木蔵は一年後が楽しみになってしまった。
 月よりも桜よりも、彼が明るく見える夜に。