「ブロッケンJr.……」
「なん、ッ…!」
ニンジャとのキスは、いつも唐突だ。
大きく開いて求めてくる唇はこちらの気なんてお構いなし。いつだって性急に事をはじめる。
また、同時に噛み付かれるように勢いが強いため、ついつい身構えてしまう。実際、勢いのまま何度互いの前歯で口を傷つけたかしれない。
おかげで、彼とのキスを察知した途端。条件反射で口を開けるのがクセになってしまった。
だから、今だってそう。
「ンッ、んぅッ!」
強引に捻じ込まれた舌はいとも容易く此方の舌を引きずり出す。絡め取られたそれは、普段「下衆め」と他者を冷たく蹴落とす物と同じなのが可笑しいほど、酷く熱くて。
最初から目眩がしそうになる。
「んっ、んんぅ…っ」
ただでさえ、未だに鼻で息をするのは不得手だって言うのに。
「っん、はっん、んんっ、も…んぅっ」
おかげで、しつこいぐらいのキスにいい加減息苦しくなる。
「ンンッ!」
酸素欲しさに思わず胸を叩けば、逆に後頭部を抑え込まれてしまった。
非難の声を上げようと浮かせた舌は、逆に向こうの舌と擦りあわされて意味を成さない。
吐息すら飲み込まれ、漏れ出るのは唾液ばかり。
無理矢理引き剥がそうにも、力を込める前に、相手の巧みさに夢中になった欲望がストップをかける。
『お前は、悦楽に弱い男だな』
さも楽しそうに告げられた感想は、悔しいが間違っていなかった。
望んでいるわけでは無いのに、一度受け入れたら最後。
『このまま止めないで』、『もっとして』と望む自分の浅ましさに目尻が無意識に濡れる。
抵抗できない己の脆弱な本能が歯痒くて。
本当は、快楽のせいだけでは無いのに——心の底に押し込んだ本音が見え隠れして。
「ふぁッ……にん、ジャッ……ぅんんッ」
そんな複雑な心境なんて知らぬ唇は、こちらの顎がどれだけ疲れてもなお許してくれない。
「んぁっ。っは…、はぁ、はぁ…」
漸く解放された時。
唇から二人分の唾液が糸のように繋がるのを気にする余裕もなく、オレは大きく呼吸を繰り返した。久方ぶりに吸う空気に、胸の中に安堵が広がる。
その一方で、犯人である男は見せつけるように濡れた下唇を親指で拭っていた。
「……全く。拙者以外の臭いをつけて、お前は何がしたいのだ?」
不遜に吐かれた言葉は、しかし苛立たしさが滲み出ていた。いつもは人を食ったような態度のくせに、今は負の感情が痛いほど伝わってくる。
本人の得意技さながら、炎のように揺らめく真っ黒な瞳に鳥肌が立った。
「何がしたいって、そんな……」
震える声音は、怯えというよりも、相手を苛立たせたことへの不安に対してだ。
「オレは、何も……」
何をそんなに怒らせるような事をしただろう。身に覚えがなくて、ついつい動揺から瞳が揺れる。
それをどう解釈したのか。
「分かってないなら仕方ないな。ならば、付け直してやる。拙者の匂いを、拙者の汗を、拙者の種を。ブロッケンJr.……貴様のその体全部に。一から丁寧に叩きこんでやる」
知らぬ内に頬を伝う汗を舐めながら、ニンジャは胡乱げに笑った。
器用に上がった口角はまるで獲物の肉を欲しがる獣のようで。一体どう料理してやろうか。弧を描いて細められる目が怪しく光ったのは、きっと気のせいじゃない。
嗚呼。
本当に、たちが悪い。
益々目に薄い膜が溜まるのは、『ここが、お前の性感帯だな』と決めつけられた耳朶まで舐められたからだ。
「勝手なこと、言うじゃねえか……!」
咄嗟に出た言い返しは震えて、毒にも薬にもならない。そのせいか、耳から首筋を伝う唇からくぐもった笑い声が聞こえた。
「忍びは、自分のモノに他人の残滓がつくのを嫌う生き物でな?」
鎖骨にフゥッと息をかけられ、堪らず眉を顰める。
「残り滓って……!」
酷い言葉に改めて心当たりを探せば……ここに来て、ようやく頭の中にそれらしき記憶が蘇る。
数日前。キン肉マンからの伝達と届け物と称してやってきたソルジャー隊長が、「帰りの宇宙船は明日来る」と言うため、「なら、屋敷で一泊すればいい」と勧めたことがあった。
そこで、ついでにと一晩飲み明かした際。
愛煙家の彼がリビングで燻らせていた紫煙の香りが壁に掛けてあった軍帽に移ってしまったことは、確かな事実だ。
自分では吸わないニコチンの香りは、かつて葉巻を咥えていた父を連想させた。
だから、『格好いいなぁ』なんて呑気に捉えて、敢えて消臭もしなかった。
だが、たったそれだけのことだ。
「っ、…忍者ってやつはっ…こんな、執着心が強いもんなのかよ……!」
赤く、やや長い舌はまるで自分の匂いで上書きしようとする獣そのもの。
普段の飄々とした佇まいからは想像できない。
でも、オレは知ってるから。
この端正な顔の下に潜む面が、本当は誰よりも強欲なことを。
「それだけ、お前が特別だと言っているのだ…」
弧を描く目はそのままに、嘲笑う忍びの顔は酷く歪だった。
賢く、冷徹で、思慮深い、そんな男は自分と主人以外は興味など無いと言った顔をする癖に、本当は底冷えする程に嫉妬深い。
「なあ。ブロッケンJr.?」
じっとりと湿った声音に、じわじわと体温が上がる。はあっ…と吹きかかる吐息に下半身がキュンと疼く。
「……ニンジャ」
この男のこちらに対する想いを知りながら、オレはゆっくりと目を瞑った。
この面倒な奴を甘んじて受け入れたのは、誰でもない、自分自身なのだ。
「っあ、ハッ…ぅ、あっ。ニン、ジャっ、ぁぁっ…んんぅっ…!」
「感じてるのか?………フフッ。なら、そう………そのまま」
「ひぁ、あっ、あ…!」
下着の奥で密やかに震えていた秘部を露わにされたかと思えば、躊躇なく舌を差し込まれ、オレは女よりも甘やかに鳴いた。
穏やか口調とは裏腹に、ドロドロに汚れた感情の混ざった双眸はいつだって奥が見えない。
普段は冷静沈着を装いながら、オレを前にすると別人のようになる。その姿に、恐れと期待が入り混じった感情が胸を掻き乱す。
「いっそ、このまま溶けてしまえれば……な」
弛み切った内壁を突き上げながら、大きく口を広げ、めくり上がった粘膜を撫でる。この繋がりから一つになれれば。
「詮ないことよ」と笑いながら揺さぶるニンジャは、悪名高い悪魔騎士ではなく、欲に塗れた愚かな男だった。
「ブロッケン……お前は、俺のものだ……っ!」
一人称が素に戻っている事実にも気付かず、所有の証代わりに首中に付けられていくキスマークにオレはただただ身震いした。
だってそれはまるで首枷に似ていて。
オレは美しい蜘蛛の糸に捕まってしまった。
『愛の言葉一つ、交わしたこともないくせに』
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