ふっと息を吐いたライトさんが手を伸ばした箱はカタンと軽い音を立てたあと何の音もしなくなった。一瞬だけ眉を寄せた彼が分かりやすく箱を振って空になったことを教えてくれるから、へとへとのまま今日はこれで最後なんだと少し寂しくなった。汗をかいていて手が滑るのか結局犬歯で真四角の袋の端を噛み切る姿にも、ドキドキしすぎて思わず目元を押さえてしまったのが――数日前のこと。
「ね、ねぇ……Fairy?」
「はい、マスター」
「今から聞くこと……というか調べて欲しいってお願いすることなんだけど、絶対お兄ちゃんには内緒にして」
「以降、検索事項の助手二号へ情報の漏洩を禁止」
「絶対だからね! 家族仲にも関わるし、電気代だってなしになるかもしれないから!」
「かしこまりました」
淡々としているように見えて随分めちゃくちゃなことも言う妖精を本当に頼りにしないといけないのか。自分の検索技術でなんとかなるんじゃないか。ギリギリまで自問自答で迷った結果、インターノットの膨大な海からお目当ての情報である一粒のお宝を見つけることにおいてFairy以上に頼りになる存在もいないとなれば頼ってしまった方が確実だと思った。だから、お兄ちゃんが出掛けた時間を見計らって堅く口止めもしつつ問い掛けるために限界まで絞った声を出した。
「男の人がつける平均的なゴムのサイズを調べて欲しいの」
「…………検索条件は平均で間違いありませんか」
「えっ」
「エージェント・ライトのプロフィール及び録画データを参照します。身長185cm、大柄な成人男性複数名その他エーテリアスを腕または足で薙ぎ倒す近接ファイター……他、登録データを検証。結果として検索条件の変更を提案します」
音声以外にも、画面上にはライトさんの情報が流れていて唖然とする私に機械の声はもう一度「検索条件の変更」を提案してきた。つまり、Fairyの計算では私の知りたいことの答えに「平均」は当て嵌らないらしい。
確かに、私の恋人は一般的な男の人より身長も体格もある。そして、何よりも……経験として彼のことをよく知っている体が数日前を思い出したのか遅れてぶわっと熱くなった。
「つ、つ、つまり調べても仕方ないってこと?」
「はい」
「どどど、どうしよう!?」
「本人へ直接尋ねる。または、平均的なサイズの購入を検討を推奨します」
「尋ねる!?」
「マスター、エージェント・ライトの連絡先を表示しますか?」
「し、しなくていいから!」
大慌てで左右に手を振って提案を拒否してから机に突っ伏した。そして、わざわざ表示されなくてもスマホの一番上にあるDMを開いて、閉じてを繰り返す。
――別にゴムを買っておいて欲しいなんて頼まれてないしなぁ。
いつもはいつ無くなったのかすらあまり知らないソレの無くなったタイミングが珍しく分かってしまったから気になって。買っておいたら彼が喜ぶのか気になってしまった。
「私もちゃんと好きって伝わる感じがするじゃん……」
用意してもらってばかりが申し訳ないというよりも、私もちゃんと楽しみにしてるとライトさんにきちんと伝わって欲しいから任せてばかりじゃなくて自分で用意したい。それなのに、上手くいきそうにない作戦がもどかしくて胸の辺りがモヤモヤしてしまう。テーブルに伏せて動かなくなった私をしばらく放って置いてくれたFairyが不意に「マスター」と私を呼んだ。その声に顔を上げて画面を見ればルミナスクエアの見慣れたパーキングの映像が映し出されている。そして、そこには座席の白と名前の白がはっきり映ったバイクが置いてあって、隅の時刻は今現在を表していた。
「ライトさん……?」
「DMの送信を提案」
「……」
「恋人同士のコミュニケーションの必要性について、該当記事を読み上げますか?」
「ううん、大丈夫。ありがとうね、Fairy」
今なら会えるはずだから、きちんと話をしろ。そう言いたいらしい優秀な助手が映る画面を指先でツンと突っつけば、光る画面が二、三回点滅した後にプツンと切れた。立派に世話を焼いてくれた妖精へ手を振ってから二階へ上がりライトさんへ「うちで会える?」とメッセージを送れば「いいぜ」とだけ返ってきて、胸のモヤモヤはそわそわと浮ついた物に入れ替わる。
その気持ちを抱えたまま暫く待てば、18ちゃんが通してくれたのか階段を上る重いブーツの音が聞こえる。そして、軽いノックの音に部屋のドアを開ければ色の濃いサングラスがじっと私を見下ろしていた。
「待たせたか?」
「早すぎるくらいだよ」
グローブを着けた手を引いて部屋へ招けば、隣同士でソファに座ったライトさんは間を置くこともなくするりと私の両頬に手のひらで触れた。グラスの向こうから真っ直ぐ覗き込んでくる目には心配の色が乗っている。
「何があった?」
「えっと……その、大したことじゃないんだけど」
「あんたの大したことじゃない、ってのは鵜呑みにしないようにしてるんでね」
「ふふっ、信用ないなぁ」
大したことじゃない、大丈夫だから……そんな風に言いながら色んなことへ首を突っ込む私に肝を冷やし続けている彼に抱き着けばポンポンと頭を撫でられた。でも、面と向かってる聞くには恥ずかしい質問をどうやって聞けばいいか分からなくて首を捻っていると、不意に私を抱き上げた彼は長い足でソファの後ろにある柵を跨いで、ベッドへストンと座った。彼の足と足の間に座って広い胸へ背中を凭れされたまま口をもごもごさせる私が話し始めるのを待っているのか、長い指がゆっくりと髪を梳いていく。
「なんでも話してくれ、ってのはお互い難しいだろうから言いはしない。ただ、今のあんたが抱えてるもんは問いただしてもいい気がしてな」
「さっすがライトさん。なんで私のことなのに分かるんだろう」
「……リンに惚れて長いからだ」
後ろから擦り寄せられる頬がもちもちして柔らかいことを知っている人はきっと多くない。こんな風に、私を大切に思ってくれているライトさんなら……私が少し恥ずかしいことでから回ってしまったことを告白しても馬鹿にして笑ったり、怒ったりはしないはず。
だから、ほんの少し体を捻って彼を見上げながら小声で悩みの原因を打ち明けた。
「ゴム……買おうかなって思ったんだけど……色々分からなくて無理だったってだけだよ」
「……」
ぽかんと困惑した顔。目を丸くして驚く彼を小さく笑うと、ハッとしたように動いた手が私をくるりと回して正面から向かい合わせにした。そして、両肩へ手を置いたライトさんは俯いたままゆっくり首を左右に振る。
「悪い、よく聞こえなかったんだが。あんた何を……買おうとしたって?」
「ゴム。コンド……」
「分かった、よく聞こえた」
私の言葉を遮った彼が俯いていた顔をゆっくり上げると、ズレたサングラスの隙間から覗いた強い色の目に真っ直ぐ射抜かれた。
「俺は随分愛されていたらしい」
「そうだけど、なんか目が怖いなぁ……?」
「嬉しいよ」
――何も知らないあんたに一から百まで俺が教えてやれる。
低く囁く声とぴったり触れる唇に「あぁ、マズイ」と思っても既に手遅れだった。でも……もしも、Fairyに聞いたり自分で勝手に解決していたらもっと手遅れだったかも。
そんな風に思いながら経験として覚えたアルファベットを手間をかけた分の報告として賢い妖精にも伝えれば「登録データへ追加しますか?」なんて聞かれたから効きもしないのにモニターをペチンと指で弾いてしまった。
「マスター、痛いです」
「ダウト!」
「データへの追加も痛覚もジョークの一種です。推奨、健気に助手二号へ情報の漏洩をしなかった優秀なアシスタントを撫で褒めること」
「はいはい、ありがとう」
「エージェント・ライトとの扱いの差を検知。もっと、対象への手つきと同様に愛情を込め……」
「あー! あー! 聞こえないなぁ!」
わぁわぁと騒ぐ昼下がりの工房。そこへライトさんが顔を出してFairyが私が下手な回り道をしようとした。と余計な情報を彼の耳に入れて「助手二号以外への口止めはされていません」と悪びれることも無く言うまであと数時間。いい笑顔の恋人に「そんなに気になるなら次はあんたが好きなのを選んでくれ……もう全部分かるだろ?」と悪魔みたいな含みのある提案をされるのもあと数時間後。
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