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タロ文庫の作品置き場
2025-05-06 22:29:26
3144文字
Public
作品
きみは甘い
2020-06-17
「うわぁああ腹減ったぁ」
大きな独り言が聞こえてウィンが振り返ると、案の定ティームが更衣室にあるたったひとつのベンチに仰向けに寝そべっていた。手の中にあるセルフォンをだるそうにいじっている。シャツのボタンを留めていた手を止め、ウィンは目を細める。
腰にバスタオルを巻いているものの、シャワーを出たばかりの無防備な上半身にはまだたっぷりと水分を含んでいた。白い肌がほこほこしていて、さしずめ蒸しあがったばかりの饅頭みたいだとウィンは思った。または飴細工か。表面がつるっとしている。口の中で舌が動いた。
「早く帰って飯食えよ」
「う~、ここから動く為のエネルギーが足りないんです。ウィン先輩なにか持ってない? パームのお菓子は全部食べちゃって、何もないんだよ」
「俺にたかるのか」
駄々っ子のように首を振りながらこちらを見ているティームに、ウィンはため息をついてロッカーを漁る。リュックの中にちょうど誰かにあげようと思っていたものがあったことを思い出した。手のひらサイズのそれをウィンはティームに放った。ホテルのロゴがプリントされている個別包装のフィナンシェだ。
「やった! 先輩ありがとう!」
ティームは上体を起こしベンチを跨いだまま、言うのが早いか袋をあけてフィナンシェを一口で頬張る。片方の頬をパンパンにしながら二、三度咀嚼して彼は大きく目を見開いてウィンを向く。真っ黒な目がキラキラ輝いていてウィンは思わず口元を綻ばせた。
「なにこれ、めちゃめちゃ美味しい! 甘い! しっとり! 美味しい!」
口の端からぽろぽろと落ちる欠片を手のひらでキャッチしながら、ティームが子供の様にはしゃいでいる。
「先輩もロッカーにお菓子入れてるんですね」
「たまたまだ。次から期待すんなよ」
「ふぁーい」
口の中の美味しさを噛み締め、ティームがセルフォンを持つ手で軽く挙手をする。その時に見えた画面をウィンは覗き込んだ。
「ところでお前はさっきから何見てんの?ネットニュースか?」
幸せを嚥下したティームがセルフォンを胸元に引き寄せて画面をウィンから遠ざける。SNSではなく、文章が画面いっぱいに表示されていることだけは確認できた。
「マナウに教えてもらった大学のサイトだよ。創作小説の」
「創作小説」
この生意気極まる後輩が読書家とは思えない。
ウィンはティームが起き上がった分、彼の後ろに空いたスペースに同じように跨って座った。後ろから羽交い絞めにするようにセルフォンを覗きこむ。ティームは無理やり自分のセルフォンを取られないようにしながらも、ウィンが見やすいように画面を傾けた。
「そういうコミュニティがあって、いいねの数でランキングされてるんだって。ほら、上位はディーン先輩とウィン先輩の話」
「は? はぁ!」
思わず声が上擦って眉根に皺がギュッと寄った。創作小説ってそういうのかよ。というか何を読んでるんだお前。
ウィンもそのようなコミュニティがあり、自分と親友の仲を邪推されて書かれている小説が存在していることを知ってはいた。だがまさか漫画しか読まなそうなティームが、よりによって自分とディーンの話を読んでいるとは夢にも思わなかった。
「ディーン先輩が人気があるのはわかるけど、ウィン先輩も人気者なんですね。そういえば水泳部のSNSも二人の写真はいいねの数が違いますもんね。わー、意外だなぁ」
ふははと笑いながら大変失礼なことをのたまう後輩をウィンは斜め後ろから睨んだ。別に物語がどう書かれていても自分も親友も興味ないし、それで水泳部の人気が上がって寄付やサポートが入る分には寧ろありがたいことだ。ただティームの小憎たらしい言葉にカチンとくる。
何か痛い目を見せてやりたい。
ウィンはティームの気がセルフォンに逸れているうちに彼の肩口にさりげなく顎を乗せた。首と大きく開いた胸元に彼の裸の背中がしっとりとくっつく。逃げられないように腰に巻いたタオルの上に手を置いた。
ティームの指が画面をスクロールする。
「先輩たちの話はロマンチックなものが多いよ。やっぱりいつも一緒にいるからかな」
ほら、と目の前に差し出された画面には、なるほど夢が詰まった会話が読み取れた。
「すごい口説き文句だな」
「だよね。女の子って想像力ゆた、か
…
っ」
ティームが微かにこっちを向こうとする動きを鼻先で止めて、唇をひたりと耳にあてる。ティームの身体がフリーズした。
「せんぱい?」
逃げを打とうとする腰は先ほどホールド済みだ。
「
……
『お前の肌は白くて甘そうだな。舐めてもいい?』」
「ぎっ
……
っ」
息と一緒に声を流し込むと、ティームの身体がベンチから数センチ飛び上がった。ウィンは想定済みだった為、素早く立ち上がり自分のロッカーの前に戻った。
「ぎゃあああ! いいい、今のなに? とりはだ、見て! 鳥肌やばい!」
「おぉ、見事だな」
腕がぐいっと差し出されて、白い肌が粟立っているのが見てわかる。ウィンは両手で腕をさすっている後輩を楽しそうに眺めた。
可愛い。可愛すぎる。
「お前たち、何をしている」
その時、更衣室の入り口から地を這うような低い声がして仏頂面の部長が現れた。眉間の皺は一段と深い。
ティームはぴっと背を伸ばしベンチから立ち上がった。ウィンはまだニヤニヤしたままだ。
「ウィン、今日の日誌当番はお前だろう。書いたのか? 書け」
「はいはい」
着替え途中だったシャツのボタンを留め終えて、ウィンは机にのそのそと向かう。口元に笑みの余韻を残したまま、机の上に転がっているシャーペンを二回ノックした。
「一年はとっくに解散しているだろう。早く出ろ」
背後でディーンがティームを窘めている。さて、今日のメニューは何をやったっけ。
「すぐ出ます。あの、せめてパンツは穿かせてください」
ぽきっ。
書き始めようとしたペン先から芯がばっつり折れた。今、何て?
以前ふざけてバスタオルを剥いでやった時はトランクスを穿いていた。さっきまで手に触れていたバスタオルの感触を思い出して、シャーペンを持つ指が震える。
ゆっくりと首を動かして振り向こうとした矢先、親友の尻が背中にのしかかった。視界は白と青の部活ジャージに阻まれる。
「秒で穿け」
淡々と背中に響く親友の声に、ウィンは口の中で思いつく限りの悪態をついた。
*後日おまけ*
ティームはセルフォンの角で斜め横に座るマナウの肩をつついた。
「なぁマナウ、ここに載ってるような小説ってこのページにしかないよな?」
「うん。そうだと思うけど」
「おかしいな」
「ティーム、まだディーン先輩とウィン先輩の創作小説を読んでるの?」
「読んでないよ! 気になることがあっただけ」
時代はもうディーンパームよ! と息巻く彼女にティームは大きく手を振って諫めた。
「あー、わかった、わかったよ。もういい」
「パームがディーン先輩と付き合ってから、そのカップリングは衰退してるはず。色々削除されちゃったんじゃない?」
削除、とつぶやいてティームは頬杖をついた。ティームだってそこまで集中して読んでいたわけではないが、ふと気になってしまったのだ。
あの時開いていた画面の小説で、『ディーン」は『ウィン』にあんなことを言ってたか。読んでいたと記憶している小説は何度ページを見返しても該当がなかった。
もしかして、ウィンが勝手に言ったとか。
悪戯が大成功して笑っていた綺麗な顔もついでに思い出してしまい、ティームは頭をぶんぶんと振り回しセルフォンの画面を速やかに小説サイトからホームへと戻した。
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