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くさかべ
2025-05-06 21:10:17
7677文字
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三つ首のけもののしるし
ヌヴィリオ/秘境まで公爵を迎えにいく最高審判官様のお話。
モチーフケルベロスなんだし左右に狼を従えているリオさん……いいよね……という動機で書き始めたのですがなんかちがうな……という仕上がりになりました。
※世界任務とか過去イベントとかやれていないものが多いので何かと矛盾していたらすみません。
ばう! と、鋭く獣の吠える声が聞こえた
――
ような気がした。
いつの頃からだったか、それはリオセスリが命の危機に瀕した時にたまに聞こえる幻聴だ。
警告するようなその響きと直感に従って、リオセスリは膝を軽く折って顔を背ける。
次の瞬間、背後から雷元素を纏った矢が飛んできて頬の近くをすり抜けていった。頭を動かしていなければ見事に後頭部に命中していたことだろう。
しかし、安堵に胸を撫で下ろすひまはない。リオセスリは回避をとった姿勢からなめらかな動きで前に踏み込むと、棍棒を振りかざすヒルチャールの顎を殴り飛ばす。ふっと小さく息を吐いて地面を蹴り、また別の敵が持っている盾を蹴り飛ばして背後に飛ぶと、先ほど矢をけしかけてきた相手に向かって氷元素を放ち全身を凍らせた。
黒い塵となって消える彼らの最期を見届けることなく、リオセスリは険しい顔つきで現在の戦場を見回した。
秘境に作られた小さな舞台にはヒルチャールたちが次々とわいてくる。射手、シャーマン、木盾を持った暴徒、どこからともなくスライムを掘り出して持ち上げようとしている者もいる。
それらの奥にはシールドをまとうアビスの魔術師の影が複数。色合いからしておそらく最低でも炎が二体と氷が一体。
「あれがおそらく親玉か。面倒だな
……
」
ふう、と吐き出したため息が白く凍る。リオセスリがもう幾度も放った氷元素で空気が冷え込み始めているのだ。神の目の加護のおかげでこの程度の冷気で身体に影響が及ぶわけではないが準備も不十分なこの状況で、しかも単独での長時間戦闘は望ましくない。
ちらりと秘境の入口を振り返る。出口目前のこの闘技場まで多少の道のりがあったため何が見えるというわけでもないが、そこに誰の気配もないのを確認しつつ、飛びかかってこようとするヒルチャールたちとの間に氷柱を作って距離をとる。
「
……
増援は望めない、か」
誰も来るわけがないのは自分がいちばんよく知っている。何せこの秘境に続く扉を閉ざしたのは彼自身だからだ。
「
――
まあつまり、いつもどおりってことさ」
皮肉げに唇を歪めると獰猛な笑みを浮かべ、リオセスリは低くからだを落とすと弾かれるように敵に向かって走り出した。
ヌヴィレットのもとにその報告書が届いたのは夕刻にさしかかろうとする頃合いだった。
最高審判官への来客や職員との取り次ぎを担当するセドナが、少し戸惑った顔で差し出した書類をいつもどおり受け取る。
「メロピデ要塞から、至急の報告書です」
「何か異常が?」
水底の揺らめきが水面に波紋をもたらすことはめったにない。かの要塞でのできごとについてヌヴィレットのもとに知らせが届くのはほとんどすべて、ことの収拾がついてからである。水の上による処断が求められるときも、判断に必要な情報は過不足なくそろえられ、適切に整った状態でさあどうぞとばかりにそっと差し出される。
それほどまでに落ち着いたのは彼がその地を治めるようになったここ数年のことではあるが、もうすでに当たり前となった状況が珍しく崩れたことに眉をひそめつつ、ヌヴィレットは報告書に視線を落とした。
それはリフィー地区の海中に新しい秘境の発生が確認されたという内容から始まっていた。要塞による監視範囲内の地点だったため管理者の指示のもと数名が事前調査に赴いたところ、作業中に突如扉が開いて激しい渦のような水流が発生。関係者一名が秘境の内側に吸い込まれたらしい。秘境に閉じ込められた者についてはメロピデ要塞にて対処中のためパレ・メルモニアによる援助は現状不要。ただし問題が解決するまで該当地域の海中活動について注意勧告が必要と思われるため、その対応を要請するというものだった。
「ふむ
……
」
ひととおり報告を読み終えたヌヴィレットは、記載の要請は妥当と判断した。どことなく不安げな顔をしているセドナに心配するほどのことではないと微笑み、担当職員に該当地域の立入制限を通告するよう指示を依頼する。秘境の現出はそう頻繁にあることでもないが、まれというほどでもない。前回は十年ほど前だったか、まだ資料も書庫の手前の方にあることだろう。
彼女の姿が扉の向こうに消えるまでを見送ると、ヌヴィレットは手にした報告書を再度ぱらりとめくった。
決められた書式で作成された報告書の一番最後には資料の作成者および承認者欄がある。承認者の署名はシグウィン。
見慣れた愛娘の名前と筆蹟にヌヴィレットはほんのわずかに目尻をゆるめ、しかし次の瞬間にはそれは険しく細められた。
窓の外に顔を向けける。薄曇りの空には青ではなく藍と茜がにじみ、日は暮れかけて月が顔を出そうとしている。
時計に視線を移す。定められた所定労働時間の終了まではあと半刻ほど。
逡巡は一瞬。
ヌヴィレットは椅子から立ち上がった。
フォンテーヌの海は夜でも明るい。日中の燦々ときらめく陽光の代わりに穏やかな月の光が差し込み、やさしく水に揺れるロマリタイムフラワーやルエトワールがほんのりと輝いて眠りについた海底を飾っている。
そんな休演日の劇場のような静けさを、青い何かが目にも止まらぬ速さで横切っていく。泡の軌跡を残して水中を突き進む弾丸のようなそれは、とある崖の前で急停止した。
勢いを残したままの水流が突然止まった背中にぶつかり、白銀の長い髪が流れに煽られて激しく踊る。フォンテーヌ廷からここまでの最短距離を何よりも速く泳ぎ抜けたヌヴィレットは、心がやわらぐはずの水中で不機嫌そうに顔をしかめ、目の前の崖
――
正確にはそこに出現した秘境の扉をにらみつけた。
古い遺跡を思わせるつくりの扉の、ペディメントの上部に刻まれた文様が妖しく輝いている。誰かがこの秘境の踏破に挑戦している最中という証だ。
その下の扉本体は薄く開きかけた状態で周囲の海水ごと凍り付いている。おそらく氷はもっと分厚かったのだろうが、時間の経過とあたたかな水に溶かされてしまったのか随分と薄い。この程度の厚さであれば割るのに時間を取られることもないだろう。ヌヴィレットは冷たい氷をいたわるようにそっと指先で撫でた。
誰が秘境の扉を氷で閉ざしたのか。
メロピデ要塞の今代の管理者は外部に提出する書類について、すべて自分でも目を通す男だ。さすがに日常の消耗品の請求書まで本人がサインするわけではないが
――
とはいえその内容も彼は把握していることだろう
――
、最高審判官が直接手にするようなレベルの報告書に作成者側の最高責任者の署名がないということは通常ありえない。つまり、承認が必要な際に彼は不在であり、かつ彼の帰りを待たず報告書の提出が優先される状況だったということだ。
となれば、秘境に沈んだ関係者一名が誰なのかは明白だった。正体不明の秘境の調査に、神の目を持ち、最終的な責任を負える存在が同行するのは理にかなっている。突如発生した渦から部下たちを庇って呑み込まれ、続いて彼らが巻き込まれないように扉に向かって氷元素を放つ姿が目に浮かぶようだ。
怜悧な眼差しをすっと細めたヌヴィレットは、周囲の水を圧縮すると扉を閉ざす氷に向かって容赦なくぶつけた。氷に大きなひびが入り、白く濁った次の瞬間にはバラバラとほどけるように破片となって水に流れて散っていく。
支障物の除かれた扉は止まった時を再開させ、ぎい、と軋むような不吉な音を立てて閉まり始めた。ヌヴィレットはその隙間にねじ込むように身体を滑り込ませる。長い髪の先が扉をぎりぎりくぐり抜けると同時に、ごぅんと重い音が響いて完全に扉がしまった。
水中に入口があったとしても内部も同じ状況とは限らない。入り込んだ先の構造は秘境としてはよく見かける類いのものだった。仙境を思わせるような、幽遠なもやの立ちこめる中に古ぼけた石畳の敷き詰められた円形の舞台が浮かび上がり、細い通路でつながっている。
秘境は冷えた空気で満ちていた。濡れた頬を刺すようなそれにヌヴィレットは凍った睫毛を伏せ、髪や服からしたたる水を一箇所に集めて霧散させた。粉々に砕けた水がちりちりと音を立てて凍り付き、光を反射してきらきらと舞う。
自分の作り出した幻想的な光景を無視したヌヴィレットが、さてどちらが出口につながる道かと視線をさまよわせていると、ぱきん、と氷が割れる音があたりに響いた。音の発生源と思しき方を振り返る。
四つ足の獣の姿をした水元素生物がヌヴィレットを見上げていた。ふっさりとした豊かな体毛と尾のある、一般的には犬や狼と呼ばれるたぐいの生きものを真似ているようだ。
「
……
」
雪でも降り出しそうな冷気に満ちているせいか、そのけものの足先や毛先は白く凍っていた。ヌヴィレットの視線を受けた水の狼は、彼にくるりと背を向けて歩き出す。狼が一歩進むごとに、その凍った足先がぱきんぱきんと音を立て割れ、また凍る。先ほどの砕氷音はこの足音だったのか。
足を止めたままのヌヴィレットに気が付いたのか、彼は少し先を行ったところで立ち止まり、こちらを振り返ってゆるくしっぽを振った。
ついてこいと言いたいのだと理解して、ヌヴィレットはかつんと杖をつくと彼を追いかけて歩き出した。けものの導く先にはヌヴィレットの求めるものがあるのだと疑うまでもない。
なにせ先導するこの狼は、メロピデ要塞の執務室の扉の上に掲げられた獄守犬そのままの顔立ちなのだから。
おそらく途中いくつか行く手を阻むギミックがあったのだと思われるが、それはすべて解除されていた。機能を停止した装置を横目に眺めつつ進んだ先にみえた、最後の舞台には激しい戦闘の痕跡が見受けられる。
盾や武器の類いであちこちを抉られた床、焦げた木の枝にまとわりつくようにぱちぱちと弾ける雷元素の爪痕。
しかし何より目を引くのは獣の牙のように先の鋭く尖った山脈のような氷柱の軌跡だった。
石舞台の中央では、秘境からもとの世界へとつながる装置が起動して静かに瞬いていた。どうやら挑戦者
――
リオセスリはヌヴィレットがここに辿り着くまでに秘境の脱出条件を満たしたようだ。
勝者は氷の柱を背にして座り込んでいた。その黒いうしろ姿を氷越しに見留めたヌヴィレットは、少しばかり足を早めて彼のもとに急ぐ。その後ろを凍りかけの水の狼がゆったりとした足取りで追いかけた。
「リ、
……
」
名前を呼びかけたヌヴィレットは口をつぐんだ。膝を軽く抱えるようにして座り込んでいるリオセスリは目を閉じ、ふさふさとしたコートの襟に顔を埋め、彼の横にうずくまるもう一匹の水の狼の背にもたれかかっていた。
ヌヴィレットはその場で足を止め、淡藤の瞳を見開いて彼の姿を見つめた。頭部のぴんと立ち上がった毛先から煤けたブーツの爪先まで、異常がないか精査するようにつぶさに観察する。擦り傷や打撲痕、多少の出血が認められるが命に別状はなさそうだ。ゆっくりとした呼吸で上下する胸の動きまで確認し、ヌヴィレットは詰めていた息をふうと吐いた。
立ち尽くしているヌヴィレットをその間に追い越した案内役の狼はリオセスリの懐に辿り着くと、目を細めてぐりぐりと頭を彼の膝に押しつけた。ぴたりとからだをくっつけてその横に座り込む。
おそらく疲れて眠っているのだろう彼は、けものの接近や触れあいにも警戒したようすはなく目を覚まさない。
寄り添い合うようなけものたちのようすにヌヴィレットは目を細める。
「
……
流れぬ水はやがて淀み濁るものだ」
リオセスリの体重を支えていた狼がその声に耳を震わせて視線を上げる。
けものたちを構成する水元素は、凍りかけているということを除けば一見澄んだもののように見えるが、水を治めるものの目はごまかせない。もとは純水精霊だったのだろう彼らは幾重にも混じり、ひとところに留まり続けたせいで陰りを見せ始めていた。
ヌヴィレットは、いつだかホテル・ドゥボールでの会食でリオセスリが語っていたことを思い出していた。酒精を帯びたアイスブルーがやわらかく溶け、ゆるんだ口からこぼれた雑談だ。たまに狼の吠え声が聞こえる。それはだいたい拳闘で追い詰められたときやちょっとした危機に陥っていることに気が付いていないことを警告するもので、それに助けられて命を取り留めたことが幾度かあると。
胸元と手の甲に飾った狼のエンブレムを指先で撫でながら、俺には狼の幽霊でもついているのかなと軽口を叩く彼の姿をヌヴィレットは正面から見ていた。確かにそこに二匹のけものがいると、氷元素の神の目を授かったリオセスリがまず帯びることのない水の気配について指摘するか逡巡し、結局スープごと呑み込んだ記憶を。
「還る先が分からないというなら私が道を示そう。君たちが濁るのは彼も望むまい」
狼たちは
――
かつて彼の兄弟姉妹であった者たちの名残でできた水のけものは動かない。静かな眼差しを向けたまま、穏やかに覚悟を決めているその姿は彼らが寄り添う主人の在りようによく似ていた。
ヌヴィレットは諦めたようにため息をつくと狼たちの前に膝をついた。その額をそっと撫でる。本当の狼であればふさふさした毛皮の毛並みを味わえたのだろうが、返ってくるのはたっぷりとした水の弾力でやわらかく押し返されるような感触だ。
触れた手のひらから彼らの濁りを吸い取ったヌヴィレットは、集めた濁水をもやの向こうに投げ捨てる。
「処置はしたがあまり長くはもたない」
分かっていると言いたげに瞬いた二匹は、眠っているリオセスリの頬に両側から鼻先を押しつけると、ぱしゃりと水が床に落ちる音を残して輪郭をほどいた。
支えを失ったリオセスリの上体がぐらりと揺れる。ヌヴィレットは慌てて手を差し出して代わりに彼を支えた。顔を包むように触れた手のひらにリオセスリがむずがるように頬を擦り付けて、声もなく何かを呟いた。唇の動きでそれを読み取ったヌヴィレットがぱちりと瞬くのと同時に、はっと彼も目を開いた。
「
……
」
「
……
」
リオセスリはおもむろにからだを引いてヌヴィレットと距離を空けた。存外やわらかかった頬の感触が離れていくのを惜しみながら、ヌヴィレットはその距離を受け入れる。共鳴しなくとも彼が無防備をさらしたことで羞恥の念に駆られているのは先ほどまで血の気を失って青白かった顔色があわく紅潮していることで伝わってくる。手負いの獣を深追いしてはいけないという分別くらいは持ち合わせていた。
自分で作り出した氷柱の残骸に上半身を預けたリオセスリは、眠気を飛ばすようにぱちり、ぱちりとまたたきを繰り返す。少しうつむき、自身の周囲に広がる水たまりに視線を落としたかと思った次の瞬間には、聡明さを取り戻した薄青の目をヌヴィレットに向けた。
「
……
看護師長か?」
「シグウィンからは書式に則った報告書を受け取っただけだ」
これから会うことになりそうだが、とヌヴィレットはいささか冷たい視線をリオセスリに向けた。シグウィンの診察と治療を受けたリオセスリがベッドに入るまで見守ることを決めたことを察知し、あんたがいると看護師長が張り切ってミルクセーキの量が増えるんだが
……
とリオセスリはうんざりとした顔をして天を仰ぐ。
「俺に何が起きても報告書には書かないように言い含めていたはずなんだがな」
「書類の作成者は指示を守った」
証拠ならここに、懐から取り出した報告書を突きつけると彼はそれにざっと視線を走らせ、首を回してを肩を竦めた。文責の看守は指示通りリオセスリの名前は伏せている。しかし秘境の危険性を知らせる必要もあり、閉じ込められた者がいるという事実は記載する選択をとった。リオセスリはまあ妥当な判断だな、と自身も納得する部下の文句のない仕事っぷりと、目の前の最高審判官様のご機嫌うるわしくない麗しい顔面を交互に見遣る。
「でもこの内容でわざわざ、最高審判官様が?」
「リオセスリ殿のサインがない時点で誰が秘境にいるのかは明白だ。それに本日は既に退勤している。犯罪や公序良俗に反しない限り私的な時間をどこでどう過ごそうと咎められるいわれはない」
それはそうなんだが
……
、とリオセスリはため息をついた。
「屁理屈がまあお上手になって
……
まったく誰の影響なんだか
……
」
「教師ならちょうど目の前に」
「あんたにわるいことを教えたって看護師長に怒られたらどうしてくれるんだ」
「私が君と親交を深めていると知ったら喜んでくれるだろう」
「だから問題なんだよなあ
……
」
ぼやきつつ、どこか気だるげな調子でリオセスリは膝に手を置きゆっくりと立ち上がる。秘境からの出口が現出しているのにその近くで休んでいたのは思っていたより負傷や疲労が深刻だったのか。心配の色を瞳に乗せたヌヴィレットが手を貸そうと近付くと、リオセスリは気まずそうに視線をそらした。
「
……
たいした怪我はしてないよ」
「左足を引きずっているな」
独特の縦長の瞳孔を少しばかり膨らませて遺漏なく異常を拾いあげたヌヴィレットからの指摘に、リオセスリは降参とばかりに両手を挙げた。
「あー
……
最後の一体とやり合ったときにちょっと捻った。軽い捻挫だろうからなんならヌヴィレットさんは先に戻って、っ」
リオセスリのことばを終わりまで待たず、ヌヴィレットは彼の膝の裏をすくうとひょいと抱え上げた。
「おい、ヌヴィレットさん!」
突然横抱きにされてぎょっとしたリオセスリが自身の背を支える腕を掴んで揺する。が、ほっそりとした腕はびくともしなかった。
「足を痛めているなら負荷をかけるべきではない」
抗議の声を無視したヌヴィレットは、大柄な男性を両腕に抱え上げているとは思えないような軽やかな早歩きですたすたと出口に向かう。見るからに鍛え上げられた体躯の持ち主であるリオセスリと比べれば華奢な体格だが、ヌヴィレットはその抵抗を押さえつけられるだけの腕力を備えている。幾度か身じろいでその腕から逃れようとしたものの、動くたびにきつくなる拘束にリオセスリは早々に脱出を諦めた。その代わりによくまわると評される舌での抵抗を試みる。
「ここまでしてもらわなくても肩を貸してくれれば十分だって」
つんと澄ましたまま何も言わないヌヴィレットの横顔を見上げ、「せめておんぶとか
……
」と小さく呟くと、少しばかり色の濃くなった紫色がじろりと腕の中の男を見下ろした。
「このあとは水中だ。背負うより抱えていた方が泳ぎやすい」
「水の中なら足に負荷は
……
」
「怪我人はおとなしくじっとしていなさい」
ぴしゃりと言い切り、ヌヴィレットは秘境から戻るための装置を足で蹴って起動させる。もしかして怒っているのかこのひとと、ようやく気が付いたリオセスリはついにおとなしく口をつぐんだ。
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