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みすず
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金糸雀城の魔法使い達
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白露とリュウイさん
空のお散歩。
「ああ、いい風ね。こういう日は空を散歩するとね、心地良いのよ」
窓を開けると入ってくるのは甘い花の香りが乗った風。白露は頬を撫でていく風を追いかけるように研究室を振り返り、椅子にかけてちび
……
と取手のないティーカップで茶を飲むリュウイを見やる。白露の右目は義眼なので左目に対して動作が遅れることがあり、偶に意図せず眇めたように鋭くなってしまうのだがリュウイがそれを気にしたことはないように思われる。白露の知るこの生徒は授業での質問には積極的に来るが、それを他人へ踏み込むことにまで適用することはあまりなかった。興味を持っていないのではないだろう。思慮深くもあるし、ただ他者の在り方をそのままに受け止めているようにも思う。優しい子なのだ。
「お茶は口に合うかしら。新茶なの」
「『ああ。すっきりしているし
……
少し甘いな』」
「そうね。私、やっぱりこの時期のお茶が一等好きよ」
自身も椅子へ戻り、白露はティーカップを手に取る。新茶特有の産毛が浮いた翠緑の茶にふっと息を吹きかけて飲めば、仄かな苦味のあとに独特の甘みが残る。渋味はあまりない。
「『先生は空の散歩にもよく行くのか?』」
「今日のような日には時々ね」
魔法使いの多くは空を飛ぶことができる。白露も例外ではなく、彼女が空を飛ぶのに用いるのは鬼熊手だ。馴染みのある箒が棕櫚箒か鬼熊手だったのだが、棕櫚箒を外へ持ち出すのは気が引けて、白露は鬼熊手で空を飛ぶ練習を始めて今日へ至る。魔法使いのなかには箒で飛ぶもの以外にも杖を使ったり魔法の込められた石を使ったり、媒体を用いるだけではなく種族的な能力によってその身ひとつで飛ぶものも少なくない。それぞれの個性が出るので白露は飛行術の練習風景を見るのが好きだった。
答えればリュウイは少し思案するように視線を斜めに落とし、白露はなにかしら? と首を傾げたが、そのときはなにと続けられることはなかったのだが、その後に誘われた空の散歩。それならば夕方に、と約束して迎えたのは数日後のこと。
空が橙の色を帯びてきた頃に約束していた場所に向かった白露を待っていたのは、青みがかった宝石のような龍。磨いたように煌めく鱗は整然と、瞳孔の赤い目は虹彩が金色で特別な日の月のようである。
「お前は相変わらず宝石のようね」
近くに行けば寄せられた鼻先。鱗に逆らわぬようそっと撫でれば、リュウイは背中へ乗るかと問うてくる。
「あら
……
いいのかしら」
ともに空を散歩するのであれば白露も箒を用いればいいのだが、リュウイは「『構わない』」と言うし、むしろ、最初からそのつもりでいたようですらあった。
「『先生に見せたい景色がある』」
「あら、どんなところかしら。お前がそう言うならきっと素敵なところね」
それではお邪魔して、と背中へ乗れば、ゆっくり身を起こしたリュウイの体がぐっと空を向く。ゆらり、それは水のなかを進ように。尾を左右へ揺らし、するすると空を泳ぎ始めたリュウイ。白露は彼のつるりとした鱗の上に片手を突いて、箒で飛ぶのとも違う空の散歩に周囲を見渡した。遠くなる白亜の金糸雀城は夕陽を反射して金色に輝き、間もなく「月」の咲く海も白波が豪奢にきらきらとしている。
「どの辺りまで行くの?」
「『もうすぐだ』」
優雅に空を泳ぐリュウイはやがて下へ向かってゆるゆると弧を描き、降り立ったのは小高い丘の上。あまり訪れるものもいないのか、踏み鳴らされた跡も少ない草がリュウイの背から降りた白露の足元をさわさわと擽った。その草ぐさを潮騒にも似た音を立てて風が巻き上げた。
風から庇うように翳した手。指の先から金色の光が顔にあたる。風が落ち着いた頃にそっと手を下ろせば目の前には黄金の架け橋があった。
丘から見える広々とした海。そこに浮かぶ二つの岩山の真ん中を夕陽が沈んでいき、黄金色になった水平線が岩山同士を繋いでいる様は正しく絶景。いまだから見ることの叶う幻夢が如き束の間に、白露は胸を抑えて感嘆のため息を零す。
「『陽が落ちると水面に金色の橋がかかる。美しいだろう?』」
金色の双眸を細めて眩げに景色を見つめるリュウイに、白露は小さな頷きを繰り返して同じく景色に見入った。
「ええ
……
ほんとうに美しいこと
……
光の橋でも虹とはまた違って素敵だわ」
白露はリュウイの横顔を見て、ありがとうと感謝する。ここへ連れてきてくれて。この素晴らしい景色を見せてくれて。
「よく見つけたわね。お前の目は良いもの見つけるのがとても上手ね」
そっと鱗を撫でればリュウイがクルルと喉を鳴らした。無意識だろうか。褒められたこどもの忍び笑いのような声に白露の目尻が和む。
「『
……
誰の目に触れていなくともこの光景は過去何千何万と繰り返されていただろう。その長い年月のうちのほんの数分、一瞬の瞬きを、誰かに共有できることが嬉しい』」
染み入るような言葉は長生きをする生き物として共感ができた。
「そうね
……
私も長く生きているけれど、良いものは誰かと一緒だとより気持ちが華やぐわ」
白露はもう老いて、先行きも知れたものであるけれど、リュウイにはまだまだ長い時間が待っている。いまは金色の岩山にもいつか緑の苔がむしていく様を彼は見つめ続けることだろう。そのときにはまた誰かがリュウイの隣で同じ景色を見ていたらいいと白露は願う。
「連れてきてくれてありがとう
……
ふふ、あのひとへのお土産話が増えたわ」
今日の絶景、可愛くて優しい生徒。値千金でも適わぬ黄金の日々。
深い感謝を込めてリュウイの頬の辺りに手をあてた白露の視界の端、鱗よりも一層輝くリュウイの角がきらりと瞬いた気がした。
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