千代彦
2025-05-03 18:41:16
1736文字
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左手のみみず腫れ

トワウォ、四洛


「悪いな四仔、俺はそこまで無垢でも初心でも無いんだ」

 なんとなく、四仔が俺に期待をしているのがわかる。〝お前は真っ直ぐ、そうであれ〟と、眼差しや声色に差し出される手の温もりからそう感じ取れてしまいなんだかなぁと、最近申し訳なくなってきた。
「別にお前も気付いてないわけじゃないんだろう?」
「洛軍」
「なぁ、俺は生きる為なら盗みも殺しもやった」
 幼い頃に母が亡くなり、色んな家や人の元をたらい回しにされる中どうにかこうにか一人で生きる為にはと、考えが行き着いた先が銃を取ることであった。
 衣食住が保障されるからと志願し、しばらく経ってからだ。自分が〝殺し〟に対してそこまで躊躇わないことを知った。やろうと思えば迷わず止まらず引き金を引け、ナイフを振りかざすことだって容易にできた。自分に備わっていたこの殺しの才能を異常だとは思えども、ぬかるむ塹壕の中じゃそれはそれは好都合で。すぐそこに銃を持って佇む敵兵の膝を折り地面へと叩きつけたその顔が、思ったより幼かったとしても迷うことなく喉元にナイフを突き刺すことができたのだ。
「ほらこれ」
 四仔の手を掴み、親指の付け根に残る切り傷の上に置いてやる。そのうっすら盛り上がるみみず腫れは、はじめて殺しをした時にできた傷だ。
「その日は雨が降っていて、ぬるつく血のせいもあってか手元が滑って刃を受けきれずに刺し違えたんだ」
 その刹那、咄嗟に逆の手で相手のナイフを弾いた。驚く男が怒声を上げ殴りかかってくるのを必死に身を捻り交わしながら、逆手に取ったナイフで頸動脈を切り裂いてしまう。激しく噴き出す血が顔を濡らしたが、幸いにも雨足が強まり血も脂も流れ落ちてくれた。
「四仔、この身体にはいくつもの傷が残っているが覚えているのはこれだけだ」
 いちいちどの傷がどの時のだったかなんて覚えていない。これまでどれだけの人を手にかけてきたのか、今更覚えちゃいないんだ。
 お前が期待をする男は実はこんなにも〝酷い〟男なんだと、そう四仔に伝えながら、つい目線を下に落としてしまう。だってどうにも、目の前の男の目を真っ直ぐ見ることができないのだ。そのまま目線を迷子にさせながら、ぽりぽりと首を掻いた。
「だからな、俺はお前が思っているような男じゃない」
「おい」
「どうしようもない男だ」
「おい聞け、洛軍」
 いつの間にか四仔に右手を掴まれ〝こっちを見ろ〟と、強めに引かれた。皮が厚くゴツゴツとした手は温かく、その心地良い温かさについ指が緩んでしまい、隙間に滑り込む指がこちらの指と絡まった。
「なぁ、違うだろう」
「え?」
「たとえそうだとしても、子どもたちや俺たちに笑いかけるお前はいるしそれは嘘じゃないじゃないか」
 そう優しく言う四仔の声はなぜか少し鼻声で。ハッと顔を上げてみれば、自分より少し上にある不機嫌そうな顔の男の目が微かに潤んでいた。
「おい四仔、どうした」
「うるさい」
「なんか……すまん」
「ふざけんな、自分を卑下するんじゃねぇ自分を否定するんじゃねぇよ」
おっと」
 繋いでいた手を急にぐっと強めに引かれるもんだから、目の前の胸に顔がぶつかってしまった。鼻が当たって少し痛いが、顔を上げようにも強めに頭を抱かれているので動けない。そうする四仔は今きっと、俺に顔を見られたくないのだ。とりあえず今はこのまま大人しくしておくしかないらしい。
「なぁ四仔、離してくれ苦しい」
「じゃぁもう自分を卑下するようなことは言わないか?」
「それは……どうだろう」
「言わないって言え」
「ははっ」
 こんな俺の為に泣くな、なんて言えばきっとまた怒るだろうから今は黙っておく。じっとしていればなんだかだんだんと、顔がいかつく大きな男が鼻を啜りながら泣いているのがおもしろく思えてきてしまい、我慢ができずに小さく漏れ出てしまった笑い声に気が付いた四仔に頭を強めに叩かれた。
「洛軍、重荷になっていたんなら謝る」
「四仔」
「なぁ頼むよ、謝るから。どうか俺のことを遠ざけないでくれ」
 いや、遠ざけるもなにも、全然離してくれないじゃないか。そう思い笑いながら、自分も今されているのと同じくらい強く抱き締め返した。