タロ文庫の作品置き場
2025-05-06 23:04:38
7995文字
Public 作品
 

狼たちの思考回路

2020-08-26

「ピッ……
 人というのは不思議なもので、自分がパニックに陥りそうな時に自分よりもはるかに取り乱している他者が近くにいると冷静さを保てるようになっているらしい。
 ティームはドアを開けた先に待っていた人物を見て情報処理経路がフリーズしかかったが、隣に立っているパームが人間としての機能を全て停止したのを横目で確認してなんとか通常運転を保持できた。
「ピ、ピ、ピ、ピディ……ピ」
 小鳥のさえずりというより心電図のように一定の音階で一つの音しか繰り返せなくなったパームの肩をやんわり抱いて腕で背中を押して水泳部の部室に入る。ガチガチに身体が固まっていて、ティームは半ばマネキンを運ぶように持ち上げてパームを促した。
「こんにちは、ディーン先輩」
 両手をワイにして軽く挨拶をする自分に緑がかった黒目がちらりと動いて受け入れる。そしてすぐさま隣のパームに視線が移り、ふわりと笑んだ。
 あ、その格好でその顔はやばいです。
「パーム、いらっしゃい」
「っ!」
 部活中はついぞ聞くことのないマシュマロみたいな柔らかくて低い声に、心電図と化していた親友の身体から一気に力が抜けた。かわりに顔から首にかけて真っ赤に染まっていくのをティームは面白くも心配する眼差しで見守る。
 ディーンもパームが一体なぜこのようなことになっているか完全に分かりきっているであろうに、わざとらしく小首を傾げてゆったりとした動作で立ち上がりパームの前に優雅に歩いてきた。
 目が楽しそうに輝いている。
 ティームはさっと脇へと避けて部屋の中の適当な机の上に自分のリュックと、先の衝撃で全部床に落ちていたパームの荷物を置いた。そして少し離れたところでコトの全貌を俯瞰で眺める。
 真っ赤になって目が潤んでピルピル震えてしまっているパームの頬を両手で包んで少し揉んでいる楽しそうなディーンは、高校の制服に身を包んでいた。
「変か?」
「ひょえ!」
 薄紫の半袖シャツに濃い青の半ズボンにはきっちりとプレスがかかっている。白い靴下に黒い靴までもティームとパームにとっては昨年まで自分が身につけていた懐かしいアイテムの数々ではあるのだが、首から上を含めてディーンをトータルで見てみると脳が沸騰するほど衝撃的な様相である。
「もう似合わない?」
「あ、あ、似合って、いや、あの、かっこいい……じゃなくて、えっと」
 可哀想にパームは完全に声が裏返ってしまっていた。
 このままだと親友が生まれて初めて恋人に対して感じる強大な萌えで身体が灰になってしまう、とティームは足元にグッと力を入れて踏ん張ってディーンに声をかけた。
「先輩、勘弁してやってください。それ以上やったらパームが消えてしまう。一旦パームに時間をください」
 そしてなぜそのような格好で自分たちを迎えたか教えてください。
 その言葉にディーンは片眉を上げてパームをそっと椅子に座らせた。そのまま隣に元々座っていた椅子を引き寄せて寄り添うように座る。優しい笑顔が下から覗き込むように近づいてきて、パームの目は忙しなく上から下から動きっぱなしだ。そのディーンの表情がいつも自分を揶揄い潰してくる彼の相棒にそっくりで、ティームは狼どもめと心で呟いてから、荷物置き場になっている机に尻を乗せて寄りかかる。
 自重を預けられる椅子に座ることが出来て余裕が生まれたからか、パームからはこの部屋に入って初めて詰めていた息を吐き出す音がした。
「お、来たな」
 さてもう一人の狼はどこだと頭に思い描いた瞬間に、声と共にずしりと肩に腕が乗せられた。毎度のことながらティームは眉間にシワを寄せる。気配を消してくるところも獣か。
「ウィン先輩、おも……ぃ?!」
 大きくため息をついて振り向いたティームはいつも通り澄ました顔をしたウィンを視界に認識した瞬間、その格好に自分の中から物凄い勢いで湧き上がってきた感情を止めることが出来なかった。
「ヒヒ、ヒヒヒヒヒ」
お前は魔女か」
「ヒア!」
 先輩だとか色々思う相手だとか全部吹っ飛ばしてティームはウィンを指差し横隔膜が捩れるほど笑った。涙が勝手に滲んで、思わず口元に手を当てる。腹がムズムズしてしょうがない。
 ディーンの格好で予想が出来ていたはずなのに、実際に見たウィンの高校生姿は視覚の暴力そのものだった。
 薄紫色のシャツはゆるく開襟し裾をだらしなく半ズボンから出している。濃い青の半ズボンから長すぎる足がすらっと伸びていて足元はディーンと同じ。高校生の格好をしながらも首から上はいつもの金髪を一つに括った偉そうな先輩面で、目尻に涙を溜めて苦しそうに笑ってるティームに対してムッとしている。そのアンバランスさがまたティームのくすぐったいところに触れて、身体をくの字に曲げながらウィンの腕の中から抜け出した。
「失礼なやつだな」
「だって、先輩、全然可愛くない」
「言ってろ」
 涙で濡れる目元を手の甲でぐいっと拭って、もう一度ため息をつき気持ちを落ち着かせる。口の端がまだひくつくのをティームは気合で抑えて、ウィンの姿を視界に入れないように努めた。
 やはり他者が取り乱している姿を見ると冷静になるのか、ディーン以外の誰がどのような格好をしても先ほどの衝撃に勝るものはないのか、幾分落ち着いたパームがウィンに平常通りの挨拶をした。
「それで、結局なんで高校の制服を着てるんですか?」
 その流れで自分がディーンに投げかけた質問を今度はパームがウィンにする。ウィンはあからさまなジト目でこちらを見ていたが、パームに対して自分のセルフォンを操作してメッセージのやりとり画面を見せた。
 ティームはパームと頭を突き合わせて覗き込む。
「高校の水泳部のOBが結婚するんだよ。お祝い映像を作るからメッセージをくれって」
 贈るメッセージは二十秒ほど、お祝いのコメントを言うというスタンダードなものだったが最後に記されていたドレスコードが「高校の制服」だった。
 なるほど。
「わざわざ実家に戻って引っ張りだしてきたけど案外まだ着れるもんだな」
「俺は少し窮屈だ」
「上まで留めてるからだろう。少し開けろよ、ボタン飛ぶぞ」
 セルフォンの画面から顔を上げて先輩を見ると、同窓生同士当時を懐かしく思うのか二人ともどこかいつもより笑う顔があどけなく見える。ティームはほんの少しだけ先ほどの可笑しさとは違う種類のむず痒さを腹に感じた。それを誤魔化したくて言葉が無意識に嫌味ったらしくなる。
「それでおれ達を呼び出したのは、そのコスプレを見せびらかす為ですか? ムービーなんて自撮りで出来るでしょう」
「ちょっと、ティーム」
 声にしてみると思った以上に険が含まれてしまって口をキュッと引き結ぶ。パームに腕をそっと引っ張られた。
 怒られるかな? とディーンを見るといつもの観察するような目がすっと細められる。と同時にこれもいつも通りウィンが正面から手首を肩の乗せてきて口端を綺麗にニヤリと持ち上げた。
「まぁ、正解ではあるな」
「マジかよ!」
「ちょっと考えてみろ。俺とディーン、二人きりで部室で高校の制服着て粛々と自撮りする。虚しいだけだろう」
「実際に着替え終わって、こいつと密室にいることが嫌になった」
「それはこっちのセリフだ」
 ディーンを一瞬睨んでからウィンはティームに顔を戻す。目の中が期待に満ちて艶々しているように見えて仕方がない。出会い頭にパームと二人でしてしまった活きのいいリアクションは彼らの想定内で、そして彼らを大変満足させてしまったようだ。悔しい。
「って事で少し付き合えよ。お前のカメラでムービー撮ってくれ。画質が良いから」
「わかったよ。じゃあもう早く撮っちゃいましょう。その格好ずっと見てると頭が変になりそう」
 ティームは肩を動かしてウィンの腕を退けるとポケットから自身のセルフォンを取り出してムービーモードに設定した。横に構えて、ウィンにディーンの隣に行くよう顎をしゃくる。パームが素早く立ち上がりウィンに席を譲った。
「ちょっと待て」
 どっかりと椅子に座った不遜な態度の金髪エセ高校生が思い出したように頭の後ろに手をやり、括っているゴムを引っ張った。
 パサリと、塩素と脱色で少し傷んでいる髪がウィンの顔にかかる。結い癖をほぐす様に大きな手が髪をかき回して手櫛で前髪を作った。
 ティームはセルフォンの画面の中でその様子を見て、構える指が固まった。斜め後ろにいるパームの感心したような呼気が聞こえる。
「よし。どうだ?」
「ウィン先輩って髪を下ろすととても雰囲気が変わるんですね」
「ノンに見えるか? ピパーム」
「え?」
 あ?
 ムカついて画面から直接本人に目を向けると同じタイミングでディーンが射殺しそうな目でウィンを睨んでいた。パームは、乾いた声で笑って軽くうんうんと頷いている。こういう時に明確な回答を避ける親友は利口だなと頭の片隅で思いながら、自分で作った前髪を鬱陶しそうに横に流しているウィンから目が離せなかった。
 弟に見えるかどうかじゃなく。
 部屋で一緒にいる時とも部活終わりのシャワーの後ともまるで違く見えるのは、やはり高校の制服のせいか。本質は変わらないし口を開けばいつものウィンなのに、勝気な眉と意志の強いアーモンド型の目が金色の細い髪で翳っているだけで少し神経質そうなそれでいて目を離してはいけないような危うい雰囲気が纏わりついている。ティームはざわざわしてくる胸を抑える為に歯を食いしばった。
「ディーンはどうだ? あの頃っぽいか?」
「いつのことを言っているんだ。タトゥーを入れる前か? ピアスを開ける前か? 今さら若作りしても痛々しいぞ」
「くそやろう、お前は昔から老けてたから変わんないな」
 そうなんだ先輩変わってないんだ、と斜め後ろから小さな呟きが聞こえてきてティームは我に返る。ひとつ咳払いをして録画ボタンを押した。
「もう撮りますよ」
 ぽこんという音とともに高校生姿の先輩たちがかしこまった口調で恭しく祝辞を述べる。それは誰かの後輩だった。弟分の雰囲気にくすぐったくもあり、ざわざわもする。
 前もって考えてきたのかわからないがすらすらと淀みないお祝いのメッセージを聞きながら、ティームもディーンが言ったウィンへの言葉に、そうなんだと心でひとりごちた。
 停止ボタンを押して保存が完了した後、立ち上がりこちらに向かってくるウィンにセルフォンを差し出す。
「内容、チェックして」
 なるべく口から出るものを少なくして、ウィンに今の微妙な心情を読み取らせないようにした。自分でもよくわかっていないのだ。邪推されたくない。さっきまで面白おかしくコスプレ姿を笑っていたのに、急に胸に訪れたひんやりした切なさをなんと表現していいのか分からない。深刻になる程ではなくすぐ消えていきそうなものだからこそウィンには悟られたくない。
「よく撮れてる。俺に送っといてくれ」
「はいはい」
 さっさとやってしまおうとその場でウィンとのメッセージ画面を開いていると画面チェックをしていた体勢のままウィンが至近距離でティームをじっと見ていた。ティームがぐっと眉根を寄せて見返すと、ふっと目元が和らぐ。
 今、その顔はするな。
 あたたかくなりかけた胸の奥を冷ますように息を吸い込み、目の前でふわふわしているウィンの前髪を片手で掻き上げてちょんまげのように掴んだ。そのまま腕を伸ばし距離を開ける。ウィンの顔が少しのけ反った。
「鬱陶しいんで早く束ねてください」
「いてぇよ。分かったから離せ」
 ウィンの手が自分の手に重なってから素早く髪を括っていった。いつもの昼のウィンの顔が露わになる。自由自在に動く眉にくっきりした目、倍返しは当たり前の減らず口。ふん、と鼻で笑ってからディーンを振り返る。
「着替えたら皆でどこか食いに行こうぜ」
「パーム、行くか?」
「はい。勿論」
「じゃあ行こう」
「決定権は恋人にあり、か」
 やれやれと首を横に降り、ウィンが荷物置き場の机の前で薄紫の半袖シャツを脱ぐ。肩の模様と背中の翼が現れた。腕のトライバルも晒されて、上半身のタトゥーがお目見えする。高校生の制服から出てくるものとしては背徳感がある。だがティームにとっては安堵の方が大きかった。
 早く元の先輩に戻れ。
「ティーム」
 ウィンとディーンが着替えている間、パームがティームの制服の腕を小さく引っ張る。ティームが振り返るとパームは片手を口元に持ってきてこっそり呟いた。
「さっきの動画、あとで見せて」
 大きな目の縁が少し赤くなっている。ディーンに聞かれたくなくて必死に声を潜めて、ティームが頷くのを待っていた。
 可愛いな。
 ティームは目を細めてわざとらしくにっこり笑うと親指をピッと立てる。パームの表情が顔の周りに小花が咲くように綻んだ。
「映像で良いのか?」
「っ!」
 そのパームの後ろから耳元にディーンの顔が近づいていた。背を向けていないティームですらいつ近づいてきていたのか気づかず、パームが地面から数センチ浮いたかのように身体を飛び跳ねさせたのを見てティームも肩がビクついた。勢いよく振り返るパームにディーンが口元を緩めている。
「パームが望むなら家でも着るよ」
「ディーン先輩!」
「それとも着てくれるのか」
……もう! 揶揄わないでください」
 やっぱり長くつるんでいると似てくるんだな、狼って。
 ティームはすかさず自分の狼の所在を確認した。ディーンとパームといるとすぐにディーンの真似をして揶揄ってくるから条件反射になってしまっている。幸いにも金髪の獣は大学の制服に着替え終えて、高校の制服を畳んでいるところだった。
 ほっとしながら目の前の親友とその恋人のやりとりを見守る。
「それよりも当時の写真が見たいです。高校時代のディーン先輩の」
「写真か」
「先輩の過去を、知りたいです」
「俺の?」
「先輩自身の」
 さっきまで赤くなったり青くなったりしていたパームが本来の意思の強さを湛えた顔でディーンを見上げている。甘いだけだった二人の空気に他のもっと深い何かが混じった気がしてティームは少しだけ後ろに下がった。
 暫く見つめ合った後にディーンが思い出したようにセルフォンを取り出してアルバムを開いた。
「ちょうど結婚する先輩と写っている写真を見つけたところだ。部活中の写真だが、今はこれで良いかな」
「とても見たいです!」
 二人の雰囲気が元に戻ったところでパームがディーンのセルフォンを覗いて、人差し指で画面をなぞっていた。集合写真から該当の人物を見つけ出し、ディーンと顔を見合わせて笑っている。
「本当だ。ディーン先輩、あまり変わってませんね。すぐに見つかった」
「老けてるってことか?」
「違いますよ」
 親指と人差し指を広げて拡大している。くすくすと笑う幸せそうな親友を見てティームは自然と自分も口元が緩んでいるのを感じた。頭の片隅にチラつく綺麗な顔の人物の過去はどうだったんだろうという気持ちはさておき、親友の幸せはそれはそれで本当に嬉しいのだ。
「ディーン先輩、この人って」
「そうだよ」
「すごい。全然違う。なんだか王子様みたいですね」
「それは言い過ぎだ、パーム」
「ティーム、ちょっと見て」
 パームがニコニコと手招きしてきてティームは二人の世界に少しお邪魔した。ディーンも珍しく面白そうにじっとティームを見つめている。
「ほら、ディーン先輩の右後ろの人」
 パームの指先が一人の人物を指差す。ティームは、今と変化のない無表情に近いディーンの姿をすぐに捉えてから誘導されるまま右上に視線をスライドさせる。
 胸がざわついた。
「ウィン先輩だって」
 こちらの背中を向けた状態から呼び掛けられて振り向いたような姿勢でいる。顔立ちが整っていて水着姿の身体のラインは確かに見慣れたウィンだった。だが彼を彩るあらゆるものがなかった。翼がないつるりとした背中、ピアスもしていない、暗い髪色の短い髪、重い前髪の下にあるそれは
「目が死んでる」
「え?」
 心の声がそのまま出てしまい、ティームは誤魔化すようにへらっと笑ってディーンにお礼を言った。
 そしてウィンの元へ歩いていく。
 死んでる、は言い過ぎたかな。
 金髪の髪はきゅっと括られて、制服の白いシャツに水泳部のジャージ、腕のタトゥーがギリギリ見えないくらいに袖をまくり、黒いズボンにスニーカー。ティームが近づくのに気づいて目が合うと普段のきつめの眼光が微かに緩む。
「ウィン先輩なにモタモタしてんの? お腹空きすぎて気持ち悪い」
 肩をぶつけるように身体をくっつけて手元のセルフォンを覗き込んだ。自分がパーム達の前で出来るギリギリのラインだ。
「さっきの動画を幹事に送ってんだけどな、お前ハイビジョンで撮ったろう。重たすぎる」
「画質こだわっておれので撮れって言ったの先輩でしょ。ほら、もう行こう。店のワイファイでやって」
 肩をガツガツぶつけて急かすと眉がギュッと寄って長い腕がティームの首に絡み付いた。ヘッドロックをかけられて動きを封じられる。
「分かったよ腹ペコまんじゅう」
 ぎゅうと腕の輪が狭められて顔がウィンの胸にくっつく。
「なぁ」
 ウィンが身体を屈めてティームの耳元に口を寄せた。
「部屋でもう一度着てやろうか、高校の制服」
「へ⁈」
「さっき名残惜しそうに見てたから、まだ見足りないだろ?」
「絶対ない。ぜっったい、ない」
「ふうん。まぁ暫く実家には帰らないから部屋に置いといてやるよ。見たくなったらいつでも言え」
「だからないってば」
「お前が着てもいいぞ。どっちがいい?」
「先輩! くそっ、もう離せ!」
 一瞬想像するように誘導されてしまい、打ち消したくてウィンの腕から逃れようともがいた。
 どいつもこいつも同じこと言って煽りやがって。
 こちらの様子を伺ってどっちに転んでも楽しいのは彼らで翻弄されるのはこちらだ。いつの間にか『どちらが着るか』に論点を持っていき『着ない』という選択肢をなくした先輩二人の思考回路に、ティームは高校時代の彼らに説教したい気分になった。あの思考回路はきっとあの写真の時代に出会ったことで培われている。写真の中のウィンは笑ってはいたけれど、何かを探しているような足りないものがあるような目をしていた。それを今の自分がどうにもしてあげることが出来なくて本気でもどかしく思ったのだが、自分を良いようにして輝いてる目を至近距離で見るとあまりにも楽しそうで、アレは捕食対象を探して飢えていただけじゃないかという気がしてくる。
「ウィン先輩」
「なんだよ」
「おれは、着るなら自分のを着る」
……え」
 ティームが咄嗟に口から出したカウンター攻撃にウィンの腕から力が抜けた。その隙をついてティームはウィンから離れる。ウィンにべっと舌を突き出して見せてからパームの腕を掴むと、
「パームも絶対着ちゃダメだからな」
 有無言わせぬ勢いで言い放ちそのまま部室を出た。
 狼たちが野に放たれるまであと数十秒。
「ティーム! 『も』ってなに?」
「いいから、先に駐車場行こう! あの人達とこれ以上密室にいると危ない。飢えてると余計なこと考えるから早くご飯でお腹を満たしてもらわないと」
「えーなんだよそれ」
 くすくすと笑うパームの肩を抱く。
 ティームもさっきのカウンター攻撃でぽかんとなったウィンの幼い表情を思い出して笑いながら走り出した。