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タロ文庫の作品置き場
2025-05-06 22:08:24
2028文字
Public
作品
すくう
2020-06-10
うまいよな、とティームは思った。
かさ、かさ、とウィンの手のひらの上で小さく跳ねる球体をぼんやりと眺める。薄くて軽い紙でできているその球体は、日本のレトロなおもちゃで紙風船という。ペットボトルのお茶におまけとしてついてきた説明書きを読んで先ほどティームが息を吹き込んで丸くしたものだ。ゴムで出来た風船とは違って吹き込み口が突き出ておらず、丸くするのになかなか苦労した。さて遊ぼうと空に放った瞬間に横からさらっていかれ、それからずっと彼の左手の上にある。
ティームは小さく鼻で息をつき、視線を紙風船から小気味よく動く右手に移した。こちらの手はティームが終わらせた課題を添削している。握られているペンは自分のものだ。ペン先を動かしながら文章を読み、時折チェックやメモを書き込んでいる。ペンもノートも遊び道具も奪われて手持無沙汰なティームは頬杖をつき目の前のウィンをただただ眺めるしかなかった。
「お前また同じところで引っかかってるぞ」
「そうですか」
間違ったところを丸く何度も濃いめに囲われる。ちらりとこちらを見た上目遣いの目が笑っていた。
前にした間違いなんてよく覚えてますね。
その間もウィンのうす平べったい手のひらは紙風船を跳ねさせている。下から持ち上げて放ち、またふわりと着地させる。紙風船の乾いた音が小さくする。彼の手のひらもあまり汗をかかないからさらさらしている。
課題の添削に意識をやりながら、よく器用に落とさず紙風船で遊べるものだ。
うまいよなぁ。
「あと、ここも。これは教授のひっかけ。まんまとハマってるな」
「えー、そんなの見抜けないよ」
「コツを教えてやるよ。とりあえず間違えてるところ、やり直してみろ」
色々と書き込まれたノートがくるり回転して自分の前に置かれた。ペンは柄をこちらに向けて差し出される。ノートの余白には下手くそなブタの絵が描かれている。
ティームは眉根を寄せてペンを取り、姿勢を正してウィンにチェックを入れられているところを見直した。
右手が空いたウィンは、紙風船を今まで以上にポンと放って両手の間を行き来させて遊んでいる。
ねぇ、それおれのなんだけど。
「壊さないでくださいよ」
「分かってるよ。
……
っと」
かさつく音が大きく強くなった。顔をあげると、ウィンが強めに叩いたのか紙風船が少し凹んでしまい彼の手からテーブルに転がっていた。
「あーあ、これどこから膨らますんだ? ここか?」
「直接口をくっつけて吹くんですよ。難しいよ、破らないで」
おれまだ遊んでないんだから、と続けようとしたティームはしかし唇をぴったりと閉ざした。鼻で短く吸った息が肺に入る時にとくりと鼓動がなった。
うす平べったい手、骨ばっている指が、テーブルからいびつな紙風船を持ち上げる。それは軽くてもろいから力を入れすぎないように扱われて、口元に寄せられた。ふーっと息を吹き込む時、無意識に目を伏せる。ぱりっと乾いた音を立てて紙風船が丸く張りがある形に戻る。それを見てウィンは口角を軽く持ち上げて笑った。
あぁ、くそ。
前に、おれは先輩にとって何ですか、と口走った夜に両手で顔を包まれて上を向かされた。こういう存在、と笑った顔が今の顔と重なる。
「元に戻したぞ」
元には、戻っていない。
「力加減が難しいな。日本のおもちゃは繊細だ」
そんなことない、先輩はうまい。
「おい」
「なに?」
「
……
間接キ」
「うるさい」
ティームは嫌そうに顔を顰め、人差し指をウィンに向ける。黙ってくれという合図にウィンは片眉をあげて口を閉じた。そしてまた紙風船を空へ放ってキャッチする。遊びに戻ったウィンを見てティームもノートに視線を戻した。
ひそかに奥歯を噛む。
あの手の動きを、自分は知っている。
他事をしていても、その手がおろそかになることはない。常に意識が向いている。下から掬い上げて軽やかに浮上させる。落ちてくるものを乾いた手のひらで丁寧に包み込む。萎んだ部分は優しく呼気が入ってくると丸くなる。
元には戻っていない。ウィンを吹き込まれるのだ。彼で満たされる。
自分はそれをよく知っている。
「ウィン先輩」
大きくなりかけた胸の高鳴りを抑え込むようにティームは口を開いた。
「今日そっちで寝てもいい?」
そう言って目だけあげてウィンを見る。紙風船は彼の手の中におさまって大人しくなった。
「いいよ」
「ありがとう」
「飯は?」
「先輩の分も買って持っていくよ」
「了解」
「メニューはなんでもいい?」
「お前の食いたいものでいい」
そうする、何にしようかな? と思わずペンを置いて口元を緩めると、ウィンが手を伸ばして前髪を混ぜてきた。
頭を振って逃げても楽しそうな彼の手と笑い声が追いかけてきてくしゃくしゃにされる。
紙風船はテーブルの上を転がってティームの鞄にぶつかって止まっていた。
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