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タロ文庫の作品置き場
2025-05-06 22:37:14
2389文字
Public
作品
胸臆が滴る
2020-07-07
窓を叩きつけてくる雨粒の音を聞きながらティームはため息をついた。
フロントガラスのワイパーがリズミカルに雨を端に寄せる。車内はクーラーがやっと効き始めて呼吸がしやすくなったものの、手の中のスナック菓子は湿気をまとっているのかいつもより噛みごたえがない。
「なんで今日も雨なんですかねぇ。湿気で怠いし、それなのに部活はあるし、誰かさんはバイクで帰れないから車に乗せなきゃなんないし」
「おい、ひとに運転させて菓子食いながら言うセリフか?」
窓の外の濡れた景色を眺めながらぶつぶつ文句を言うティームのこめかみを小突いてウィンが笑う。軽くハンドルを握り人差し指でリズムを取っている。
何度も見ているはずなのに未だに自分の車を運転しているウィンを助手席から見るとくすぐったい気持ちになる。彼の運転はいつも丁寧で、ブレーキングの衝撃もコーナリングの遠心力もほぼ無い。渋滞に巻き込まれても苛立っているところを見たことがない。まるで自分が大事にされてるような気になってしまう。
ティームは鼻から大きく息を吐き出し、自然と見とれてしまっていたウィンからフロントガラスの向こう側の空に視線を移動させた。重く垂れ込めた雲しか見えない。
「これじゃあ天の川も見れない」
「天の川?」
「今日はタナバタですよ、先輩」
なんだそれ、と訝しげに呟くウィンにティームはセルフォンで調べつつ少し得意げに教える。
元々の言い伝えはウィンも興味がないと思うので現在に残った部分のみ簡単に説明した。
中国と日本のミックスカルチャーであること。笹に願い事を書いた短冊や折り紙で作った飾りをつけること。織姫と彦星が愛し合ってるのに年に一度しか会うことができないこと。雨が降ると会えないこと。
ウィンは小さく頷いて聞いていたが最後に眉根をきゅっと寄せた。
「宇宙に雨は降らないだろう。それに会いたかったら橋でも造ってかければいいのに」
ティームは予想していたことがそのまま返ってきたことにため息をついた。
「ウィン先輩
……
本当にロマンがない人ですよね」
「俺は年一なんて無理だからな。その日を待つだけでいる気持ちがわからない」
ティームは予想していないことを言われて息をつめた。
一瞬の間を誤魔化したくてスナック菓子を多めに口に入れた。目だけ動かしてウィンを見ると前を向いている。その横顔はニュートラルだった。
今の言葉につまずきそうになったのは自分だけだということにホッとしたような悔しいような気持ちになる。
見ている先でウィンが口を開いた。
「それより、そのタンザクに願い事を書く習慣はいいな。上達したいことを書くんだろ?」
「元はそうだけど、今はもっとざっくりと叶えたいことなら何でもいいんじゃないかな」
ウィンの興味はもう一つの習慣にあったようで、ふーんと呟くと指の背で唇をこすり何か考え始めた。ティームは日本ではどんな願い事を実際に書いているか検索したが出てきた画像が日本語で書かれているものばかりで読めず、眉を寄せて先程の言い伝えを調べたサイトに戻って画面をスクロールする。
「来年も一緒にタナバタを祝いたい、とか」
だから、ウィンの口からそっと置かれた言葉を素直に自分の中に入れてしまったのだ。スクロールする手もセルフォンを見る顔もそのままに、頭に浮かんだ言葉が生まれたままに口から出た。
「はぁ。そんなのおれに直接言えばいいだろ。それに先輩はずっとそばにいるって言ったじゃん」
自分の声が車内にはっきり響いたように感じたのは二人の間の空気の流れがピタリと止まったからか。
ティームは勢いよくセルフォンから顔を上げてウィンを見た。ウィンは案の定、目を弓形に細めて笑っていた。カッと体温が足から頭に向かって上がったのを感じる。窓に肘をつけて口元を指で隠していても、ニタついてる形のいい唇が見えている。ティームはウィンの腕のタトゥーあたりに拳を当てた。
「何見てんだ! 前、まえ見て。ちゃんと運転して」
「はいはい」
「運転に集中!」
「りょーかい」
顔と頭皮が熱い。ティームはそれでもチラチラとこちらを見てくるくっきり二重の流し目を睨みつけて、空になったスナック菓子の袋を手の中でくしゃくしゃに丸めた。
深呼吸を三回繰り返して気を鎮める。
するとウィンが徐にウィンカーを出して小道に車を滑らせた。少し行った先の大きな通りへ左折する。
「あれ? ウィン先輩、道いつもと違くない?」
違うどころか寮とは方向がまるで違う。ティームは自分で運転する時には見ない景色に目を瞬かせた。
「あぁ、折角だからそのタナバタってやつを見に行くか? スクンビットの日本人街なら雨でもやってるだろ」
ウィンの長い指がカーナビを器用に操作し目的地を設定した。スタート地点に選んだ大通りがきちんと合っているのかシンプルな道程だった。ティームはまた大事にされている感覚に心臓の裏側をくすぐられたが、先ほど検索で見かけた笹が飾りと共に揺れている様子を思い出して、ワクワクする気持ちをそこに重ねた。
「行く! ついでにエンポリウム行こうよ。日本のカマメシが食べたい!」
「結局食い気か」
ウィンは呆れたように笑ったものの部活終わりの男子大学生であることはティームと変わらない。「釜飯な」と小さく繰り返して、車のスピードを上げた。
空は変わらず雲が覆っており大量の雨粒を落としている。窓を叩くその音にティームは適当な鼻歌を乗せて、フロントガラスのワイパーによって端に出来た雨の川を眺めた。
「タンザクに『お前のタイムが一秒縮まりますように』って書いてやるよ」
「そんなの今年中に達成してやる。じゃあおれは『先輩の減らず口がもうちょっと面白くなりますように』って書く」
「生意気なやつ」
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