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2025-05-05 21:52:19
4298文字
Public 助手2号のお兄ちゃんのイトアキ
 

兄の家出/ 助手2号のときのお兄ちゃんのイトアキ

兄の家出先がラ…さんとこだったらかわいそうだなと思って書きました。

「たのもー」
ガンガンガン、と鉄扉がけたたましく叩かれる。
拳が痛むのも気にせず叩くのは、ビデオ屋Random Playの店長ことプロキシことパエトーンこと、リンである。
「ライトさん、いるのはわかってるんだからね! 観念してお兄ちゃんを出しなさーい」
場所はブレイズウッド、カリュドーンの子の駐留地で、彼らが仮住まいにしているプレハブハウスだ。その一角、誰も使っていない物置は扉を固く閉じていて、リンはそこをこじ開けようとしているのだった。
「はあ、はあ……なんって強情なの。イアス、あんたからも言ってやって!」
「ンナ! ンナ〜、ンナ!!」
「ほら、お兄ちゃん、イアスも帰ってきてって言ってるよ」
「ンナナ!」
リンとイアスは何度も何度も呼びかける。
が、中からはうんともすんとも返事がこない。
とうとうリンはイアスを抱えてその場に座り込んだ……



「そろそろ出てやったらどうだ」
プレハブハウスから少し離れた一軒家。
その二階から双眼鏡で二人の様子を見守っていたライトが背後に声をかける。
そこにいるのは、リンとイアスが求める人物に他ならない。アキラはくたびれたソファに深く腰掛け、携帯端末を両手で持ってその親指を忙しなく動かしていた。表情は無に近く、覇気がない。
ライトは鼻を鳴らして窓から離れ、アキラの隣に座った。端末のディスプレイが青白くアキラの横顔を照らしていた。しばらく、ゲームの電子音だけが鳴り響く。
「あんたが今出て行ってやれば、リンもイアスも大歓迎する」
…………
「意地を張ったっていいことなんか、一つもないと思うがね」
…………
「お兄ちゃんだろう、アキラ」
ポケットから取り出した棒付きキャンディの包装紙をぺりぺりと剥がして口に入れる。と、アキラがライトの肩に頭突きをした。ジャケットを脱いでいたのでスタッズにしてはとがりすぎている装飾品も彼を傷つけない。アキラは無言で何度も頭をぶつけてきた。
「参ったな……
ライトは嘆息した。
こういうとき、どうしていいか、さっぱりわからないのだった。



話は昨晩まで遡る。
ライトが根城にしているボロボロの部屋にアキラがやってきた。
なんと、彼はバイクを飛ばしてきたらしい。髪の毛はボサボサでホコリまみれ、しかも表情はぎょっとするくらい焦燥していた。
これは何か事件があったのだ、とライトは無言で招き入れた。彼が連絡もなしにここへやってくることは珍しい。
アキラはずかずかと無遠慮に部屋に入ると、ベッドに座った。そして、充電が切れたボンプのようにベッドに転がった。
……リンと喧嘩した」
ぽつりと言う。
「お兄ちゃんなんかもう知らない、顔も見たくないと言われた」
そいつはよくあるきょうだいげんかの常套句ってやつじゃないのか、と思ったが、ライトは黙っていた。口を挟める空気ではなかった。
「リンに嫌われたら生きていけない」
はーっと深い息をついて、アキラはベッドの上でしばらくじたばたして、それから動かなくなった。
「アキラ、ここにいることは、リンは知ってるのか」
ライトは尋ねる。アキラは無言で首を横に振った。
「いくら喧嘩中とはいえ、あんたが本当に出て行っちまったんじゃ、心配しているだろう」
「するわけがない。僕はただの助手2号だからね。有能なAIといるんだ、気にせず映画でも観ているだろう」
「拗ねたってしょうがない。知らせないと後悔するのはあんただぞ」
「ライトさんにはわからないよ」
何を言っても反対のことしか言わない雰囲気に、ライトは多少なりともカチンときた。が、それに言い返すほど大人げなくはなかったし、何より、アキラの声が弱っているものだから、ライトは隣に座って頭を撫でてやった。その手も振り払われるが、気にせず髪の毛をくしゃくしゃにしてやる。
アキラは口をとがらせてライトを睨んできた。
見たことのない幼い表情に、ライトは口元を緩めた。



実のところ、喧嘩したというのは驚きでもあった。
アキラとリンの兄妹は仲が良く、稼業のこともあってか、第三者がおいそれと踏み込めるような隙がなかった。
妹が何より大切だと公言しているアキラが他者を牽制するのはもちろんだが、妹の方でもオープンなようでいて、一線を引いているのである。兄妹は互いを互いに守っていた。
かといって、依存し合っているかというと、そうでもない。自主性を重んじており、別行動をすることも多かった。特に、彼らの目的達成のためには周囲の協力が必要であるとわかってからは、それぞれの交友関係が築かれていったようだ。
もちろん、これはライトがなんとなく二人と共にいて感じ取ったことであり、実際はどうかわからない。
エージェントとしてリンと過ごす時間がある一方、アキラとは体だけの関係があり、それぞれと過ごしてみると、やはり二人だけの世界があり、そこには何人たりとも立ち入れないのだと思う。
口論していても落とし所を見つけて納得している姿を見ていたので、収まりがつかなかった諍いの原因はなんなのかと問うてみれば、なんのことはない、片付けないリンにアキラが注意しただけなのだった。
「リンは思い立ったらすぐ行動するからね。ワークスペースを確保しないで突き進むんだ。でも、それでは行き当たりばったりで対処できないことが出てくる。今は僕がいて、Fairyもいるからサポートできるけど、これからどんどん、一人でホロウに行ってしまうだろう。僕も単独行動することも増えるかもしれない。だから、少し厳しめに言ったんだ。そうしたら、かんしゃくを起こしてしまった」
この部屋にポットなんてものはないので、ライトは鍋で湯を沸かしてコーヒーを入れてやった。いつも飲んでいるものに比べるとずいぶん味は落ちるだろうが、それでもマグカップを両手で持って、アキラはゆっくりとコーヒーを味わっていた。
「いつもならはいはいって言って僕も追求しない。でも、この間、僕がイアスの中に入って彼女と別行動になったとき、後からお芝居だとわかったとはいえ、危険な目に遭っているんだ。ホロウじゃ少しの油断が足下をすくう。ずっと二人でやってきたから、僕がリンを助ければいいと思っていたけど、それだけじゃダメなんだよ」
ライトは黙って話を聞いていた。アドバイスを求められたなら、いくらでも返せた。ライトとて、カリュドーンの子の中において単独行動が多いとはいえ、一人で突っ走ることはしない。どのような考えで動いているかは共有している。兄妹にはさらなる信頼関係を築くための話し合いが必要だと思ったが、今のアキラは自分の考えを誰かに吐き出したいだけに見えたので、ただただ、聞き役に徹していた。
「散らかし癖がなおらないねって言っただけであんなに怒るとは思わなかった。謝罪しても受け入れられなかったのも初めてだ」
リンが「顔も見たくない」と告げて自室に籠もってしまってから、アキラは茫然自失の状態で、それでふらふらと店を出て彷徨い、気がついたらブレイズウッドに来ていたらしい。その状態の方が恐ろしく、ライトは彼が事故もなくたどり着いたことを、誰にともなく感謝した。
「リンも今頃後悔しているんじゃないか」
「憶測だよね、それ」
「無論、俺はあんたの妹じゃないんだ、わかるわけがない」
「じゃあ適当なことを言わないでくれないか」
「慰めのつもりだったんだが逆効果だったようだな」
「言ったことが事実なんだ。それ以外、僕にはなんの意味もない」
アキラは目をつむって静かに言った。
この傷心の青年にライトができることはただ一つ、寝かせてやることだった。
止まない雨はなく、明けない夜はないのである。
睡眠というのは実によくできていて、いったん問題を棚上げする力がある。
なおもぶつぶつ口の中で何かを言うアキラを腕の中におさめた。文句も聞こえてきたが気にせずにいると、そのうち寝息が聞こえてくる。こんな一面もあるのだと知り、なんだかおかしくなる。酔っ払いよりも厄介だった。



リンとイアスはいよいよ二人で泣きそうな声になっていた。
「お兄ちゃん、わたしが悪かったから……ねえ、返事してよぉ」
「ンナナ〜、ンナ〜」
イアスを抱きしめたリンは丸っこい頭に自分の頬をすりつけながら、姿の見えぬ兄に訴える。
「今度から冷蔵庫に入ってるプリン、勝手に食べても怒らないし、一ヶ月はお兄ちゃんの好きなビデオばっかり仕入れていいよ。夕飯がラーメンでも文句言わない、お兄ちゃんが出かけたいときに出かけていいし、あとあと、ルミナスクエアのショッピングも、行くの減らす……
「それは困るな、リン」
「お兄ちゃん!」
リンは目を丸くして立ち上がる。イアスはにっこりした。アキラは照れくさそうに視線を二人から外して、立っていた。
「もう!」
「ンナ!」
二人はアキラに飛びついてガバッと抱きしめた。
「痛い痛い痛い痛い」
「お兄ちゃん、心配したんだからね!」
「ンナー!」
「うん、リン、イアス、ごめん」
「お兄ちゃんが出て行っちゃうなんて思ってなくて……。あ、そうだ! ライトさん!」
リンは三人の様子を見守っていたライトに指を突きつけた。
「お兄ちゃんをたぶらかすの、やめてもらえます? これまで喧嘩してもお兄ちゃんはわたしとイアスを置いてどっか行っちゃうなんてことなかったんだから。悪いことを教えるのはやめて!」
「おいおい、あんたの兄はもういい年だろう。子どもじゃないんだ、自分の判断で行動した、そうだろ?」
「いや、リンの言うとおりだ。僕はライトさんにたぶらかされた」
「な……
「ンナー!」
「イアス、言ってやって言ってやって」
「臆病者の僕に冒険心なんてあるわけがないのにこんなところまでバイクでやってくるなんて、どうかしてるよ。ライトさんと付き合ってるせいだね」
「おい……
「ンナ! ンナンナ」
さっきまでめそめそしていた兄は深刻そうな表情でこちらを見ているし、泣きべそをかいていた妹とボンプは目を怒らせて糾弾してくる。イアスの小さな手から繰り出されるパンチを手のひらで受け止めてやりながら、ライトは呆然とする。
視線をさまよわせて、しかしアキラをにらみつけると、彼は涼しい顔をして笑った。口だけを動かして何事かを伝えてくる。
「まあ、なんだ……。元気になってよかったよ、三人とも」
肩をすくめる。
きょうだいげんかに付き合うことなかれ。
しかしこれからも、どうにも巻き込まれそうなのだった。