零ミリ
2025-05-06 00:07:42
857文字
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その日

藍桐が亡くなった日の徳幸

 課題を終わらし、寝巻きに着替えて布団に入ろうというところで電話が鳴った。この時間に自分に電話をかけてくるような人間はいない。予感を感じつつ受話器を取ると聞き慣れた声が聞こえてきた。
「徳幸、今いいか?」
「兄さん、こんな時間になんでしょう」
…………お祖父様が先程亡くなった」
 やはり、という納得が一番が初めに来た。兄がわざわざ自分に電話をかけてくるなどそれくらいしか用がない。ナガノのキャンパスに通うことが決まり家を出ることになった時、祖父とはもう最後かもしれないと思った。90を超えた祖父は三月時点で既に入院して衰弱しており、認知症も相まって会話などもう随分前から出来なくなっていた。
 自分の沈黙を兄がどう受け取ったのかは分からないが、兄は事務的に淡々と続けた。
「通夜は明後日、葬儀はその翌日だ。明日のうちに東京に戻れるか?」
「明日の午前中に教授に連絡すれば夜までに戻れると思います」
「分かった。今そっちに喪服はないよな? 喪服一式こっちで用意しておく。他に何か用意するものはあるか?」
「他は大丈夫です。ありがとうございます」
…………気をつけて。おやすみ」
「はい。おやすみなさい」
 受話器を置き天を仰ぐ。祖父、宇津木藍桐が亡くなった。電話で聞いた時はやはり、という感想が先に来たが、一人の思考になると急に不安定な足場に乗っているような心地になる。
 両親から期待されず疎外されていた自分にとって唯一愛情をかけてくれた肉親が祖父だった。とはいえ、それは祖父の考える愛情であって幼い自分は恐怖さえ感じていた。成長してからは認知症で自分のことも分からなくなり心の底では迷惑を感じることの方が多くなった。常に主張が強く、老人の我儘かと思いきや長くいる使用人が語ったところによれば、昔から拘りの強い人物であったらしい。祖父でなければ関わりたくない人物だった。
(それでも)
 祖父の亡くなった今、自分は誰に必要とされるのだろうか。……何も考えたくない。逃げるように布団に潜り込み目を閉じた。