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タロ文庫の作品置き場
2025-05-06 23:13:32
3357文字
Public
作品
相似との遭遇
2020-09-27
「アレックス
…
」
ウィンは通路の向こう側で壁にもたれかかっている人物に見覚えがあり、すっと眉をひそめた。顔見知りではあるが距離がねじれの位置にいるから大学の敷地外で出くわすと妙な気になる。それも同じ大学の知り合いに会う事を避ける為に少し郊外のシネコンまで車を走らせたのに、だ。
何か食べながら観たいとごねる黒髪の頭をひと撫でして売店に買いに行かせている間、周りを見回したところ彼の姿を発見した。
声をかけて挨拶するほどの仲ではないので無視を決め込むつもりでいたが、ウィンはふと違和感を感じた。親友の恋人に言い寄っていた彼はこんな雰囲気だったろうか。
ウィンは自分の野性の感を信じ、徐にセルフォンでSNSアプリを立ち上げた。ティームはまだカウンターまで辿り着いていない。ひょこひょこと列の前方を気にして動く姿に口元を緩めてから、親友のアカウントをチェックする。
その当該人物のアカウントをウィンはフォローしていない為、さほど多くない親友のフォロー一覧を素早くスクロールし彼の妹のアカウントをタップした。ちょうどインスタント動画の投稿があったので見てみる。
カフェのようなところのテーブルに料理が乗っている。座っている対面にも一人分の料理、その前に誰かがテーブルに腕を乗せている。臙脂のセーターに白いシャツ、スクエアの文字盤のメンズウォッチはウィンにも見覚えがあった。顔こそ映ってはいないがどうやらアレックスはここではないどこかに居る。
他人の空似もここまでくるとドッペルゲンガーみたいだな。
ウィンはもう一度目線を目の前の男に戻した。よく見てみると腕組みをしながら首を横に向けて何かをじっと見ている。
その口元が突然ふっと笑った。
なんだ?
笑った口元を誤魔化すように手で擦っている男の目線の先を辿る。その先はホットスナックの売店で、ティームがカウンターまで二番手の位置に来ていた。注文しているやたら忙しなく動く男の後ろから、メニュー表やケースの中の商品をこちらもまたキョロキョロ見ては口元に人差し指を添えて、もう片方の手で指を折りながら何かを確認していた。はっきり言ってとても可愛い仕草にウィンの顔面はふわっと緩みそうになり、一瞬でハッと戻してもう一度目の前の男を見た。
やはり笑っている。
親友の恋人を口説いていた男にそっくりな男が、まさかこちらを狙っているのか?
ウィンが瞳孔を縦長にし目の奥の温度を少し下げた瞬間に、鼓膜にやたら大きな声が入ってきた。
「全部買えたー! おもーい!」
両手いっぱいにホットスナックを抱えてヨタヨタ歩いている男が目の前を通り過ぎていく。鼻につくポップコーンの匂いが甘い。その後をホットドッグの油が追いかける。ホットスナックの花束の登場に、腕を組んでいた男が壁から動いた。
「なぜ自分で持てるだけの量にしないんだ」
「それは無理だよ。全部美味しそうだったんだもん。なぁティン、考えてもみろよ。甘いものだけ買ったら口がしょっぱいものを欲しがるだろう。逆にしょっぱいもの食べてたら甘いものが欲しくなる。それで頭いっぱいになっちゃったら映画の内容が入ってこないじゃん。だったら最初からどっちも買っておいて食べたいときに食べたいものを食べる! 効率的だろ」
「お前は食べにきたのか映画を見にきたのか、どっちだ」
「映画! でもお腹すいちゃったら映画見れないんだって。あと喉渇いちゃうからコーラとセブンアップ買ったよ。ちゃんとお前の分も買ったんだからいいじゃん」
ホットスナックを抱えた男が喋るたびに過積載のポップコーンがポロポロと床に落ちる。ウィンはそれを眺めながら、またひとつ眉根を寄せた。
今度は素早くメッセージアプリで直接本人にメッセージを送る。お前今どこにいる? と。返事はすぐに家の絵文字で戻ってきた。ウィンとディーンと組んでいるグループ課題をやっていると。
他人の空似がこんな頻度であるものなのか。確かにこちらも雰囲気がぐっと子供っぽくはあるがウィンの良く知る同じ経営学部の学友とそっくりだ。
ウィンはカウンターで注文しているティームを気にしながらも目の前の男達から目と耳が離せないでいた。
スナックの隙間から覗いている童顔がにへらと笑っている。全く動かせない両腕を少し揺すって、箱の底を支えている指の間に辛うじて挟まっているカードを待っていた男に差し出していた。男はすっと引き抜いて、カードケースにしまう。
ウィンは片方の口角を上げた。ブラックか。
「魔法のカード、サンキューな」
「レシートはどうした? 食べる分は払えよ」
「え? なんで? お前奢るって言ったじゃん!」
「あぁ、言ったな」
アレックスによく似た男は、ホットスナックの隙間に顔を寄せて、でもウィンにもはっきり聞こえる声量で言った。
「デート代は俺が出すって」
デート。
「ほらぁ! 言ったじゃん」
「だがお前も言ったな。これはデートじゃないって」
「う
…
」
「だったら普通に自分の食べる分、座る席、この後のレストラン、ホテル
…
全部払うってことだよな。デートじゃないんだから」
淡々と言い放った後、観察するように相手の顔をじっと見つめる。相手の男はぐっと顎を引き押し黙ると、黒目で両手に抱えた食べ物達を一通り眺めてから男を見上げた。
「デートにする。うん、そうする。これはデートだ。おれ、お前とデートするよ」
あまりのことにウィンは吹き出しそうになり口元に急いで拳を当てた。目を逸らすとちょうどティームが会計を終えてこちらを振り向いたところだった。だからウィンは最後に呆れた顔をしていた男が先ほどのようにふわりと柔らかく笑んでから過積載のホットスナックを一部取り上げて歩いていくのを横目に見届けて、二人から完全に背を向けた。
「先輩、買えたよぉ~」
「お前もなんでそんなに買ってるんだ」
ウィンはデジャブかと思うほど両手に山盛りのポップコーンとチュロスに飲み物ふたつを抱えて満足げに笑っているティームを迎え入れた。絶妙なバランスで持っているコーヒーとチュロスを片手に受け取り、頭をくしゃりと撫でる。
「お腹すいたんだよ。早く座って食べよう」
「この後メシ食いに行くのに?」
「それはそれ、これはこれ」
「そうかよ」
頭を撫でた手をすっとティームの前に差し出す。ティームは素早く顔を左右に動かして周りを見てから、ウィンを軽くジト目で睨みその手にちょこんと白い手を乗せた。
いや、いくらだったのかレシートを見せて欲しかったんだが、断然こっちの方が大正解だ。ウィンは綺麗に笑い返して手の中のふわふわしている手を握り込んで歩き出す。
そのかわり声に出して尋ねた。
「それ全部でいくらだった?」
「いいよ、これはおれが払う。教授の手伝いしたら小遣いを貰えたんだ」
「へぇ、じゃあ奢られてやるよ。ありがとな」
「たまにはね。ウィン先輩、いつも全部払っちゃうからデートの時くらい払わせてよ」
デート。
何も言わずに口の笑みを深めてティームを見ると、自分の口から滑り出た単語が時間差で引っ掛かったのかバッと勢いよく顔を背けた。口が言い訳を探してモゴモゴ動いているが、結局何も出てこずただ赤くなった耳をウィンに晒しただけだった。
そのまま指定の席に着くとティームは勢いよくポップコーンを頬張り始めた。ウィンの方を見ず、まだ何も映し出していないスクリーンを見据えていた。
ウィンも座ろうと椅子の背に手をかけて半身を後ろに向けたところで、あっと小さく声が出た。
最後列の半個室状態になっているVIP席に、先程のドッペルゲンガーの二人が座っていた。
あちらの食いしん坊も映画が始まる前に完食してしまうんじゃないかと思うくらいの勢いでポップコーンを頬張っているし、隣の男はそれを呆れたように見つめながらストローに口をつけてニヤつきを誤魔化している。
映画よりも見たいものがあるという顔だ。
その気持ちは、充分すぎるほど分かる。
ウィンは椅子に深くもたれて、唇を窄めてポップコーンをひとつひとつ口に入れてるティームの髪をもう一度くしゃくしゃとかき混ぜた。
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