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タロ文庫の作品置き場
2025-05-06 23:17:40
4376文字
Public
作品
オプションはいらない
2020-09-27
今日も暑い日差しが照りつけた午前中が終わり、いつもの経済学部の食堂にいつもの一年生四人で集まっていつも通り二人の先輩を待つ間、ティームは先ほどから視界にチラチラと入りこむマナウの動きが気になって仕方がなかった。
常にセルフォンで独自リサーチを欠かさない彼女だが今日はやたらといじっている。それもセルフォンの角度が垂直に近い。また自分とパームの写真でも撮っているのかとも思ったが、シャッター音もしなければパームが離席中でもその動作は変わらなかった。
半日ずっと見せつけられたセルフォンの背面がどこかで見たような気もして、ティームはランチプレートをテーブルに置いたタイミングで遂にマナウに声をかけた。
「なぁ、そのセルフォンカバーって
……
」
「そうなの! ティーム、よく気づいたわね」
ティームがまだ喋り終わる前にマナウはセルフォンを両手できゅっと握りしめて正面に座るティームをうるうるとした目で見上げた。
「彼とお揃いなの」
嬉しい気持ちが溢れかえっている声でマナウが笑う。
あぁ、なるほど。見覚えがあるはずだ。朝練の後のロッカーでセルフォンをいじっているプルックが同じものをつけていた。
よく気が付いたも何も、朝からずっと目の前にチラチラされていたら訊ねざるを得ない。
「可愛いデザインね。でもマナウ、全くお揃いにしたら部屋にいる時に間違えちゃうんじゃない?」
恋話の気配を察知したデルがいつもより高いトーンで隣のマナウに問う。
「そうなの。買った時は気づかなくて、いざ付けてみたら見分けがつかなくて。ロックやホーム画面を見たら区別つくかもと思って見てみたら、彼も私も同じ写真だったのよ! もうおかしくて笑っちゃったわ」
今は違う写真を設定したけどね、とマナウが笑う。一緒にいる時よりも心なしか大人びた笑顔な気がして、ティームは目の前の皿の鶏肉をフォークで突いてムズムズする気持ちを誤魔化した。
快活な彼女は恋人が出来てますます明るく綺麗になった。
「そういうデルも、見かけない時計してるけど
…
それってー」
気づいてもらえたことに満足したのかマナウがセルフォンをテーブルに置き、隣のデルの手首を指差す。ニコニコしながらカトラリーを持っていたデルが左腕を少し上げる。ティームも首を伸ばして見てみるが、もともとデルがどのような時計をつけていたか思い出せなかった。今彼女の手首に巻かれている時計が新しいものだという事もマナウに言われて初めて知った。
デルがはにかんで小さく頷く。
「向こうがしている時計と同じシリーズなの」
自分たちの手前、デルは彼の名前を口にしないものの嬉しそうに時計の文字盤を撫でた。マナウが声を出さずに悲鳴を上げてジタバタと手足を動かす。
「お揃いなのね! 似合ってるわよ、デル」
「ありがとう」
デルももともと清楚で可愛かったがますます澄んだ空気を運んできそうな笑顔をするようになった。
女子たちのきゃっきゃした華やかな空気を女の子らしいなと頷きながら見ていたティームだが、この二人はただの女子ではない事を次の瞬間に思い出した。
二人で向き合って笑い合っていた顔が同時にこちらを振り向いた。その眼力が、とても強い。真正面から受けていないティームでさえ少しビクついてしまったのだから、ターゲットのパームはそれはもう姿勢がピシッと伸びていた。
パームはパームで、ティームと同じようににこやかにガールズトークに耳を傾けていたのだ。顔から笑みが消え、こわばっている。
「それで、パームは」
「兄さんと何がお揃いなの?」
二人で示し合わせたかのように息がぴったりな問いかけに、パームの大きな目がキョロキョロと動く。既に何かを揃えて持っていることが前提で話が進んでいる。
「な、なに?」
「持ってるんでしょう? 出しなさい」
「持ってないよ」
「うそー!」
カツアゲか。
そういうティームも興味があるので、パームの肩をがっつり抱き込み加勢する。
「パーム、早めに白状した方が自分のためだぞ。もう少しでディーン先輩が来る。二人揃って皆の前で婚約会見みたいにされたいのか」
「ティーム!」
パームが腕の中で身をよじり肘で胸を小突いてきた。見上げてくる大きな目に一瞬だけ意味深な色が見えてティームはパッと腕を解放した。ティームに矛先を向けるぞと言っているようだったので、顔を逸らしてまたフォークで米を突く。
「本当に持ってないったら。普段からはつけられないよ。
……
家に、保管してある」
目の前の圧が強くて結局白状したパームは否定しているようで肯定していた。女子二人はその言葉を少し脳内で噛みしめてから、ぶわぁと感情を外に出した。
「持ってるじゃないの!」
「つけるって何? ネックレス? ブレスレット? え、まさか、指輪?!」
「もう言わない、絶対言わない!」
パームの顔が真っ赤になって、でも楽しそうに笑っている。毎度のことだが、どんなに揶揄われても、こちらが持っている根底にある祝福の気持ちをパームは大切に受け取ってくれる。自分たちと話すことでパームの中はディーンへの愛しい気持ちで暖かくなっているのが分かる。
ひとしきり四人で笑い合って波が去った後、ふと自分以外の目線がこちらを向いていることに気づいた。
やばい。
この時ばかりは、普段は呼んでないとか約束してないとか憎まれ口を叩いている相手の到着を心の底から望んだ。
速攻が得意なマナウではなくデルが口火を切る。
「前から思ってたんだけど、ティームって
……
」
「おーい」
ディーンと同じ遺伝子を持つデルに自分の勢いで誤魔化す手法がどれだけ通用するかを光速で頭に巡らせた時に、ティームの祈りが届いたのかウィンの間延びした声が聞こえた。
「ウィン先輩! こっちです!」
いつもにない俊敏さでティームがウィンとディーンに手を振る。案の定怪訝な顔をしたウィンと、パームを見て口元だけで微笑む通常運転のディーンがプレートをテーブルに置いてベンチを跨いで座った。ディーンがパームの隣に座ったので、ティームにとって斜めの一番遠くに座ったウィンに目線だけで感謝を伝える。
「お前たち待っててくれたのか? 食べていればよかったのに」
後輩の誰もが食事に手をつけていないことに素早く気づいたウィンが声をかける。マナウがパタパタと顔の前で手を振った。
「ちょっと恋バナで盛り上がっちゃって。私たちも今からちょうど食べるところだったんです」
ウィンもディーンもおそらく『恋バナ』というキーワードが引っ掛かったと思うが二人ともただ頷くだけにとどめていた。
それを見てティームはカトラリーを手に持ちことさら大きな声でいただきますと言って大きく米を掬った。
今日は大好きなフライドチキンの餅米乗せに甘辛ソースを付けている。馴染みになった屋台のおばさんは水泳部の部員には鶏肉も餅米もおまけをくれる。ウィンの皿を遠目に見ると同じメニューでおまけも付いていて、お揃いだった。
各々が食事を始めて暫くしてから、マナウが唐突に口を開いた。
「ウィン先輩は、恋人と何かお揃いで付けたりするものはあるんですか?」
ティームは米を飲み込むタイミングを間違えた。まだ一度も噛んでいないまっさらな餅米が粒感を残したままティームの喉を通過する。あまりのことに咽せることすら出来なかった。
ウィンは人差し指で自分を指して、咀嚼していたものを飲み込む。
「俺は買ったことないな」
だろうな。
ティームはゆっくりと咥えたストローから水を吸い上げる。胃の入り口あたりのつかえを精神的にも物理的にも流し込んだ。
「でも今は常にお揃いで身につけてるし、絶対外さない」
……
え⁈
声を出さなかった自分を褒めたい。隣の親友から勢いよく視線がこちらに投げられる。ちらりと伺うと更に向こうから観察するようなディーンの目が見えた。小さく横に首を振る。
「えー、そうなんですね。元々二人が持っていたものがお揃いだったって事ですか?」
「そう」
「素敵な偶然ですね」
女子二人はウィンの秘密を少し聞き出せたことに興奮して顔が紅潮している。ウィンはそれを見て、これ以上は喋らないぞと言うように笑って鶏肉を大きな口の中に入れた。
いつものらりくらりと誤魔化すくせに何言ってんだ。
ティームは頭の中で自分の持ち物を思い出す。ウィンのように常に身につけているようなアクセサリーは一切ない。下着は、たまにのっぴきならない事態の時に彼の部屋にあるものを拝借することがあるがお揃いじゃない。靴下は大学の売店に売っている誰もが履いているものだ。水泳キャップは部で買ったし大会の時以外は自分もウィンも付けない。ゴーグルはおすすめのブランドのものを貰ったが他の部員も使っている。
常に身につけてるものも絶対外さないものも、自分にはない。
ティームは口の中に苦いものが染み出してきたのを感じて、テーブルの一番遠い斜めの席をじっとり睨みつけた。
テンポよく食べているウィンがそれに気づく。口に運ぶカトラリーの動きや少し前屈み気味に座る姿勢をそのままに、そっと右手が首を撫でる。耳の後ろから人差し指を下らせて首筋の途中で止まり、トントンと軽く叩いた。
ティームは眉根を寄せて見ていたが暫く気づいて、バッと右手で首を押さえた。
カトラリーが皿と当たって少し大きい音を立てた。マナウとデルはショッピングモールの話をしていたし、ディーンとパームは密やかに笑い合っていてティームの目元や耳が赤くなっていくことに気づかない。遠くのウィンだけは口元をニヤつかせながら黙々と米と肉を頬張っていた。
ウィンが先程マナウと交わした会話は何一つ間違っていなかった。
更に自分も実はずっと前から密かに気づいていたそれを、ウィンも気づいていたという事実がティームに追い打ちをかける。
自分だけが気づいた秘密だと思って、ベッドの中で寝ている時も自分に覆いかぶさってる時もウィンの首筋にあるほくろによく指を這わせていた。思えばウィンもよく首の右側に吸い付いてくる。
お互いに同じ位置にあるほくろを愛おしく思っていたなんて、どんなペアアイテムを持たされるよりもティームの脳を沸騰させた。
今一度ウィンに目を向けると、食べ終わったのか唇についたフライドチキンの脂を見せつけるようにペロリと舐めた。まんまと煽情的に見えてしまったそれに思いっきり鼻の付け根にシワを寄せてイーッとする。
それきりティームは自分の皿に顔を戻して、仇のように味が分からなくなってしまった大好きなガイトート・カオニャオを口いっぱいに詰め込んだ。
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