sentouryoku
2025-05-03 18:00:08
5554文字
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一期一会

ある日の午後、カフェでくつろいでいたモブ女。斜め横にいる一人の男女が目に入り、話を聞くとどうやら恋愛相談をしているようで…。

カヲシンの日おめでとうございます!!!
性懲りも無くモブ視点です。


ーーー人生は一期一会。今この瞬間は二度と戻ってこない。


それは桜が葉桜になりかけていた時のことだ。

私は休日にあてもなく街を散策するのが好きだ。
降り注ぐ陽光、肌に触れる風、電車の音、楽しそうな誰かの話し声、鳥のさえずり同じ瞬間が二度と訪れないこの世界を、ただ眺めている時に、言いようのない幸福を感じる。

あの日もそうして入ったこともない北欧風のカフェにふらりと入り、何語かも分からないお洒落な雰囲気の音楽に耳を傾けながら苦い珈琲を楽しんでいた。
珈琲は予想よりも苦かったけれど、そういった想定外の経験が私は好きだった。
店内は程よく賑わっていて、それぞれの客がそれぞれの時間を楽しんでいる。
私は窓際の席で本もスマホも取り出さず、ただぼんやりと店内を眺めていた。

カフェのスピーカーが陽気な曲を流しきり、次の曲を流すその合間ーーーー
不思議とよく通る男の声が、耳に刺さるように入ってきた。

「それは………君は昔のことを知っているだろう。」

悲しげな男の声。

(何の話だろう。)

穏やかな昼下がりにそぐわない声に、私は思わず顔を上げた。
声のする方に目を向けると、斜め上の席に――驚くほど整った顔立ちの男性が座っていた。

(わぁすっごいイケメンだ)

あまりの美しさに思わず息を呑む。
淡いアッシュグレイの髪に、宝石のような赤い瞳。まるで作り物のように整った顔立ち。
周囲より頭一つ分高く見えるところをみると、180センチは超えているんだろう。
まるでミケランジェロの彫刻が命を得たような、圧倒的な“美”というものがそこに座っていた。
ただ一つの欠点といえば、その美しい顔に浮かぶ憔悴したような表情。
あぁ、悩みがあるんだろうなというのが目に見えてわかった。

(うーんモデル?でも見たことないなぁ。)

そしてどうやら私以外も彼の存在を気に掛けているらしい。
奥に座る若い女性達がいかにも狙ってますと言わんばかりにチラチラと、このイケメンさんを盗み見ている。
あれは多分、声をかけるタイミングを探っているな。

それを阻止しているのが男性の連れらしき女性。
こちらもかなりの美女で、艷やかな長髪にぱっとみてわかるほどのプロポーション。メガネを掛けても野暮ったくならない美しさは元の顔が良いからに違いない。
女性の目の前に置かれた店舗限定サクラソーダがパチパチと大きな気泡が弾けているのを見るに、お店に来てからそこまで時間は経っていないみたいだ。
美男美女という言葉がピッタリの二人は周りの目を気にする事なく話し続けている。

「あー、そういうことね。」

メガネの女性は肩を竦めて天井を見上げている。

「すればいいじゃんプロポーズ。え?なに?それとも断られると思ってるとか?」
「いいや、そうではないんだ

(これは恋愛相談?)

美男美女だし付き合っているのかと思ったが、どうやら違うらしい。
イケメンさんは目の前のメガネの女性の顔を見ることなくじっと下を向いていて表情が見えない。
そしてメガネの女性の方はというと、スマホを数度タップしたあと机の上に置き、眉間にシワを寄せながら溜息を吐いていた。

「あーゥオッホン。つまりイケメンくんは、ワンコくんにプロポーズする事を躊躇っていると。してその心は?」
「なんだい急に
「いやいや、一旦整理する必要があると思ってね?んで?なんで躊躇してるのかな?」

(ワンコクン??ということはまさか!?)

まさか、そういう事なのか。
お相手は目の前の女性ではない。というか、女性ですらないのか。
それは確かに悩むこともあるのかもしれない。

(というかあだ名イケメンくんなんだ。わかりやすいなぁ。そして相手はワンコくん?つまり犬系なのかな?)

私も心の中で状況を整理する。
①イケメンさんはワンコくんという人と付き合っている。
②でもプロポーズをためらっている。
③そして今、その事について“メガネ美女(仮)”に相談中――ってことで合ってるよね。

「プロポーズをすれば彼は受け取ってくれると思う。けれど本当にそれでいいのかとどうしても考えてしまう。もう自由なんだ、彼は。運命に縛られる事があってはならない。」
「運命ってもうその呪縛はないんだよ。君も、ワンコくんもさぁ」
「そうかもしれないだが

(?よくわからない話だなぁ好きなら好きでいいんじゃないの?)
他に気にする事はまぁ、借金や依存症があるのを隠しているなら問題だけど、それ以外気にする事なんてあるのだろうか。
そんな私の心なんて知る由もない二人は周りの人を気にすることなく話を続けていた。

「なーんでそんな小難しいこと考えるかなぁ。」


メガネの女性はイケメンさんを一瞥すると、目を顰め自分の両こめかみをくるくるとまるっと一休さんの動きをしたあと、トンチが閃いたというような顔をしてニヤリと笑った。

「悩みの原因はワンコくんじゃないニャ?」

「ハァ〜ン、そういう事ね。ワンコくんはここにいないんだし、話すなら今のうちヨン?」

ほらほら、と促されたイケメンさんは深く深呼吸をしてポツポツとつぶやき始める。

"以前"はそんなことなかったんだ。彼が幸せなら恋人でも、友人でも、肉体がなかろうと構わない。むしろただの空気にだってなれた。たとえ僕が居なくとも彼が笑っているなら構わない。心の底からそう思えていた。」

イケメンさんが両手で顔を覆う。
まるで罪を告白する罪人のような姿に、聞き耳を立てているだけの私ですら、ぎゅっと胸が締め付けられる。

朝、寝癖のついた彼が隣でおはようと言ってくれる事が途方もなく嬉しく感じるんだ。
新しい趣味を見つけたら隣で一緒にのめり込みたいし、どんな些細なことも彼を一番近くで見守りたい。
歳を取って増えたシワを誰よりも早く見つけたい。彼が知らない顔も、知らない癖も、これからも知っていきたい。そして、彼が見る景色の中にいつだって僕がいたい。
彼の中の“日常”に、僕が永遠に組み込まれていたい。」

(シ、シラフでよく言えるな)

イケメンさんはどうやらとんでもなく愛情深い人らしい。
ただの通りすがりの私ですら顔が赤くなる愛情表現のオンパレード。
ドラマですら聞けないような甘い台詞の数々に若干耐えきれなくなって、私は平常心を取り戻そうと唇を噛みしめる。その一方、逆ナンを狙っていた女性陣は耐え切れず机に突っ伏していた。
(可哀想にいや、むしろあの手のタイプにはご褒美なのかも?)

そんな周りの反応と違い、ちらりと見えたイケメンさんはーーーーまるでこの世の終わりのような、苦しそうな顔をしていた。

そう願っている自分に愕然としたんだ。
おぞましいだろう?いや、滑稽かもしれない。でも本当に僕は全てが欲しくなってしまったんだ。プロポーズする前ならきっと踏み留まれる。もし断られても、彼のその先を祝福出来る。時間は掛かってしまうけどね。
けれどもし受け入れてくれた場合、もう無理なんだ。きっと彼の自由を奪ってしまう。彼の人生全てに干渉してしまう。」

声が震えている。まるで懺悔のようだ。イケメンさんは、自分の気持ちに後悔している。
何を?多分、好きになっている事を。

それさぁ、ワンコくんに少しでも相談した?」
いいや
「なんでよ?こーゆーのは本人と話合わないと埒が明かないっしょ?」
恐ろしいんだ。彼の中の“僕”からそれていくのが。もしそれに気づかれたら僕は

イケメンさんは何か悪い予感を振り払うように首を大きく振る。
私はなんとなく言いたい事がわかった気がする。
その人の望む姿から変わってしまう。それでもし嫌われたらどうしようってことなんだろう。
イケメンさんは正真正銘ワンコさんの事が好きなのは分かる。好きすぎて、自分でもおかしくなりそうなくらいワンコさんのことを想っている。
だからこそ正直、ワンコさんが今聞いてなくて良かったと思ってしまう。
それって、ワンコさんの事を信じていないのと同じだから。
嫌いかどうかなんて、聞いてみないとわからない。なのに嫌われると思い込んで、何も聞かない。遠慮して勝手に負担が掛かって余計無理をしてこれでは何も解決しない。
過去に何かあったか私にはわからないし、知る由もない。
けど1つだけ分かる事がある。それはーーー

「今さらそんなことで逃げなさんな」

ーーースッと心に入る言葉。怒っている声色なのに、芯の部分に優しさがあって。
それを発したメガネの女性さんは真っ直ぐイケメンさんを見ていた。

「自由になった今でも、シンジくんは君のそばにいる。なんでかわかる? 自分で選んだからだよ。
……“君”を、だ。」
ッ」
「その意味が分からないほど馬鹿じゃないだろ?」

イケメンさんが目を見開いて、少し唇を噛みしめる。メガネの女性さんの言葉はおそらくイケメンさんの芯の部分に、きっと届いたのだろう。
赤い瞳がキラリと光るのは、きっと少し前向きになった証拠に違いない。

(てか自由になったとか、運命に縛られてとかどういう意味だったんだろう。元カノいや元カレ?に束縛されてたとか?)

もう少し詳しく話してくれれば分かるのに。洗いざらい話さないかなぁなんて呑気に考えていたとき、メガネの女性さんは再度口を開いた。

「ってな訳で、あとはよろぴく〜」
は?」
『うん、分かった』

メガネの女性が自らのスマホをイケメンさんの目の前で揺らすと、変換された電子音から知らない男性の声がした。
その瞬間、イケメンさんの顔が一気に凍った。心臓バクバク顔面蒼白油汗ダラダラ。
あんな顔になってもイケメンはイケメンのままなんだなぁ。

「し
『マリさんありがとう。今度何か奢るね』
「merci!慣れない事をする良い経験になったよ!」
「しん——
『カヲルくん』
「ッはい」
『今すぐ帰ってくること。以上』


ピロン!

響き渡る着信終了音。

私も、逆ナンを狙っていた女性陣も、なんだったらお店のスタッフも口を塞いでいた。 
この場にいる人間全員が音を立てないよう必死に堪えている。
このメガネの女性。やっていた。とんでもない事をしていた!
一体いつから電話を、ワンコさんに繋いでいたんだ!?

ふと思い出す。
『あーゥオッホン。つまりイケメンくんは
——あの直前、確かスマホをいじっていたはずだ。
(もしあそこからだとするなら、最初から最後まで全部聞いていたってコト!?)

「アーッハッハッハ!怒り方ユイさんそっくり!!」
「君という人は

いまやこの場で声を発することが出来るのは二人しかいない。
イケメンさんは机に突っ伏して震えている。
そりゃそうだ。恋人に話したくないから相談をしていたのにまるっと全て聞かれているなんて想像も絶する羞恥だろう。

「だってあのままじゃ君、一生“ワンコくんに嫌われるかも病”から抜け出せなかったでしょ?」
「それはそうかもしれないが
「そもそもこのマリさんが電波塔になってあげたんだぞぉ?感謝してもいいんじゃない?」

メガネの女性ーーーもとい、マリさんは手元に置かれていた桜ソーダを一気に飲み干し、一切の迷いを感じさせない軽やかさで席を立った。
もうお開きにするらしい。確かにワンコさんいやシンジさんはきっと帰りを待っているはずだ。
ここで無駄話に花を咲かせる前に家に帰ってちゃんと話した方がいいだろう。

「ったくさー、君は知らないんだろうけどね? 人生ってのはビックリするくらい短いんだよ!だったらやりたいこと、したいこと、全部やらにゃ損損ってね!」 

そう言ってマリさんが、イケメンさんの背中をバシンと叩いた。
くるっと踵を返して「んじゃま、式には呼んでねン」と軽快に手を振り去っていった彼女を止める者は誰もいない。

カランカランと退室した音がなっても、背中を叩かれたイケメンさんは臥せったままだった。
静かな店内にふと周りを見渡すと、逆ナン狙いの女性陣は声を掛けず大人しく席に座っていた。
他のお客さんも席を立つことなく、こっそりイケメンさんを見ている。
店員さんはそれとなく扉が閉まらないようストッパーを置き、このあと来るであろう未来に向けて準備をしている。

(面白いなぁ)

イケメンさんが決心したように顔を上げ、飛び出すように店を後にする。
誰も止めるものはいない。きっとみんな、心の中で同じ事を思っているに違いない。
彼が去った瞬間、誰かが「ワァッ」と声を上げた。その熱が波のように広がって、店内を優しく包んだ。

たくさんの出会いがあって、時には別れる事もあるかもしれない。
でもたった一歩を踏み出すことさえできれば、そうならない世界だって選べるんだ。

(いい日だなぁ)

ーーー私は同じ瞬間が二度と訪れないこの世界を、ただ眺めるのが好きだ。

それはたぶん、こんなふうに誰かの幸せに触れることができるから――私はこの世界を眺めるのが好きなんだ。






あの日から少し経ち、今日、5月3日。
GW最中でも関係なく趣味の街ブラを楽しんでいた私の目に映ったのは、見覚えのあるアッシュグレイの髪。
隣に寄り添う短く切り揃えられた黒髪の男性と手を繋いでいる彼は、誰よりも幸せそうに笑っている。
そして、その左手の薬指に光るものは、きっと。