こゆ
2025-05-06 16:19:19
4584文字
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MONOQLO

スワロー時代のペンギン+シャチの話。
夜明けとともに色づくこの感情に、恋と名づけるかも知れない。そのままにしておくかも知れない。

ノベロオンリーお疲れ様でした!!2継続開催おめでとございます!!



※AI学習無断転載禁止







MONOQLO


夢を見た。父さん母さんだけではなく、ペンギンまでおれの目の前からいなくなってしまう夢を。
夢の中のおれはあまりにも無力で、何も出来やしなかった。両足は地面に縫い付けられでもしているかのようにぴくりとも動かなくて、ペンギン逃げて、と思い切り叫んでいるはずなのに満足に声も出せなくて、薄ぼんやりとした視界だったはずの夢の中、目の前でペンギンの身体が人の形を失った瞬間だけはやたらと鮮明で。残酷なその映像は、何よりも深い赤で。


夢から覚めたはずの今も、瞼の裏側に赤がべっとりと貼り付いていて拭うことも出来ない。瞬きをすると見るもの全てが赤に染まっている錯覚に陥る。
眠気なんて酷い悪夢のせいで一瞬で吹き飛んでしまった。隣で寝てるペンギンの心臓の音を確認して、ここがヴォルフの家で自分は何もできない子供じゃなくて、隣の部屋にはローさんとベポがいる現実いまだと確認した。
それでも。
隣のペンギンを起こさないよう静かに立ち上がった。
起きても部屋は真っ赤なままだったから。
ペンギンも真っ赤で見ていられなかった。
少しでもあの赤一面の光景を忘れたかった。
早く忘れないとやがて現実になってしまいそうで怖い。
部屋を出て、ひたひたと廊下を滑るように移動してそっと玄関で靴を履く。
ちょっとだけ、そう思ってまだ凍えるような寒さの風に頬を晒した。
いつか、ペンギンのいない世界が来る、そう考えただけで、リアルな恐怖が背筋を這い上がってく。恐怖そのものが何本もの黒い蔦となって足元から絡みついてくるイメージが脳裏に浮かび、ただの夢、ただの妄想なのに。部屋で寝ているペンギンが真っ赤に見えて、叫んで起こしてしまいそうだった。
無意識に強く唇を噛み締めた。痛い。苦い。鉄の味が口内に広がる。力を込めすぎて唇の端を噛んでしまったようだ。
全身で感じる、寒さと痛さ。
でも、この震えるような恐怖よりマシだ。



「シャチ、何してんだよ」
「あ……ペンギン、……起こしちゃった? 」
寒さの痛みが麻痺してきたころ、ギイって急に扉が空いて、玄関に引き摺り込まれる。まだ滲んでいる唇の血を隠すために手の甲で口端を強く擦り、笑顔を作ってみた。
「あはは、何か寝れなくて」
けれど。
「無理して笑うんじゃねェよ」
出来合いのお粗末な作り物でペンギンの鋭い観察眼を欺けるわけもなく、あっさり見破られた。
……、うん」
これ以上誤魔化しても何の意味もない。素直に頷く。いつもならもっと上手い言い訳も出来るだろうに、今のおれにはあまりにも気力がなかった。甘えているのかもしれない。これは、甘えなんだと思い知る。ペンギンの隣にずっといたいという甘え。
ペンギンの前じゃなかったらこんなおれは出てこない。これがローさんやベポの前だったらいつもの元気なおれを演じられるはずだ。
おれの手を引いて「とりあえず、部屋に」小声でそう言うペンギンの指が、おれの冷たく固まってしまった指をぎゅって強く握った。ふたりで部屋に戻って同じ毛布に包まれば、あんなに赤くて怖かったか部屋はいつもの見慣れた四角い箱だった。
「どうした」
ペンギンは固い表情のままに、手短に聞いた。でも、その声には紛れもなく心配の色が滲んでいて。強張った指先を一本一本温めるように伸ばしてくれた。
「その、笑わないで聞いてくれよ。……怖い夢を見て」
「笑わなねーよ、でもなんだって外へ……?」
「怖いよりは寒い方がいいから、」
ペンギンに無用な心配をかけてしまうことを避ける為にも夢の事を簡潔に話した。簡潔に話したと言うよりも、覚えていることはそう多くはないから結果として話が簡潔になってしまったと言う方が正しい。
話をしている間、ペンギンは黙って聞いてくれた。
優しく相槌を打って貰うよりも、その方が今はずっと話しやすかったし次第と心も落ち着いていった。
この部屋の空気に、血の通ったペンギンを感じられたおかげもあるかもしれない。恐怖は幾分かマシになり、瞬きをしても不気味な赤はもう見えない。
話し終わった後にペンギンから返って来たのは、たった六文字の言葉だった。
「ただの夢だろ」
「ん、ペンギンならそう言うと思った」
予想通りの返答に妙に安心する。ペンギンはペンギンだ。ここにいる。
「おれはシャチの隣にいるさ。ずっと色々あったから……シャチが不安になるのもわかる」
冷静沈着なペンギンと話してると、自然と不安や恐怖が溶けていく。ひとりじゃないというのは本当に大きいし、ペンギンがある限りおれは孤独を知らない。
だからこそ。
「本当に怖いのは今じゃなくて。おれはひとりになったことがないから、だから。知らないことが怖い……
……、そうか」
ひとり取り残された自分を想像して震えた。
ペンギンがいない世界のおれ。姿かたちはおれでも、それはおれじゃない。シャチと言う名の、おれじゃない存在だ。
「でもそんな心配いらねーんだよシャチ。おれはここにいるから」
ペンギンはおれよりも一個だけ歳上な大人な顔をして、少し乱暴に頭を撫でてくれた。
それだけで、心がホワホワと暖かくて。知らず、頬が緩む自分に気付く。
「いい顔になったなシャチ」
ペンギンもまた、ニィと口角を上げて少し意地悪っぽく笑ってくれた。その笑顔に何かとても温かい気持ちが込み上げて来て、ペンギンのその声と表情が嬉しくて。
つられて、へにゃって笑った。ペンギンはいつもおれを笑顔にしてくれる。
でも、
「シャチはおれをいつも笑顔にさせてくれる。ありがとな、シャチ」
「は、」
思わず上がった口角が一時停止して、キョトンとしてしまった。
それはうそだ。
逆だ。
「シャチ」
返事をしないでいたらもう一度呼ばれた。
「シャチ」
ゆっくり顔をあげて、目が合った。
「やっと見た、シャチ」
おれの名前を呼ぶペンギンの口元は、いつもおれに見せてくれる柔らかい微笑みで。
「シャチ、って名前呼ぶと口がイーって上がるだろ?ほら、見て。笑顔んなった」
にーって、ペンギンはえくぼが出来るくらい口の端を吊り上げた。
その顔が、おかしくて。ふはっ、吹き出してしまった。
「おれさ、今のレストランで最初ぜんぜん笑えなくて」
「うん」
わかる。たくさんの知らない人と毎日会わなくちゃいけなくて。しかも接客の基本は笑顔だ。わかっていても、緊張から顔は強張るし、足にも手にも力ばかり入ってしまって。おれも、働かせてもらっている美容室の初日は散々だった。
「でも、口の中で小さくシャチの名前呼んだら自然と笑顔になれてさ。店に出る前に鏡の前でシャチの名前呼んで練習してたんだ」
照れながら、でも茶化せないような雰囲気の真面目な顔のペンギン。
おれも、ペンギンの名前口に出すと心があったかくなって。おれも同じ気持ちだよ、そう伝えたら良かったのに。ぜんぜん言葉がでなくって。
ただ、ペンギンが『シャチ』って口元を綻ばせておれの名前を呼ぶ顔をまじっと見つめて。
思わず勢いをつけて、思い切り抱き締めた。
「ペンギン!!」
「うわ、何飛びついて……っ」
流石に予想外だったのか、ペンギンはされるが儘になってくれた──……のも束の間、両手で肩をぐいぐいと押し返される。
「こら……っ、」
「ペンギン、大好き」
大切な、かけがえのない仲間。その想いを込めたありのままの言葉は自然と口から溢れ出たものだった。
暖かい、おれの、ペンギン。
ペンギンがどんだけ『生きてる意味』がわかんなくなっても、おれはペンギンに生かされている。
おれのなかの大好きが、今溢れた。
……っ、急に何だよ」
「急にじゃない、いつも思ってること」
身体を少し離してペンギンの顔を見ようとすると物凄い早さで逸らされ、表情を見ることは出来ない。けれど何故か、おれを押し返そうとしていた手は少し熱くなっていた。
もしかして、照れているのだろうか。あの、ペンギンが。
不意に悪戯心がわいてきて、背筋を伸ばしてペンギンの顔を覗き込もうと試みてみる。
あと少し、あともう少しで……
「なァ、ペンギン」
「明日も早いんだからもう寝ろって」
「あ」
その試みは成功するはずもなく、近付いていた身体はいとも簡単に引きはがされた。
ペンギンの顔はもういつも通りだった。
 
ペンギンだって慣れない環境の変化、安堵、過去を振り返る暇があったかはわからない。しかし、不思議と疲労した様子は感じられないが、上手く隠しているだけかもしれない。だってペンギンだ。その可能性は大いにある。
「おれは寝れる気がしねーから、シャチは寝な。夜明けまでまだある」
短くそう言ったペンギンは、おれの頬をおもむろに摘まんで軽く引っ張った。そのまま、毛布ごとこてんと倒されて、ペンギンを見上げる形になった。
「いひゃい……っ、ペンギン寝ないの?」
「誰かさんのせいでな」
「え、おれ?……そりゃあ心配かけて悪かったよ、おれもすっかり目も冴えちゃったし朝まで一緒に起きてよっか」
弱い力で引っ張られたはずのそこは、不思議と後を引くように微弱な感覚が残っていて。
擽ったいような、嬉しいような、新鮮な感じ。
触られた頬がじわじわと暖かなる。
「いいよ、シャチは寝ろよ。寝れそうな顔してる」
……ん、」
そう言われて、すっかり瞼が重くなっていることに気づいた。ペンギンにこめかみをぐるぐる撫でられて、そのまんまふたり黙った。夜の静寂が取り戻されて。もうこれで今晩の会話は終わってしまうかと思ったけれど、暫くしてペンギンが口を開いた。
「なァ、シャチ」
「ん、なに?」
……俺もさ、シャチのこと」
不自然に区切られたその言葉の続き。それが妙に気になって、でも瞼が重くて。その原因は緊張か、期待か、別の何かかなんて、はっきりとは分からない。全部かもしれない。だから催促も出来ずに、聞き逃さないように耳を澄ませるだけ。
「すげェ大事だよ、シャチ」
ようやく聞こえてきた台詞を紡いだ声はいつになく優しくて、どこか甘い。それを飲み物に例えるなら、ホット柚子とかジンジャーレモンとか。砂糖じゃなくて蜂蜜入りの、甘酸っぱくて泣きたいくらい安心する、あの大好きな。
「ペンギンおれも」
それきり、おれたちの会話は今度こそ終わった。
耳を擽った甘さは消えてくれなくて、おれの視界を塗りつぶした赤なんかよりもずっと心に残った。何故だろう。
少し伸ばせば触れられる距離にあったペンギンの手に自分の手を重ね、無性に握りたくなった。
ペンギンは窓の外を見ていて、どんな顔をしているのかわからない。
隣に並んだと思えばすぐに一歩先を行かれてしまうような。いつもちょっと足りないくらいの、追いつけない年の差のように。
ペンギンは、それ以上何も言わないままだから、そのままにした。
この温かくて正体の分からない甘さに、ツンとした酸っぱさは飲み込んで、ただただ暖かくてホッとするそれに何も知らずもう少し浸っていたくて、「ペンギン」って心の中で唱えて瞳を閉じた。


早く朝になって欲しい。
でも、この夜が明けてしまうのが惜しい。
この感情の名前をまだ、知らない。