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雪華
2025-05-05 20:33:52
1907文字
Public
テリサイ
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【テリサイ】素直なあなただから
叱ってる最中にキスされるテリの話です。
「ったく、あんたは無防備すぎるんだ」
テリオンからの叱責を受けても、サイラスはまだ後ろ髪を引かれるような顔で宿の個室の扉を見つめている。
――
旅の最中に立ち寄った街で、一行はしばし自由に時間を過ごすことにした。テリオンが市場を物色していると、その一角に佇むサイラスを見つけた。彼は熱心に売り物の本を見ていたが、その無防備な背中に腕が伸ばされているのを見て、咄嗟に駆け寄って連れ去ったのだった。
「興味深い本があったのだが
……
。せめて買ってから店を離れても良かったのではないかい?」
「スられそうになってたくせによく言う
……
。あのな、あれは店も共犯だ」
「ほう、どうして分かるのだね?」
するとサイラスは興味の対象をテリオン自身に移したようで、ぱっと顔を明るくする。現金なさまに深くため息を付く。こいつは、今まさに説教されているという状況を理解しているのだろうか。
「
……
並べられてた品は、相場より僅かに高い値がつけられていた。あんたのように品物に興味を示した客と、時間をかけて値段交渉をするためだ。もしくは、値札にはこう書いてあるが、安く売ってもいいと宣って興味を引く。その隙に共犯者が近づいて、無防備になっている荷物を漁るって寸法だ」
「なるほど、蓋を開けてみればよくあるスリの手口だね。値段交渉の最中に財布を盗られるというのは皮肉なものだ」
「あんたはその大間抜けのひとりになりかけてたんだぞ」
「危うくね。言われてみれば確かに、商品を易々と差し出して、ゆっくり立ち読みさせてくれた
……
あれは私に隙を作らせる戦略だったのか」
彼は気にした素振りも見せずに、品物や店主の振る舞いを思い返しているようだった。テリオンは寝台にどっかりと腰を下ろし、軽く頭を掻いた。
自分という盗賊の見本がすぐ傍にいるのに、この男は本当に無防備で隙だらけだ。賢い癖に、行き過ぎた好意や純然たる悪意にはめっぽう鈍感なのがサイラスという人間だ。ああ、先の状況を思い返すだけでまだ腹の底から苛立ちが沸き上がる。テリオンの眼の届く範囲で、しかも恋人が、あんな周到な状況を用意しないと盗みも満足にできないような三流以下の盗賊にしてやられそうになっていたのだ。これに怒りを抱かずにいられるだろうか。
「前から言ってるだろ。誰も彼もが善人なんかじゃない、疑ってかかるくらいでちょうどいいんだと」
「それはどうだろう。人は誰しも事情を抱えている。悪事を働くから悪人と決めつけるのは早計ではないかな」
「
……
じゃあ善人か悪人かはこの際、置いておいてもいい。まずはあんたの行動を改めろ、ひとりの時に過集中するなと何度言えば分かる? そうなるくらいなら誰かを同行させろ」
そもそも、市場を見て回りたいのなら自分に声をかければ良かったのに。それなら怪しい店には立ち寄らせないし、万が一狙われそうになってもすぐに相手の裏を掻いてやれる。勝手にひとりで出歩いて、勝手に危険にさらされて、そんなことを指摘されても理解していないような顔をされることが腹ただしい。
腕組みをして、また深く息を吐く。サイラスはテリオンの所有物ではないのだから、望むままに動きはしない。むしろ自分の予想をことごとく上回ってくるような相手だ。説教にあまり意味はないと頭の隅では承知しているが、それでもやっぱり、腹に据え兼ねる。
「
……
?」
ふと頭上から影が落ちてきて、顔を上げる。サイラスは殊勝な顔をしているでもなく、何故か妙に嬉しそうな微笑みを浮かべていた。訝しむ間もなく、白魚のような指に顎を掬われる。柔らかいものが唇を掠めたのは、一瞬のことだった。
「
……
」
「
……
ふふ、心配してくれてありがとう」
サイラスの淡く色付いた頬には、『好きな人に心配されて嬉しい』とありありと書かれているように見えた。要はこの男、何に対しても素直なのだ。人を信じたいという気持ちのままに行動するし、テリオンの苛立ちは好意の一部だと受け取って喜んでいる。本当のことだがなんとなく癪に障り、ローブの襟首を掴んで引き寄せた。
「テリオン?」
「ご機嫌取りが巧いな、先生。それならもっとサービスしてくれよ」
「いや、そういうつもりでは
……
」
「あんたが意図してなくても、こっちはそういうつもりにされたんだ。付き合ってくれ」
頬を撫でて唇を軽く啄むと、彼は長い睫毛を震わせて、許しを乞うようにテリオンを見つめる。そのさまを眺めていると僅かに溜飲が下がった。まあ、次は自分の方から同行を提案してやろう。
――
それはそれとして、今はもう少し怒っているポーズを取っていじめてやることにした。
***
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