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タロ文庫の作品置き場
2025-05-06 23:11:14
4942文字
Public
作品
いつだって、君なんだと
2020-09-17
「安い」
ウィンはふと目に入ったセールの品が置いてあるワゴンの広告札を見て、押しているショッピングカートの下段に新たなカゴを設置した。
黄色いパッケージのスナック菓子が小さいサイズ五つで二十バーツで売られている。
先日部屋に置いてあるストックを吸引力が変わらないウィンの知るただ一人の男の胃袋に吸い込まれてしまったので、丁度買っておこうと思っていたところだった。ウィンは見逃さなかった自分への褒めたい気持ちを小さく笑みに乗せて、ポイポイと小気味良く袋をカゴに入れていく。
水泳部のロッカーの方のストックはどうだっただろうか。実家から送られてきた焼き菓子のサンプルも以前食べさせた時に気に入ってたから少し保管してあるが、ティームはしょっぱいものを好む口をしているので頻度は少ないが黄色い袋も入れている。在庫を思い出せないので、とりあえず五つ追加で買い足して余るようなら自分の部屋に持って帰らせよう。追加で買っても問題ない。何せ普段はコンビニでひとつ十バーツで売っているものを半額以下で買えるのだ。買えるうちに買っておこう。そういえば確か週末に映画が見たいと言ってた。
ウィンは目線を辺りに巡らせ、ドリンクコーナーへとカートを押した。先程、ペットボトルの水を二ダース上のカゴに乗せたばかりで二度手間になってしまったと眉をひそめて、黄色い袋の隣へ炭酸飲料の二リットルペットボトルを転がした。学校帰りにコンビニに寄るよりスーパーの方が断然安い。
「おい」
あと足りないものはないかと天井を見上げていると、地を這うようなぶっきらぼうな声が背後から投げつけられた。思わず肩をビクッと大きく揺らしてウィンが振り返ると、親友が腕にスポーツドリンクの顆粒の箱を抱えて睨み付けている。
「ウィン、公私混同するな」
「するかよ。ちゃんと別会計にするさ」
「どうだか」
「ついでだから買わせろよ。育ち盛りを一人抱えてるんだ」
「ふん」
ディーンが上のカゴに箱を整然と並べて入れる。持っていたリストとカゴの中を見比べて、ウィンの持つカートの前方部を掴んで歩き始めた。ウィンはつんのめりながら引っ張られる形でカートを押す。
「お前も何か買いたいものがあったら下のカゴに入れろよ。あとで精算してやるから」
「先に仕事に集中しろ」
「
…
はいはい。かしこまりました、部長」
ウィンが先程大いに喜んだ黄色いスナック菓子てんこ盛りのワゴンの隣を通り抜け、ディーンは衛生用品の棚の前に移動するとカートから手を離した。リストを元に湿布やサポーター、滅菌ガーゼなど指定のメーカーのものを探し始めた。ディーンの緑がかった黒い目がひとつひとつパッケージを追うとともに無意識に人差し指が後を追っているのを、カートの持ち手に肘をかけて頬杖をして眺める。
ウィンはひとつため息をつくとディーンの向こう側へとぼんやりと視線を投げた。スーパーに併設している衣料品店が見える。マネキンが着ているTシャツの色の配色が、ティームの部屋着にそっくりだった。
この間、トムヤムスープをこぼして染みにしたのをひとの部屋の洗面台でぶつぶつ言いながら洗っていたな。かなり着古されて素材自体が劣化していたので結局綺麗に落ちなくて、しぶしぶ捨てていた。その後は面倒くさがってウィンの部屋で着替えが必要な時はウィンの私物のシャツに腕を通す機会が増えた。ティームが自分の服を着ている絵面が少しくすぐったいのは勿論、たまに襟首を持ち上げて鼻につけてこっそりスンと吸っている事をウィンは知っているので堪らなくなる。またそれを自分で着る時に思い出すから厄介なのだ。ティームが自分の部屋から持ってこないのならこちらでティーム用に用意するしかない。下着もだいぶ新品を奪われている。ただしこれに関しては、ティームの反応が良くて服の上から弄りすぎて脱がせるタイミングが遅くなる自分のせいでもあるけれど。
「ウィン」
「あ?」
「お前はどう思う?」
ウィンがマネキンの服のアウトラインをなぞっていた目をディーンに戻すと無表情の顔がこちらをじっと見据えていた。ぼんやりした目のピントを合わせるように一度瞬きをしてディーンの持つリストを顎でしゃくる。
「いつものメーカーのもので良いと思うぞ。価格抑えて枚数が多いやつに変えると逆に消耗が早い可能性もある。予算的には練り直したそのリストで充分補えるし、節約を心がけることは良いことだが正直に報告すると水泳部は余裕があると思われて来年度の補助金が減る」
「
……
」
「なんだよ」
ウィンがつらつらと喋っていると徐々にディーンの眉根が寄っていきジト目になるので、ウィンも親友につられて顔を顰めた。
「お前のその聞いてなくても答えられるところは特技だな」
「お褒めにあずかり光栄です」
わざと恭しく一礼すると親友の眉間のシワはさらに深くなり大きくため息をつかれる。ディーンは両手に持っていたテーピング用のテープの、常用の方をカゴに入れた。
ティームの足首の治りが早かったのはウィンがテーピングの巻き方のコツを教えたからだ。プールサイドで巻く時は平気だったくせに部屋でシャワーを浴びた後に巻き直すとモジモジとじっとしていなくて、見上げた先でギュッと目をつぶっているから見て学べと膝小僧を叩いて窘めたのを思い出す。あれからタイムも随分と縮まった。少し引っかかっていたフォームの癖も改善されてきたから、本人もだいぶ楽になったようで水から上がる時のこちらに向ける機嫌がいい。
「これで部のやつは全部か?」
「そうだな。うん、レジに向かおう」
ディーンがリストと現物を照らし合わせて最終確認をする。過不足なく揃ったようで、無表情の顔が少し上に動いてウィンを促す。だいぶ重たくなったカートを足を軸に半回転させてレジの方に向けた。そこでウィンは棚の一番下の段に目をやると歩き出したディーンを意識に入れつつしゃがみ込んだ。
「切れかけてたんだったな」
ティームが寝るよりもずっと前から部屋にいることが増えて歯磨き粉の消耗も早くなった。朝晩両方をウィンの部屋で磨くので歯ブラシも置いてある。わざわざ部屋に磨きに降りたり持ってきたりしていた時もあったが大抵面倒くさがってマウスウォッシュしかしないのでウィンのストックから出してやった。愛用している歯磨き粉がちょっと辛いと言っていたので、ひとつ下のミントが柔らかいものと変えてみるか。ウィンはいつもの真っ青なパッケージの歯磨き粉の隣にある水色のパッケージを手に取り、下段のカゴに入れる。立ち上がろうと膝に当てた手の延長上にある商品がふと目に入り、ウィンは片眉をあげた。確かこれもストックが尽きかけていた。一旦膝を曲げ戻す。色とりどりの正方形の箱がずらりと並んでいる中で、ウィンの長い指が苺の写真が表に載っている箱の側面をクイッとずらす。いや、ダメだ。前に試しに使ったら匂いにつられたティームが別の神経を刺激されてしまい腹が減ったと集中力を欠いていた。二度と使わないとウィンは指で商品を押し返し、普段使っている日本製の白いパッケージに手を伸ばした。そういえばティームの部屋に適当に買われた箱がまだそのまま置かれていた。差し替えさせる用にもう一箱、手に掴んだ。
「おい、ウィン」
歯磨き粉の隣に放り入れると、また背中に重厚感あふれるディーンの低い声がのしかかってきた。後ろをついてこないウィンに素早く気づき戻ってきたディーンは、下段のカゴに入れられた商品をチラリと見てからウィンを睨んだ。その目は呆れと苛立ちを含んでいたが、同時に親友にだけ向ける好奇の色を混じらせていた。ディーンの眉が少し上がっている。ウィンはそれを見てニヤリと笑って立ち上がった。
「お前は補充しておかなくていいのか? この後パームの家に行くんだろう?」
「死にたいのか」
「どれだ? 一緒に買ってやるよ」
ウィンは適当に色やデザインの違う箱を二、三個ディーンの前に差し出す。ディーンはその箱を一つ一つ見て、徐に手を伸ばした。ウィンが期待してアーモンド型の目をキラキラさせるとディーンの手は箱を通り過ぎウィンの顔の真横にある目薬を掴んだ。そのまま下段のカゴに放り込まれる。
「なんだよ、つまんねぇの」
「うるさい。行くぞ」
ウィンはコンドームの箱を元の位置に戻して、自分とティームの分の目薬もカゴに入れた。メーカーはティームはディーンと同じところでウィンはまた別だった。ティームは色々なものをウィンと共有するが目薬は相性があり、自分でウィンの洗面所の棚に置いていった。それでもゲームに夢中になっている時は立ち上がろうともせずに寄りかかっているベッドの縁に頭を倒し、ついでに挿してとウィンの手にあるウィンの目薬を強請る。その度にウィンは舌打ちしてティームの目薬を洗面所に取りに行き、ポタポタと垂らしてやる。おかげですっかり銘柄を覚えてしまった。ウィンは、目薬が垂れてくるのを待っている間の細かく震えているティームの睫毛や片方の目だけを開け続けるのが苦手なしかめっ面や無意識にぽっかりと開いてる口が可愛くて、思い出し笑いでニヤケながら首を横に振った。すぐ瞬きすると外に流れてしまうと注意してから、しばらく開けている不自然に大きく開く目も普段のジト目と同じくらい愛おしい。
レジで水泳部用のカゴの精算が終わり、下段のウィンの買物カゴのバーコードが読まれていく。横のカゴに移動していく商品をぼんやり眺めながら、しまったと眉をぴくりと動かした。ボールペンと付箋も買い足しておきたかった。部屋でティームの勉強を見ているといつの間にか持っていかれていて、ウィンがメモしたい時にどこにもペンがないという事態が多発していた。大学の入学祝いで親から貰った名入りのペンまでも持っていかれて、後日怒ったように顔を真っ赤にして突き返してきたのは今でも理不尽だと思っている。
今夜も課題を見てやるつもりだった。微分積分学はティームにとって学部の基盤になるからみっちりやらせよう。
ウィンはレジ横にある売り切り商品の棚から適当に黒いペンと可愛いキャラクターがついているメモ帳をカゴに入れた。これで一安心だと満足していると隣でディーンがふっと小さく笑った。
「なんだよ」
「お前はスーパーに来るといつもそうだな」
「何が」
「あいつの事しか考えてない」
見ろ、と顎でカゴを示されて、ウィンは徐々に胸の真ん中がくすぐったくなってきた。
確かに、カゴにはティームの為のものしか入っていない。
「本当にわかりやすい」
ウィンの微かな身動ぎにディーンはとっくに気づいていて、ボソリと呟くと口の端だけあげてウィンを横目で観察するように眺めている。
「うるさい」
じゃあ自分はどうなんだ。さっきセルフォンでパームに足りない食材はないかと尋ねていたのを見て見ぬふりしてやったのに。それに対して『ディーン先輩以外は揃ってます』と返されて途端にソワソワし出したのも見逃してやってるというのに。
ウィンはディーンの脇腹に一発肘を当てて、精算のためにカードをキャッシュトレーに置いた。
「さっさと終わらせて戻るぞ。これ置いたら俺はすぐ帰るからな」
「あぁ」
ディーン自身に急ぐ必要が出来ただけあって返事も簡潔に、袋詰めが終わった買い出しの品とダースで買った水をカートに乗せてスタスタと駐車場へ歩いて行った。ウィンも細かいものはリュックに突っ込み、黄色いスナック菓子がぎっしり詰まったビニール袋を指に引っ掛けて後をゆったりと追う。
その時ポケットでセルフォンが震えた。ビニール袋をガサつかせながら取り出すと、画面にはウィンの心を察したのかアプリのポップが表示されて、車に乗った白い饅頭のスタンプと『今から帰る』というティームのメッセージが見えた。
ウィンは本人にするようにふっと柔らかく笑んで自分の持っている黄色でパンパンの袋をカメラで撮影してその写真だけをティームに送ると、ディーンが既にエンジンをかけている彼の車へと足早に向かっていった。
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