みすみ
2025-05-06 23:28:04
2423文字
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光暈に焦がれる

最初で最後の片想いをしている両片想い雑伊

「僕に対して自分のことをただの人間にしてくれたと思っているくせに、あなたは僕のことを神格化するんですね」
 夢だ、と昆奈門にはすぐにわかった。彼はこんなことを言わない。言うわけがない。
 同時に、ぎくりとした。紛れもなく、図星だったからだ。
 うっ、と。わざとらしく胸を押さえる真似をした昆奈門に、夢の中の彼はなんの衒いもなく笑う。にっこりと。合戦場で昆奈門を助けた時の清廉で高潔で相手を安心させる微笑みとは違う、年相応な忍者のたまごらしい無邪気で柔らかな笑顔だった。
 夢の中でも、彼の声は昆奈門の耳に真っ直ぐに届いた。
「僕もただの人間ですよ、雑渡さん」
 ああ、知っている。知っているとも。


        *


 任務を終えて部下を先に帰らせた昆奈門がふと気まぐれに大きな穴を覗きこむと、ちょうど頭上を見上げた彼と目が合った。
 きょとんとしていた彼――善法寺伊作は、逆光で穴を覗きこんだものの正体がすぐにはわからなかったらしい。目が慣れてその正体が昆奈門だと認識するとパッと表情を明るくした。「雑渡さん!」と名前を呼び、「こんにちは、なんだかお久しぶりですね」とていねいに挨拶をする。
 お前……、と心の中で呟きながら、昆奈門も「こんにちは、伊作くん。偶然だね、こんなところで会うなんて」と返してやる。昆奈門の言葉を受けて自分の置かれている状況を思い出した様子の伊作は、穴の中で苦笑した。
 ――こちらへ。さあ、傷の具合を診ましょう。
 初めて出会った時も、伊作はいまのように白装束だった。懐かしく、眩しい白色。
 彼と初めて出会ったのは、合戦場だった。火薬のにおい、もたつく足、熱を持つ患部。不快だったすべてを、声をかけた昆奈門を振り返り見上げた彼のたったひと言が吹き飛ばした。周囲の音が、色が、一瞬だけ消えた。一瞬でじゅうぶんだった。たった一瞬で昆奈門は彼に心を奪われてしまった。たった一瞬で、白装束に身を包み敵味方関係なく手当てをしていた正体不明の少年は、昆奈門の心の壁を壊してみせたのだった。少年本人は、一切自覚のないままに。粉々に、バラバラに。
 それからひと月後に恩人である伊作と再会した昆奈門は、最初のうちは伊作の警戒心の薄さや楽観的でおっとりとした様子に面食らっていたが、すぐに慣れてしまった。こういう子なのだと受け入れてしまえば凡そ忍者に向いているとは思えない伊作のそばは不思議と居心地がよかったし、彼を見舞う不運に慌てふためきながらもへこたれずに対処する姿はどれだけ見ていても飽きることはなかった。呆れや心配の気持ちはもちろんあったが、こういう子だからこそ合戦場でも昆奈門を助けたのだろう、と妙に納得する気持ちもあった。
「ありがとうございます、雑渡さん。助かりました」
 昆奈門の手を借りて穴から抜け出した伊作は、やはりていねいに感謝の言葉を述べた。
「気をつけなさいね、六年生さん」
「はい。あとは忍術学園に帰るだけだったので、少し気を抜いてしまいました」
 照れくさそうにする伊作の白装束についた土や枯れ葉を払ってやりながら、昆奈門が「忍術学園まで送っていくよ」とすでに昆奈門の中では決定事項であることを伝えると、伊作は「えっ、そんな! 悪いです」と途端に慌て始めた。予想通りの反応を見せた伊作に、昆奈門は自然と口もとがゆるんでしまう。
「このまま伊作くんを置いて帰ったら、私は君が無事に忍術学園に帰ることができたのか心配でゆっくり休めやしないよ」
 遠慮している伊作を説き伏せることは昆奈門にとって難しいことではなかった。元来思いやりがあり寛大な上に、見た目からは想像できないほど豪胆で切り替えも早かった伊作は「……では、よろしくお願いします」と素直に頭を下げた。
 ふたりで並んで歩き出し空を見上げると、秋の空は高く、澄んでいた。そよそよと吹く風が雑渡を包む包帯を撫で、視界の端では伊作の頭巾が微かにはたはたと音をたてている。葉擦れの音と鳥の鳴き声と重なり合い、耳を楽しませた。
 昆奈門は伊作と並んで歩いているだけで穏やかな気持ちになる。そのたびに、正体を知ったいまでも、心底不思議な少年だと思った。
「伊作くんが心配なのも本当だけど、誰かと話したい気分だったんだ」
 昆奈門は「伊作くんと話したい」と言いたい気持ちを大人らしく抑えこみ、「誰かと話したい」という言葉を選んだ。
「僕にあなたの話し相手が務まるといいのですが」
「伊作くんがいいんだよ」
 抑えこんだそれは、伊作の萎縮した姿にすぐに撤回することになったけれど。
 伊作を前にすると、いつもこうだ。穏やかな気持ちになるだけではない。彼には不思議と、ひとの心をほどく力があった。
 昆奈門は伊作の城である忍術学園の医務室を思い浮かべる。学年の垣根を越えて仲のいいたまごたち。保健委員長である伊作は後輩たちにとても慕われていた。伊作も後輩たちがかわいくて仕方がないようだった。決して暇ではないタソガレドキ軍の忍組頭である昆奈門が、暇を見つけては手土産を用意して足繁く通うようになった場所。医務室の空気と、伊作が纏う空気はよく似ている。
「君にとっては不運だったかもしれないけど、君が今日あの穴に落ちていたのは私にとっては幸運だった」
 早くまた会いたいと思っていたから。
 伊作はくすぐったそうに目を細め、隣の昆奈門を見上げた。
「いいえ、雑渡さん。僕にとっても幸運でした。あなたに見つけてもらって、助けてもらって……。こうして並んで歩く時間が訪れたんですから」
 目を細めた伊作の表情に猫のようだなとひそかに和んでいた昆奈門が不意打ちを食らったことは、言うまでもないだろう。
「忍術学園まで短い時間ですけど、たくさんお話しましょうね、雑渡さん」
……うん」
 昆奈門の恩人は、出会った時から昆奈門を驚かせるのがいっとう上手いのだ。