tonami
2025-05-05 02:28:10
3253文字
Public 怪異撲滅ツアー
 

Spot.2 居住区、通路

ポラタン怪異撲滅ツアー②




「その、ロロノアには初めて言うんだけど。おれ、仮面してるから人の視線には敏感なんだ。少し向けられたくらいでもすぐにわかる。特に船の中は密室だし範囲も狭いから。……視線を感じるようになったのは三ヶ月ほど前です。一人で通路を歩いてると、見られてるなって。どこからっていうのは把握できないんですけど、それでも視線を向けられてることはわかりました。他に誰かと一緒に歩いてる時は感じないんです。決まって一人の時だけ。気味悪くて、他の奴にも聞いてみたら、何人かはそういえば見られてる気がするって。でもおれほど気にはならないみたいでした。たぶんおれが視線を感じやすいからだと思います。……あ、あとペンギンとシャチとウニも同じだったはずです。だよな? ──そこまでじゃないのか。じゃあ、やっぱりおれが気にしすぎなのかな。──そうです、通路ならどこでも。不思議とどこか部屋に入るとなくなるんですよね。だからなるべく誰かと一緒に通路を歩くようにしてます。──はい。いまも通路に出ると見られてますね。……おれの気のせい、かもしれないんですけど。最近、視線が強くなったように感じるんです。いままで一人だったのが、複数人になったみたいな。それに……これも、本当は気のせいかもしれないです。視線が増えたくらいから誰かと一緒にいても、たぶん、見られてます」





Spot.2 居住区、通路





「──見られてんな」
 唇が触れ合うほどの距離のまま、ゾロは周囲に意識を向けた。食堂を出てすぐ、クルーの部屋がある区画だ。このすぐ近くに麦わらの一味や侍連中に割り当てられた部屋があり、最奥にはローの自室である船長室がある。
「一つ……いや、二つか?」
「三つだ。あの仮面の話の通りだな」
 ローの首に腕を回しながら、ゾロが目線だけで位置を告げる。天井、壁。つまり頭上と左右から、誰かがこちらを見ている。ハクガンが言うには、最初は見ているのは一人だった。それが最近では複数人になっているという。しかも視線を感じるのは一人きりの時だけだったのが、誰かと一緒にいても現れるようになった。明らかに現象が強くなっている。
……次は別の場所のはずだったが、予定変更だ。先にこっちの対処しねェとな」
「どうする? お前、視えるか?」
 額同士を擦りつけ、鋼色に透けた瞳がローの目を写し取る。ゾロの目の中で暗褐色に染まる己の眼球が物珍しくて、つい状況も忘れてしげしげと眺めてしまった。ローの目の中だとゾロの灰色はどんな色をしているだろう。オペオペの能力なら眼球を取り出して確かめることができるのでやってはみたいが、実際に行動に移したらこっ酷く叱られるのは確実だ。しかしゾロだけなら、案外呆れるだけですませてくれるかもしれない。脳内のいつかやりたいリストに追加しておく。
「なんとなく場所はわかるが、視えはしねェな」
「お前、相当強いやつじゃないと視えないんだな。いまも見られてる上に増えてるってこたァ、怪異として強くなってるはずだが」
「自分でもどっから視えるのか試したことねェからな。いつも鬼哭に任せてた」
「てことは、今回みたいに話し合ったりしねェで斬って終いか」
 からかうように笑うゾロにローは思わず、む、と唇を尖らせた。ローはもともと、霊的な類が視える人間ではない。鬼哭を手に入れてから気配がわかるようになったくらいだ。物心ついた時から視界に生死どちらもあったゾロとは、そも脳の回路から違う。こればかりはオペオペの能力を使ったとしても視えるようにはならないだろう。ゾロのような人間が、どの器官を使って怪異を認識しているのかわからないからだ。ローが視えるのは鬼哭の影響だろうけれど、生まれついて怪異を視るゾロへの妖刀の干渉などたかが知れている。
「仕方ねェだろ。誰も彼もお前みたいに視えやしねェんだ」
「拗ねんなよ。わかりやすくていいじゃねェか。おれは好きだぜ」
 突き出した唇をちむちむ吸われるだけで機嫌が回復するのだから現金なものだ。隙を見て舌を入れようとしたら「調子乗んな」と引き剥がされてしまったが。
「こいつら、なんなんだと思う?」
「怪異に存在理由求めてんのか? こいつらはそういうもんなんだから考えるだけ無駄だろ」
「それはわかってるが。……数が増えてんのと、誰かと一緒でも現れるようになったのは関係あると思うか」
「あるだろうな。恐怖を糧にすることはあるが、それならただ元のまま強くなるはずだ。それ以外でこいつらが理由もなく増えたりするはずがねェ」
 そのままの状態で力を増しているのであれば、数が増えることはまずないはずだった。強まれば一人きり以外でも現れるようになっただろうが、視線は一つだけのままだ。増えているのであれば、どこかに必ず発生源がある。
「つまり、──別の話と合体しちまってる可能性が出るわけだ」
 厄介なことに、現状その可能性のほうが高かった。そして合体先の話にも、残念ながら心当たりがある。
「どっちを先に対処するべきだと思う」
「こっちでいいんじゃねェか。向こうの周期は三ヶ月だろ。あの女の話の通りなら追加されたばっかだ」
「イッカクだ。話し合いで解決……はできねェよなァ」
 無言で首を横に振ったゾロに、ローは溜め息をつく。平和的な解決ができれば一番いいのだけれど、怪異というものは基本こちらの常識が通じない。ただそこにいるもの、在るものが大半で、食堂の研究者のように意思の疎通ができる例は稀だ。通路に現れる目玉もただこちらを見ているというだけでは害はないが、もう一つの怪異と融合してしまっている時点で、もはや見逃すという選択肢はなくなった。このままどんどん他の怪異を食って、もしくは食われてしまえば取り返しがつかなくなる。最終的に残った怪異の力が向かう先は、このポーラータングにいる全員だ。そうなれば、ローはもちろん二十余名のクルーが助かる道はない。
「斬れるか、ゾロ屋」
「おう。──三代鬼徹、出番だぜ」
 三振り佩いたうちの一振り、十字の鍔を持つ朱色の鞘の刀。すらりと抜き出されると炎のような刃紋が白色灯を反射して妖しく光る。ローの片腕に抱えられた鬼哭が煌めきにそわそわと気配を浮き足立たせた。お前の出番はまだだ、と愛刀を宥めながら、正眼に構えるゾロに目を細める。いつ見ても惚れ惚れするほど美しい構えだ。道場の先生とやらの教えが良いのだろう。同じ刀を扱うローは子供の時分に剣術は叩き込まれたが、ゾロのように格式の高い剣道は習っていない。
「船ごと斬ってくれるなよ」
「誰に言ってんだ。──鬼徹」
 三代鬼徹の刀身が黒く染まる。黒刀と成った刀が振り上げられ、一瞬のうちに壁と天井に斬撃が走った。一閃による軌跡が光となって散っていく。当然ながら、船にはいっさいの傷もついていない。うるさいほどに向けられていた視線はすべてなくなっていた。
「ここはこれでいいだろ」
「おう。さすがだ、ダーリン」
「お安い御用だ。ハニー」
 ゾロの腰を抱いて形のいい額に唇を寄せる。ついでに鞘に納まった三代鬼徹に鬼哭を寄せると、持ち主を真似するようにぴたりと吸いついた。三代鬼徹に嫌がる気配はない。それにさらに鬼哭の機嫌が上向いていく。
 相も変わらず、愛刀は三代鬼徹に首ったけだ。最初はあんなに警戒して少しでも触れようものなら斬り裂かれそうな気配を発していたのに、いつの間にか鬼哭はゾロの存在を受け入れていたし、三代鬼徹とも仲を深めていた。ローがゾロに心を向け始めた頃なんて、早くゾロの傍に、もとい三代鬼徹の傍に行けとせっつかれるものだから焦ったものだ。
 ゾロが鬼哭の下緒に指を絡める。三代鬼徹のことが好きならゾロのことももちろん好いているので鬼哭の機嫌は上がるばかり。妖刀同士惹かれ合うのはともかく、やたらゾロに対しても好意を飛ばしているのは、それこそ持ち主に似たのかもしれない。