ゆうな
2025-05-05 18:08:24
6251文字
Public
 

壊れていいものだめなもの

電気スタンドネタその2。ナチュラルルームシェアばくとど。
※ファンブックの内容を含みます
これだけ仲良しばくとどもいるかも…いるよね?
後半のスーツは着せたかっただけです

◆Pixiv:ログ3に格納済み
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=26846867

「轟、こっち来い」
 つい先程帰宅した爆豪の声が、彼の自室から響く。夜勤を控えた轟はリビングのソファで爪を切っている最中だった。爪切りが小刻みに鳴るたび、白い破片がティッシュの上に細かく散らばる。窓の外では夕暮れのオレンジがビルの隙間を埋め、街を見守るように照らしていた。
「ちょっと、待ってくれ」
 小指の爪に刃を当て、二、三度ぱち、ぱちと軽い音を立てる。手のひら側から見えない程度まで短くなったのを確認し、満足げによし、と呟いた。ティッシュを丸めてゴミ箱へと放り、爆豪の部屋へと向かう。
「なんだ?」
 ひょいと顔を覗かせると、部屋の主はベッドの端に腰掛け、どこかしょぼくれた表情をしていた。
「おまえこれ要る?」
 顎で指した先には、見慣れた電気スタンドが置かれていた。淡いグレーはこの部屋のインテリアとして空気のように溶け込んでいる。
 これは、爆豪が上京するときに購入し、その後静岡で轟とルームシェアをすると決まった時にも持ってきたものだ。まだ数年ほどしか経っていない。シンプルなのに小洒落ている、彼の好きなブランドのものだったはずだ、と轟はぼんやり思い出す。
「爆豪が必要ねえなら貰うけど……どうした、新しいの買うのか?」
「ん。壊れたくせえ。粗大ゴミ出すの面倒だし、おまえにやる」
 見せつけるようにスイッチを弾くが、言った通り、いくらオンオフを繰り返してもライトが点くことは無かった。
 ドアに寄りかかったまま腕を組み、ふうん、と考える。
「電球が切れただけじゃねえのか」
「付け替えてみたけど変わんねェ。電球代無駄にしたわ」
 チッと舌打ちをする爆豪は相変わらずみみっちい男だった。
「ずっと使ってたのにな。本当に俺が貰っていいのか?」
……マジで貰う気かよ」
 爆豪の眉が上がる。疑うような揶揄うような、轟の態度を面白がっている顔だ。どうせ断られると思っていたのだろう。これ要る? と訊ねたのだって、半分冗談の口調だったのだ。
「うん、いる。おさがりっていいよな。昔から飯田とか蛙吹の話を聞いて、羨ましいなって思ってたから」
 どこか遠くを眺めるような目でスタンドを見つめ、柔らかく微笑む。使ったものが思い出と共に温もりごと手渡し、手渡される。そんなささやかな事に轟は密かに憧れを抱いていた。
「壊れてんのにか」
「直るかもしれねェだろ?」
「おまえにできるくれえなら俺がとっくに直してんだわ」
「まあ、これは後で部屋に持っていくから。ところで今爪切ったんだ。やすりしてくれ」
 手を差し出しながら健やかに笑う轟に、爆豪がはあ、と深い息を吐いて立ち上がる。
「へーへー、やってもらう立場だっつーのに相変わらずふてぶてしいな、てめェは」
 電気スタンドを端に寄せ、ふたりは揃ってリビングへと戻った。爆豪が爪やすりを取り出しソファに、その反対側の端に轟が腰を下ろし、向き合って座る。
「おまえがしてくれると、爪綺麗ですねってよく褒められるんだ」
 ヒーローとして戦い続ける男の指先は、細やかな傷や硬くなった皮膚に覆われている。轟は自分の手をまじまじと見てから、ぐっぱっと握ったり広げたりを繰り返した。
「手はこんなにボロボロなのにな」
 笑いながら手を差し出す。爆豪はその爪先を掬い、関節をなぞり、傷痕ひとつひとつに視線を落とした。
 ひとつ、ひとつ。増えた傷を確かめるように指を滑らせる。大きくて、不器用で、温かい、轟の手。爪の表面から先まで、すべてを包み込むように緩く握った。
「てめェがそんだけ人を救った証だろ」
 爆豪は視線を落としたまま、何でもないように親指から順にやすりをかけていく。その手つきがいつも通りに丁寧で、轟は爆豪の伏せた目元を見つめた。
 淡黄色の睫毛が白い頬に影を落とす。眠っているようにも、職人が自分の仕事にひたすら没頭しているようにも見える。この表情が見られるのは、ルームシェアをしている轟の特権かもしれない。
「うん、そうだな」
 そう思うと轟の唇にむずむずと小さな笑みが浮かんでくるのだ。
 それから、爆豪が行ったチームアップの話だとか、轟が招かれた小学校の特別講義の内容だとか、他愛もない話が続く。そうやって会話が弾むたびに、背中で猫のシルエットのクッションが潰れる。轟がどうしても欲しいと、爆豪にプレゼンまでして手に入れたそれももう何年前の話だったか。今では中の綿がほとんどへたってしまっている。
 そんな話の途中で、轟が思い出したようにあ、と声を漏らした。
「そういや明後日、雄英OBのインタビューがあるらしくて頼まれたんだ」
「ンだそれ、俺んとこには来てねえけど」
 爪先を撫でながら、爆豪が白けた目つきで見上げる。轟はわざとらしく首を傾げ、笑いを含んだ声で言った。
「んー……なんでだろうな?」
「てめェ察してんじゃねぇぞ」
 足の先で轟の脛を軽く蹴る。轟はカラカラと笑って、おまえだってわかってんじゃねえかと同じところを蹴り返した。
「おら終わった」
「ありがとう」
「あと、カレンダーにも書いてあっけど、俺明日の朝から一週間遠征。冷蔵庫のもんは食っていいから」
「わかった。気をつけて」
 爪を眺めていた轟が顔を上げる。壁に掛けたアナログ時計は出勤の時間を刻々と告げていた。上着とリュックを手に玄関へ向かう。
「悪ィ、もう出る時間だ。ライトはあとで勝手に回収するからそのままでもいい」
「俺が帰ってくるまでにはどうにかしとけよ」
 うん、と短く答え、シューズクロークの上に並んだ鍵の片方を手に取った。
「行ってきます」
「おー」


 一週間後。
 非番である轟はリビングのソファに寝転がり、うとうとと微睡んでいた。昼下がりの光が柔らかく部屋を包む。テレビのニュースは音を消され、画面だけが視界の端で忙しなく動いている。このまま昼寝でもしてしまいたいくらい心地よい。
 そういえば、さっき爆豪からもうすぐ帰るとメッセージが届いていた。腹は減っているのか聞くのを忘れたけど、半端な時間だし、きっと彼は夕飯まで待つだろう。そうじゃなくても、小腹を満たしたければ勝手に何か食うか。
 ……爆豪。爆豪の事で何か……と、そこで轟はパッと目を覚ました。
「やべえ、忘れてた」
 電気スタンドのことを思い出した。帰ってくる前に片付けておかないと絶対に小突かれる。
 体を起こし爆豪の部屋へと向かう。部屋は先週までとほとんど変わっておらず、ベッドメイキングまで綺麗にされている洒落た空間が広がっていた。無駄なものが一切落ちていないフローリングは、轟が爆豪に呼ばれる少し前に掃除機をかけたときとほとんど変わらなかった。今週は目まぐるしい毎日で、掃除をする暇も無かったのだから今日すべきだったな、と少し反省をする。
 とりあえず今はこれを回収しなくては。
 ライトを手に取ると、支柱からコードが繋がっていることに気付いた。配線を目で追えば、それは棚の裏から伸びているようだ。テーブルを退かさないとこのままでは抜けないかもしれない。どれくらいの長さだろうか、なんとなしにコードを軽く引っ張ると、それだけでプラグが轟の目の前にすっと現れた。
「あれ」
 一瞬固まる。プラグを手に、轟は怪訝な顔で考える。
……もしかして」
 リビングに戻り、ダイニングテーブル脇のコンセントにプラグを挿し込む。スイッチをパチリと押すと、スタンドが明るい光を放った。爆豪が取り替えた新しい電球が部屋をくっきりと照らす。あたたかな、オレンジの光だった。
「コンセントに挿してなかっただけじゃねえか……爆豪がこんなミスするなんて、疲れてたのかもしれねえな」
 轟が顎に手を当てながら、なあんだ、と、爆豪がしていたみたいにスイッチのオンオフを繰り返す。
 その瞬間、玄関の鍵が開いた。扉を開閉する音が続いて、洗面所からは水音が小さく聞こえる。溜まった洗濯物を放り込み、手洗いうがい。遠征後のルーティンだ。
 一通り済ませた爆豪が、ドアを開けて現れる。
「ただいま……って、なに、直ったんか」
 おかえり、と振り返る。爆豪は珍しくスーツを着ていた。そういう仕事があったのだろう。轟が舐めるような視線を送る一方で、鞄を置いた爆豪の視線は、明々と電気の灯るライトに向けられていた。
「これな、コンセントに挿さってなかっただけだぞ」
「はァ? マジか。壊れてなかったのかよ。ったく、いつも挿しっぱだったっつーのになんで……
 爆豪が深くため息をつくと、プラグを抜いてライトを手に取る。抱えたまま自室へ向かおうとしたその腕を、轟が掴んだ。
「おい待て」
「なに」
「それもう俺のだろ。おまえがくれるって言ったんじゃねえか」
 爆豪は何度か瞬きをした後、明らかに不機嫌そうな顔をして下から睨みつけた。
「ハァ? 壊れたと思ったからやるっつー話だったろ。壊れてねぇんなら返せ」
「やだ」
「ざけんな。故障してたのをてめェが直したわけでもねえだろ」
「でも俺もう、インタビューで答えちまった。爆豪と最近何かあったかって聞かれたから、電気スタンド貰いましたって。嘘ついたことになっちまう」
「やっぱり返しましたって言っとけ!」
 掴まれた腕を払い、ライトを置いてソファにどかりと座る。こうなると轟は頑固だ。無理矢理持って帰ったとて部屋のドアを延々と叩かれることになるかもしれない。帰宅早々、まったく面倒なことに巻き込まれてしまった。
 やれやれ、とネクタイを緩める爆豪が、ふとテーブルに置かれた轟のマグカップに気付く。その中身を見ると、間髪入れずに一息に飲み干した。
 あ! と声を上げた轟がずかずかと近寄る。
「おいこれ緑谷がくれたコーヒーギフト! 最後の一杯だったのに!」
「知るか! てめェが引かねえからだろ! つーか俺コンセントなんて抜いてねえし」
 空になったマグカップを見せつけるように揺らす。轟は訳がわからないといった顔で爆豪を睨んだ。今にも炎だか氷だかが出そうな勢いだ。
「そんなのおかしいだろ。だって実際に抜けてたんだか……ら」
 その時、轟の脳内をある記憶が過ぎった。
 糸を辿るにつれ背筋に嫌な汗が滲む。無意識にマグカップへと目を逸らす些細な動きを、爆豪が見逃すはずがなかった。
 さっき自分がされたように腕を取ると、轟の体が僅かにこわばる。すでに勝利を確信した爆豪は轟を詰める。
「なにその顔。なんか思い当たる節があんじゃねーの?」
 大きな口が弧を描くと、轟の腕を思いっきり引っ張り転がした。革張りのソファが大きく軋んで、二人分の体重を受け止める。
「ご自慢の体幹はどーしたよ!」
 爆豪が倒れ込んだ轟に覆い被さった。ええと、と轟がネクタイの結び目に視線を落とすのを最後に会話が切れる。
 彼にしては長い沈黙に痺れを切らした爆豪が、小さな顎を引っ掴んで無理矢理目を合わせた。こういうのは攻めたもん勝ちだ。
「言わねーなら、もう蕎麦も手作りしてやんねーし、爪やすりもしねえぞ」
 いいンか、と脅しのように吐き捨てると、轟はまるでこの世の終わりとばかりに目を見開く。
 なんだその顔。堪えられなくなり思わず顔を背けて吹き出すも、轟はそんなことすら気にしていられないようで、ようやく観念したように細い声を漏らした。
「や……たぶん……俺が、それ、抜いた」
 二色の瞳が揺れる。摘んだ顎がゆっくりと動いて、唇のあわいからはちらちらと赤い舌が見える。
 爆豪はたっぷりと時間をかけて、それこそ轟が、爆豪? と聞いてくるくらいの時間黙って、それから、そーかよ、とぶっきらぼうに返した。唇の先を尖らせる。
「てめェは自分で抜いたくせに黙っとったんか?」
「ち、げえ! なわけねえだろ! 事故だ、事故! そうかもしれねえってだけ!」
「ンなのもうクロだろ! おら何があったのか言ってみろや」
 今度は片手で両頬をむにぃっと挟まれる。変わらずマウントを取られたまま、轟がぽつぽつ話し出した。
「一週間前……おまえが壊れたって言った数時間前。俺、爆豪の部屋で掃除機かけてたんだけど、あの棚を動かしたんだ。その時に引っ掛けちまった、のかもしれねえ」
「ほーお?」
「わかんねえけど、あの日急に点かなくなったんなら、それ以外思い当たらねえ。わりィ」
 しゅん、と轟が目を伏せ、力を抜いてソファに沈み込む。
 爆豪だって、別にこれ以上轟を責めたいわけではない。なんだそんなことか、と拍子抜けしたくらいだし、なんならもうライトをやっても良いとさえ思っている。
 ただちょっと、意地になってしまっただけ。なんとなく、この戯れが楽しかっただけ。それだけなのだ。
「俺の部屋の掃除許可した途端それか」
 爆豪はぐう、と唸る男の頬をむにむにと弄って、するりと手のひらで包み込む。眉間に皺を寄せる。
 爆豪の親指が目尻のあたりでするすると緩やかに動く。擽ったくて、轟は目を細めた。
 彼の手のひらはいつもあたたかいし、その温度と触り方はちょっとしたマッサージみたいな気持ち良さまである。
 ぐにぐにぐにと、いつまで揉んでいるのだろう。男の顔を弄り回したってそんなに楽しいものでもないだろうに。頬の筋肉がぐにゃぐにゃになってしまいそうだ。もう怒ってないのか。
 そう思っても爆豪はいまだに眉を顰めたままで、どういう表情なのかよくわからない。
 ぼうっとしていると、顔を捏ねまわしていた爆豪が、突然上体を寄せてきた。
 やっぱまだ怒っていたのか。
 謝罪の言葉を口にしようとした轟の体が固まる。ツンツンと尖った前髪が紅白に落ちる。鼻を掠めるのは野外の埃っぽさに混じる、爆豪本人の甘い匂い。
「お……
 つやりとした赤い瞳の中が、轟自身でいっぱいになる。
 それしか見えないせいで、もう爆豪がどんな表情をしているのかはわからない。ただ、近づいてくる瞳に滲む温度に、不安のような期待のような、名前のわからないなにかが胸の内でじわじわと広がる。
 爆豪の空いた片腕が轟に向けて伸びる。
「ばく、」
 掠れた声が爆豪の耳に届くと、爆豪は僅かにまぶたを上げた。伸ばされた手はそのまま丸い頭の上を通り過ぎる。
 ぱち、ぱち、と瞬きをするオッドアイが喉仏を見つめているうちに、爆豪は手触りの良い猫のクッションを掴んだ。轟の胸に置いてぽんぽんと叩く。
 轟は赤い瞳に見入ったまま、ぽかんと口を開け、思わずそれをぎゅっと抱き締めた。
「今日おまえが作った晩飯が美味かったら、あのライトやるわ」
 そう言って爆豪は紅白頭を雑に撫でた。くしゃっと色が混ざるのを見て、寝癖みてえ、と口角を上げる。
 爆豪は轟の上から退くと、ジャケットを脱ぎながら自室へと戻っていく。轟は解放された体を慌てて起こし、後ろ姿を追った。
「わ、かった! 最近、行きつけのところでレシピ教えてもらったからそれでいいか!」
 声を張り上げる轟のことを再び笑った気配がして、それから、蕎麦はナシだかんな、ともっと大きな声で返される。
 結局、夕飯は爆豪レシピのキムチ炒飯になり、電気スタンドは轟の部屋のデスクに置かれることになった。
 ライトを設置する男の姿をじっと眺めながら爆豪は、壊れてもよかったのに、と、見た目よりよっぽど柔い頬の感触を思い出すのだった。