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みすず
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創作
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ミロキサ
お喋り。
明日を憂う時代ほど「芸術」は求められるものだが、絵の具や楽器よりも今日のパンが優先される世の中では見出すのにも難しい。
かつて、世界には世に誇る芸術品が多数あったのだが、時代の流れや侵略者との戦闘によって失われてしまったものは少なくない。残された記録もものによっては破損してしまっており、芸術はすっかり市井から遠ざかってしまった。
「だから、俺は侵略者が時々恐ろしいよ」
「
……
なんで『だから』になるんだ? それに、あんな奴らが恐ろしいなんて」
牛乳多めの珈琲をミロの前に置き、ソファへ腰掛けながら言ったキサラギにミロが少し不服を交えた声音で返す。キサラギが侵略者を恐ろしいと言ったのが不可解で、不満なのだろう。自分たちにとっては勇敢に挑んで倒すべきものだ。特にミロは戦う上での恐怖などないほうが幸いとばかりの生まれ育ちをしている。キサラギにとってはそれこそ不満だ。胸糞悪い。
「んー
……
侵略者のなかには讃美歌を歌ったり人間を真似る奴もいるだろう」
「ああ」
「昔は侵略者を天の使いだなんて言うやつらもいたが、いまだっていないわけじゃない」
「理解ができないな。どうして攻撃してくる奴らにそんなことが思える?」
「運命論者はマゾヒストなんだよ。めちゃくちゃにされるのが大好きなんだ」
言ってから余計な軽口だったとキサラギはミロの反応を窺うが、彼は怪訝な表情でキサラギを見ている。またキサラギがてきとうなことを言っていると思っているのかもしれないが、今回はその通りだ。
「まあ、あれだ。なんの理由もないほうが人間は堪え難いだろう?」
「そうなのか?」
「人間の頭を簡単にぶっ壊すのには規則性のない暴力と意味のないルールが欠かせない。人間は突然殴られたり訳の分からない指示を強制されれば納得できる理由を探さずにはいられない。侵略者の侵攻傾向への規則性はいまこの瞬間も解析されているが、これで『気分です』『気まぐれです』なんて結果になってみろ。憤死するやつらが出てくるだろうよ。その前に、そんな『認められない』結果は出さないだろうがね」
「
……
よく喋るな」
「知らなかったか? お前のバディはお喋りなんだ。口から先に製造された」
「また、そういうてきとうな
……
」
ミロは疲れたように首を振り、目頭を押さえてから「それで」と二酸化炭素の多い声を出す。焦れたように膝をとんとん叩く指先は大人びた仕草で、ミロがどれだけキサラギの無駄話に付き合わされてきたかが窺えた。尤も、キサラギはそれを悪いとも申し訳ないとも思わないが。ミロの情緒の発達には「無駄」が大切なのだとキサラギは唱える。
「なにがどう侵略者が恐ろしいという話になるんだ
……
」
「訳が分からなくて強大なものは信仰されやすい。いまは気色悪い造形ばっかりだが、それでもあいつらは人間に親しみのあるものに擬態しようとしている傾向がある。それがほんとうに人間にとって好ましいものになったら? 神聖なもの、虜にするものになったら? ぞっとするね」
現代人は「美しいもの」への耐性が低い。
吐き捨てたキサラギにミロは顎をざらりと撫でて考えるように視線を斜め上にやり、そのまま親指で自身の唇を押し上げる。前線で実際に戦っているミロからしたら、戦うために生まれたミロからしたら、納得の及ぶ理由にはならないのかもしれない。ミロの眉間に自然と深い皺が寄っているので、キサラギはそれをつついて伸ばした。余計にぐしゃっと顔を顰めたので声を上げて笑う。
「おい!」
「ははは、お前のバディだぞ。怒るなよ」
「バディであることとどうして繋がるんだ」
「バディでもないやつにやられたらお前は避けるか叩き落としてるよ」
ミロはきょとん、として「それはそうかも?」という顔になる。根が素直なのだ。だからキサラギの軽口に翻弄されがちだし、そのことに不満を隠さない。可愛くて仕方のない大事な人間。
「ミロ」
「
……
真面目に話さないなら聞かないぞ」
ぶすっとした様子で珈琲を啜るミロに釘を刺され、キサラギは肩を上下させる。
「そう言っても聞いてくれるお前だと信じているよ。で、真面目な話だ」
ミロ、と名前を呼べば水色がかった灰色の目が間違いなくキサラギを見つめ返し、言葉の続きを促す。キサラギが今度こそ軽口をやめると察したか、珈琲をテーブルに戻したミロは硬い両手を腹の前で組んだ。
「お前にとってはなにが美しい?」
「
…………
軽口か?」
「いいや。言っただろう? 侵略者が人間にとって好ましい姿になったら恐ろしいってな」
「そう、か
……
美しい
……
?」
「いまのご時世、美的感覚を磨くのも苦労する。感性を育てる教材も多くない。兵士なんて尚更だ。その兵士でも美しいと思うもの、本来は救いであるものが毒に使われるかもしれない。脅威だよ」
「うん
……
いや、うん
……
そう、だな。美しい、美しい
……
?」
「可愛いものでもいいぞ」
最近は読む本の文字量も増えたし、絵を描いたり花の観察もするようになった。果たしてミロの感性はどれほど育ったかしら。語った侵略者への脅威については嘘ではないが、結局キサラギが気にしているのはミロのことだった。そのまま訊いてもよかったのだが、それだとその質問自体が軽口だと捉えられかねないかと考えて、キサラギは随分と遠回しに訊ねることにした。それに、侵略者のことを絡めればミロも思考の確度を上げるだろう。
ミロは腕を組みながらうんうんと唸り、時折なにか口にしかけては首を傾げている。
「んー、じゃあ侵略者に真似られて嫌なものはなんだ?」
「
……
嫌な質問だな」
「でも、実際にあり得そうだろ?」
ミロはここまで表情をはっきりさせるのは珍しいというくらい心底嫌そうな顔をして、腹の底から込み上げたかのようなため息を吐く。瞼も重たげに半眼となり、口角の下がった口も億劫そうに開かれる。
「キサラギを真似られたら、困るだろうな」
「
……
そうか」
芸術の話から始めたもので、キサラギは自分が挙げられるとは思わずに反応が一瞬遅れた。
そりゃあ、バディですから。真似られたら困るでしょう。うん、理解できる。
「他のやつらを誘われても嫌だしな」
「おい、待て。どんな俺を指してる?」
「冗談だ」
ミロがしてやったりとでもいうように少し得意気になるので、キサラギはソファに大きく寄りかかって天井を見上げた。
「はー、坊やも成長したもんだ」
「
……
そう思うならいつまでも坊やと呼ぶな」
「いいや、当分呼ぶね。あと十年は呼ぶ」
キサラギの視界には黄ばんだ天井があるばかりだが、ミロはきっとむっとしているだろう。見なくても分かる。バディだから。
「
……
キサラギはどうなんだ」
「俺ぇ? なんだろうな
……
」
問われて考えるが出てこない。キサラギは個体識別に容姿を優先していないし、命令であれば赤ん坊とて射殺する。ミロの姿を真似られたとしても不快ではあるが、対処に躊躇はないだろう。個を個足らしめるのはその歩んできた歴史だ。
(これじゃあ、ミロに情緒がどうのなんて言えねえな)
嘘を言う気にはなれない。ここで「お前だよ」と言って、明日ミロの形をした侵略者を撃ち殺すことだってあるかもしれないのだ。
だから。
「そうだな
……
一緒に探してくれるか?」
答えに困ったバディをミロは助けてくれるだろうか?
キサラギが天井から視線を戻すまでは一秒もない──ミロが返答に困ることないと信じていたので。無邪気に、信じているので。
それはさながら芸術家たちがミューズに捧げてきた信仰のように深く重たい信頼であったけれど、ミロは果たして受け止めてくれるかしら?
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