kurotera
2025-05-06 15:13:50
20611文字
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5/4スパコミ無配/イノブレIB】楽園

『無垢な神の息吹』がミカエル様に作り替えられた話
注意:名前ありのモブ出てくるがかわいそう
最後に解説あり。
発端:Blueskyにて
私「使徒、全員FFみたいに洗脳とか何かしらされてミカエル様の使徒になって欲しい欲はあるし、ザドギエルさんは正直な所信心深くないからしぶといけどミカエル様お手製のマリアヴェールを被せられて強制的に自我を封じられて欲しい。誰か書きませんか」
私「えーん、ミカエル様、洗脳した五人のためにおうちを作ってください……任務以外では穏やかにそこで暮らす無垢な五人が見たいんです……」
私「書くか?」

自分でもビビり散らかすぐらいにはサクサク書けた。
手に取っていただいた方ありがとうございました:)

「使徒様のお世話係、ですか」
 ある日、修道院長様に呼び出された。幼馴染みのシャルル、ニコラと一緒にだ。他にも数人、立派な書斎に呼び出されていた。相変わらず厳格な顔を崩さない修道院長様は僕達にさる使徒様のお世話を命じた。
 使徒、というと『教会』の悪魔祓いを担う人々のことだ。主より特別な力を与えられ、その御力によって悪魔を祓い、この世に平穏をもたらす。
「そうだ」
 修道院長様が重々しく頷く。
「教皇ミカエル様の大切な使徒だ。誠心誠意をもってお世話するように。明日の朝、聖堂奥の扉から彼らの住まいを訪ねなさい」
「使徒様達のいらっしゃる寄宿舎ではないのですね」
「特別な方々だ」
 それだけを言って、彼は僕達に背を向けた。
「粗相のないようにな」

 朝早く、聖堂の奥、限られた者しか通ることの出来ない通路へと通された。流石に緊張して、皆黙りこくっている。
 殆ど光の入らない通路を抜け、扉から出るとそこは美しい庭園だった。楽園とはこういったものなのだろう。鮮やかな木々と咲き誇る花、どこかから聞こえる鳥の囀り。全てが空から注ぐ光で、輝いて見える。
 シャルルがその美しさに、思わずため息を吐いている。ニコラも言葉を失っているようだった。そんな僕達を、若い神父は黙したまま導く。小道を進み、小川の太鼓橋を渡れば、白い館が見えた。
「行きなさい。あそこにお前達が世話をする使徒がいる」
 美しい庭には不釣り合いな冷ややかな声で神父は告げた。案内はここまでだと言いたげに館を指さす彼に礼をし僕は館へと向かう。シャルルとニコラ、そのほかの若い修道士たちも続いた。
 玄関の門には小さなベルがあった。垂らされた紐を引けば、からんからん、と軽やかな音が鳴る。
「ごめんください、本日よりお世話係を仰せつかった修道士です」
 扉向こうに呼びかければ、暫くして扉が開いた。現れたのは僕達と年の変わらない男の子だ。
 アプリコットの髪に、ベイビーブルーの目。少し驚いた顔をさせてから目を細めてこちらをじっと、見つめている。
「あの……?」
「っ、ああ! そっか、もう来たんだ? ごめんごめん、すっかり忘れてた! ようこそ、お世話係さん!」
 僕の呼びかけにぱっと顔を明るくさせて、彼は扉を開け放った。さあ、入ってよと僕達を招き入れる様子は、そこらへんの人間と変わりない。
「俺はラジエル。ここに住む使徒の一人で、お世話係の面倒をみる係なんだ。とりあえず中に入って話そうぜ! お茶を淹れるからさ!」
 ラジエル様に促され館に足を踏み入れる。天井や床、壁、殆どの調度品が真っ白だ。僕達の修道士服の黒さが、目立つ。
 ラジエル様に世話係の修道士達が使う別棟へ案内され、そこの居間で紅茶を振る舞われた。前任の世話係の一人か二人はいそうなものなのに、誰もいない。
「前任の方は?」
「故郷に帰ったり、聖都を出たり。もうどこも、随分と平和だから」
 ラジエルは慣れたような口ぶりで語った。シャルルやニコラ、他の修道士たちも疑問を口々にラジエルに向けた。これからここで何をすればいいのか、ここの決まりは。
「なあ、あんただけなのか?」
 ニコラの疑問に、ラジエル様は首を横に振った。
「俺含めて五人住んでる。良い奴らだよ」
「今は?」
「待って、誰が誰の世話をするか割り振りするから……
 僕たちがお茶を飲んでいる間、ラジエルは僕が渡したお世話係のリストを眺めて割り振りを考えているようだった。美味しい紅茶を飲みながら盗み見た彼の横顔からは感情をうかがい知る事が出来ない。彼が悪魔と戦い、時には背信者を滅ぼす特別な使徒だとは思えなかった。
「おまたせ! それじゃ、発表するからな!」
 最後のスコーンを囓った頃、ラジエル様は僕達の前で紙を読み上げた。シャルルはハニエルとザドギエルという使徒の世話係、ニコラはサマエルという使徒の世話係だそうだ。他の修道士も、だいたいどちらかに割り振られていた。
「それで、君は――サンダルフォンのお世話係な」
「サンダルフォン、様?」
「そう。俺達のリーダー。なんか君ならいけそうだし。ついでに今回のお世話係さんたちのリーダーもやってよ!」
 あっけらかんとラジエル様は言い放つ。
 まあ最初は俺がついてるから、大丈夫だって! と背中をばしん、と叩かれた。頷いた僕にラジエル様はにぱっと笑う。どこからどう見ても、普通の男の子だった。

「ハニエルは臆病だから、目を合わせないようにしてやってくれよ。ザドギエルは……最初はちょっと怖いと思うけど、すぐに慣れる。俺たちを守ってくれる優しい奴だよ」
 ラジエルが僕とシャルル、あと何人かを連れて館の中を案内する。真っ白な廊下、そこに並ぶ扉の一つで立ち止まり、こつこつこつと扉を叩いた。
「ハニエル、ザドギエル。新しい世話係が来てくれたぜ」
……はい、ラジエル」
 扉の奥から微かに聞こえた返答に、ラジエル様が扉をそっと開ける。
 中の様子を見たあと僕達をその部屋に招き入れた。
 そこには二人の使徒がいた。彼らも僕らと同じような年頃に見える。一人は少しだけ、年上かもしれない。
 リラ色の髪の華奢な使徒と、マリアヴェールを被った背の高い使徒が白いソファで隣り合って座っている。
「紹介するぜ。ハニエルと、ザドギエル。俺の仲間だ」
…………お世話係、さん」
 ハニエルと呼ばれたリラ色の髪の使徒が首を傾げる。
 どこか幼く見えるその容姿に僕は驚いた。彼も悪魔を祓うというのだろうか?
「ザドギエルさん、お世話係さんです。善い人たちだといいですね……
 ハニエル様が隣の使徒に囁いている。もう一人の使徒、ザドギエル様は、ハニエル様の言葉にぴくりと肩を震わせたが、言葉を発することも、こちらを見ることもしなかった。顔も薄いマリアヴェールの陰に隠れて、うかがい知ることは出来ない。
 ただ、ムーングレイの長い髪が垣間見えるだけだ。
「基本的に二人の世話のことはハニエルに聞いてくれればいいよ。ザドギエルは悪魔の呪いの後遺症で……話せないんだ。でもハニエルが面倒見てるから、大丈夫。それじゃ、明日からよろしく頼むぜ。ハニエルもザドギエルも、優しくしてやってくれよ」
 次に通されたのは、サマエル様の部屋だった。
「サマエル」
 ノックもせずに部屋の扉を開ける。薄暗い部屋、窓の傍で一人の使徒が腰掛けている。こちらをちらりと見たがすぐに目をそらした。
「入るな」
「感じ悪」
「こらっ」
 ニコラが呟くのを焦って僕は窘める。どんな言葉が使徒を怒らせるか、分からない。
「世話係が来たよ。お前はいらないって言うだろうけどさ。とりあえず神父が手配してくれたんだから、欲しいものとかある時に言いつけるぐらいしろよな。……俺もちゃんと見てるし」
…………
……あー、じゃあ俺の世話してもらっていい?」
 渋い顔のニコラにラジエル様が苦笑いを向ける。ニコラはあいつよりはましだろうと言った顔で、頷いた。
 早々に扉を閉めて、それじゃあ神父にこの書類を持って行ってよ、とラジエル様はニコラ達に頼む。書類を受け取り去って行った彼らを見送り、彼は僕に向き直った。
「サンダルフォンは今任務中なんだ。また戻ったら挨拶に行こうな」
 それじゃ、これが任務の無い一日の流れ、と羊皮紙のメモをラジエル様が渡してくる。なんの変哲も無い、修道院の一日と同じだった。
 
 一ヶ月が経つ。ラジエルさんはよく僕たちの顔を見に来た。他の三人は館の中ですら、あまり見かけない。ある日にハニエル様とザドギエル様が任務に向かうのか、隊服とマリアヴェールを纏って館を出て行くのを見かけたぐらいだ。挨拶の日に無反応だったザドギエル様がしっかりとした足取りで歩いているのを見て、少々驚いた。
「ハニエル様はお優しい方だよ。最近は一緒にお祈りをしてくれる。君も一度、ハニエル様たちの部屋に一緒にお祈りに行こうよ」
 休憩中のシャルルがうっとりと語っている。ニコラが買ってきたスコーンを頬張りながら己の主を語るさまはどこか恋する少女のそれにも似ていた。彼らの世話をする修道士は、最近だいたいこうだ。
「ザドギエル様は?」
「ハニエル様が信頼をおいているのだからきっと素晴らしい御方なのだろうけど、まだ少し怖いんだ。時々、あのマリアヴェールの奥の目がこっちを見てるのが分かるけど、それがなんだか恐ろしくて……ああ、駄目だよ、ハニエル様に言わないで。嫌われたくない。あの方に嫌われるなんて考えたくないんだ。ザドギエル様も悪魔との戦いで、ああなってしまったんだ……
 想像しただけでも心が痛いと言うシャルルに小さなため息を吐く。ニコラが本来担当するはずのサマエル様の様子を聞けば、苦り切った顔で首を振った。部屋から時折、気味の悪い音がするらしい。
「ほら、蛇みたいな音」
「蛇みたいな?」
「シューッ、って威嚇するじゃん、蛇って。ああいうの。ぶっちゃけ近寄りたくないから、俺はこのままでいいよ」
「彼は任務に行っているのか?」
「さあ? ラジエルさんは部屋によく入ってるし、この前二人でどこかに行ってたみたいだけど……つーか、そっちはどうなんだよ、サンダルフォン、だっけ?」
 僕は首を横に振った。任務からは帰ってきているようだが、彼は教皇の護衛の任も請け負っているのであまり帰ってこないらしい。
 結局、まともに会話が出来るのはラジエルさんぐらいだ。彼は僕達と同じように見えた。まだ、人間みがある。
「慣れた?」
 ある日、ラジエルさんが声をかけてきた。はい、と頷けばよかったと彼は笑い、少し困ったように眉根を下げた。
「ほら、ハニエルもザドギエルもサマエルもさ、最初は皆戸惑うんだよ。でも本当に良い奴らだからさ、これからも頼むぜ。サンダルフォンは中々帰ってこないけど、きっとあいつも喜んで迎えてくれるから」
……ラジエルさんは、彼らとずっと任務を?」
 思わず疑問を口にすれば、ベイビーブルーの目が微かに細まった。迂闊な質問だったなと僕は後悔したがラジエルさんは人なつっこい笑顔で頷いた。
「ずっと。俺らは一緒に使徒になって、悪魔と戦ってきて……こうなった。これからもずっと、どんなことがあっても、五人だって誓ってんだよ」
 ラジエルさんはきっぱりとそう言った。

 夜、寝つけなくて水を飲みに行けば使徒の館に人影が二つ見えた。こんな夜更けに、と思わず僕はそこへ向かった。物陰に隠れ、様子を窺う。
……頼む、お前だけでも……ラジエル……
「ごめん、ザドギエル……置いていけない。お前も、ハニエルも、サマエルも……サンダルフォンも」
「もうどれだけ、こうしてお前と話せるか分からないんだ……俺はいい、魂を封じられても身体は動く。あいつらを守れる……でもお前がまだ正気を保っていられるなら、ラジエル、ここから逃げてくれ」
……どこに行けって言うんだよ。もう俺も……、分かってるだろ? ザドギエル、俺一人だけじゃ、無理だ……
…………
「それに、俺がいなくなったらお前、本当に出てこれなくなるだろ。それも嫌だよ、俺。見捨てたみたいになるじゃん」
 暫く二人は沈黙していた。ザドギエル様が話している事にも驚いたが、僕は二人が何かの秘密を共有していることに気づき、胸の鼓動を早くさせながら聞き入っていた。
……サマエルは」
「相変わらず。俺が喋るとちゃんと反応してくれるけど、……任務は問題ないよ。蛇も安定してる」
「そうか……
「サンダルフォンはあまり帰ってきてない。ミカエルが離さないんだ。俺……あいつが何をしているか聞けない……外の世界はどんどん変わってる。国王様を廃してミカエルを教皇のまま、国の統治者にって民が求めてる。逆らう人間がどんどん――
「ザドギエルさん……?」
 別な声――ハニエル様の声に会話が途切れた。ザドギエル、とラジエル様が呼ぶ声がしたが、それに応える声は無かった。
「起きたらベッドにいなくて……ここにいたんですね」
……うん。水を飲みにきてた。ハニエル、一緒に部屋に帰ってやってよ」
「今日はゆっくり眠れるといいですね、ここ最近ずっとうなされてるから……。きっと悪魔の呪いのせいなんです」
「そっか……ああ、ハニエル。新しいお世話係とはうまくやってる?」
「は、はい……その、前のお世話係は悪魔が化けていたから……新しい人たちもそうなんじゃないかって、怖かったけど……でも、今はいい人です。皆、オレとザドギエルさんに親切にしてくれます。シャルルさん、でしたっけ……すごく優しいんです」
「ならよかった。……きっと次は大丈夫だよ。それに、悪魔がまた化けていてもザドギエルが――
 思わず身を乗り出していた僕の足下で、何かが折れる音がした。まずい、と視線を落とせば僕の靴の下に、折れた小枝がある。
「だ、誰ですか……?」
 ハニエル様の怯えた声に息を潜める。こちらに来れば見つかってしまう、そうなればどんな罰を受けるか――
…………ネズミだ。野ネズミが寝ぼけて落ちたっぽい。怖がらなくて大丈夫だよ。ほら、ザドギエルもハニエルを離してやれって。何も無い壁を睨んだって、何にも出てこないぜ」
……、ラジエルが言うなら、そうですよね……ザドギエルさんも、ありがとうございます。大丈夫です……ほら、部屋に戻りましょう。夜遅くまで起きてると、悪魔が悪さをしますから」
 なんてことはないと笑うラジエルさんにハニエル様は納得したようだった。
 そのままザドギエル様と共に部屋に戻ったらしく、その隙に僕は音を立てないように寝床へと戻った。
 ベッドの中で彼らが交わしていた会話を思い出す。ラジエルさんとザドギエル様、ハニエル様、……前のお世話係。ラジエルさんが何か隠し事をしているのは、確かだった。

 シャルルたち、つまりハニエル様とザドギエル様を担当している修道士たちの様子がおかしいと気がついたのは、あの夜からまた日が経ってからだった。
 ラジエルさんに言い渡されたおつかいから帰ってくれば世話係用の居間でシャルルが不機嫌な顔をしていた。
 他にもあの二人を担当する修道士たちがいたが、どこかぴりぴりと空気が痛い。
「シャルル、どうしたんだ?」
 なにかあったのか、と声をかけてみると、あの敬虔で穏やかな修道士は鼻の上に皺をつくり、そして突如立ち上がった。
「ちょっと、来てくれるかい」
 有無を言わせない声色のシャルルに僕は戸惑いながら従う。庭園に出れば、晴れた陽気が草花を照らしていた。
「ああっ、我慢ならないよ!」
「うわっ」
 二人きりになった途端、シャルルが叫んだので僕は驚いてしまった。彼は苛立ちを隠そうとせず、親指の爪を噛みながらそこらを歩き回っている。
「どうしたんだい? お前がこんなになるなんて……
「どうしただって? 私は耐えられないんだ! ハニエル様が、私以外の人間に微笑んでいるのを見ると心がかき乱される心地になる! あの方の愛は、あの方に一番献身を捧げている私が一番受けるべきものだ! だがハニエル様は私たちに分け隔てなく微笑むんだ……いいや、あの御方が一番心を向けておられるのはあの男だ! いつも傍にいる、悪魔に呪われた男! 穢らわしい、あんなもの、あの御方の傍に置くべきではないと思わないか?」
「ちょ、ちょっと、何言って……
 僕にまくし立てるシャルルの目は軽く血走っていた。彼が正気とは思えず落ち着かせるように肩に触れれば、はっと我に返ったように、目を見開いた。
「私、今……何を……
「とにかく落ち着いて。居間の空気が悪かったのは、ハニエル様のこと?」
 シャルルの言葉が誰かに聞かれていなかったか、周囲を見渡しつつ彼をベンチへと座らせる。
 ようやく落ち着きを取り戻したのか、シャルルは肩で息をしながら己が恐ろしいことを口走った事実に視線を彷徨わせていた。
「そう、そうなんだ……あの部屋を担当する皆がハニエル様の愛を求めてる。こぞってあの方に尽くそうとするんだ。……だから、他の奴らが目障りになる。邪魔なんだよ」
「そんな……一緒にお世話係の任に就いている仲間だろ、どうしてそんな、目の敵に……
「わからないんだ」
 シャルルの声は震えていた。自分の手を見つめて、自分が信じられないと言いたげに首を振っている。
「わからないんだよ。私はただ、あのお方の眼差しを受けるとほんとうに幸せになれるんだ。神に愛されていると思えるんだ。でも、それが他の人に向けられるとその愛が目減りするような気持ちになって……それで、……
 そう言ったきり黙りこくってしまったシャルルの背中をゆっくりと撫でる。元々生真面目な性質だ、自分の豹変にショックを受けているようだった。
……少し休んだほうがいいよ。ハニエル様がシャルルたちに心を開いてくれて、きっと皆、嬉しくて舞い上がってるだけだ。それに、ザドギエル様だって使徒だ。悪魔に呪われて言葉を交わせないけど、穢れてるだなんて恐ろしい事……そんなのハニエル様に聞かれたら、きっとあの方は悲しむよ」
「ッ…………
 シャルルは言葉を失って、僕をじっと凝視した。顔を真っ青にしてがたがたと肩を、身を震わせた。
 そしてすぐに、座っていたベンチから立ち上がって、館の中へと入ってしまった。

 また別の日。今度はニコラたちが、居間でただならぬ空気を漂わせていた。ニコラが、青ざめた仲間を宥めている。
「どうしたんだ?」
「へ、へび……大きな蛇が……
……サマエル様の部屋が少し空いてたから、ちょっと覗いてみたらしい。そしたら部屋の天井に届くぐらいの蛇がいたんだと……
「そんな蛇いるの? 僕はみたことないけど――
「見たんだよォ! 赤くて、大人を一口で飲み込めそうなぐらいの!」
「そんなのがいたら大騒ぎだよ。僕たちの前に使徒様が黙っちゃいないだろ」
…………なあ、それってさ」
 ニコラが一瞬、あたりを見渡して自分たち以外の誰もいないことを確かめる。そして声を落として、囁いた。
「サマエル様じゃないか?」
「えっ?」
 どういうこと、と僕が声を上げれば口を塞がれた。ごめん、と視線で謝れば手を離されニコラは続ける。
「オレも見たんだよ。蛇そのものじゃないけどさ……館を掃除して、ごみ捨て場に行って……たくさんの赤い鱗……こいつの話を聞くまでなんなのか分からなかったけど、あれは蛇の鱗だ……
「で、でもそれがサマエル様が蛇だって結びつける理由には――
「でもあの部屋から、蛇の音が聞こえてくる。あの使徒サマと関係してるのは間違いないだろ?」
「それじゃあ、寧ろ心配いらないんじゃ……
……ここにいる使徒サマが、『教会』が作ったバケモノだったら?」
 ニコラの顔は真剣そのものだった。僕はどう返していいのか分からず、黙ってしまった。
「どうしたんだ?」
 ラジエルさんの声に、皆が一斉に振り向く。暢気な顔でこちらを見て、ラジエルさんは首を傾げていた。
「あ、あのっ、彼が館の中で大きな蛇を見たって――
「おいっ、馬鹿っ!」
「蛇?」
 ラジエルさんが困惑したように首を傾げ、そして、あっと声を上げた。
「言うの忘れてた! それ、『教会』の装置なんだよ。なんだっけ、館を守るってやつ?」
「館を守る? ですか?」
 ごめんごめん、とラジエルさんが謝るのをニコラは疑いの目で見つめている。とうてい信じられないといった顔だった。
「一応ここって聖都の中枢だろ? だから結構色んな奴に狙われてる。それで……この館や皆を守れるようにって教皇様がくれたんだよ。それをサマエルが管理してるってわけ」
 怖いものじゃないから、もし見たらそっとしておいてやってくれよとラジエルさんがニコラの肩をぽん、と叩く。
「俺、数日出かけるから。よろしくな」
「どちらに?」
「んー、教皇様のとこ行って、多分任務。すぐに帰ってくると思うから心配すんなって!」
 それじゃ、よろしく。ラジエルさんが剣を携えて出て行くのを、ニコラは睨み付けている。
…………ニコラ?」
「なんでもねーよ」
 心配になって声をかけたけど、ニコラは何にも言ってくれなかった。

 ラジエルさんが任務に出かけて数日経つ。あんなことがあったけど、館は幾分か穏やかさを取り戻していた。
 どうか皆の心が穏やかになりますように。庭園のものは自由にしていいとラジエルさんが言っていたから、僕は館に花を飾ろうと、綺麗なものを求めて歩き回っていた。純白のユリが咲いていたから、主に感謝してそれを摘み取る。
 使徒様の部屋と、僕達の居間のぶんを腕に抱えて館へ戻れば珍しくハニエル様とザドギエル様が部屋から出てきていた。
「あ……どうも」
「えっと……あなたは……お世話係さん」
「はい。……ハニエル様、お部屋に花瓶はありますか?」
 丁度良い、と僕が訊ねればハニエル様は目をぱちりと瞬きをさせて、はい、と頷いた。僕はよかった、とほっとしながら白ユリをいくつか、ハニエル様に差し出す。すると、ハニエル様は少し驚いた顔をした。
「お部屋に飾ってください。ハニエル様とザドギエル様の慰めになればいいのですが」
…………きれい、です」
 ハニエル様は白ユリを受け取ってくれた。その白い花弁に頬を緩ませ、ザドギエル様に見せる。近くに立つとマリアヴェールを被ったザドギエル様の顔がようやく見えた。どこか夢を見ているような表情で、白いユリに青い眼差しを向けている。
……ありがとうございます。あなたは善い人ですね」
 ハニエル様が微笑みかけてくる。柔らかな琥珀色の目が、喜びに満ちて、僕の心がどうしようもなく満たされる心地になる。彼にもっと喜んでもらいたい、そして、僕に微笑みかけてほしい。そんな気持ちになりながら、僕は曖昧に頷いた。
「ハニエル様が喜んでいただけるなら――
「なんで!」
 僕の言葉はシャルルの叫び声にかき消された。我に返ってそちらを見れば、シャルルがこちらを睨み付けていた。その表情は怒りと、哀しみがない交ぜになっている。
「シャルル……?」
「どうして、君も……君も、私からハニエル様を……!」
「違うよ、シャルル。これは皆の部屋に――
「うるさい! 下手な言い訳はやめてくれ! ……ハニエル様、おねがいです、その白ユリを受け取らないで!」
 シャルルは殆ど泣き叫んだような声だった。しかしハニエル様はそんな彼の様子に僅かに怯えた様子を見せた。すると傍に立っていたザドギエル様が彼を庇うように立つ。彼を睨むシャルルの目には憎しみが見えた。
「こ、これは……この人がオレたちにくれたから……
 ハニエル様の言葉にシャルルは、さっと顔を青ざめさせた。一歩後ずさって、何事かを呟く。そして逃げるようにどこかへと行ってしまった。
「あの人……どうしてしまったのでしょうか……
 眉根を下げて、ハニエル様が花束を抱きしめる。
 僕は何も言えずに、彼らに頭を下げて足早にそこを去るしかなかった。
 鬱々とした気持ちでサマエル様の部屋へと向かう。もし蛇に出会ってしまったらどうしようという考えもあったが、ラジエルさんの言葉を信じるほかない。
「失礼します」
 こんこんこん、と三回ノックをすれば、なんだ、と声がかえってきた。恐る恐る扉を開けば、そこに蛇はいない。挨拶の時と同じように薄暗い部屋で、サマエル様が窓際に腰掛けている。
…………何か用か?」
 サマエル様の声は意外と、穏やかだった。別に蛇の囁きも聞こえない。
「入ってもいいですか」
……駄目だ。用ならそこで」
 部屋に入るのを諦めて僕は白ユリの花を見せる。
「あの、白ユリが咲いていたので……お部屋に飾っていただけませんか?」
 サマエル様は微かに目を見開き、赤い目で僕を見据えた。綺麗な赤だ。まるで柘榴のよう。そんなことを思っていると、サマエル様はどこか渋っているようだった。
「気持ちは嬉しい。……だが」
「すみません、出過ぎた真似を」
「違う。嫌というわけでは無いんだ……ただ……
 彼は視線をうろつかせて、暫く何かを考えていた。
……そこに置いておいてくれ。あとで部屋に飾る」
 早く行け、と沈んだ声で促される。花を置き、僕は一礼してそこを立ち去った。

 世話係みんなでの食事を済ませれば、皆思い思いの時間を過ごした。食事中、シャルルはこちらを一切見ようとしなかったし、ニコラは難しい顔で何かを考えているようだった。――僕たちはここに来て、変わってしまった。
 どうしてこうなってしまったのだろう。僕はやっぱり憂鬱な気持ちで、一人取り残された居間で白ユリを眺める。夜の月明かりが窓から差し込み、その純白の花弁を輝かせている。
「ラジエルさんに相談しよう……
 まずはシャルルたちのこと。それからニコラのこと。皆のこと。きっとラジエルさんなら何か、助言をくれるに違いない。淡い期待を胸に、白ユリの花弁をつついた。
「ッ――!」
 不意に、悲鳴が聞こえた。
 悲鳴が続き、物音が聞こえる。僕は弾かれるようにして、そちらへと向かった。ハニエル様とザドギエル様の部屋だ。
 扉が微かに開いている。近寄れば仲間の一人が血塗れになって、扉から這いずり出てきた。
「ど、どうしたの……!?」
 駆け寄り部屋を見れば、そこには血の海が出来ていた。仲間たちが血を流して倒れている。ハニエル様とザドギエル様は、一番奥であのソファに腰掛けていた。
 そしてその中心には、シャルルが立っていた。手にナイフを持って、けらけらと笑っている。その足下には僕がハニエル様に渡した、白ユリが落ちていた。誰かの血に染まって、花弁を赤黒く染めている。
「はは、あはは、みんな、私からハニエル様の愛を奪うからだ! そんなやつ、地獄に堕ちてしまえばいい! 悪魔め、私からハニエル様を奪う悪しき者め!」
 倒れている仲間はほとんど、息があるようだった。呻き声を漏らしながら、ハニエル様に助けを求めている。
「あ……あの方の愛を受けるのは……オレだ……くそ、……殺してやる……!」
 足下で倒れていた仲間が怨嗟の声をあげ、ふらふらと立ち上がる。皆、そうだった。血を流しながらハニエル様の〝愛というもの〟を求め、裏切り者に憎しみを向けている。
「なに、これ……なんで…………、シャルル、どうしてこんな……
 震える声でシャルルを問いただす。するとシャルルは、こちらに気がついたのかギロリと睨んできた。
「やっぱりお前も、私からハニエル様を奪いにきたんだな! お前が、あんな汚らしい白ユリでハニエル様を誘惑するから! 悪魔め、殺してやる! そして次はザドギエルだ! 全員殺してやる!」
「悪魔……
「ええ、ハニエル様! こいつらは悪魔です! あなたの傍にいるそいつも、悪魔なんです! あなたの味方は、あなたの愛を受けるに相応しきは、この私――
「〝邪な骨を散らせ、骸は捨て置かれ、お前は恥辱を晒すであろう〟」
 どこか無感情な声が凄惨を極めた部屋に響く。言葉を発したのはハニエル様だった。聖句だ。そう思った瞬間、目の前のシャルルと仲間たちの身体に黒い灯火のようなものが宿った。シャルルには右胸に、他の仲間たちはそれぞれ、額や腹、手、足――
「あなた達も、悪魔だったんですね」
 ハニエル様の声は悲しみを孕んでいた。そちらを見れば、琥珀色の双眸を静かに輝かせたハニエル様が佇んでいる。その表情はやはり悲しみと、少しの怒りがあった。
「違います! 私は悪魔ではありません! あなたの下僕です、どうして分かってくださらないのですか? 私はこんなにもあなたを――
「だって、あなたに黒い灯火が宿っているから。その火が教えてくれるんです、あなた達が悪魔で、オレたちが滅ぼさなければならない存在だと」
「は……?」
 シャルルはもう、言葉を紡げなかった。絶望に染まった顔のまま、胸にぽっかりと、何かで貫いたような穴をあけて絶命していた。その穴から彼の身体が音を立てて凍りついていく。やがて綺麗な音をたてながらそれは砕け散った。
 黒い灯火を宿した皆、全てがそうなった。ある仲間は額を割られ、ある仲間は腹を裂かれ、手を穿たれ、足を飛ばされ――そして全て、凍りつき、砕け散った。
……うそ、だ……シャルル、どうして……ハニエル様、なにを……
 僕は震える声でハニエル様に問うた。全て彼がやったことだからだ。
 ハニエル様は琥珀色の目で床に散らばった氷の欠片――シャルルだったものを睥睨して、そして僕に顔を向けてとろりと微笑んだ。
「もう大丈夫です……悪魔は全て、ザドギエルさんがやっつけてくれましたから」
「ザドギエル、様が……?」
 黙したまま、ハニエル様の傍に立つザドギエル様を見る。マリアヴェールを被った彼の表情は何も動かない。その左手からは血が流れて、床へとしたたり落ちていた。
「オレが悪魔の弱点を見つけたら、ザドギエルさんが殺してくれるんです。ずっと、そうやってオレたちは戦ってきたんです。これからも、オレたちは戦っていくんです」
「ちが、シャルルは、悪魔なんかじゃ……
 だって、ここに来るまで、何年も彼とは過ごしてきた。あんなにも敬虔だった彼が、悪魔なわけがない。どうしてこうなってしまったのだろう。どうしてハニエル様はシャルルを狂わせてしまったのだろう?
「悪魔だったんです。だって、主がそう仰ったから」
「うわああああッ――!」
 耐えきれず僕はそこから逃げ出した。がむしゃらに走って、ニコラを探す。
 彼はサマエル様の部屋の前にいた。その横顔は険しく、僕はどきりと胸騒ぎを覚えた。なにか、嫌な予感がする。
「化け物め!」
「ニコラ!」
 ニコラの視線の先、部屋の中にはサマエル様と赤い蛇がいた。それはサマエル様に絡みつき、こちらを睨んでいる。
「何してるんだ!」
「うるさい、オレはこいつを殺すんだ! こいつが、村を滅ぼした! たった一言だけ神を疑ったからって、オレの村を赤い蛇が襲った! 皆、こいつらみたいに毒で苦しみながら焼けて死んだ! ……オレは復讐の為に『教会』に入ったんだ!」
 ニコラの手には猟銃があった。信じられない気持ちで、部屋の中を見る。そこにはサマエル様の世話係を命じられていた仲間だったもの、が床にあった。
「っ……これ、皆……?」
「そうだ! こいつらにバケモノ退治をしようって襲わせたんだ! だがこの部屋に入った瞬間、狂ったように苦しんで血を吐いて、燃えながら死んじまった! もう消し炭になっちまったよ! ははっ、〝金糸雀〟を仕込んでおいて良かったぜ!」
 ニコラがニヤリと笑う。彼も殆ど狂っているように見えて、僕は言葉を失った。やめさせなければ、せめてサマエル様に赦しをとそちらに目を向ける。
 サマエル様が立つ窓際、白いユリが飾られている。その白い花弁は、黒ずんで枯れ果てていた。
「っや、やめよう! ニコラ、使徒様に逆らうと――
「うるさい、お前なんかに、目の前で皆が苦しみながら死んでいったオレの気持ちなんて分かるかよ!」
 僕の手を振り払い、ニコラは猟銃を素早く構えた。引き金に指をかけ、ためらいなくそれを引く。タァン、と気持ちのよい音と共に銃弾はサマエル様へと一直線に放たれた。――ニコラの喉元に赤い蛇が食らいついたのは同時だった。
 ニコラが目を見開き、血を吐く。赤い蛇は彼が振り払う隙を与えず、少年の身体に巻き付いた。
「あっ、がっ、――――……!」
 断末魔が響き渡り、目の前でニコラの身体が燃え上がる。その身体に猛毒が回ったのか、業火が身を焼く苦痛か、じたばたと床で暫く悶えて、ニコラはあの、部屋の彼らと同じような姿になった。
…………
 僕はサマエル様を見る。銃弾は彼を穿っていない。床に、ひしゃげた鉛玉が、転がっている。
「お前……
 サマエル様が言葉を発する。僕は恐怖で何も言うことが出来なかった。赤い目が、こちらをじっと見ている。暫くして、サマエル様は申し訳なさそうに目を細めた。
 「怖がらせたな……それに、すまない。お前がくれた白ユリを……オレの毒で枯らせてしまった」
 一歩、サマエル様が踏み出す。その靴は燃え尽きた残骸を踏んだが、彼はなんとも思っていないようだった。
「あ、あなたは……こんなに人を殺して、なにも……?」
…………人?」
「いくら貴方を殺そうとしたからって、こんな……こんな惨いことを……!」
「何を言っている……? 確かにお前は人だが、それ以外、なにも」
 サマエルは首を傾げた。本気で言っているようだった。まるで、僕以外の人間が最初から見えていないようだった。そしてサマエルは微かに微笑んで、僕をあの柘榴色の瞳で見つめた。
「良かったら、また花を持ってきてくれ」
 僕は再び叫んでいた。叫んで、その部屋の前から走り去っていた。一刻も早くここから出て、修道院長様に訴えなければ。ここには悪魔が住んでいる。聖都の中枢に、取り憑いていると――
「らっ、ラジエルさん!」
 館の玄関に、ラジエルが立っている。涙やらなにやらでぐしょぐしょになった僕の顔を見て、ベイビーブルーの目を細めて、そして小さなため息を吐いた。
「今回も駄目だったかぁ……
「え、あ…………今回も?」
「うん、今回も。二人のお世話係は、みんなハニエルを独り占めしたがる。目を合わせるともう誰にも救えない。魅入られて、狂っちまう。狂っちまったらもう、どうやってもハニエルを手に入れたがるだろ。それで、だいたい邪魔な奴を殺して……ハニエルはそれが悪い事だって知ってるから、そういう事をするやつは悪魔だって思ってるから〝悪魔と見なして討伐しようとする〟。主が間違うはずないだろ? 神の光を持つ目が、そいつを悪魔だと見なせばそうなんだ。ザドギエルは止めたがってるけど、あいつはこころを閉じ込められていて、悪魔を狩る本能と身体だけが動いてる。ずっと戦ってきたもんな……ハニエルが悪魔と見なす奴は、あいつにとっても悪魔ってこと。そういう呪いが施されてる」
「なに、言って……
「これも言っていなかったけど、サマエルは心を開いた奴しか知覚しないんだ。オレがいない間に君はサマエルに何かしたよな? とにかく、サマエルはお前を人間と見なした。それ以外は見えない。ただ自分を傷つけようとしたら、あの赤い蛇がそいつを殺す。神の毒と火で、不届き者に罰を下す。それだけさ」
 そう言ってラジエルはへらりと笑った。
「君が生き残ったのは……あいつらにとって、正しかったから」
 僕は酷い目眩を起こした。ラジエルさんが何を言っているのか理解出来ない。ただ、僕たちの仲間は彼らの気まぐれのようなもので殺されたとしか、思えなかった。
「あなた達は、悪魔だ……
「そうかも。でも……オレも分からないんだ。あの時、どうすれば……オレ達はまだ人間でいられたのか」
 ラジエルが目を伏せ、暫く黙る。そしてややあって首を振り、彼と距離をとるために壁に背を預けた僕を見た。
「サンダルフォンが帰ってくる。どうする? オレは君が逃げるのを止めない。君はまだ正気だろ? だから――
「お前らのせいでシャルルは、ニコラは、皆は死んだ!」
……うん」
 僕は壁に飾られた剣を見ていた。それは夜闇の中、鈍く光っている。これが戦いのためにあるものなのか、分からない。でも――
「せめてお前だけでも、殺してやる!」
……オレには皆みたいな力は無いよ。多分君でも殺せる。それでもやめておいたほうがいいぜ」
「うるさい!」
 引っ掴んだ剣を手に僕は駆けた。ラジエルの穏やかな眼差しがこちらを見据えている。
「そっか、ごめんな」
 ラジエルがぽつりと呟くと同時、僕は剣を振り下ろした。彼を殺す為に確実に捉えた、筈だった。
「あ、……
 きらきら。きれいな、透明な、固い、何か。
 それがラジエルを守っていた。
「遅くなったけど、サンダルフォンが帰ってきたよ。悪しき者から世界を守る、オレたちの隊長」
 きらきらの向こうに、ラジエルともう一人誰かが見える。白い儀仗服を着た、ラジエルと同じぐらいの年頃の男。プラチナブロンドの髪が夜風に揺れている。飴色の瞳が、僕を見ていた。
「サンダルフォンはこの世界を守れって、教皇様に命じられている。だからこの世界を傷つけようとする奴は――
  ラジエルの声が遠い。気がつけばきらきらはガラス玉のようになって、僕の周囲を覆っていた。
「ひっ……、い、いやだ……出して……!」
 きらきらが迫って、僕の周りが狭くなってくる。潰される。剣が落ちる音がする。
 僕はきらきらを壊そうと、それを拳で叩いて――その拳が光の粒になって消えるのを見た。足の感覚ももうない、僕の目の前が光に満ちていく。もうはんぶんが、いやだ、いやだ消えたくない、こわい、きえるのがこわい、なんにもなくなるなんて、ぼくはなんだったんだ、ゆるしてください。もうしません。あなたがたにしたがいます。かみよ、わたしはくいあらためます。だから、だから、あ、きえ。ぼく、は。
「魂ごと存在出来なくするんだってさ」

 きらきらとした光の粒が夜の闇に舞っているのを眺めながら、ラジエルはもう一度ため息を吐いた。床には一振りの剣が転がっている。
「おかえり、サンダルフォン」
「ただいま、ラジエル。……危ないところだったね」
 涼やかな声に頷き、ラジエルはサンダルフォンを見た。在りし日の隊服ではなく、教皇直属のあかしたる白き儀仗服を身に纏うサンダルフォンの姿はいつまでも慣れない。
 サンダルフォンは今し方、世界を傷つけようとした悪しき者の事は既に意識の外にやっているようだった。しかしその眼差しは、君なら対処できた筈だけれどと、言いたげである。
「まあ、慈悲ってことで」
「この世界を害する者に慈悲はいらないよ。ラジエル」
「でもさあ、前に言ったじゃんか。思いとどまれるなら、悔い改める機会をって。神様も慈悲深くありなさいって言うしさ。それに……オレたちがちょっとやそっとじゃ死なないって分かってるだろ?」
 ラジエルが肩を竦めれば、サンダルフォンはくすくすと笑った。それは在りし日と変わらない仕草だった。
……あちゃー、随分派手にやったな、皆」
「ふふ、そうだね。すぐに片付けて、今日はゆっくり眠ろう。明日はミカエル様にお休みをいただいたんだ。久しぶりに皆でお茶が出来るね」
 ラジエルとサンダルフォンが言葉を交わしながら階段を上がる。誰もいなくなった玄関ホールに小さな光の粒子は漂っていたがそれも闇に溶けるように、消えた。

 澄んだ青空に、太陽の光は眩しい。
 庭園の緑は瑞々しく、色とりどりの花もここを住み処とする少年達を祝福していた。
 真っ白なテーブルクロスの上に、ベリーパイやタルト、焼き菓子や果物、そしてラジエルが淹れた紅茶が並んでいる。この変わること無く美しい庭園の中、五人でお茶を。それがサンダルフォンの少ない楽しみだった。
「サンダルフォンさん、オレ、任務のお話し聞きたいです。今回はどんな任務だったんですか?」
「北方地域に背信者の村があると報告があったんだ。『教会』は悪魔と手を組んでいるという考えが蔓延って、そこで反乱が起こった。悪い考えが他の村に伝わる前に、止めて欲しいと教皇様が」
 ハニエルは紅茶を飲みながら、サンダルフォンの話を聞き入っている。琥珀色の目を輝かせるさまは、まるで冒険譚を聞き入る少年そのものだった。ハニエルの隣に座したザドギエルは、二人を見守っている。北方地域という言葉を聞いて微かに肩が揺れたが、マリアヴェールが縁取るかんばせは動かず、深く青い目は穏やかだった。
 サマエルがベリーパイの一かけをフォークに刺しながら首を傾げる。柘榴色の眼差しは、任務から帰ったばかりのサンダルフォンを気にかけている。
「やはり悪魔はいたのか?」
「悪魔の姿は確認出来なかった。でもそこにいた背信者達が語る言葉は、確かに悪魔の言葉そのものだったよ。悔しいけど、もうそうなった以上は神の手は届かない……世界を傷つけようとする彼らを許せば、悲しみはさらに増えるだろうね……
 サンダルフォンの表情は愁いを帯びている。しかしすぐに首を横に振り、四人に微笑んだ。
「でも、オレの力で少しでも世界が良くなるなら、皆の安寧が永く続くのなら、オレは頑張りたいんだ。だからオレと一緒に戦ってくれるかい? これからも、共に在ってほしい」
「あったりまえだろ? オレ達誓ったじゃんか、どんなことがあってもずっと五人一緒だって!」
 ラジエルがぱっと顔を明るくさせ、サンダルフォンに応える。な、と皆を見渡せばハニエルがこくりと頷いた。
「はいっ、いつか本当の、主の望む国になって平和が訪れたら……きっとザドギエルさんの呪いも解けますよね、オレ、頑張ります……!」
「ああ、そうだな……いつかオレの毒もいらなくなる日がくればいい……
「もちろん、来るとも。さあお茶の続きを。今度は皆の話を聞かせてくれるかい。オレが留守の時の話を――
 穏やかな時間は過ぎ去っていく。
 つかの間の休息、安寧の時。少年達にはそれが必要だった。また明日から、戦わなければならない。教皇の名のもとに、悪しき者たちをこの世から滅ぼすために。
 そのための、甘いパイや、美味しい紅茶。
 なにより、仲間との穏やかな語らいが若き使徒たちには必要だった。

「おやすみ」
 穏やかな寝息をたて、ベッドで眠るサンダルフォンにラジエルは囁いた。ハニエルもザドギエルもサマエルも既に眠っている。きっと皆、今夜はたしかに眠れるだろう。
 蝋燭の灯りを頼りに自室へと戻る。壁に己の影がゆらゆらと揺れているのを感じながら、ラジエルは明日からの事を考えていた。
 いつになれば、オレ達は解放されるのだろうか。
 あの日からどれほど時が経ったのだろうか。
 外の世界は最早、ミカエル無しでは存続出来なくなってしまった。サンダルフォンが任務で滅ぼしている反乱軍も、きっと近いうちに全て滅ぼされるだろう。今、また一つ『教会』に背いた村が燃えている。
 世界に安寧が訪れれば、ハニエルの歪められた精神は元に戻るだろうか、ザドギエルの心は解放されるだろうか、サマエルの目は光を取り戻すだろうか、サンダルフォンの塗りつぶされた魂は、戻るだろうか。
 ――あの光の粒子のような希望だけが、ラジエルをラジエルのままにさせていた。
 いや、もう自分も自分でなくなっているのかもしれない。それでも。
「皆でいるから、大丈夫だよ。シスター」
 遠く、生かすために別れを告げた恩師に語りかける。
 だから祈っていてよ。オレたちの為に。
 掠れた声で零した言葉は闇に溶けた。


【あとがきのような、読まなくてもいいもの】

 前提としてはどこかのタイミングでサンダルフォンさんがミカエル様の手に落ちてしまい、そこから芋づる式に彼の意のままに作り替えられてしまったIBちゃんみたいな……。この時点で『教会』側の勝ちはほぼ確定していて、西の国は永遠の王国として、民衆を全て〝進化した新しい人類〟に作り替えながら存続していくみたいな……そういう……(ふんわりろくろ回し)。教皇直属の使徒って一般人からしたら殆ど天災に近い存在ではないかと考えていたりする。感情もほとんどないし、人間に対する特別な慈悲も持ち合わせていないみたいな。まだIBちゃんも進化の途中でどんどん人間性失ってほしい。仲間にだけ人間性が発揮されている状態であってほしい。

・サンダルフォンさん
 白い儀仗服以外は元のサンダルフォンさん。背信者を哀れみはすれど情はかけない。絶対防御の能力が進化して、元々の防御能力に加えて世界を傷つけると判断した相手を存在ごと消してしまう(=世界を守る)能力が出来た。消された存在は魂すらも光の粒子になってこの世から消え去り二度と復活しない。背信者と判断したら悪魔だろうが人間だろうがそれで消してしまう。世界は平和になる。
 IBの皆が世界で一番大切。もう一人だれかいたような気がするけど、その記憶は炎の中でよみがえることはない。ミカエル様の名の下に世界を善くしようと日夜頑張っている。西の国がミカエル様の理想通りになった瞬間、サンダルフォンさんの加護が国の全域に張り巡らされて外からも干渉されず、内側からも出られない永遠の王国が完成する。そこでは老いや病、飢えや争いの苦しみもなく、神に祈りを捧げて聖歌を歌い、何の憂いもなく暮らす楽園になる。鳥籠とも言う。そういうの。

・ハニエル様
 微笑めば目が合った全員が狂ってしまう。愛だからしょうがないね。悪魔の弱点を見抜く目が進化して悪魔だと判断した存在に弱点を付与する能力になった。
 悪い子は人間だろうと処す。ザドギエルさんが。
 ザドギエルさんが故郷を滅ぼしたことをミカエル様から教えられたけど赦している。だって彼は一緒に悪魔を倒してきた仲間だから。悪魔ではないことを知っているから。ただ悪魔に呪われてしまって、悪い心を植え付けられてしまったからミカエル様に逆らってしまうのだと思い込んでいる。だからミカエル様から賜ったマリアヴェールを彼に被せて呪いを封じた。きっと平和になれば、元のザドギエルさんに戻ってくれますよね。呪いのせいで自我が無くなったザドギエルさんが自分を守ってくれるのは、彼が元に戻る希望だと考えている。

・ザドギエルさん
 ミカエル様の正体を知ってしまった。サンダルフォンさんやハニエルくん、サマエルくんが堕ちる中でほぼゼロに近しくなった信仰心と絶対殺してやるからな精神を総動員して最後までミカエル様の洗脳に抗うも、ハニエルくんの善意でミカエル様特製のマリアヴェールを被されて自我を封じられる。愛だからしょうがないね。相変わらず極寒のの中で壊れていく仲間を見せつけられている。ラジエルが正気なのは気づいていて、せめて彼だけでもと考えながら自分を取り戻そうと抗っている。ハニエルくんが寝ている時やマリアヴェールを被せられていない時に自我を戻せるが、徐々にその時間が短くなってきていることに焦っている。いつか自分の魂が吹雪の中に消え去る事を薄々勘づいている。頑張ってほしい。自我がない状態でも皆を守ることが最優先で身体が動く。
 能力は血による退魔なのは変わらずだけど人間から下級悪魔なら物理で血を打ち込まずともハニエルくんが弱点を見抜き、ザドギエルさんが血を流すだけで殺せるようになりました。ハニエルくんが悪魔判定をすれば自動的にザドギエルさんが(自我の有無に関わらず)そいつを処すシステム。多分レジスタンスからは「ハニエルを見たら真っ先に逃げろ」だとか「ハニエルに見つめられたら死と思え」だとか言われてる。作り替えられたIBの中でマリアヴェールを被っているのは彼だけ。髪は下ろしてる。
 永遠の国が完成した場合、自我は永遠に封じられたままなので彼自体が彼を裁く地獄と化します。

・サマエルくん
 元ネタのサマエルの逸話にモーセの魂を運んでこいって言われて行ったら反撃されて盲目になってしまったっていうのがあったので……。ミカエル様に光を奪われて仲間と、人間だと認知した存在、悪魔しか見えなくなってしまっている。ミカエル様に作り替えられる前とあまり変わらないけど彼が見えてるものと端から見えてるものの落差がすごい。死屍累々の真ん中でラジエルくんといつも通り口げんかして、それが日常だと思っているタイプ。赤い蛇の毒は強くなっていて人間は近づくだけで死ぬ。なので背信者の村に彼を向かわせるだけで村は滅ぶので見せしめとしてよくミカエル様に運用されている。ラジエルはお目付役。赤い蛇はサマエルやIBを守る意志を持っている。作り替えられた影響のひとつにサマエルくんの肌に蛇の鱗が現れだしたり、スプリットタンになったりしたらめちゃくちゃ〝癖〟だと私は思いました。
 ラジエルくんが時折苦しそうにしているのを心配している。お前は馬鹿みたいに笑っているのが似合いなのに、どうして無理に笑っているんだ。苦しいことがあるなら言えばいい。仲間だろう。最近それが悩み。
 
・ラジエルくん
 正気を保っている。ミカエル様も何となく分かってるけどおもしれー使徒って感じで泳がされてる。
 仲間が最優先だから割と世界とか派遣されてきた世話係とかどうでもいいけど、出来れば仲間には人を殺して欲しくないので頑張っている。負けが続いていて心が折れそう。IBをかろうじてIBのままでいさせてるのはラジエルくんのおかげ。遠くなってしまった、まだ自分たちが人間でいられた日々の思い出と五人一緒だという在りし日の誓いに縋りながら頑張っている。でもザドギエルさんの願いは受け入れられない。もう居場所がここしかない。
 空間把握能力が強化されて西の国全体を自由に見られる千里眼になりました。だから皆どこにいるかわかるし、主人公くんが盗み聞きしていたのもお見通し。耐えきれなくなったらミカエル様に言いつけられる前に背信者を把握して皆で滅ぼしてまわってもいいよな、とか思い始めている。そしたらあの窮屈な楽園から離れられるし。この国からは出られないだろうけど、とそんな事を考えている。

・語り手くん
 被害者。最初はレジスタンスのスパイだったんですが素直に無辜の一般人のほうが可哀想なので……
 
・シャルルくん
 ハニエルくんの魔眼に狂った人。魅了された人間はいくつかのタイプに分かれそう。二人に悪魔として殺されたので魂は救われない。

・ニコラさん
 IBが作り替えられてすぐに任務に指定された村の少年。サマエルくんの毒で全滅したけど勿論サマエルくんは覚えていない。主に仕える者に刃向かって殺そうとしたので赤い蛇に異端者と判定されて殺されたので魂は業火に焼かれ続けていたりする。

・ミカエルさん
 愉悦すぎてニッコニコ。

・メタトロンくん
 正気にもどっていたらいいね。

・シスター
 サンダルフォンさんがミカエル様の手に落ちた直後にラジエル君とザドギエルさんによって無理矢理レジスタンスに送られた。アラヤシキ神父のとこで保護され、無銘のはからいによって東の国に救援を求めるべく亡命しています。つらい。