溶けかけ。
2025-05-06 07:01:54
1427文字
Public ほぼ日刊
 

アロマランプと睡眠のお話。
ローズウッドの香りが好きです。

 壁掛け時計がぽーん、ぽーん、と軽やかな音で時を告げた。
「そろそろ寝ようかな」
 フリーナは読んでいた本に栞を挟んで閉じるとリビングの明かりを消すして、ソファから滑り降り、寝室へと向かう。
「うん。いい香り」
 ドアを開ければ、ふわりと香る花と果実の香りと温かな橙色の光がフリーナを迎え入れた。
 フリーナは香りと光に誘われるようにしてベッドへ潜り込むと香りを肺いっぱいに吸い込んだ。ラベンダー、バブルオレンジ、ベルガモット。リラックス効果があることで知られるポピュラーな組み合わせだ。なんなら、エミリエの店のような専門店では既にブレンドされた状態で売られていることも少なくない。だが、これは組み合わせこそ市販のものと同じだが、フリーナが自分で調合した、という点においてはある意味、この世に二つとないオリジナルである。
 ああ、明日は何の香りを組み合わせてみようか──フリーナは柔らかな香りに包まれて眠りについた。

「何やらいい香りがするな」
 たまたま買い物中に出会い、荷物持ちを買って出たヌヴィレットと歩いていると、不意に彼はそう言った。
「そう? 何の香りだろう?」
 フリーナは自身の衣服に鼻を近づけてすんすんと香りの出処を探す。
(もしかして……昼に食べたパスタとか……? 本当にそえだったらどうしよう……!?)
 内心で顔を青くさせるフリーナに気づかないまま、ヌヴィレットは星色の髪を一房取った。
「髪からも同じ香りがするな。香水……とは違うようだ。整髪剤や洗髪剤の香りだろうか?」
 フリーナはヌヴィレットの言葉に否定を示すように首を左右に振った。
「そんなはず……いや、もしかしたら……
 フリーナは考え込むように腕を組むとぶつぶつと何事かを唱えながら考え事を始めた。少しの間、ああでもない、こうでもない、と仮説と論証を繰り返していたフリーナであったが、それもやがて終わりを迎える。
 フリーナは、ぽん、と手を叩くとヌヴィレットの手を引いた。
「フリーナ殿?」
 困惑するヌヴィレットにフリーナは向き直ると満面の笑みを浮かべた。
「僕の家に来て。香りの正体を教えてあげるから」

 その日の夜、ヌヴィレットはいつもより少しだけ早めに寝ることにした。持ち帰っていた書類を読んでいた手を止め、寝間着のまま向かったのは寝室であった。
「おっと。忘れるところであった」
 ヌヴィレットはフリーナから貰った小さな箱からアロマランプを取り出すとスイッチを入れた。
「次は……
 小箱の底に丁寧に折り畳まれていた紙に気づき、取り出して広げてみる。どうやら、フリーナ直筆の取り扱い説明書のようだ。
 ヌヴィレットは説明書に沿って準備を進めていく。とはいえ、やることなど殆どないに等しいのだが。ランプと一緒に貰ったオイルを受け皿に数滴垂らす。数分待てば心地よい香りが部屋の中に広がっていく。薔薇と深い森林の香り。その中で仄かに調和する柑橘の香り。どれが主役ということもなく、それぞれが互いを引き立て合っている。
 ヌヴィレットは香りを吸い込み、首を僅かに傾けた。香りの方向性は似ているが昼間、彼女が纏っていた香りとは少し違うようだ。
 ヌヴィレットは手元の説明書を裏返す。そして、そこに書かれていた文字を見つけて頬を緩めた。
「君らしいの気遣いだな、フリーナ」

 ローズウッド……リラックス作用
 ベルガモット……ストレス緩和、リフレッシュ